第二百四十話 語られる真実
今回は獣人族の秘密に迫ります!
では第二百四十話です!
『この奴隷区域について語る前に我々ミルリス一族の「統制の檻」という力について話しておく』
俺が奴隷区域の最奥にある穂頃の中の宝玉に触れた瞬間、脳内に響き渡る声はこう切り出した。
その言葉から察するにこの宝玉にこのような仕掛けを残した人物はシラとシルの家系であるミルリス一族のものなのだろう。
『我々ミルリス一族に宿っている「統制の檻」という力はわが家系の初代ミルリス一族の国王が所有していた能力だ。この力は獣人族だけでなくありとあらゆる種族に対して有効なもので大人数の意思を統括する能力である。この力を用いてミルリス一族の初代国王は獣国の国民をまとめ上げ栄華を築き上げた』
「統制の檻だと?」
キラが訝しむような表情でそう呟いた。
「知っているのか?」
「いや、詳しいことはわからんが、かつて精霊たちが何やら騒いでいた記憶がある」
ということはこの祠を守っていた精霊の護符を授けた精霊の話が女王であるキラに回っていたのかもしれない。
精霊というのはキラが第二ダンジョンに籠ったときのような事態がなければ、世界のあらゆるところに存在している。その姿を視認できるのはアリエスのように精霊の波長を敏感に感じ取れるものだけなのだが、獣人族はそもそも五感が優れているのでかつての獣人族は精霊の姿も見ることが出来たものが多かったのだろう。
『この能力は我らミルリス一族に代々受け継がれ獣国の未来を担ってきた。当然能力の個体差はあったものの通常の獣人族には宿っていないものだったゆえにその力は貴重なものになったのだ』
「シル、お前はこの力使えるか?」
俺は当然のごとく自分の脳内に浮き出た疑問をシルにぶつけてみる。シルがミルリス一族であるというのは確定的だがであればそのシルもこの統制の檻という力を使えてもおかしくないのだ。
「い、いえ………。私にはそのような力はありません………」
シルは俺の声に否定を示すように首を横に振る。
『また「統制の檻」という力はミルリス一族であっても十歳以上にならなければ発動はしない。かつてのミルリス一族が調べた結果そのような事実が判明している』
「ならばシルが使えないというのも頷けるが………」
「ああ、シラならば使えたかもしれないということだ」
俺の声に続くようにキラが声を上げる。
シラの年齢は十六歳。であればこの統制の檻と呼ばれる力が発現する十歳を軽く超えているので条件は満たしている。
「でもそれだとシラはどうしてそのことを隠していたのかしら?自分の一族との繋がりを隠すにしてもそれなりに強力な力でしょ?」
それは確かにそうだ。
今までの戦いでもこの統制の檻という能力を使えば有利に進められる展開はあっただろう。
統制の檻とは簡単に言えば精神感応魔術の上位互換だ。
その力がどれだけの魔力を必要とするのかわからないがそれでも大人数の意思を一瞬にしてまとめ上げるという能力は尋常ではない。
しかしその問いには同じ獣人族のシルが答えた。
「多分、本当に姉さんはミルリス一族のことを話したくなかったんだと思います………。私にも口を酸っぱくして言いつけていましたから」
確かにシラは少々頑固というか自分の意思を曲げない時がある。血晶病のときも俺に事象の生成を使えないかと懇願してきたぐらいだ。
この件に関してもよほど強い意思を持って黙秘していたのだろう。
俺たちがそう話しているとまたしても宝玉の声が脳内に鳴り響く。
『ではここでこの奴隷区域の話に移ろうと思う。おそらくだが、ここに来て私の話を聞いているということは奴隷区域内の悲惨な光景を目の当たりにしてきただろう。あれは私の意思で存続させたものだ。このようなことを二度と繰り返さないためにも一種の礎としてルモス村の公爵家に頼んで残してもらった』
つまり今俺たちにメッセージを残している奴はこの奴隷区域を破壊しありのままの状態を保存させた獣人族ということなのだろう。
『私はミルリス一族最後の国王ハフ=ミルリスという。私はかつての国王と同じく「統制の檻」の力を使って獣国をまとめ上げていた。この時代では獣人族の差別はかなり見直されてきており、私の代でほぼ完全に払しょくされるはずだったのだが、ここでとある問題が発生する』
「とある問題………」
シルが自分の手を胸に当てながら相槌を打つ。
