第百六十三話 入学試験、二
今回筆記試験がメインです!
では第百六十三話です!
筆記試験、まず初めの教科は算術だ。
この世界では魔術が蔓延っていることもあり、世界の物理法則を解明しようという動きがほとんどない。研究者と名の付くものは皆魔術や魔法、魔石といった物理的に解き明かせないものを突き詰めて学を高めている。
よってこの世界の算術、つまり数学のレベルは著しく低い。それこそ元の世界でいえば普通の中学生レベルのものが出題され、今の俺からすれば楽勝以外の何物でもなかった。これほどまでに公式や定理の存在に感謝したことはないだろう。
いやー、あれほど嫌がってたけどさすがにこのくらいなら余裕だぜ!
俺は心の中で小さくガッツポーズをしながら鉛筆を動かす。元の世界なら理系の科目は本当に苦手だったのだが、さすがに中学生クラスの問題に苦戦するほど落ちぶれてはいなかったようだ。
しかし周りをチラッと見てみると額に汗を流しつつ、紙面に向かって格闘している受験生が何にもみられ、鬼気迫る雰囲気を醸し出していた。やはりこの世界の数学水準は俺たちのいた世界とは違うようで、今回俺はそれに助けられたということだろう。
『この程度の問題など陳腐すぎて見る気にもならんのじゃ。魔法や魔術に頼りすぎているというのも眉唾物じゃのう………』
『確かにお前からすればそうかもしれないが、魔術が一般化されている世界にしてはまだ頑張っているほうなんじゃないか?多分学園に入ればもっとレベルの高い学びもあるだろうし、入試レベルだったら丁度いいと思うぞ?』
当然世界標準が低くなればそこに住む人間たちのレベルも下がってしまう。おそらく物理法則としては存在しているはずだが、それを解明できるほどの研究が進んでないのだろう。俺たちの世界に追い付くにはまだ何十年もかかってしまうだろう。
ちなみに何故リアが創造し俺たちが住んでいた世界から魔術の文化が消え科学が発達したのかというと、リアや十二階神の存在が消えていた時間が長すぎたからだ。リアや十二階神はかつての神秘を色濃く残している存在だが、長い期間世界から遠ざかっているとその恩恵というものは世界にもたらされなくなる。当然アリスのような二妃はいたのだが、二妃の存在だけでは魔術というものを残すことはできなかった。
ゆえに人間は自ら考え行動し、その結果あのような科学文明を作り上げるに至ったということだ。
というわけで世界の文化の差が回りまわって俺たちの試験に反映されているのだが、それにしても俺には簡単すぎる問題だった。
試験開始十五分ほどで全問題を解き上げ、椅子の背もたれに体重を預ける。
次の試験は語学だ。これに関しては神妃の能力を使っているので心配はいらないが、一応心の準備を整えながら試験終了のチャイムをひたすら待つのだった。
気づけば時間は経過し、時刻は正午丁度を指している。
あの算術の筆記試験の後に行われた語学、歴史の試験を何とか潜り抜けた俺は今、問題の魔力学の問題に取り組んでいた。
語学は当然ながら神妃の力を駆使して解き進めていったのだが、なにせこの能力はどんどん異世界の言葉を脳内で翻訳していくので、もはやスパコン並みの処理速度を叩き出し俺の鉛筆は解答用紙を黒く染める。
また歴史においてもサシリとの勉強のおかげで、俺の知識の泉は止まることを知らず湧き溢れ紙面の空白を埋めていき、難なくその試験をクリアしたのだ。
途中、明らかに解かせる気がないようなわけのわからない問題が出題されたが、それも何とか解くことができ、今に至るというわけである。
キラと散々特訓した魔力学だが、残り時間三十分を切った今、俺の腕は止まっていた。
全十問あるうちの九問はすでに解き終わり、残すは一問だけになっているのだが、これが如何せん難しいものになっている。
とはいえ先日キラがいたずらで出してきた七属性魔術の問題ほど手の付けようがないというわけでもないのだが、なかなか上手い解き方が見つからないのだ。
くそ……まずいな。
三属性複合魔術の問題もたくさんやったはずだけど、このレベルはさすがに聞いてないぜ………。
先程の算術とは違い、この世界では魔術、魔法が生活の根幹を支えているので、その発展も目覚ましく最後に残ったその問題は俺の予想をはるかに超えるレベルのものだった。
『ん?主様、そんな簡単な問題もわからんのか?あれほどキラに教授させておきながら、この有様というのは悲しいのう』
『うるせえ!俺はお前みたいにハイスペックじゃないんだよ!』
ちなみにリアはずっと俺の中にいたので一緒にキラの話を聞いていたのだが、その結果俺よりも遥かにその知識を吸収し我が物にしたのだ。さすがは神妃と言うべきなのかもしれないが、同じ時間、同じ話を聞いているのにここまで差が出てしまうことに俺は少しだけ納得がいかず、リアの言葉に強く反応した。
『まあまあ、そう怒るでない。いざとなれば私が教えてやるが?』
リアは優越をたっぷりと滲ませた表情で俺に問いかけてくる。
『いらん!見てろよ、絶対に自力で解いてやるからな!』
俺は心のなかでリアにそう宣言すると重たい鉛筆を動かしながら、その問題に取り掛かった。
