第百六十九回 束の間の休息
今回は少しだけハク達が羽を伸ばします!
最後には星神も登場しますのでお見逃しなく!
では第百六十九話です!
残暑。
まさにその言葉が合うような気候がこの異世界には訪れていた。
俺がこの世界にやって来たときはまだ清々しいほど煌く太陽が頭上に存在していたのだが、今はその夏が終わりに向かっているようでむせ返るような暑さも徐々に薄れ始めていた。しかしまだ夏であることは変わりなく肌を焼くような日光と頭を揺らすような気温が残っている。
この世界は元の世界ほど四季がはっきりしているわけではなく、一年の気温差は十度前後で比較的安定した気候が続く。だがやはり何にでも例外はあるようで真冬の第二ダンジョンや竜人族たちが住むといわれている辺境地などでは雪が降るレベルで氷の世界が広がるようだし、ハリアキナ海港と呼ばれる町では一年中バカンス気分が味わえるほど気温が高いようだ。ともあれこの学園王国もまだ夏の暑さが色濃く残っており、宿の中にいてもその暑さが伝わってきている。
シンフォガリア学園の入学試験を終えた翌日。明日の結果発表まで時間があった俺たちは束の間の休息を楽しんでいた。
ちなみに明日の結果発表は見に行かなくても合格していることはわかっているのだが、クラス発表や支給品などの配布があるため、どちらにせよ学園には赴かなければならない。さらにその次の日にはもう学園生活が開始され、お互い寮生活が始まってしまうので今日は久しぶりに一日を謳歌しよう、という流れになったのだった。
で、今俺たちがどこにいるかというと。
「ムキー!これ全然取れないよ、ハクにぃ!」
「あ、ああ。そ、そうだな………」
俺たちの目の前に忽然と置かれているそれは容赦なく、俺の財布から金を吸い取っていっている。その中にはなんというか女子がいかにも好きそうな大きなぬいぐるみがたくさん積まれており、絶妙なバランスで枠や壁に引っかかっている。
そう、今俺たちが取り組んでいるそれは元の世界でいうUFOキャッチャー風のゲーム機であった。
元の世界であれば電気という完全自動マシンがあったのだが、この世界ではそれを魔術で補っているようで硬貨を投入するとその魔術が発動し、機械の中にあるアームが動くようになっている。
まあ、俺が見覚えのあるあのピカピカと光る金属めいたものがあるわけではなく、木箱の中に商品が入っているというシュールな状況なのだが、やはり人間というものの発想は同じようで、このような商売をしている店も異世界には存在するようだ。
俺とアリエスはそのぬいぐるみを取るために格闘しているのだが、他のメンバーは何をしているかというと。
「はははは!妾の動きについてこられないようだな、シラよ!」
「くっ!まだ負けません!」
「次は私たちがやるんですから、早く終わらせてください!」
「早くやりたい………!」
「あ、サシリちゃん、そのぬいぐるみ可愛いね!私もやってみよっかなー」
「あっちにあるから一緒に行く?」
とまあ、各々この店にある多種多様なゲーム機で遊んでいるようだった。
キラとシラはいわゆるエアホッケーを全力で戦っており、もはや目で追うことすら難しいほどのスピードで勝負が繰り広げられている。エリアとシルは二人の後に戦うようでその光景を見ながらまだかまだかと肩を揺らしていた。
ルルンとサシリはサシリが胸に抱えている大きいぬいぐるみを眺めながら、そのぬいぐるみが置いてあったゲーム機の場所に向かっているようだ。
「ハクにぃ!もう一回、もう一回やらせて!次は絶対に取るから!」
「はいはい、わかってるよ」
アリエスはそんなみんなの姿を見ながら俺にお金を要求してくる。もう十回以上トライしているはずなのだが、一向に取れる気配はなくアリエスのフラストレーションを溜めていく一方だった。
これで休息になるのか?と思いはしたのだが顔は楽しんでいるようなのでとりあえず何も言うことはせず、メンバーの意思に合わせることにしたのだ。
この学園王国にはやはり学生向けの施設が多いようでこのゲームセンターもどきを始め数多くの娯楽施設が点在しており、元の世界の文化を彷彿とさせてきている。
結局俺たちはその後二時間ほどそのゲームセンターで十分に遊んだ後、その場所を後にし昼食を取りにその店を出た。
ちなみにアリエスの腕にはしっかりと先程のぬいぐるみが握られており、満足そうな顔が見られ俺もすっかりその表情に毒されてしまい、顔を綻ばせるだった。
うーん、やっぱり可愛いというのは罪なものだ。
何を言われても頷いてしまう。
今の俺ならパーティーメンバーの誰の願いでも聞いてしまいそうである。
『まったくこの主様ときたら、真性の変態じゃのう………。その言葉をアリエスたちが聞いていたら確実に引いてしまうぞ』
『いいんだよ、思ってるだけだから。思ってるだけならタダなわけだし』
俺は店を出た後リアとそんな会話をしながら昼食の場所に向かっていた。というのも今回の昼食はシラとシルが朝早くから作ってくれたようで、外で食べることになったのだ。
てなわけで俺は事前に丁度いい場所を探しておき、今からそこに転移する予定なのである。
昨日の夜中、気配探知を全力で使ってその場所を探り当てたのだ。おそらく問題はないだろう。転移は本来一度行ったことのある場所にしか行くことができないのだが、夜中にひっそりと抜け出して事前に赴いているので問題はない。
「よし、それじゃあ今から移動するぞ。準備はいいか?」
「はい!問題ありません!ハク様が選んだ場所ならどこにでもついていきます!」