『それがこの奴隷区域だ。獣人族の差別が見直されていったといってもまだまだ世界には獣人族の難民が生活していた。その者たちは他の国々に生活の拠点を作る者もいれば獣国に逃れてくる者もいたのだが、結果的にこの獣人族たちがこの奴隷区域の標的となってしまう。奴隷区域を管理していたものは、とある手段を使って獣国に向かうはずの獣人族を奴隷区域に招き入れ奴隷の首輪を装着し、奴隷として飼いならしたのだ。その結果は言わなくてもわかるだろう』
このハフという獣人族が言っていることを整理すると、獣人族の差別がミルリス一族の栄華によって見直されてきていたものの世界にはまだ多くの獣人族が散らばっており、その中の獣国に向かっていくものたちをこの奴隷区域の管理者は奴隷として捕まえていたということだろう。
実際に獣国に向かうならばルモス村付近を経由していくルートが一番近い。南西にある獣国にはかなりの数のルートが通っているが、それでも難民として生活していた獣人族からしてみれば少しでも楽な道を通りたがるのは必然だ。
だがそれがこの奴隷区域の管理者の思う壺だったということなのだろう。
「そ、そんな……」
シルは自分も似たような経験があるせいか表情をかなり暗いものにかえ拳を握り締めている。
シラとシルはかつて住んでいた森が魔物に襲われ、行き場をなくし、仕方なく獣国に向かおうとしていた際に奴隷商に捕まった。
その経験と照らし合わせているのだろう。
俺はそんなシルを自分の方に寄せ軽く頭を撫でる。
『そしてそれは当然獣国にいた我々にも情報は届いてしまう。なぜなら数日前に獣国に向かうといった仲間が突如として姿を消すのだ。不気味にも程がある。結果的に国を挙げ調査した結果、この奴隷区域が発見されたということだ。だが、本当の問題はまだ残されていた』
「まだ何かあるというのか?」
キラが目を細め腕を組みながらそう言葉を口にする。
『私の口から言うのも憚られるのだが、この奴隷区域を管理していた一番のリーダーは我々と同じ獣人族のミルリス一族だったのだ』
「な、なに!?」
俺はその言葉にシルの頭を撫でながら驚きの声を上げてしまった。隣にいたシルも音を立てて顔を上げる。
本来獣人族を差別しているのは人族をはじめとする他の種族だ。当然ながら同種族間で差別しあうなど、考えられるわけがない。
『恥ずかしい話ではあるが、その奴隷区域を管理していたものは私の叔父だ。叔父は前国王である父に王位を奪われたことから、国外に逃亡し身を隠していたとのことだったのだが、このような奴隷区域を作り出していたらしい。叔父は国王の座を国民投票という形で父に敗北している。つまり叔父が他の獣人族に憎悪を抱く理由は確かに存在しているのだ。さらにこれは後にわかったことだが、叔父はなにやら大きな奴隷商ともつながりがあったようで奴隷を買うために必要なものを大量に持っていた』
ということは、この奴隷区域に獣人族を招き入れ奴隷として生殺しのような苦行を与え続けた張本人は同じ獣人族でさらにミルリス一族ということなのか。
こ、こんな結末は俺だって予想していないぞ………。
俺は奥歯を噛みしめながら泣きそうになっているシルを抱き寄せ話しの続きを待つ。
『さらに叔父は知っての通りミルリス一族だ。であれば当然「統制の檻」の力を使うことが出来る。それが一番の問題だった。叔父はこの奴隷区域付近にその力を発動させ、獣国に向かう獣人族を拉致するとそのままこの区域内で奴隷として飼い続けた。しかも奴隷となった後もその力の影響は続き、奴隷となった獣人族たちの精神を蝕んでいったのだ。我々はその由々しき事態に気が付きこの奴隷区域を壊滅させた。しかしもはやその時には無事と呼べる獣人族たちはおらず、諦めなければいけないもののほうが多かった』
ハフの言葉は一度ここで止まった。
俺たちはその言葉を聞き、大きすぎる衝撃を受けていた。
なにせ獣国の歴史の中では華々しい活躍を上げているミルリス一族の樹人族が、あろうことか同じ獣人族を奴隷として飼っていたのだ。しかも言葉で言うのも憚られるような苦行ばかりを強い、残酷としか表現できないような現場を作り上げた。
この事態は到底受け入れられるものではない。
俺の服の中で蹲っているシルはもう顔を向けることはなく泣きじゃくるように顔を埋めてしまっている。
