第二百三十七話 奴隷区域の現状
今回はセルカとカラキを交えた話し合いです!
では第二百三十七話です!
「お父さん!お母さん!」
アリエスは自分の実家である屋敷につくなり、両親を発見するとその二人に抱き着いた。
カラキとフェーネさんはしっかりとそのアリエスを抱き留め久しぶりの再会に浸っているようだ。
アリエスはシルよりも年上だがそれでも十一歳。まだまだ親に甘えたい年ごろなのだ。その光景は実に微笑ましいものでその場にいる全員の表情が和らいでいる。
どうやら見たところ二人は特に病気をしているだとか体調を崩しているということはなさそうで非常に元気そうであった。
俺はこの屋敷の執事の人に勧められるようにソファーに着席し、他のメンバーも同時に座らせる。並びで言うとアリエスを覗く俺たちパーティーが一列に並び、その向かい側にアリエスとセルカ、カラキにフェーネさんという並びになっていた。
俺たちパーティーはそのまましばらく無言でアリエスと家族の再会を見ていたのだが、ここでセルカが声を挟み話を切り替えた。
「カラキ、すまないが急がせてもらうよ。おそらくハク君たちは早く話を進めたいだろう」
するとその言葉に反応するようにカラキは表情を引き締め、アリエスをフェーネさんに預けると頷きながら返答した。
「ああ、そうだね。では始めるとしようか」
「よし、ならば最初に確認しておくけど、ハク君。君たちはシラちゃんが失踪したことをきっかけに獣人族の情報を求めているということでいいのかい?」
カラキの言葉に反応したセルカさんが口早にそう問いかけてきた。
今回俺たちがこのルモス村に来たのは獣国ジェレラートに向かうためでもあるが、一番は獣人族の奴隷区域にその歴史や情報を得るために来ている。
それはシーナからの情報提供があったからなのだが、これからシラの安否を確認しに獣国に向かうにあたって獣人族の歴史は知っておいたほうがいいだろうという考えに基づいているのだ。
失踪したシラがごく普通の獣人族であればこのようなことはしなくてもいいのだが、シラとシルの家系はかつて獣国の栄華を築き上げた伝説の種族のため、その秘密や過去というのはシラを引き戻す際に必要になってくるかもしれない。
「ええ、それで大方合っています。こちらから伝えられる情報は既にシーナから聞いていると思いますが、そういうことで奴隷区域に入りたいんです」
俺がそう言葉を発するとシーナとカラキは大きくため息を吐き出して目を合わせると、再びセルカが口を開いた。
「そうか。ならばその話題に移る前に私たちからその奴隷区域のことについて話しておこう。そちらのほうが話がスムーズに進む。シルちゃんは聞きたくなかったら聞かなくてもいいからね?」
セルカはシルの気持ちを気づかって優しい言葉をかけるが、シルは強く光を帯びた目をセルカさんに返し否定を示す。
「いえ、私は姉さんの下へ行くためにこの奴隷区域のことに関しては知っておかなければならないと思うんです。ですから耳を背けることはできません」
「………なるほど、シルちゃんもハク君との旅で成長しているということか。聞いた私が馬鹿だったようだね」
セルカさんはそう言いながら視線をシルから逸らすと、もう一度俺に戻し話し始めた。
「ならさっそく始めようか。まずこの奴隷区域がどのような歴史を辿ってきたか、という点について。これに関してはおそらく騎士団長さんから聞いた通りと言ったところだね。かつてこの奴隷区域を滅ぼした獣人族が近くにあったこのルモス村の公爵にその区域の存続を頼んだ。それが今でも続いておりこのカラキの家系と冒険者ギルドで管理している」
「ええ、それは聞いています」
「で、ここからなのだがその奴隷区域管理状況についてなんだけれど、これは正直に言って何もしていない」
「は?」
セルカさんが真顔で吐き出した言葉に俺は呆けてしまった。それは話を聞いている全員がそのようであり、キラやサシリは表情を変えていないものの、エリアやルルンは目を見開き口を開けている。
「そ、それはどういうことですか?」
するとその返答には今まで黙っていたカラキが答えてきた。
「セルカの言っていることは本当だよ。私たちは管理していると言っているものの管理らしいことは何一つしていない。強いて言えるとすればその区域にかけられている隠蔽魔術の維持くらいかな」
「というのも何やらその区域を破壊した獣人族がその内部もそのままにしてほしいと言ってきたそうなんだよ。よって今の私たちにはその内部を触ることは出来なかったということになる」
つまりその奴隷区域が崩壊してから内部はまったくといいっていいほど触れられておらず、当時の環境がそのまま残されているということか?
