第二百四十七話 シラの本音
今回はシラと直接語り合います!
では第二百四十七話です!
「気が付いてたのか?」
俺はシラが発した言葉に対してそう呟いた。
今、この部屋の空気は完全に凍り付いており、俺とシラ以外は固まってしまっている。
シラはいつものような丁寧な口調に変わり俺の名前を呼んだ。ということは今までのやり取りは全てシラに俺たちの正体を気づかれた上で行われていたということである。
するとシラの後ろに控えていたラミオが震えた声で言葉を紡ぐ。
「あ、あのシラ様………。い、今のは一体どういうことですか………?」
そう言われたシラは軽くラミオに視線を投げると、そのまま小さな声で一つの命令を下す。
「ラミオ、あなたは少し黙ってなさい。別に私はどこにもいかないわ」
しかしその言葉にはシルが過敏に反応する。
「姉さん!そ、それは!」
俺はそんなシルの前に手を差し出して、全ての変装を解除し普段の姿に戻ると、できるだけ冷静を保たせながらシラに問いかけた。
「その言葉の意味と一緒に色々と説明してもらおうか。正直言って俺たちは聞きたいことが山ほどある」
「そう、でしょうね………。私はそれだけのことをしたんですから、当然です。ですが私の意思は変わりません。この国の王となり一生ここで生活します」
「だから、その理由を説明してよ!!!」
シルがとうとう泣きながらシラに言葉をぶつけた。おそらくそれは今までため込んできた感情が溢れだしたのだろう。今までずっと一緒に生活してきたシルにとってシラという姉はかけがえのない存在なのだ。それが一方的に別れを告げてくるなど、飲み込めるはずがない。
「シル…………」
「ということだ。シルも俺も、そしてみんなもお前を心配している。もし何か俺たちを納得させる何かがあれば遠慮なく言うんだな」
するとそんな俺たちを取り押さえようとしてくる連中が勢いよく扉を開けて、この部屋に侵入してきた。
「おい!あいつらだ、取り押さえろ!」
あの執事たちが外に念話を送って応援を呼んだか……。イロアには力を使うな、と言われているがこればかりは仕方がない。
ようやく本音で語り合える場が整ったのだ。この時間を潰されるわけにはいかない。
「失え」
俺は自分の言葉を言霊化させ、その連中に放つ。それは見事にそいつらの意識だけを刈り取り地面へ倒れさせた。
「さすがですね、ハク様。あなたが相手ではどれだけ大量の兵を用意しても太刀打ちできない」
「今さらだ。俺からすればそんな俺のメイドだったお前が今はこうして獣国の国王になろうとしている現実のほうが信じられない」
シラは俺の言葉を耳に流すとそのまま遠い目線を空間に流しながら、話し始めた。
「私を追ってここまでたどり着いたということはある程度事態は理解しているのですよね?」
その言葉の指し示している内容はよくわからなかったが、それでも思い当たる節は大量にあるのでとりあえず頷いておく。
「奴隷区域になら行ってきたし、お前たち姉妹の血筋がミルリス一族っていう特殊な力を持っている家系だということは知っている」
「なら、もう私から特に語る必要はありません。ハク様たちが推測しているように、私はこの『統制の檻』という力を使えるがゆえにこの王国に招かれたのです。そしてそれは一種の償いでもあります」
「奴隷にされていた獣人族に対してか」
「はい。あの件に対して私たちミルリス一族は何も償っていません。大量の獣人族を苦しめ、地獄を描き出した私たちの先祖の罪はまだ消えていませんから」
「そ、それを姉さんが抱え込む必要なんてないじゃない!!!」
シルはまたしてもシラに訴えかけるように叫んだ。シルの言っていることはもっともだ。過去の罪は過去の人間が背負えばいいものだ。それを今に生きる人間が抱え込むというのは明らかにおかしい。
しかしシラはどこか寂しそうな表情でシルに向き直ると優しい声で自分の妹に声をかける。
「でも、誰かが償わなくちゃ罪は消えないわ。それが今回は私だったというだけ。自分が国王になるだけでそれが出来るなら願ってもないことだわ」
「それは一体誰に吹き込まれたセリフだ?」
罪を償う、というシラの動機はわかった。だがそれと獣国の国王になるということはまるで接点がない。そんなものを納得しろと言われてもさすがに無理がある。
「さあ誰だったでしょうか。私ももう覚えていません。ですがそんなことは些細なことです。国王になってもう一度獣国に栄華を咲かせる。そうすれば必然的に国民のみなさんは幸せになります。そうすることで私は過去の先祖が犯した過ちを償っている気になるのです」
「それが間違っているとは思わないのか?」
するとシラは急に顔を笑顔に変えよくわからない雰囲気を滲ませながらこちらに顔を向けてくる。
「ハク様はいつも鋭い言葉を放ってきますね。直に会話をしてみてそれがよくわかります。間違っているか間違っていないかで言えば、確実に間違っているでしょう。ハク様も気づいておられるように私はこの王選で『統制の檻』を使用しています。本来それは立派な不正です。そこまでして国王になって国を統治したところでつぎはぎだらけの偽物の国が出来上がるだけ。それは重々承知しています」
「だったらどうして!!!」
シルがそう語るシラに食いつくように言葉を投げる。
「それでも私が王という座に立ち円満な国が作れるのなら、それでいいと思っているのです。かつての奴隷区域のような光景を作るよりはマシですから」
「そこにお前の意思はあるのか?」
「といいますと?」
俺はとぼけた顔をしているシラの両目を睨むような形で強めの言葉を投げつける。
