第百六十六話 入学試験、五
今回でハク達の試験は終了します!
では第百六十六話です!
それから魔術、魔法の試験は順当に進み、依然そのボックスを破壊できたものはおらず、近接戦闘試験と同じような展開が繰り広げられていた。ちなみに近接戦闘に含まれない弓矢ボウガンといった遠距離武器の使用もこの試験では認めらており、魔力さえ込もっていれば特段問題はないようだ。といっても魔力を込めるという行為はこの世界では魔術、魔法以外ないようなので必然的にそのような光景は展開されることはなかった。稀に魔剣や魔力の帯びた弓矢が出現することから、それに対する処置だろう。
で、案の定というか、当然なのだが俺の前にはあの貴族君の番が回ってくる。その貴族君はさすがに今回はあの高飛車な態度を抑えているようで、チラチラと俺の様子を窺いながら試験を開始した。
うーん、脅したつもりはなかったのだが、どうやら相当目を付けられているみたいだな。
俺は首を十五度ほど傾けながらそう考え、その試験を見守った。
おそらく俺たちのグループではこの貴族君がクリアできなければ、俺以外この試験を突破できる奴はいないだろう。一通り見た限りあのボックスを越える魔力量を秘めているやつは見当たらず、特殊な能力を持っている者もいないようだ。
であれば一般受験生における砦がこの貴族君ということになる。
貴族君は腰に下げていた長めの杖を取り出し、魔術の詠唱を始める。
魔術、魔法において杖と言う存在はその術式を発動するためのお助け道具という位置づけなのだ。本来自身の魔力で事象を作り出すのが魔術、魔法の鉄則なのだが、杖はここに詠唱を短縮させたり使用魔力を減らしたりと、様々な恩恵を与え使用者の補助を行う。
ゆえに持っていたほうがいいかと言われればそうなのだが、その杖自体に殺傷能力はないため、実際の戦闘で装備しているものはまずいない。中には単体で魔術を引き起こすものもあるようだが、そのようなものはまず出回ることがなく手に入れることさえ困難なのだ。
つまり普段は殆ど使うことのない装備品をあの貴族君は持ち出しているということになり、本気であのボックスを破壊しに掛かるつもりらしい。
展開された魔法陣の色は水色と黄緑を混ぜたような色で、この輝きは空魔術のものだ。
基本的に風魔術の上位互換である空魔術は、風魔術の影響を受けてはいるのだがそれでも独自に開発された魔術が多く、その魔方陣も色も独特なものになっている。
またこの空魔術は他の魔術と違い、この空間にある大気や魔力を直接操作できる数少ない属性の一つで、比較的に大きな威力が出やすい魔術なのだ。
そのためここでその魔術を選択した貴族君の判断は間違っていない。
だが、一つ問題があるとすれば。
「ぐっ!?」
貴族君の発動した魔方陣が大きく歪み、綺麗な円を描いていたサークルにノイズが走ったようにぶれ始める。
そう、この空魔術というのは使用魔力量が大きいことで有名な光魔術と闇魔術に匹敵するレベルで魔力の消費が激しいのだ。
大気中に散らばる自然界の恩恵そのものを操作するのだから当たり前と言ってしまえば当たり前なのだが、それでも先程の少女が見せた火の不死鳥よりかは遥かに大量の魔力を必要とする。
しかも今貴族君が放とうとしているその魔術は空魔術の中でもかなり上位に食い込む威力を秘めた魔術で、魔方陣を展開しただけでこの空間に暴風が吹き荒れた。
貴族君は顔に汗を流しながらなんとかその魔術を維持させ、ついに発動の文言を唱える。
「空の天使槌!!!」
その魔術はまるで空気を押し固めるように収束し、巨大な天使を顕現させる。その腕にはまるで断罪を下すかのように構えられた一つの槌が握られており、轟音と共にその槌を目標のボックスに振りかざした。
瞬間、その力はお互いに拮抗を見せとてつもない衝撃をこの会場に走らせる。俺は何の問題もなくその場に立っているが他の受験生は既に全員が吹き飛ばされており、地面にはいつくばっている状態になっているようだ。
だがその天秤は徐々に傾き始める。
なるほど、あの木箱にかけられた魔術、対象となる魔術から魔力を吸い取っているのか。
