第百八十五話 競技祭予選、個人戦、三
今回で予選の個人戦が終了します!
では第百八十五話です!
「くそ!なぜだ!なぜあいつらは倒れない!」
シンフォガリア学園競技祭特別観戦室。
そこには怒り狂う一人の男性とそれを見つめる一人の少年が立っていた。
それは先日からハクたちを狙い続けているシラフ=ワグナとその息子バーリ=ワグナたちで、個人戦最終日である今日はステージを全て見渡せる特別席に役員であるシラフも足を運んだのだ。
時本来役員だからといって強制的に競技祭を見なければならないという決まりはない。あるとすればそれは学園長だけだが、当の学園長は既にステージに備え付けられている観客席に腰を下ろしている。
ではなぜ役員であるシラフが直々に姿を現したかと言うとそれは当然ハクたちの存在が原因だ。シラフはその権力を用いて学園の生徒会を乗っ取りその生徒達を使ってハク達を攻撃していた。それは元々超高得点で入試を突破した腹いせというのもあるのだが、主に息子が決闘でやられたということと他学園の役員との裏取引が大きな理由になっている。
自分の息子に大きく期待をしていたシラフは当然バーリが学年主席で入学試験を突破するだろうと思っていた。だが、今年はそこそこ名の通っているAランク冒険者や突如として現れたSSSランク冒険者の集団が考えられない点数をはじき出すという破格の事態が起きたのだ。それは完全にシラフの誤算であり、痛手でもあった。
学園の役員である自分の息子が主席で入学できないことなどあってはならないことだとシラフは思っているようで、結果的に入学試験の内容まで改竄するはめになったのだ。しかし、どう頑張ってもSSSランク冒険者のパーティーだけは誤魔化しようがなかったので別クラスに追い込む形で隔離し安定を保とうとした。
ここで大人しくなればシラフも留まっていたのだが、そうは問屋がおろさない。
あろうことかバーリがハク達に決闘を仕掛けた挙句、ボロボロに負けたという知らせが飛んできたのである。さらにそのハク達は今年開かれる競技祭に出場する予定であの学園長さえも優勝を確信するレベルだったのだ。
今までの競技祭はシラフが他の学園の役員と協力してその優勝校を動かし、八百長を行う形で個人的に金銭を受け取っていたのだが、SSSランク冒険者ともなればそのような小細工で勝敗を動かすことは出来ない。それはバーリを一瞬で倒したことからも明らかで、もはやその実力は人間の領域にいるのかすらも怪しんでいるくらいなのだ。
そこでシラフが考え付いたのが今回の騒動である。
自分達は手を下さず、他の生徒にハク達たちを競技祭に出場出来なくなるくらいのダメージを与えようという安易な発想を思いついたのだ。
正直言ってそんなもの調べれば直ぐに足がつくのだが、今のシラフには他学園の役員からのイメージのほうが大切だったようで、息子であるバーリさえも巻き込みハクたちを排除しようとしていたのである。
とはいえそれにいち早く気づいたハクがギランや学園長に話を通したことによってシラフの行動範囲はどんどんと狭くなり残されている道はこの個人戦の舞台だけとなってしまったのだ。
「おのれ、学園長。生徒会はおろか他の役員たちにまで根回しをしている………。こうなったら手段は選べんか………」
するとシラフは自分の後ろでずっとその様子を見ていた息子に向かって言葉を吐き出した。
「おい、バーリ。決勝戦であのSSSランク冒険者を倒せ!当然術式は仕掛けてやる。それも全開でだ」
「はい、当然です。僕も全力であの憎い雑魚を倒して見せます!」
冷静なバーリであれば物事の良し悪しも見抜けたのだろうが、今のバーリはハクに対する憎悪と恨みの感情しか持ち合わせていない。
