第百七十七話 初授業、三
今回はハクとサシリの模擬戦です!
では第百七十七話です!
ルルンとの戦いを終えた俺は次に行われる試合の準備をしていた。次の戦いは前々からわかっていたように俺とサシリの戦闘になる。
お互いが六戦六勝しているので、この戦いは勝っても負けても俺たちはこの戦いから抜けることは決定しており、勝敗に関わらずこの授業から脱出できる仕組みになっていた。
しかしパーティーのリーダーである俺はいくら能力を封じられているからといって負けるということは許されず、勝ち続けなければいけない現状が続いている。
というのもやはりパーティーを率いている者とすれば、そのメンバーに負けてしまうとその威厳が保たれないのだ。当然アリエスたちはそんなことまったく気にしないだろうが、俺のプライドが俺を許さない。まあ、相手も相手でぶっ飛んだ力を持っているので負けたところで悔いはないのだが。
というわけでおそらく俺を除いた七人の中で一番剣術が得意であろうサシリとの戦いがついにやってきた。
「つ、次はハクとサシリの番だな………。出来る限りグラウンドは壊さないでくれよ………」
ギランはもはや死んだ魚のような目をしてそう呟いた。今しがた行われたルルンとの戦いでこのグラウンドは完全に崩壊している。地面はひび割れ、いたるところに剣撃の後が刻まれているという、なんとも居た堪れない状況になっていた。ギリギリのところで他学年の生徒が居る場所やギランたちが控えているポイントはなんとか原型を留めている。ギランとしてはいくら気に入らない学園上層部の意見を嫌っているとはいえ、学園の設備をここまで完膚なきまでに破壊されると堪えるものがあるのだろう。
まあ、後で事象の生成で直しておくので問題はない。
俺はそう自分の中で結論づけると目の前に立っているサシリに向けて剣を構えた。
「ハクと戦うのはカリデラ以来かしら?」
サシリも同じく剣を中段に構えながらそう呟いた。
「ああ、意外と早い再戦になってしまったな」
「別に問題ないわ。むしろ私としてはハクとならいつでも戦いたいもの」
うわー、でたよ、でましたよ、戦闘狂発言。
なんでまあ強い人間というのはこうも強者を求めますかね……。相手になる身にもなってほしいものだ。
苦笑いしながら心の中でそう呟くと、もう言葉は不要と言わんばかりに目を細めジッとサシリの姿を見つめた。
やはり血神祖なだけあってその身にはまったく隙が感じられず、放ってくる威圧も尋常ではない。何せ全力状態ならキラと互角に戦えるほどの人間だ。今回キラはさほど剣の扱いに慣れていなかったからまだ良かったものの、このサシリはオリジナルの黒の章にすら反応できる実力を持っている。
正直言って勝たなければいけない試合なのにまったくその勝ち方が浮かんでいないという悲惨な状況に追い込まれている。先程使った擬似黒の章もどこまで通用するのかもわからない今、何を持って勝利すればいいのかわからない状況なのだ。
するとそんな俺たちを見ていたギランがついに開始の声を上げる。
「それじゃあ、試合開始!!!」
その瞬間、俺は先手必勝と言わんばかりに全速力でサシリの元に接近した。
狙うは右足。上段に剣を構えていた俺の動きはおそらく上から切りかかってくるとサシリは予測しているだろうが、初めからフェイントを使用し意表をつく形で攻撃を仕掛けた。
この戦いは別に相手を降伏させる必要はない。一撃でも食らわせれば勝利なのだ。
であればこの初撃に全力を懸けるという手段もあながち間違ってはいない。
俺は上段に構えていた剣をサシリの目の前で下段に持ち直すとそのまま切り上げるような形で剣を振るった。
「でりゃあああ!!」
だがそれは何一つ表情を変えないサシリの剣によって阻まれる。
「狙いは悪くないけど、私には通用しないわよ?」
剣と剣が衝突し爆風と轟音がグラウンド中に響き渡る。それは観戦していたほかの生徒達すらも巻き込み小さな悲鳴を上げさせた。
俺はそのまま次の攻撃に移動しようとしたのだが、ここでその動きを読んでいたサシリの剣が俺に襲い掛かる。
「フッ!」