だとすればあのシーナが気分を悪くしたのも頷けるかもしれない。
基本的にこの時代の奴隷は今よりもさらに劣悪な環境に置かれていたようで、強制労働だけでなく性的な行為を無理矢理執り行ったり、拷問じみたことを平気でやっていたらしい。
その光景を連想させるものが大量に残っているのだとすればそれは隠蔽魔術で隠さなければ大事件になっていたであろう。
「その理由はわかってないのですか?」
「ああ。なにせ何百年も前のことだからね。今の私たちには当時の環境がわかるわけでもないし、何より隠蔽魔術によって隠されているからその存在に気付く輩もほとんどいない。よってその理由なんて気にすることはなかったということかな。だけど」
俺の問いに答えたセルカさんはその言葉の最後を濁すと、何かに怒りを覚えるかのような表情を作り話を続けた。
「あの光景はある意味残しておいてくれて正解だったかもしれない。酷すぎる景色ではあるけれど、獣人族がどのような仕打ちを受けてきたかよくわかるからね」
セルカは眉間に皺をよせ膝にのせている拳を血が滲むほど握り締めながらそう呟いた。それはまるでシラとシルが奴隷商に捕まっている話を俺に話したときの雰囲気と似ており、その顔には憎悪が滲み出ている。
「セルカさんは………、その、奴隷区域に行ったことがあるのですか?」
シルがセルカの姿を見ながらそう言葉をかけた。確かに今の口ぶりからすれば一度はセルカさんもその区域に行ったことがあるのかもしれない。
「まあね。一応その区域を管理している以上偵察くらいは行かないといけない。あれは五年ほど前だったかな、カラキと一緒に様子を見てきたのさ」
その言葉に続くようにカラキも声を被せる。
「とはいえその中の光景があまりにも酷すぎて入って数メートルで引き返してしまったけどね。あれを黙視するには相当の覚悟が必要だ」
であればこの二人は奴隷区域に入ったことはあれどその内部、および深奥には足を踏み入れていないということだ。
つまり区域を破壊した獣人族が残したとされる情報は見ていないのだろう。
「そんなにか、その奴隷区域というのは」
キラが目を細めカラキの言葉に反応する。
一応俺たちパーティーは魔物や使徒と言った存在を殺してきている。それには血も命も絡んできているので、それなりの耐性は出来ているはずなのだが、同じく元冒険者のセルカさんが根を上げているということは相当な景色が待っているのだろう。
「正直言って騎士団長さんが言ったように私たちもその中に入るのはオススメしない。あれはハク君はともかく同じ獣人族であるシルちゃんが耐えられないはずだからね。そもそもシラちゃんの下へ向かうのに奴隷区域気はいる必要は特段ないはずだ。無理して入ることはない」
セルカさんはそう言うと顔を舌に傾け、目線を一度外した。
しかし当のシルはそれでも引き下がることはなく言葉を紡ぐ。
「それでも私は行きます。いずれ私たちの家系とは関わらなければいけないと思いますので。それを知るにはいい機会だと思います」
「本当に行くのかい?」
カラキが最終確認をするかのように問いかける。ここで頷いてしまえば本当にその奴隷区域に入ることになるだろう。
それは間違いなくシルだけでなく俺たちにも相当な精神的ダメージを負わせるはずだ。だがそれでも俺たちはシラに近づくためにその事実を知らなくてはいけない。
いや、本来それは必要ない情報なのかもしれないがそれでも知っておけば間違いなく何かの切り札になる。
ルモス村がひたすら隠し通してきた獣人族の秘密はおそらく獣国にも殆ど残っていないだろう。それを得ておくのはシラを引き戻すことになったときに役に立つはずだ。
「はい、私は行きます」
シルは俺の隣で今まで聞いたことがないようなはっきりとした声でそう言葉を吐きだした。
その反応にセルカとカラキは目線を合わせた後、何やら机の下から何枚かの古びた紙を取り出し俺たちに見せてきた。
「これはその奴隷区域に行くまでの地図と、奴隷区域内の見取り図だ。私たちがその区域に行ったときにも持って行ったもので、かつて獣人族たちが残していったものらしい。きっと役に立つと思うよ」