俺が見たところ初めは拮抗していた両者の力は移動するように木箱にの方に流れ込んでおり、貴族君が放った天使はボロボロと崩れ始めている。
「く、くそ!!」
それでも貴族君は諦めていないらしく再び魔力を込めるがもはや修復できるような段階ではなく、その魔術天使は跡形もなく消え去った。
見るとそのボックスは傷一つついておらず、ここに来たときと変わらぬ状態を維持しているようで、むしろ貴族君の魔術を吸い取ったことにより、その輝きを増している様にも見える。
莫大な魔術を使用した貴族君は言葉も出ないまま倒れこむように地面に膝を下ろす。おそらく完全な魔力切れだろう。
「おい、大丈夫か?きつければ保健室に行くといい。魔力補充薬が置いてあるはずだ」
担当の教師にそう促された貴族君はふらふらと立ち上がり俺の横を通り過ぎる。
そのとき貴族君が俺の耳元で言葉を呟いた。
「ほ、本当ならSSSランクという君の力を見たいのだが、どうやらそれはできないらしい………。今までの無礼を許してくれとは言わないが、あとは任せた」
そのまさかの言葉に俺は大きく自分の目を見開いた。てっきり俺はこの貴族君は、たとえ俺の冒険者カードを見たところで改心しないだろうと思っていたのだが、予想以上にその効果はあったらしく、今までにない柔和な顔でそう呟いてきた。
俺はすぐさま表情を引き締めると、小さな声でその要望に答えた。
「ああ、任された」
そう答えた俺は真っ直ぐそのボックスの前まで移動する。
「よし、次は四十七番だ。言っておくがこの箱はなかなか壊れんぞ?」
俺の登場に自信満々といった表情で、その教師は言葉を投げかけてくる。
「でしょうね」
その顔を睨みつつあっさりとした返答を返した俺はもう一度辺りを確認する。
おそらくこの会場全体にあの魔法陣を維持させている触媒ないし贄があるはずなのだ。でなければ空魔術の攻撃を真正面から受け止めることなど出来ないだろう。つまりこの試験は物理的に破壊するのではなく、その存続因子を破壊することによって初めてクリアすることができる試験なのだ。
おそらくそのことをこの教師は知っていて述べていない。いや、それさえも考えさせる試験なのだろう。
であればそれを破壊するのが正攻法なのだが、俺はあえて別の方法を取ることにした。
どんなものでもその強度には現界がある。ならばその強度を上回る力をぶつけたとき、その物体はどうなるか。
それは当然避けようのない破壊が待っている。おそらく先程のキラもその結論に至ったのだろう。
俺は魔力を全身に流しその攻撃を深くイメージする。それは煌びやかに光り輝く極彩色の花々で、閉鎖された独立空間。それこそ、かの戦女神の真骨頂。
「戦火の花」
俺はあのカーリーが最も好んで使用した技をこの場に展開する。使用できる攻撃は一回限りなので、俺はこの花を咲かせた以上もう何もすることはできない。
俺の言葉と同時にこの巨大な会場には無数の花が咲き乱れ、空間自体を完全にシャットアウトする。
「な、なんだこれは!?」
その光景を見ていた試験官の教師が驚きの声をあげるが、俺は気にすることなくその花に魔力を流し込む。
その光り輝くボックスは貴族君の攻撃から察するに対象の魔力を吸い上げることによってあの強度を保っている。それはあの木箱を守っている魔法陣を更に強化させ負のスパイラルに落とし込んでいるのだ。おそらく本当ならばこの会場に仕掛けられている因子を破壊すれば自動的に壊れるのだろうが、俺はあえて真っ向勝負を挑むことにした。
相手が魔力を吸い上げるのならこちらだって生気を吸い出す。
ようは単純な火力比べだ。先にどちらの魔力が吸い取られるかというシンプルな勝負。
俺はまたしても口に笑いを浮かべながら戦火の花に更に力を込める。はっきり言ってたかだか学園の試験に使われている道具程度に神の力が負けるはずがない。
ゆえにこの勝負の結末は見る必要がないほど明らかだ。
ミシリッという音が空間に木霊したかと思うと途端にその音は広がり始め、ボックスに纏わりついている魔方陣ごと壊れ始める。
「ば、馬鹿な!?」
