第二百四話 騒動の後
今回はクガとの戦いが終わった後のお話です!
では第二百四話です!
キラがクガの中に潜んでいた星神を追い出しクガ自身が消失したあと、キラはひたすら俺の胸の中で泣き続けた。
普段はその強さと精霊の女王という立場から強気な態度を見せているが、今だけは普通の少女のように涙を流しながら泣いていた。それは声を漏らさず、大粒の涙を流すだけであったが、そこにはかつて自分の隣にいた騎士の存在を悲しんでいる感情が滲んでおり、俺はそのキラを無言で撫で続けた。
厳密にいえばキラたち精霊に死という概念は存在しない。ゆえにクガも気が遠くなるような時間をかければ一応自然に復活することが出来る。とはいえ、それはおそらく果てしないほどの時間を必要とし、もはや死んだも同然な状態になってしまったのだ。
俺の事象の生成を使えば生き返らせることも出来なくはない。
だがそれはシュエースト村全員の血晶病を直すよりも膨大な力を必要とし、おいそれと簡単には実行できるものではなかった。
そもそも死者蘇生という概念は、これまでの歴史上理論すら成り立たなかった人類未踏の領域にあるものだ。神話では幾度かそれに近いことを行ってきた神々は存在しているが、それを完璧に実現したものは誰一人いない。
唯一例外を上げるとすれば、俺やリアの二人なのだが、やはり消費する力も多い上に、一度死んだものを生き返らせるというのは、人間的にも神的にもタブーなのだ。
星神のようにそれを平然とやってのける輩もいるにはいるが、それこそ倫理観にかけているとしか言いようがない。
仮にそれが可能だとしてもやってはいけないことなのだ。
それに俺が死者蘇生を行うにしても、やはりその絶大なる力は世界を一つどころか何十個壊しても足りないほど空間を歪めてしまうので、実現できるものではなかった。
俺はすすり泣くように体重を預けてくるキラを撫でながらそんなことを考えてくると、急にキラが体を離し、俺に小さな声で問いかけてきた。
「…………なあ、マスター。クガは………、私の騎士は、強かったか?」
その言葉はまるで何かを確かめるような雰囲気を含んでおり、潤んだその瞳は必死に何かを求めているような眼をしていた。
「ああ、強かったよ。それはもうお前に匹敵するくらいにな」
するとキラは俺の言葉を噛みしめるように俯くと、少しだけ嬉しそうな顔をして言葉を紡いだ。
「そう、か………。ならば、私もクガの主として何か伝えられたものがあったのだな」
クガの動きは全体的にキラの戦闘スタイルに似ている部分が多かった。キラは基本的に根源を使用し、クガは近接戦闘がメインではあるが、力の使い方やその体の動かし方は、キラが指導しただけあってやはりどこか似ていたのだ。
おそらくキラはそれを俺に確認したかったのだろう。無理矢理だったが、騎士にした精霊に何かしてやれたことはあったのか、ということをキラは悩んでいたのかもしれない。
「ああ。それはお前の誇るべきところだ」
俺は最後にそう告げると、すっかり静まりかえった学園王国の空を眺めながら、少しだけ思考を投げ捨てるのだった。
結果的に洗脳されたクガがトリガーとなり引き起こされた一連の騒動は、比較的小さな被害しか残さず収束した。
というのも優勢だった冒険者や騎士団の連中はエリアやルルンたちのおかげで、精霊たちを無力化はしても、その存在を消そうとはしなかったのだ。ゆえに消されてしまった精霊は全体的に見ても三割程度で落ち着き、キラ曰くすぐに精霊の森で復活するらしい。
反対に学園王国の被害もさほどひどいものではなく、瓦解していたり粉々になっている家屋もそれほど見受けられなかった。
あったとしてもそれは俺の事象の生成で全て修復したのでこれまた問題はない。
さすがにこのような事態に発展してしまうと王国の事情聴取がうるさいかとも思ったのだが、それはわが学園の学園長が国王に掛け合う形で、面倒ごとには発展しなかった。
自我を取り戻した精霊たちは女王であるキラを目指し再び群がり始めたのだが、それはキラが優しく元の住処に返し、完全にこの学園王国に迫っていた危機は取り除かれたのだ。
そして、その日の夜。
俺たちは競技祭の後ということもあって外食をするという考えも思いついたのだが、今日はキラの精神状況を考えて大人しく帰宅することとなった。
キラはあの後すぐにいつもの態度を取り戻し、何食わぬ顔でみんなの下へ戻っていったのだが、それでも今日ばかりは休んだほうがいいだろうということで、早めに寮に帰ることとなったのだ。
学園内はあれほど大量の精霊が攻めてくるという緊急事態があったにも関わらず、大した被害も出てないことから、それほど殺伐とした空気はなく、むしろ競技祭の雰囲気を多大に残していた。
しかし当然俺だって優勝はしたものの、キラとクガの関係を垣間見てしまった以上、そのような空気に浸る気にはなれず、全体重を投げ出すような形で自室のベッドに取れこんだ。
となりのベッドを見ればグラスの姿はなく、どうやらまだ帰ってきていないようだ。
俺はそのままベッドの上で仰向けになるように体を動かすと、右腕を額の上にあて相棒に話しかけた。
『本当にあれでよかったのかな?』
『なにがじゃ?』
『キラとクガについてだよ。どうすることも出来なかったとはいえ、キラには二度も辛い別れを強いらせてしまった。それはあいつの主としてどうなのかと思ってさ』
一番初めの別れは完全に俺は関わっていないが、今回に関して言えば俺も十分に渦中にいたのだ。後から聞いた話であるが、クガは洗脳されている精霊たちの力の起点となっていたらしく、どう足掻こうがクガの消滅は避けられなかったのだという。