それは先日の決闘で負けたことで自分についてきていたギャラリーが一瞬にして消えていったことや憧れにしていたカリンからも冷たい言葉を言われたという悲惨な事態が原因になっているのだが、それはバーリの中で沸々とハクに対する負の感情を蓄積させていったのだ。
そのようなやり取りが行われた直後、ステージ上ではハクがものの見事に予選の準決勝を勝利しており、大歓声の中舞台から降りてきていた。
その飄々とした表情を見ながらバーリは自分もそのステージに向かうために特別観戦席を後にしたのだった。
既に時刻は午後二時を指し示しており気温も最も暑い時間になっていた。今日行われている個人戦は他のどの競技よりも時間的に早く進むはずなのだが、この大量の観客と炎天下により少しだけスケジュールが押してきているようだ。
とはいえ残すところ個人戦も決勝だけになっており、俺は今その対戦相手が現れるのを腕を組みながら待っていた。
今回の対戦相手は予想外も予想外であのバーリが相手なのだ。まさか個人戦の決勝を一年生が牛耳ってしまうということはかなり珍しいようで、これまでの歴史の中でも一回ないし二回あるかないかというレベルの話なのだという。
観客席を見ればアリエスたちが大きく腕を振りながら応援している姿が見え、俺はそれに軽く微笑み返しながら最後の確認を行う。
『キラ、それにフレイヤ。おそらく仕掛けてくるならこのタイミングだ。十分に警戒しておいてくれ』
『ああ、了解だ』
『わかってるわー』
二人は緊張感を滲ませた声で頷くと俺の言葉に従うように警戒の色を強めた。フレイヤはドームの上空から、キラは観客席から、二人とも纏っている空気は優しいものの目だけは笑っていない。
するとようやくいつみても美形なバーリがステージに姿を現した。
「やあ、ハク=リアスリオン君。こうやって面と向かって話すのは久しぶりだね」
「そうだな。俺は出来れば二度と話したくはなかったけれどな」
「それは僕も同じさ。だけど僕は君を倒さないと腹の虫が収まらないんだ!しかも君はまたカリン先輩を倒しらしいじゃないか。そんな君を僕は許すことは出来ない!」
バーリはそう言うと全身に魔力を走らせ俺を全力で睨んできた。
それに対し折れは大きく息を吐きながらエルテナとリーザグラムを抜きエルテナを上段、リーザグラムを中段に構える。
「へー、そうかい。だったらかかってこいよ。言っておくが前みたいになめた動きしてると容赦なく吹き飛ばすぞ?」
俺は相当威圧を含んだ声でそう呟いたのだが、バーリはまったく態度を変えず、むしろ余裕の笑みを浮かべて自信も剣を抜く。
「ハハハ!僕が君に負けるわけがないだろう?しかも今回の僕は特別だからね」
は?なにそれ?
俺はいまいち言っている意味がわからなかったのだが、とりあえず瞬殺してしまおうと思い開始の合図を待った。
俺たちがお互い戦闘態勢に入った直後、会場全体に試合開始のゴングが轟く。
その瞬間、バーリは自分の体に身体強化をかけ俺に向かって突っ込んできた。
だがいくら身体強化を施しているとはいえ所詮はグラスにも届かないレベルで、俺はゆっくりとその攻撃を迎え撃とうとする。
だから、そんなスピードじゃ遅いんだよ。
俺はそう心の中で呟くと、バーリの攻撃を弾くために腕を動かした。
だが、その腕は俺の意思に反したように急に動かなくなる。
「な、なに!?」
「フッ、もらった!!!」
俺は何が起きているのか理解できず、バーリの攻撃を正面から受けてしまいそうになる。だが、どうやっても俺の体は動く気配を見せない。
「チッ!」
とりあえず攻撃を受けるのはまずいと判断した俺はすぐさま転移を使用しバーリの攻撃を避け距離を取る。
すると何事もなかったように体の硬直は解け身動きが取れるようになった。
な、なんだ今のは……。
体が動かなくなるというよりは………重くなったのか?