「自分の人生を投げ出してまでそれをする必要があるのか、と聞いているんだ。さっきシルも言ったようにそれはお前が背負うべきではないものだ。ミルリス一族もすでに王座から退いている家系だし、その血筋を特段意識する必要はない。今の国王やその騎士から何を言われたかは知らないが、奴隷でないお前には自分で未来を決定する自由がある。それでもお前は自らの意思でこの国に留まるのか?」
シラは俺の言葉を聞いた後、少しだけ困ったような顔を浮かべ黙ってしまう。
シラの本音は間違いなくこの国の王になるということではない。それは先程の問答から読み取れている。だがシラの口からその言葉が出ない以上、俺たちは動けないのだ。
「……………はい。それで過去の罪が消え、シルが自由に過ごせるのでしたら私は満足です」
「だから!なんでなの!私を自由にして、それで自分は苦しんで、そんな自己犠牲の上に立ってる私は一体どんな顔で生きていけばいいのよ!私たちは姉妹だから、ずっと支え合って生きていくんだと思ってた………。だから、今回だって一回ぐらい相談してくれたっていいじゃない!姉さんは私をただの人形か何かだと思ってるの!!!」
シルはそんな淡泊な返事しか返してこない自分の姉に対して大粒の涙を流しながらそう言葉を投げつける。
俺はそんなシルをそっと抱き寄せると、そのままシラに向き直り最後の言葉を呟いた。
「それで、いいんだな?」
「はい………。これが私の運命なんです、きっと」
俺はその「運命」という言葉が出て瞬間、思わず力を使いそうになってしまったがギリギリのところで踏みとどまり喉の奥に流し込む。
俺は泣きじゃくっているシルをお姫様抱っこするような形で持ち上げると、そのままシラに背を向けてその部屋を立ち去る。
「お前が本心からそう思っているのなら、俺はもう何も言わない。だが俺にはそうは思えない。だから残り今日を含めて王選が終了する四日間、存分に動かせてもらう。言っておくが俺たちの動きを牽制しようと思っても無駄だぞ?まあ、それはお前が一番わかってると思うがな」
「…………」
シラはそんな俺の言葉に無言を返し、ただひたすらその場に佇んでいる。
「それと、ラミオとかいったか?」
「え、ええ…………。なんでしょうか?」
いきなり声をかけられたラミオは一瞬戸惑った声を上げたが、すぐさまいつもの自分を取り返し俺の方を向いてくる。
「シラのこと頼んだぞ」
その言葉には物凄く大量の意味が込められているのだが、俺はあえてそれを口にせずシルを抱えたまま転移を実行しその場から姿を消した。
その後、取り残されたシラは一人で一滴の涙を流したのだという。
「ただいま、みんな」
俺は変装を解いた形で他のメンバーが待っている宿に戻ると、まだ泣いているシルを静かにベッドに寝かせ服装を元のものに直した。
「お、おかえり、ハクにぃ……」
アリエスがかろうじて俺の挨拶に声を返すがその言葉に覇気は宿っていない。見ればそれはこの部屋にいる全員がそのような状態になっており、空気が沈んでいた。
というのも俺の魔眼を通してアリエスたちもあのやり取りを聞いていたからであり、シラの口から出てきた言葉にショックを受けているようだ。
俺はそんなみんなの表情を見ながらシルを横にさせたベッドに腰かけ、凝り固まった体を動かしていく。
するとその中でもまだ冷静さを保っていたイロアが俺に近寄ってきて声をかけてくる。
「あれでよかったのか?」
「何がだ?」
「あの状況ならばシラ君を無理矢理にでも連れ出すことが出来ただろう。シラ君が何と言いおうと本心を知っている君ならそうしてもおかしくないと思っていた」
「おいおい、お前が力は使うなって言ったんだろうが」
俺はそんなイロアの言葉に呆れながらそう呟く。確かにあの状況ならば無理矢理にでも転移を実行してこの場に連れてくることもできた。というかものの一瞬で実行可能だっただろう。
しかしそれでは根本的な解決にならない。
ゆえに俺は一度身を引くことにしたのだ。あのままシラと話していてもおそらくシラは自分の意思を曲げない。それが本音とは食い違っていたとしてもだ。
「ま、まあそうだが………。で、では君は本当にこのまま食い下がってしまうのか?」
イロアが俺に対して少々嫌悪の目を向けながらそう呟いてくる。イロアからすればこの理不尽な仕打ちは耐えられるものではないのだろう。
そしてそれは俺だって同じだ。
「まさか。あっちが引き下がらないというのなら、こっちだって正々堂々戦って勝つだけだ」
俺がそう述べると、憔悴していたメンバー全員が俺の方に向かって声を上げる。
「「「「「何か手があるの?」ですか?」のか?」の?」かしら?」
そのメンバーの目は一筋の光を見出したようなものに変わっており、光り輝いている。俺の後ろで泣いていたシルも俺の言葉を聞いた瞬間、身を起こし耳を傾けているようだ。
「まあ手というわけでもないのだが、シラが王選に出て国王になろうとしているならば、それを壊してしまえばいい」
「そ、そんなことが可能なのですか?」
シルが不安そうな顔を向けながら俺に問いかけてくる。
俺はそんなシルを自分の膝の上に乗せ、その頭を撫でながら口の橋を吊り上げるようにして笑みを浮かべると、これからの動きを端的に口に出した。
「この王選は基本的に獣人族しか参加できない。であればここにもう一人獣人族がいるじゃないか」
「ま、まさか、君は………!」
その声にイロアが冷や汗を流しながら凍り付く。
「シルがこの国の王座を王選で勝ち取ってしまえば、こんなくだらない連鎖も、そもそも王政だってぶち壊せるだろう?シラのくだらない運命とやらを粉々に砕いてしまえばいいのさ」
その作戦は今まで敵だと思っていたこの獣国の国民を味方につけてしまう究極の一手だったのだ。
次回からはハクの作戦が動き出します!
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