だがそれにしても、他にもっと手があったかもしれない。
今の俺はそう思えて仕方なかったのだ。
『それは考えすぎじゃな。主様は私の能力を存分に使える分、他人に比べれば圧倒的に自分の手の届く範囲が大きい。だがそれでも世界にある全ての事象に手を伸ばせるわけじゃないのだ。それは完全な神であっても不可能な話で、主様はそのさらに先に思考が行ってしまっておる。それではいずれ自分がパンクしてしまうぞ?』
確かにリアの言う通り神妃の力が万能な分、何でもかんでも自分でこなしてしまいそうになるときはある。
それは否定もしないし、する気もない。
力を持つ者はそれに伴ってある程度の責任があると思っているからだ。
しかし今回のようにどう頑張っても不可能な案件にまでそのような考えを持ってしまうのは、マズいのかもしれない。
俺はそう考えながら自分の髪をかき上げベッドで大きく背伸びをする。戦闘でよく使われた筋肉はその行動に悲鳴を上げ痛みとともに気持ち悪い感覚を流してくる。
そろそろ飯でも食いにいくかな、と思っているといきなりキラが念話のパスを力ずくで繋げ話しかけてきた。
『すまない、マスター。少し会いたいのだが今大丈夫か?』
『ああ、問題ない。どこに行けばいい?』
『それでは学園の屋上に来てくれ。そこなら落ちついて話が出来るはずだ。』
俺はキラとの念話を切ると、そのまま転移を実行しその屋上に向かった。
するとそこにはすでにキラの姿があり、柵になっている岩の壁に腕を這わせながら、沈んでいく夕日を眺めていた。
俺は無言でその隣に立つと同じ風景を無言で眺める。
その姿を確認したキラは不意に口を動かし始めた。
「クガは何かあればすぐに妾を頼るようなやつだった」
夕日に照らされたキラの横顔はどこか悲しそうでもあったが、反対に嬉しそうな表情にも見て取れた。
「妾が女王で他の精霊よりも強力な力を持っているからかもしれないが、それにしてもよく話しかけ、それでいて困ったことがあればすぐに妾に頼ってきたものだ」
「…………」
俺はキラの方を向きながらも無言で何も話さない。
「そんな奴が星神に操られているとはいえ、マスターや妾に牙を向くとはな。正直今でも信じられないというのが本音だ。あいつはどこまで行っても人間と精霊を大切にしていたからな」
最後に星神の洗脳から解放されたクガはまるで別人のように優しい表情でキラと話していた。おそらくあれが本来のクガで本当の姿なのだろう。
「それを考えると、やはり星神が施す洗脳というのは尋常ではないのかもしれない。今までは神核が変化した姿しか見ていなかったから、その危険性についてあまり考えてこなかったが、今になってようやく気付いた。あの存在は放置しておけない」
キラはそう言うと今まで夕日を見ていた顔をこちらに向けてくる。
その表情は先程の泣き顔はまったく感じさせず、殺気も威圧も放たれていないのに力強い意思の力を感じた。
「ああ。俺も同意見だよ」
俺は初めから星神という存在になぜか狙われているので、放置しておく気など全くないし、そもそも星神が住んでいる空間に行かなければ俺とリアは元の世界に戻ることはできない。
ゆえに俺は何としても星神に接触する必要があるのだが、キラにはこれといってそのような理由は今まで存在していなかった。
俺と契約しているのもまだ見たことのない人間の営む世界が見たいということでついてきているのだ。
だが、ここにきてその理由が見つかったようだ。
「マスター、妾は何としてでもあの星神を倒す。精霊の女王だからとか、クガがいいように弄ばれたからという理由ではなく、ただ単純にこの世界に生きる存在として、あの星神が気に入らなくなった。…………だが妾だけでは悔しいが今の星神には敵わない」
確かにキラはこの世界の中でも圧倒的な力を保有している数少ない存在ではあるが、世界を創造した神に敵うかと聞かれると正直言って首は横に振れるだろう。
キラはそこで一度言葉を切ると大きく息を吐き出し俺の目をジッと見つめると、ゆっくりと語り掛けるように言葉を発した。
「だから、マスターの力を貸してくれ、この通りだ」
そのままキラは大きく頭を下げるとその綺麗な虹色の髪を地面に擦らせるような形で俺に頼み込んできた。
何をいまさら。
そんなこと言われなくても他のみんな同じ意見に決まってる。
俺はそんなキラの姿を見ながら返答した。
「当たり前だ。というかそれはみんなだって同じ思いだと思うぞ、ほら」
俺はキラの目線を誘導するように、屋上と校舎内を繋ぐドアに向けさせる。
そこにはキラに微笑みかけるアリエスたちメンバーの姿があった。
「な?だから特段かしこまる必要はないんだよ。今まで通り神核を倒して、救える人は救って、そして星神に一泡吹かせてやればいい」
キラはいきなり現れたアリエスたちに驚きながらも、今日一番の笑顔を浮かべながら力強く頷いた。
「ああ、そうだな」
すると勢いよく近寄ってきたアリエスが、俺の服にしがみつきながら元気な声でこう呟いた。
「ねえ、やっぱり今日は街で外食にしようよ!私、お腹減っちゃった!」
どうやらそれは他のメンバーも同じようで、俺は笑いながらため息をつきその言葉に返答する。
「はあ………。そうだな、今日は競技祭もあったことだし、久しぶりにパーッと美味い料理でも食べに行きますか」
「うん!」
こうして競技祭個人戦から始まった長い一日は終了し、新たな決意を胸に再び明日からの学園生活に胸を躍らせるのだった。
次回からついに第四神核戦に突入します!
第五章はようやく半分を越えたあたりになるかと思います!
誤字、脱字がありましたらお教えください!