「チッ!」
その剣撃は流れるように空中を駆け残像を残すかのようなスピードで俺に迫ってきた。なんとか自らの剣でその攻撃を防ぐが、キラの時と同じように腕が折れそうになるほど重い攻撃で右腕が変な音を立て始めている。
キラにしてもサシリにしても元の身体スペックが尋常なく高いので、俺のような人間かぶれではその攻撃を受け止めることすら難しい。全ての能力が使える状態なら完全に逆転するのだが、そうではない以上今の環境でどうにか動くしかないという状況に迫られている。
その攻撃をかわきりに俺たちの攻防は更に激化した。
サシリが一方的にとてつもないスピードで剣を振るい、俺がそれを紙一重で回避していく。それはもはや目で追えるレベルの戦闘ではなくまさしくイレギュラー同士の戦いに相応しいものとなっていた。
だが、このまま攻められているというのも癪なのでそろそろこちらも反撃に出てみることにする。サシリは普段ルルンほどではないが細めの刀身を持つ剣を好んで使う。俺があげた魔剣はあまり細いほうではないが、以前使っていた血剣はレイピアと片手剣の中間ほどのサイズをしたものだった。
ゆえに今回のような重たい木剣は使いづらいはずなのだが、そこはルルンと同様に何の気兼ねもなく振るい続けている。だが、やはりそれでも剣速は若干なりとも落ちているだろうと判断した俺は先程は奥の手で取っておいた技を惜しみもなく使用した。
「黒の章!!!」
「ッ!?」
その言葉を発した途端、俺の剣は動きを大きく変え最適な剣線を描きながらサシリに無限に続く剣撃を放っていく。本来黒の章とは二刀流専用の技ではあるが、今は片手剣用にアレンジして使っているという感じだ。
さすがにサシリもいきなりの黒の章には驚いているようで、その体が一瞬だけ強張る。
しかし、すぐさま体を動かすとあろうことか、そのとてつもない連撃に合わせついてきたのだ。
「な、なに!?」
何かしら弾かれることはあるだろうと思っていたが、まさか完全にそのスピードに追随してくるとは思っていなかったので、俺も驚きの声をあげてしまった。
「ハクのその技は前にも見たことあるから、対処するのは難しくない」
間単に言ってくれるなあ………。
普通そんなこと出来るのあなたぐらいですからね?
もう内心泣きたくなるくらい呆れた俺だったが、すぐさま切り返される攻撃に対し、なんとか遅れを取らないように黒の章を使い続けた。
黒の章は基本的に止まることのない剣技だ。それこそ大きく弾き返されるか、第一神核のように圧倒的な耐久性を持ち合わせていなければまともに受け続けることなど不可能に等しい。
だがこの吸血鬼のお姫様はその攻撃を完璧にいなす形で防いでいる。実際このような対処のされ方は初めてで、これからどうすればいいかまったくわからなかった。というのも今はまだ黒の章を使用しているのでサシリを押している形になっているが、これを中断した瞬間、荒れ狂うサシリの剣は間違いなく俺を切り飛ばすだろう。そのため俺は何が何でもこの剣技をやめることは出来ない。
しかし不完全な形で発動している黒の章がそう長く続くはずもなく、徐々に俺の攻撃速度が落ちてきていた。
「ぐっ!」
「…………そこ!」
「な!?」
サシリは俺の反応が遅れる瞬間を待っていたようで、黒の章のつなぎ目を的確に穿つように剣を放ってきた。その攻撃自体はなんとか防ぐことができたが、そのせいで肝心の黒の章は機能を停止させられる。
俺はこのまま近くに居てはまずいと判断し、すぐさま後方へ飛びのく。だがそれさえもサシリは予測していたおうで全力の横薙ぎを追い討ちのように振りぬいてきた。
「はああ!!」
「がっ!?」
その攻撃を剣の腹で衝撃を殺すように受け止め、なんとか距離を取るがその衝撃は俺の体ごと大きく吹き飛ばし間接的なダメージを与えた。
やはりサシリは強い。
ルルンのように何か武器のようなものがあるわけではく、単純に全ての能力値が俺の上を行っている。このまま戦いを長引かせれば間違いなく負けるのは俺だろう。
であれば早々に決着をつけるしかない。
だが、どうする?
