第百七十三話 グラス=ザラベルト
今回はハクのルームメイトのお話です!
では第百七十三話です!
寮内にある自室の扉を開けるとそこにはルームメイトらしき金髪の少年がベッドに寝転んでいた。その少年は金色の髪を短く整えておりまるで重力に逆らうように逆立っている。着ている服装は比較的ラフなもので、黒のズボンと赤黒いティーシャツを身に纏っていた。年齢は俺と殆ど変わらないように見え、その身長は俺よりも少し低いくらいで妙に親近感を覚えてしまう身なりをしている。
するとその少年は部屋に入ってきた俺に気づくとすぐさま駆け寄ってきた。
「お!お前さんが今日から俺のルームメイトになる奴か?」
その雰囲気は非常に気さくでこちらとしても感じのいい初対面だったと思う。
「あ、ああ。ハク=リアスリオンだ。よろしく」
「おう、俺はグラス=ザラベルトだ、よろしくな。荷物は………ありゃ、何も持ってないのか?」
グラスはそれの後ろや横をキョロキョロと見渡しながらそう呟いた。俺の荷物はただ今蔵の中に全収納中なので、これといって手に持っているものはない。強いて言えばエルテナくらいだろうか。
「いや、あるにはあるから心配しなくていい。必要なときになったら出すから」
「ほほう!それは興味深い話だな。是非とも聞かせてほしい………って、あーーーーーーーーーー!?」
「ど、どうした?」
俺はいきなり叫び声を上げ始めたルームメイトに疑問をぶつけるのだが、当のギランはそれどころではない様子で慌てて俺の手を引くとそのまま部屋を出て行こうとする。
「お、おい!」
「今日は飯のメニューが少し特殊なんだよ!入学生祝いってやつでな。だからお前さんものんびりしてないで早くいこうぜ!」
ああ、なるほど。そういうことか。
そう言われて時刻を確認すると既に午後六時半を回っており、そろそろ夕食の時間と言っても問題ない頃合になってきている。
いつもならシラとシルの料理か宿で出される飯を食べていたのであまり時間というものを気にしたことはなかったのだが、確かに寮生活ともなればそういった部分にも気を配らなければいけないということだろう。
俺は一度小さくため息を吐き出すとグラスに引きずられるような形でその背中をつけたのだった。
「へー、ってことはお前さんSSSランク冒険者なのか!まったく気づかなかったぜ」
夕食を食べ終わった俺たちは自室に戻り各々のベッドに横になりながら他愛もない話を繰り広げていた。
結局寮での初めての食事はグラスの思惑通り、限定メニューとやらを頂くことができその味も非常に美味しいものだった。
まあさすがにうちのメイドには劣るようで、若干その味が恋しかったりするのだが……。
その夕食の場にはこれまた多くの新入生が詰め掛けており、座る席さえ見当たらないのではないかという賑わいを見せ大変な混雑を引き起こした。厨房に立っている料理人の人たちに感謝の気持ちを心の中で呟き、夕食を終えた俺たちは再び自室に戻ってきたという流れなのだ。
「もうてっきり知ってるかと思ってたけどな。入試じゃかなり騒がれたし」
意外なことにこのグラスは俺が自分の正体を明かすまでその存在を知らなかったらしく、俺の言葉に酷く驚いているようだった。
「なるほどねー。いや、俺はてっきりあの生徒代表の奴が騒がれてるのかと思ったんだが、どうやら違ったみたいだな」
「あー、あいつか。確かに入学式じゃ、女子から黄色い声が飛んでたな」
ちなみにこのグラスは俺たちの一つ上、二年生の学年に所属しており入学式や入試の手伝いをしていたようで、ある程度の事情は把握しているようだった。歳は俺とまったく同じ十八歳で、年齢に関係なく入学できるこの学園ならではの現象と言えるだろう。といっても俺たちパーティーは三ヶ月で卒業してしまうのであまり学年というものは関係がないといえばないのだが………。
「ああ。あの代表さんは筆記試験は満点、実技試験も二つとも及第点に届いていたらしい。俺なんてまったく歯が立たなかったっていうのにな」
「ははは……。ま、まあそういうこともあるさ………」
言えねえ………。その二つの試験を完膚なきまでに叩きのめしました、とは絶対に言えねえ。
SSSランク冒険者ということは言ってしまったのでグラスは知っているが、俺たちの成績については知らないようで、できればそのことは隠しておきたい気分だった。
いや、だって校舎を破壊しましたとか、担当教師をボコボコにしましたとか言えるわけないじゃん!もはやそれって自分から注目されたいです!って言ってるようなものだし……。
「あ、それと一つお前さんに頼みたいことがあるんだがいいか?」
「頼みたいこと?」
俺は首をかしげながらグラスの意味深な言葉に頭を悩ませた。来た初日からルームメイトに頼みごとというのは、相当焦っているのだろうか?