明らかにおかしい現象が起きたので俺は魔眼を使いそこに何が起きているのかを確かめる。
「ッ!?」
俺の魔眼に映し出されたものは俺も予想していなかった出来事であった。
先程俺がいた周辺には大量の魔力が迸っており、重力操作系の魔術が施されているようで、その出所はステージそのものから発せられているようだった。
…………なるほど、隠れて俺を排除できないとわかると今度は正面から潰しにきたか。つくづく汚い連中だ。
それにこの術式は今しがたかけられたものではない。つまりバーリがこの決勝まで勝ち進んでこられたのは、この術式のおかげということか。
「ほう、よく避けたね。だが次は絶対に当てるよ!」
バーリは俺の姿を確認するとまたしても真っ直ぐ俺に向かって走ってきた。
『気をつけろマスター。明らかにおかしな魔力が流れ出ている』
『舞台自体に術式を仕掛けるなんて、変わったことをするのね』
キラとフレイヤが同時にそう呟いてきた。その言葉に頷いた俺は再びバーリを迎え撃つため剣を振り上げる。
だがしかし、またしても先程の魔術が俺を襲い体の動きを止めてきた。
「ハハハハハハ!今度こそ終わりだ!!!」
バーリが勝利を確信したような顔を見せながら自らの剣を思いっきり振り下ろしてきた。それは普通の生徒が直撃すれば間違いなく即死するレベルのもので、どうやらこのバーリは自分でも知らないうちに俺を殺そうとしているらしい。
俺は動かない体を見つめながら、その攻撃が自分に近づいてくるのをひたすら待つ。
そしてその剣が俺の脳天に突き刺さる瞬間、俺はリーザグラムを使いバーリの剣を跳ね返した。
「言っておくが、この程度の魔術で俺を足止めできると思うなよ?」
そのリーザグラムの攻撃は舞台に仕掛けられていた魔術ごと切り飛ばし消滅させる。
「なにいいいいい!?」
リーザグラムの能力は同調。本来それは能力同士をぶつけて無効化させるようなものなのだが、今回の場合はそこに俺の魔力を上乗せして術式ごと破壊したのだ。
さらに言うと確かにあの拘束魔術には驚いたが、その程度で俺の足を完全に止めることなど出来るはずがない。所詮はどこの馬の骨が仕掛けたかもわからない魔術だ。そんなものが仮にも神妃の力を宿している俺に通用するはずがない。
俺は驚き慌てふためいているバーリの剣を残っているエルテナで吹き飛ばしバーリの両手を開ける。
そしてそのまま俺も二本の剣を手放し、神妃化を実行する。
「何を企んでいたのかしらないが、そっくりそのままさっきの言葉を返してやる」
「な、なにを………」
拳を高く上げた俺はバーリに急接近するとその顔面目掛けて右ストレートを思いっきり叩き込んだ。
「これで終わりだ。実力詐称野郎」
その攻撃を受けたバーリは目を白くさせたままステージの壁に大きな音を立てて激突した。
拳を振りぬいた俺は妙にスカッとした気分でそのステージを後にする。
その瞬間今日一番の歓声が会場を包み込み、とてつもない熱気がこの空間を支配した。
俺はそのままバーリと同じく俺に負の感情を向けていた特別観戦席にいるであろう人物のほうを見つめて口パクで言葉を吐き出す。
特別観戦席はドームの天井付近に用意されている。それはミラーガラスになっており中は確認できないが、気配探知とその腐りきった視線は俺の感覚にしっかり捉えられており、その中の様子は筒抜けだったのだ。
「今度変な真似したら、殺すからな?」
その音のない呟きは圧倒的な殺気を放ち恐怖を叩きつける。間違いなく今頃口をパクパクさせながらおびえているであろう人物の姿を想像し、今度こそ俺はステージから姿を消すのだった。
シンフォガリア学園、競技祭代表。
団体戦、アリエス=フィルファ、ルルン=エルヴィニア、サシリ=マギナ。
タッグ戦、シラ=ミルリス、シル=ミルリス。
個人戦、ハク=リアスリオン。
この瞬間、競技祭における学園代表のメンバーが全て決まったのだった。
次回は少しだけ落ち着いた話になると思います!
誤字、脱字がありましたお教えください!