カラキはそう言うと広げていた地図を俺に手渡し、腕を組み直した。
「あと、その奴隷区域を囲っている隠蔽魔術も一度切っておく。あれがあると相当発見するのが難しい。騎士団長さんのように偶然ということがなければ入ることすらできないだろうからね」
「了解です。では今から行きたいのですがいいでしょうか?」
俺はシルの毛並みを撫でながらそう呟いた。シルは見たところかなり興奮しているので、それを落ち着かせるためにそうしている。
するとその言葉を聞いたセルカさんは首を大きく振り、問いを否定した。
「それはさすがに無理というものだね。かけられている隠蔽魔術はかなり強力で少なくても解除するのに一日はかかってしまう。つまりどんなに早くても明日まで待ってもらうしかない」
ということは今日はこのルモス村に泊まることになるな、と考えを巡らせているとその話を聞いていたフェーネさんがおもむろに口を開いた。
「だったら家に泊まっていくといいわ。ここなら部屋も余ってるし、下手な宿よりは随分と居心地がいいと思うわよ?」
「え!いいの、お母さん?」
アリエスがその言葉を聞いた途端嬉しそうな声を上げ、フェーネさんに問いかける。
「ええ、大丈夫よ。あたなもそれでいいわよね?」
「ああ、問題ないよ。むしろハク君には返しきれないほどの恩がある。ここはむしろこちらがお招きしたいくらいだよ」
その言葉に俺はメンバー全員にそれでいいか?という視線を送るが全員が声をそろえて肯定を示してきた。
「大丈夫です………」
「はい、問題ありません!」
「私もいいよー」
「妾はマスターと寝られれば問題ない」
「私も大丈夫」
俺はその言葉に頷くと、カラキとフェーネさんに向き直って言葉を口にする。
「なら一日だけお邪魔します。明日は出来るだけ早めに出るので騒がしいかもしれませんが」
「問題ないわ。アリエスを助けていただいた恩人だもの。むしろ自分の実家と思って使ってちょうだい」
フェーネさんがそう言うと、そのタイミングを見計らっていたようにセルカさんが言葉を挟んだ。
「一応、明日は私もその区域についていく。隠蔽魔術を切っている以上君たち以外にその中を覗くものがいないとは限らないからね。明日の朝九時に迎えに来るよ」
「お願いします。セルカさんがいると心強いですから」
実際にこの人がいるだけで安心感が全然違う。実力云々ではなく、精神的支柱のような存在だ。
「へえ、君もそういうことをいうんだね。これはアリエスちゃんたちは苦労しそうだ」
セルカさんはそう呟くと少しだけ笑みを浮かべてこちらを見つめた。その言葉にメンバー全員が頷いていたのだが、俺には何のことかさっぱりわからなかった。
その後この話し合いは自動的に解散され、アリエスを中心にこれまでの旅の話に花を咲かせている。
当然俺もその中に入っていたのだが、その際先に席を立っていたセルカに呼び出され部屋を出て廊下に移動する。
何となく、シラが失踪したことについてお叱りでも受けるのかな?と思っていると、セルカさんは少しだけ困ったような表情で俺の胸に拳を触れさせ、話し始めた。
「また君は抱え込んでるね。出来るだけ表に出さないようにしているみたいだけど、シラちゃんが失踪した事実に相当無理している。他のみんなは気が付いていないようだけど、それでもいつもの君じゃない。気にしないでとは言えないけど、今は少し肩の力を抜いたらどうだい?」
セルカさんは俺に反論させる暇を与えずそう言葉を呟くと、俺の背中に回り込みながら軽くその背中を叩きアリエスたちがいる部屋に戻っていった。
俺はその後ろ姿を見ながら、頭を掻き苦笑を浮かべながら言葉を口に出す。
「まったく、あの人には敵わないな」
俺のその声は誰もいない廊下に少しだけ響き、空間に音が反響した。
そしてシラという獣人族の少女がきっかけとなり、とうとう俺たちは奴隷区域という場所に向かうことになる。
次回はついに奴隷区域へと向かいます!
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