俺の後ろで信じられないといった表情で声を上げている教師を横目に俺は更に力の出力をあげ最後のフィナーレに向かう。
その周りには先程の貴族君の魔術によって吹き飛ばされた他の受験生たちの姿もあり、その全てが驚愕の表情を浮かべていた。
それもそうだろう。今まで誰一人として傷さえもつけることの出来なかった物体が今、壊れ始めているのだ。それこそ天地がひっくり返るほどの衝撃だろう。
「これで終了だ」
俺は完璧に顔を綻ばせながら、目の前にある壊れかけているボックスを戦火の花の力で握りつぶした。
それは大きな破砕音をたてて崩れ去り、その壊れた破片に宿っている生気すらも戦火の花は吸い込んだ。
もはやその存在がどこにあったかわからなくなってしまうほど、綺麗に消え去ったボックスがあった場所を眺めながら俺はその呆けている教師に対して言葉を発した。
「本来の壊し方ではないかもしれませんが、何の条件も言われなかったので問題はないでしょう?」
俺のその言葉に顔を青ざめさせながら頷く教師を確認し、俺は貴族君を追うように元いた教室に足を向けたのだった。
これにて本日の試験は全て終了した。聞くところによると試験が終了した時点で解散していいということだったので、俺は一度教室に戻ると身支度を整えてアリエスたちに合流すべくその教室を後にしたのだった。
それから約三時間後。
俺たちのパーティーメンバーの中でも一番時間掛かっていたシラの試験がようやく終了し、全員の試験日程が消化された。
といってもシラが特段試験内容に苦戦したわけではなく、単純にシラが所属していたグループの順番が遅かっただけであり、他のみんなも難なく入試を突破したらしい。
正直言ってシラとシルに関しては魔術、魔法試験において多少苦戦するかもしれないと思っていたのだが、なんとサタラリング・バキに魔術を纏わせ投擲しクリアしたそうだ。
で、俺たちは長かった試験から解放されようやく宿に戻ることになった。
結果発表は明後日の正午に公開されるそうなので、次にこの学園にくるのは二日後ということになる。
俺はその日程を確認しつつ、みんなに向けて言葉を投げかけた。
「よし、結果発表は二日後だからとりあえずそれまでは、この街で時間を潰そう。俺も最近ずっと勉強してばかりだったから羽を伸ばしたいな」
すると俺の言葉に頷くようにアリエスが反応してきた。
「いいね!この試験もはっきり言って拍子抜けだったし、ここは派手に打ち上げしようよ!」
俺はそう言いながら抱きついてくるアリエスを受け止めその髪の毛を撫でる。
「まったくだ。実技試験というくらいだからもう少し骨のあるものだと思っていたが、所詮は陳腐な愚作だったようだな。妾たちからすればこの結果は当然だろう」
「ええ、その発散もかねて打ち上げと言いうのも賛成ね。楽しみだわ」
アリエスの言葉に続くようにキラとサシリが言葉を並べる。確かに王国一難関と言われている学園の入試にしては、いささか簡単すぎたようだ。まあ、周りの受験生はかなり辛そうにしていたので例外は俺たちなのかもしれないが。
そのまま俺たちは俺の転移で宿に戻ろうとする。
だがここで俺たちの背後から慌てた声が飛んできた。
「ま、待ってくださーい!!!」
それはどうやらこの学園の女性職員のようで汗を流しながらこちらに走ってくる。
「一体どうしたんですか?」
俺はその女性に丁寧に話しかけ問い返した。
「は、ハク=リアスリオンさんとそのパーティーの皆さんで間違いないですか?」
「え、ええ。まあそうですが、それが何か?」
一応学園側には俺たちの名前は受験票発行の際に伝えてあるのでこの職員が俺たちの名前を知っていてもおかしくはないのだが、それにしては酷く急いでいるようだった。
するとその女性は一度気を整え言い間違えないようにゆっくりと話し出した。
「今回の試験について学園長が聞きたいことがあるそうです。ですので御同行お願いできますか?」
その台詞は俺たちパーティーの頭の中に大量の疑問符を発生させ、体を硬直させたのだった。
次回はついに学園長と対面します!
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