まあ別によっぽどのことがない限り断る気はないので、何を言われても問題はないのだが、やはりその内容を聞いてから承諾するか決めなければならないだろう。
無理難題はさすがに俺でも聞いてあげるのは難しい。
するとグラスはベッドに立てかけていた赤い鞘に入った長剣を俺に向けてこう呟いた。
「お前さんSSSランク冒険者なんだろ?だったら俺に訓練を付けてくれないか?」
「……………はあ、なんでまたそんな突然に……」
グラスの口から吐き出された言葉に思いっきり眉を寄せた俺はそう呟くと、そのグラスを眺めるように目線を送った。
「俺も将来は冒険者になろうと思っているんだよ。だったら間近にこんないい先生はいないだろう?」
「ま、まあ、確かにそうだが………」
冒険者なる、ということは通常の近衛や騎士、魔導士とは少し違った能力が要求される。というのも冒険者と言う存在は常に戦場を駆け巡っている関係で、その実力はもちろん場に合わせた適応力というものが必要になってくるのだ。それは経験で補う者もいれば、俺のように能力で察知する者もおり、それは冒険者の裁量に委ねられる。
しかしどちらにせよ実力が伴っていないと話にならないので、おそらくグラスはそこを鍛えてほしいということだろう。
「もちろんタダでとは言わないぜ?学園内の情報とか、一週間に一回くらいなら飯を奢ってやるさ!」
飯についてはまあ、ありがたい話ではあるが正直金はあるのでそれほど困っているわけではない。だが前者の情報というやつにはかなり興味があった。何せ俺たちはまだこの学園のことをまったく知らない。これから三ヶ月生活していく上でも大切なものになってくるだろう。
「はあ………。わかったよ、じゃあその情報とやらで取引成立にしよう。飯は別に気にしなくていい。それほど金に困っているわけじゃないしな」
「マジか!すまねぇな、それじゃあ明日からよろしく頼むぜ!」
「明日?」
「ああ、明日の朝練から始めてほしいってことだよ。それじゃあ、俺はもう寝るから、もし朝寝てたら起こしてくれよー」
「お、おい!そんな身勝手なこと………って寝付きはやっ!!!」
俺が抗議の声を上げようとした瞬間グランは既に自分のベッドの中に蹲っており、小さな寝息を立てて眠ってしまっていた。
まったく面倒なのか、嬉しいのかわからないなこれは……。
俺はそう思いながら自分もベッドに全体重を預け目を閉じた。先程シャワーは浴びたのでこのまま寝ても問題はない。
すると眠りに落ちる寸前でリアが話しかけてきた。
『なかなか愉快な小僧じゃな』
『まあな、根暗なやつだったらどうしようって思ってたけどそんな心配いらなかったみたいだ』
『フフ、それはかつての自分に言っておるのかのう?』
『うるさい。それは言うな』
リアの言うとおり俺は元の世界にいる頃、まったくといっていいほど他の生徒とは話さなかった。といっても業務的なくらいはしていたが、それ以上の発展はなかったのだ。それを根暗と称されても文句は言えないのだが、今は全力で否定したい気分だった。
『それと、おそらくじゃが遠い西のほうで強力な力が跳ねたぞ?』
『なに?』
『正体については私もわからん。だがあの気配は使徒でも神核でもない何かじゃ。それもそやつらと肩を並べるくらいのな』