本来なら誇るべき一族の家系であるはずが、あってはならない同種族間の差別、いや奴隷を作っていたという事実は重すぎるだろう。
すると、またしても宝玉の声が鳴り響く。
『私はこの件を通して一つの考えに至った。この「統制の檻」という力は正しく使えば確かに強力で便利なものだ。しかし使い方を誤ればとてつもない事態を招いてしまう。この力を持つ者が王という座にいるべきではない。そう思った私は自分の王位を返上すると同時に獣国から出て難民の生活を送ることに決めた。おそらくそれにはミルリス一族全員が付いてきているので、獣国からミルリス一族は姿を消しているだろう。そしてもしこの声を聴いていて身近にミルリス一族の生き残りがいるならば、その者に伝えてほしい。その力は正しき道に使え、と。そしてさらにその者が獣国の王になろうとしているのであれば、しっかりと道を見極めよ、と。でなければ………、こ、の、さい、やく………を、くり、かえ……………』
その言葉を最後に宝玉の光は失われ脳内に響く声も消えていった。おそらく宝玉に込められていた魔力が尽きたのだろう。
統制の檻。
この力は俺たちが考えているよりも遥かに便利で危険なものなのだろう。実際に使用できていたハフが言っているのだ。その力の強大さは今の言葉が物語っている。
「今の話、シラは知っていると思うか?」
俺は誰に問いかけるわけでもなくそう呟いた。
「さあ、どうかしら。でもあの学園王国での戦いでシラの接触してきた人物がシラを引き寄せるために話した可能性はあるわね。さすがに秘匿の情報とはいえ獣国の文献には残っているだろうし」
「それに、その一族が起こした問題なのだからその責任を取って王座に着け、とでも言われればシラは断れないだろう。それに統制の檻まで使えるとなると獣国とすればメリットしか存在しないからな。シラはああ見えて責任感が強い。それはマスターもわかっていることだろう?」
「…………そうだな」
俺はサシリとキラの言葉を聞き頷いた後、腕の中にいるシルに優しく言葉をかけた。
「シル、大丈夫か?」
すると、シルは目元に大きな涙を浮かばせながらこう呟いた。
「は、ハク様………。わ、私は、絶対に姉さんの下まで行きます!こ、こんな、ことを一人で背負うなんて間違っています!私たちは姉妹なんです!嬉しい時も悲しい時も辛い時も分かち合って生きてきたんです。それなのに、今回だけ姉さん一人で受け止めるなんて、絶対に納得できません!」
「シル………」
俺は珍しく声を上げたシルの意思に圧倒されながら、呆けてしまう。
しかしその俺の後ろからキラとサシリが笑顔を携えたままシルの髪を撫でてきた。
「では、その姉妹喧嘩に妾も混ぜてもらうことにしよう。言っておくが妾たちに黙ってマスターの下から離れた罪は大きいぞ?さっさとその面を拝んで叱ってやらねばな」
「あなただけで抱え込む必要はないわ。私たちだって仲間だもの。助けられるときは何があったって手を差し伸べるわ。そうでしょう、ハク?」
サシリはそう言うと、左目をウインクさせながら俺に視線を合わせてくる。
俺はその言葉に大きなため息を吐いて、キラたちと同じように笑みを作るとそのままシルの顔を覗き込みながら言葉をかけた。
「そうだな。それがパーティーってものだ。それにシラの主としてこのような事態は俺も納得できない。だから、みんなで獣国に行ってシラに会おう。それでシラの気持ちを聞くんだ」
その声を聴いたシルは、最近では見せたことがない笑顔で俺たち三人の顔を眺め大きく頷いた。
「はい!」
そして俺たちは用がなくなった祠から出るために立ち上がったのだが、そこでいきなり脳内に念話が轟いた。
『あ!ようやく、繋がった!ハク君、聞こえるか!』
『ん?イロアか。どうした、そんなに慌てて』
『どうしたもこうしたもない!ついにシラ君が王選の立候補者の一人として出てきたんだ!』
その声は今の俺たちにとってとても大きな知らせとなり、次の目的地を指し示したのだった。
この設定については大分前から考えていたものです。シラとシルが以前にもミルリス一族の話を口に出そうとしていた描写もかつてのお話に書かれていたりします。またシラが血晶病に関して異常に熱くなっていたのはこのあたりの設定が鍵となってくるのですが、それは今後詳しく描ければいいなと思っております!
次回はついに獣国ジェレラートに向かいます!
誤字、脱字がありましたらお教えください!




