第百七十四話 恋心
今回はアリエスの淡い恋に迫ります!
では第百七十四話です!
時は少しだけ遡り、ハクと寮に向かうために分かれたその後。
アリエスは自分の割り当てられた部屋にたどり着くと、寝ているクビロを机の上に置き、自身は勢いよくベッドに倒れこんだ。
アリエスたちの部屋割りは、アリエス、エリア、ルルンが一人部屋でシラとシル、キラとサシリが二人部屋となっている。
それゆえ他の生徒との交流が深くあるわけではなく、むしろアリエスは実家での生活に戻ったような気分になっていた。決して実家の暮らしが嫌と言うわけではないが、それでも賑やかな雰囲気が好きなアリエスにしてみれば一人ぼっちというのはつまらない上に寂しかったのだ。
(うーん、学園生活もいいと思ってたけど、やっぱりハクにぃと離れちゃうのは嫌だな………)
アリエスとハクは出会ってからずっと一緒に生活してきた。一時期アリエスの婚約騒動で離れ離れになったことはあったもののそれ以降は片時もその側を離れず共に歩んできたのだ。
だがここで初めてそのハクと離れて生活することになってしまった。と言っても同じ学園内に住んでいるので会おうと思えば直ぐにでも会うことはできる。しかしそれでも普段からハクに対して特別な感情を抱いているアリエスからすると、もの凄く複雑な感情を沸き立たせる要因になっているのだ。
というのもアリエスは友人的な意味ではなく、恋愛対象としてハクのことを好いている。が、当のハク自身はまったくそんな気配を見せず普通の仲と同じように接してくるのだ。それはまだアリエスが十一歳ということもあるのかもしれないが、どれだけアリエスがアピールしようと振り向いてはくれなかった。
今まで語られてきていないだけで、その積極的な行動は他のメンバーでさえ目を張るものがあるのだが、肝心のハクはまったく見向きもしない。だからといって蔑ろにするのではなく、優しく反応を返してくるのでこれまた困ってしまうのが現状なのだ。
で、アリエスの予想ではあるが他のパーティーメンバーもハクに特別な感情を抱いている。エリアやキラなんかは特に顕著であるし、普段あまり顔に出さないシルやサシリもおそらく何かしら思っているはずなのだ。
だが、それでもハクはそのメンバーにもごく普通の反応を取る。それはスタイル抜群のキラに抱きつかれてもまったく変わらない。もはやここまでくると女性として仲間を見ているのか不思議になってくるくらいなのだが、それでも大切にしてくれている心は伝わってくるので、やはり側にいたいと思ってしまうのだ。
(ハクにぃに会いたいな………。これから三ヶ月も離れて暮らすなんて耐えられるのかな、私………)
すると、先程机に寝かせておいたはずのクビロがもそもそと動きながらアリエスの顔の隣までやってきた。
『むう………。何か悩んでいるようじゃな、アリエス?』
「クビロ………」
クビロはアリエスたちの仲間になってから殆どと言っても過言ではないほどアリエスと一緒に生活していた。時には一日の出来事や愚痴や泣き言を聞かされたこともあったのだが、クビロはそれを全て聞きとめアリエスの側に居続けたのだ。
いわば心の理解者のような存在になったクビロは、そのアリエスを慰めるように言葉を紡ぐ。
『何となく考えていることはわかるが、こればかりはどうしようもないのじゃ。さすがに男子寮に攻め入るわけにもいかぬからのう』
「うん、わかってるよ」
アリエスはそんなクビロの背中を横になりながら撫で、目を閉じた。
思い返せばこの数ヶ月は色々なことがあった。
盗賊に捕まっているところをハクに助けられ、無理矢理承諾させられそうになっていた婚約を破棄して、各地を転々と巡ってきたのだ。その中には本当に命を刈り取られそうになったときもあったが、全ての思い出がアリエスの中で掛け替えのないものになっている。
そしてその中で芽生えたものはハクへの恋心だった。
しかも今こうやって離れてみるとその気持ちが余計に膨らんできており、胸の奥がギュッと締め付けられるような痛さが襲ってくる。
しかし同様にハク対して好意の感情を抱いている仲間達に相談できるわけでもなく、動こうにも動けない自分に嫌気が差してしまっているのだ。
(どうしたらいいのかな?そもそも私はハクにぃの隣にいて釣り合う存在なのかな………)
アリエスからするとハクという存在は、最強で誰にでも優しくて頼れるお兄さんというようなポジションなのだ。自分というたかが貴族の娘に相応しい男性なのかといわれると、どうしても自分の価値の低さに身悶えてしまう。
(だって、王女のエリア姉や、女王のキラが認めてるわけだし、一介の村娘にすぎない私なんてハクにぃの眼中に入っていないのかも………)
アリエスはどんどんその表情を硬くしていき暗い想像の渦に引き込まれていく。これがアリエスの悪い癖であり、ハクも当初から気にしていることであった。
そしてそれは当然クビロもわかっていることであり、一つため息を吐き出すとそのアリエスに向かって小さな尻尾を振り当てた。
「イタ……。もう、何するのクビロ……」
『そりゃあ、またアリエスが下らん妄想に耽っとるからじゃろうが。確かに色々と考えるのもいいが、時は忘れることも大事じゃぞ?』
「無理だよ、ハクにぃのことを忘れるなんて出来ない……」
『だったら別のことでも考えておくのじゃ。でないとますます心が荒んでいくぞ?』
「う、うん………。そうだね………」
アリエスはしぶしぶクビロの考えに頷くと、普段から携帯している魔神教典リブロールをおもむろに開いた。そこには今だに理解できない魔術が大量に記載されており、改めてハクのなかにいるリアという存在の凄さを思い知ってしまう。
(リアってハクにぃの中に入る前はどんな感じだったんだろう?)