それが何か人間に被害を与えているというのなら星神の仕業と言うこともあるのだが、この場所から遥か西というところは人間が住み着いているような場所ではない。というものそこはあの竜人族ですら、なかなか立ち入れない領域として有名な場所であり、鬱蒼と生い茂る樹海が広がっているのだ。
そこは大量の精霊が住んでいるとされ、かつてキラが「あそこは普通の人間が住めないように作った場所だ」と言うほど、特殊な環境が置かれているらしい。
そんなところで力が跳ねたと言われてもどうしようもない、というのが率直な意見だ。
『まあ、気にすることはないだろう。何かあればそれこそキラが気づくだろうし』
俺はリアにそう言うと今度こそ自分の意識を闇に落としたのだった。
翌朝。
なんとか自分で起床した俺は顔をさっと洗うといまだに眠りこけているグラスの頭にエルテナの鞘を打ちつけその眠りからたたき起こした。
「おい、起きろ。朝練やるんだろ?」
「ぎゃ!?い、痛ってー!おいおい先生、その起こし方はないぜ……」
「俺はその呼ばれ方を突っ込みたい気分だ!」
なんだその先生って。
ラオのときもそうだったが何故か妙な呼ばれ方をされてしまう体質があるようで、普通に名前を読んでほしいと思ってしまう。
「いや、だってこれから毎日修行をつけてもらうわけだから、これくらいのリスペクトはするってわけよ」
「いらんリスペクトだな、おい」
俺は昨日に引き続きため息を吐き出すとエルテナを腰にさし、そのまま部屋を出ようとする。
「早く支度しろよ。朝練といっても一時間も出来るわけじゃないんだからな」
「おう、わかってるぜ。今行く!」
朝にしては元気のいい声を聞き終えた俺はグラスの準備が出来るまでドアの前で待っており、二人揃って学園の中庭に移動するのだった。
この学園には多種多様な施設が用意されているが、なにも自由に使って良いわけではない。どれもある程度申請しなければ使えないのだ。
というわけで俺たちは誰もいない中庭にて鍛錬を行っているわけだが、まあその鍛錬は比較的ショボイもので中庭であっても十分すぎるほど順調に進んでいった。
「そこ、甘いぞ」
「ええ!?」
俺はエルテナを鞘に納めたままグラスの剣を弾き、わき腹に鞘を滑り込ませる。もちろん当てることはせず寸止めにしているのでダメージはない。
まあはっきり言ってグラスのレベルは低くはなかったのだが、所詮は学生レベルの域に留まっており、冒険者ランクにすればDランク相当といったところだろう。
いやむしろそれは一般的に考えれば凄い方で、この若さでそのレベルに到達しているというのは十分に褒められたものであった。
とわいっても本人の目指している場所はこんな低レベルではないようなので、俺もそれなりに稽古をつけている。
しかも使っている武器が同じ片手剣ということもあってその鍛錬はなんの問題もなく行われた。
俺は大きく振りかぶったグラスの剣を少し強めに弾き飛ばし、喉元に鞘を突きつけると足を寮のほうに向け闘気を収め言葉を投げかけた。
「今日はもう止めにしよう。そろそろ時間だ」
「あ、ああそうだな。にしてもやっぱり先生は強いな。さすがSSSランクだぜ」
「だからその呼び方は止めろって言ってるだろ」
こうして朝から軽く汗を流した俺たちは、そのまま朝食を取りに寮へと戻っていくのであった。
次回はアリエスサイドに話を移します!
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