エリアが俺の言葉にそう反応すると目を輝かせながらそう答えてきた。
その返答にみんなも頷いているようで、特段異議もないようだ。
俺はその様子を確認すると全身に魔力を流し転移を実行した。
まばゆい光から目を開けるとそこには、ふさふさと気持ちよさそうな草が生い茂る草原と、何の障害物もない豊かな自然が広がった空間にたどり着いた。
吹き抜ける風は俺たちの髪を揺らし、ほのかな花の香を運ばせてくる。遠くに見えるのは空気によって霞んだ学園王国で、その大きな街もここからではとても小さく見えてしまう。
「うわー!すごく気持ちがいいね、ハクにぃ!」
「ええ、本当に心地いいです」
「よくこんなところを見つけましたねハク様………?」
アリエスとシラ、シルが同時に口を開け感想を漏らしてくる。
「まあな。昨日の夜中ずっと………」
俺がこの場所について説明しようとした瞬間、俺の声に被せてくるようにキラが口を挟んだ。
「昨日マスターはずっと頭を抱えながら考えていたのだ。それはもう悩める仔羊のようで、なんというか新鮮だったぞ」
「おい、キラ!恥ずかしいことを言うなよ!」
昨日の醜態をばらされた俺は自分でもわかるほど顔を赤くして叫んだ。確かに昨日は本当に頭をフルで回転させながらこの場所を発見したのだ。どうせならみんなにも寛いでほしかったので、半端なところは選びたくなかったし、俺に出来ることといえばこのくらいしかなかったので全力を注いだのだ。
「でもそういうところってハク君らしいよね」
「うん、ハクは優しいから、ちゃんと考えてるのね」
その珍しく俺を褒めてくる仲間たちに恥ずかしさが限界を超え俺は背を向けてしまう。貶されるのは慣れていても褒められるのは耐性がないのだ。
「あ、ハクにぃ照れてるでしょ?」
アリエスが回り込んで俺の顔を覗きながらそう呟いてくる。その顔は眩しいほど輝いており、戦闘時の締まりきった表情はどこにも感じられず、愛くるしい雰囲気がにじみ出ていた。
「い、いや、べ、別に照れてないぞ」
俺はそれでも顔を赤くしたまま、目線を逸らし空に目を向ける。そこにはかつて一緒に戦ったアリスの瞳と同じ色の空が広がっており、一瞬だけあいつを思い出してしまった。
あいつは今何を思っているのだろう。
今の俺を見たらあいつは羨ましがるだろうか?
いや、多分頬を膨らませて怒るな。ハクばっかりずるい!って言ってきそうだ。
出来ることならアリスともっとたくさんの思い出を作りたかったというのが本音なのだがそれは叶わないことだと俺が一番わかっている。
だが、もし。あの夢で言っていたことが本当で何かの拍子にもう一度出会えるのだとすれば、俺はアリエスたちを快く紹介しよう。これが俺の仲間なんだ、と。
俺はそんな二度と会えないアリスを想像し、くだらない妄想にふけった後、大きく背伸びをするとこの草原に一本だけ生えている大樹のもとへ駆け出した。
「ほら、あそこなら日差しも避けられるし丁度いいだろう。早く飯にしようぜ?」
「あ、待ってよハクにぃ!」
一人で突き進んでいく俺を追いかけるパーティーメンバーの顔は全て笑顔に包まれており、そんなみんなの表情に満足しながら、俺はその後の休息もしっかりと楽しむのだった。
とある空間。
次元の狭間。
世界の起点とも言えるその場所には中性的な顔をした人物と背中に六つの羽根を生やした少女が佇んでいた。
その少女は依然ハクがカリデラで倒した少女とまったく同じ顔つきをしており、纏わせている力も同質のものだった。
しかし実際は死んだものがそう簡単に蘇るはずがなく、そこにいるのは容姿は同じであれどまったくの別人であった。
つまりこの中性的な人物、つまり星神オルナミリスが新たにこの使徒を作り出したということだ。
オルナミリスは目の前に映写されている映像を見ながらおもむろに言葉を吐き出した。
「そっちの準備はどうだい?」
すると跪いていた使徒が軽く顔をあげ、その言葉に返答した。
「はい、依然問題ありません。あの者の呼び出しは成功しております」
「そうか。ならば帝国の方はどうかな?勇者君たちはよろしくやってる?」
「はい、そちらもオルナミリス様の指示通り動いております。イレギュラーに倒されたことによって少々精神状態が不安定になっていましたが、それでも何とか持ち直したようです」
その報告に満足げに頷いたオルナミリスは、何もない虚空に手を伸ばし誰に問いかけるというわけでもなく口を開いた。
「ようやくだ、ようやくだよ。あれほど待ち焦がれた君に会える。さあ、宴を始めようじゃないか、神妃リアスリオン。いや、ハク=リアスリオン」
そう呟いたオルナミリスは、自分の背後にあるとあるものに目をやるとまたしても口に笑みを浮かべ自分の髪をかき上げながら言葉を呟く。
「まあ、こちらにはこのカードもあるし、問題はないけど、とりあえず他の手も打っておこうか。あの神核がどう動くかわからない以上対策はしておいたほうがいいだろうし。一応その前に叩き折っておこう」
するとオルナミリスは軽く手を振り、使徒を近くに呼び寄せると耳元でこう囁いた。
「早めにあれを動かしておいてくれ。なかなか骨の折れる作業だと思うけど頼んだよ」
「は、御心のままに」
こうしてハクたちが知らないところで事態はさらに深刻なものへと変わっていく。それはさらなる事件を呼び起こす火種となり、いずれ至る戦いへの道を作り出すのだった。
次回は合格発表と入学式になると思います!
誤字、脱字がありましたらお教えください!