そのまま仰向けになるように寝転がると天上に魔本を掲げるような形でそのページを開いていく。やはりこの学園の試験を余裕で突破したアリエスであってもそこに書かれている魔術らしきものは解読することが難しく、読み解けるものは片手の指で数えられるほどしかない。
それでも他に何か読めるページはないか、とぺらぺらと紙をめくっていると、なにやら今までのページとは明らかに違う箇所が出てきた。
(あれ、これなんだろ?こんなページあったっけ?)
それはリブロールに使われている紙よりも明らかに古いもので尋常でないレベルの魔力が染みこんでいるようで、なにやら少しだけ光り輝いていた。
そこに書かれている文字はアリエスにもなんとか判別可能なものが記載されており、大分掠れているが視認することはできるようだ。
(えーと、なになに………)
アリエスはそのままの姿勢でその魔本に書かれている文字を読んでいく。
そのページにはこう書かれていた。
『私は今を持って全ての頂点に立つであろう「鍵」を創造する。おそらくこれを作り出したあとはこの存在を■■■いるだろうが、それは仕方のないことだ。だが問題なのはこの「鍵」は■■を■■するということだ。これは完全に想定外で、私の完全なミスだ。つまりこの強大な力は私の■の■には収まらない。これが何を意味しているかは私にも想像できないが、どこかの■■で役に立ってくれることを願おう。では親に歯向かってくる神々どもがそろそろ攻めてきそうなので、ここらで筆を置くことにする。執筆リ■■リ■ン』
(鍵?一体なのこと?というかこれなに………?)
アリエスはかすれて読めないところ以外全て読み終わると、眉毛を寄せて書かれていた内容について考え出した。この魔本はハクがアリエスの武器になるように渡したものだ。基本的に魔術を使わないハクにとってこの魔本は主戦力にならなかったため、アリエスに渡された経緯がある。
ゆえにこれはハクが書いたものではないだろうと推測でき、であれば誰が書いたものかというのは一人に絞られる。
(多分これはリアが書いたんだよね?それじゃあ、本人に聞けばわかるのかな?)
アリエスはそう結論付けるとその魔本を閉じ、再びベッドの上に置かれている枕に顔を鎮めた。やはり他のことを考えようとしてもどうしてもハクのことが気になってしまう。もうここまでくると恋煩いと言っても過言ではないくらい重症なのだが、それでもアリエスはハクに対する気持ちが抑えられなかった。
(やっぱり、夜中にこっそり会いに行こうかな?でも、それで見つかったらハクにぃにも迷惑がかかるし………。ああもう!どうしたらいいの!)
と心の中でアリエスが悲痛な叫び声を上げていると、不意に部屋のドアがノックされた。
「アリエスー!夕食に行きますよー!」
その声はシラのものでおそらく寮で出される夕食の準備が整ったのだろう。
「うん!今行くー!」
アリエスは大きな声でそう返事をするとそのままベッドから起き上がり、クビロを首に乗せるとドアまで歩き出した。
(うん、こういうときは思いっきりご飯でも食べよう!そうすれば多少はマシになるかもしれないし!)
両手を全力で頬に叩きつけ、アリエスはシラたちと共に新入生歓迎会をかねた食事が並んでいる食堂まで足を向かわせたのだった。
その夕食の席。
そこにはやはり大量の新入生とそれに見合う分の料理が治療に準備されていた。
食堂にたどり着いたアリエスたちは一斉にお腹の虫を鳴らすと、我先にと言わんばかりにその料理にかぶりついた。
ここがもし男子寮であるならばまったく問題なかったのだが、ここはあくまでも花園と称される乙女の楽園だ。当然、いくら美味しそうな料理が並んでいても年頃の女子は体重を気にしてあまり口に運ばないものなのだが、このアリエスたちは違った。
見る見るうちに山のように盛られていた料理は消えうせ、白い器の底が露になる。
「すみませーん!これもう一つお願いしまーす!!!」
先程は暗い表情を浮かべていたアリエスも今はいつもの雰囲気を取り戻し、厨房にいるであろう料理人に追加の注文を入れている。
やはりご飯というものは人を幸せにするようで、その料理を囲んでいるメンバーの顔はどれも嬉しそうな表情をしていた。
だが、対してその光景を眺めている他の女子寮の生徒は完全に青ざめており、あの美人な集団があれだけの量の料理を食べても平気なのか心配でならなかった。
まあ、世の中というのは不思議なもので、アリエスたちはどれだけ食べてもその体型や体重は変化することなく、その心配は杞憂に終わるのだがそれは余談である。
(やっぱり、思い悩んでいるより美味しいもの食べて発散するのがいいよね!)
すっかりもとの調子を取り戻したアリエスはその日もぐっすりと眠ることが出来たのだった。
だが、あの魔本に書かれていた文章はのちに星神との戦いにおいて重要なポイントになってくるのだが、それに気づいている者はまだ誰もいないのであった。
次回はようやく初授業になります!
誤字、脱字がありましたらお教えください!