今のサシリには黒の章はおろか俺の剣はまったくもって届かない。剣の動きだけならば対応できるかもしれないが、それにあの尋常じゃないスピードが加わってくるともうどうしようもない。
何か手段はないのか?
サシリの攻撃をまともに受けず、それを無力化する手段は。
俺が今手に持っているのは木で出来てはいるが一応剣だ。剣というものは相手を切るために作られている。だが木剣である以上、その切断性は皆無といっていいだろう。
………………ん?
本当にこの木剣は何も切れないのか?いや、もしかすればいけるかもしれない。
俺は心の中で一つの打開策を描き出すと、俺の行動を待っているサシリに再び視線を向けた。
「ハクのその表情嫌いじゃないわ。私でも想像も出来ないことをやってきそうな画策的な顔。ということは私を倒す方法でも見つけたのかしら?」
どうやらサシリにはお見通しらしく、その顔は高揚感が抑えられないと言うように笑みに溢れていた。
「さあな。だが間違いなく次の攻撃が最後になるはずだ。でなければ俺は負けるからな」
「そう。でも私も負けないわよ!」
サシリはそう言うと猛スピードで俺目掛けて接近してきた。やはりその速度は人外クラスのもので、本当に呆れてしまう。
俺はそのサシリが近づいてくるのをただひたすら剣を構えて待つ。
今の俺にできることは全力でサシリの攻撃に対応すること、それだけだ。
「これで終わりよ!」
サシリは今までよりも明らかに力の篭った攻撃を俺に繰り出してきた。それは空気すらも両断し、斬撃波すらも生じさせてしまうほど強力なものになっており、俺の体目掛けて全力で放たれている。
普通、この攻撃を受け止めようとすると大きく俺の体はバランスを崩し大きな隙を生み出してしまうだろう。
ゆえに俺はそんなことはしない。
狙うはただ一点。サシリの握る剣の腹。その場所だけ。
俺は全力で剣をサシリの木剣目掛けて切り放つ。
「はああああああああああ!!!」
その攻撃はものの見事にサシリの木剣を刀身の半部に上を削る形で切り飛ばした。
「え!?」
自分が持っていた剣が一瞬でその重みを失ったことに驚いているサシリだったが、その剣がなくなれば今の俺に怖いものなんてない。
つまり俺が何をしたかというと、簡単に言えば俺の木剣でサシリの木剣を切ったのだ。本来木剣はあくまでトレーニング用としてしか作られていないためその切断能力はまったくもってない。だが何にでも例外はあり、俺がやったことはサシリが持つ剣の一点だけに全力の力を込め、剣の切断性ではなく力の流れでその剣を切ったのだ。
はっきりいって自分でも常識はずれのことをしている自覚はあるが、相手自体が常識なんて考えていないような存在なので、まあお相子というところだろう。
俺は自らの剣をなくしたサシリの鼻先に剣を向け勝利宣言を高らかに述べた。
「また俺の勝ちだな」
するとサシリは両腕の力を抜いて、一度目を伏せると大きく息を吐き出し自分の負けを認めた。
「ええ、また私の負けね。何かしてくるだろうとは思っていたけど、まさか木剣で木剣を切るとは思ってなかったわ」
その光景を見届けていたギランは慌てて手の中に合った笛を鳴らす。
こうして俺とサシリによる人外境地の模擬戦は終了したのだった。
次回は普通の学園生活を描きます!
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