結局俺が全ての問題を解き終わったのは試験終了五分前でチャイムが鳴るころには精神的な疲れで俺はしばらく机に突っ伏していたのだった。
「はあー………。疲れた」
筆記試験を全て終えた俺は試験会場の教室を後にし、アリエスたちと昼食をとっていた。今日はシラとシルのお手製弁当なので気分は最高潮のはずなのだが、先程の試験の疲れが出てきており、俺の腕はまだ料理に伸びる気配はない。
「お疲れ様、ハクにぃ!その様子だと問題なく解けたのかな?」
アリエスが目の前に大きく広げられた弁当を口に頬張りながらそう問いかけてくる。
「まあ、なんとかな。キラとサシリのおかげで多分大丈夫なはずだ」
すると、その会話を聞いていたキラとサシリが胸を張って言葉を述べた。
「ふふん、妾たちがわざわざ指導したのだ。当然だろう」
「そうね、むしろあれだけやって成果がなかったらさすがに失望していたわ」
サシリの目は笑っているが、あながち冗談でもないようで本当に何もなくてよかったと思ってしまうのだった。
アリエスたちの筆記試験はもはや瞬殺というレベルだったらしく全員が余裕の表情で席についていた。
まったくこれだから才能というものは恐ろしい………。俺よりも遥かに歳が離れているアリエスやシルでさえも楽勝というのはいささか俺のプライドが傷ついてしまう。
まあ、あってないようなプライドなんだけどね。
「では次は実技試験ですね。これはハク様であればまったく問題ないでしょう」
シラも弁当を口にしながら俺に言葉をかけてくる。
実技試験は筆記試験の教室ごとに実施されるようで、まず魔術、魔法の試験が行われ、その後に近接戦闘の試験が待っているようだ。
内容自体はまだ聞かされていないが、俺の周りにいた受験生がかなり張り切っていたのでそこそこ難しいのかもしれない。
とはいえ俺たちにとってはむしろここから本領発揮というところだ。
何せ今まで神核や使徒たちとの戦いを潜り抜けてきたのだ。その力たるや普通の尺度で測っていいものではないだろう。
俺はそう考えながら、ようやく動くようになった体を動かし料理を口に投げ込んでいく。やはりシラとシルが作るものは最高に美味で口の中が涎であふれかえってしまった。急いでお茶で流し込み、さらに空腹を埋めるよう料理を頬張っていく。
するとここで、アリエスが何かを思い出したかのように声を上げた。
「そういえば、何かこっちの教室ですごーく、高飛車な受験生がいきなり話しかけてきたんだけど、あれってなんなのかな?」
「なに?」
その言葉に少しだけ疑問を覚えた俺はすかさず問い返してしまう。
「あー、そういえば私も何度か色々な人に声をかけられたねー。聞けば、この後一緒にお茶でもどうですか?とかいってたような……」
ルルンが首をかしげながら言葉を発し、よくわからないといった顔を向けてくる。
なるほど、そういうことか。
つまりはこのような受験の場でもナンパを仕掛けてくるやつはいるということだろう。なにせ俺以外のパーティーメンバーは全員が美人だ。それも世界に数人しかいないであろうレベルで綺麗なのだ。男であれば近寄りたくなるのもわからなくはないのだが、ともあれ今日は大切な入学試験の日だ。よくまあそんな考えを膨らましている暇があるな、と俺は心の中で嘆息すると一応メンバーに注意をかけておいた。
「みんなわかっていると思うが、そういう輩は相手にしなくていいからな。話したところでろくなことはない」
その言葉を聞いたエリアはすかさず立ち上がって俺に呟いてくる。
「当然です!私にはハク様以外見えてませんから!」
「あ、いや、そうじゃなくて……」
なにやらエリアはとんでもなくはき違えているようなので訂正しようとしたのだが、そこに今度はキラが声をかぶせる。
「そうだな。妾もマスター以外には興味がないから心配しなくていいぞ?」
「いや、だから……」
「私はハクにしかついていかないから大丈夫よ」
サシリがキラに同調するように俺の言葉をまたもや遮ると、その三人に続くように他のメンバーも大きく頷いている。
ま、まあ、気を付けてくれるならそれでいいか………。
俺はとりあえず無理矢理その現状に納得すると、ため息を吐き出して再び料理を口に運び始めた。
警戒してくれるのであれば、最悪どんな理由であれ問題はないだろう、と思っていたのだが最後にキラが口にした言葉がその全てが崩壊させた。
「というわけで、今日もマスターは妾の抱き枕だ!よろしく頼むぞ?」
「却下だ!!!」
その賑やかなやり取りにパーティーの皆が笑い、柔らかな空気を漂わせた昼食の時間は終了したのだった。
そしてとうとう実技試験の時間がやってきた。
時間ギリギリに教室に戻ると、そこには既に装備を整えた受験生が椅子に着席しているようで、武器の調子を確かめたり詠唱の言葉を反芻しているようだ。
かくいう俺は特にやることがないので、そのまま席に座りあの担当教師がやってくるのを待つ。
教室の雰囲気は先程よりも少しだけ張り詰めたものになっており、より受験生たちが真剣になっているのが読み取れた。
見ればあの貴族君もご自慢の装飾剣を鞘から取り出し布で磨いている。だが余程自身があるのか、その顔は笑っておりなんというか若干近寄りがたい雰囲気を醸し出していた。
………うん、あれはちょっと気持ち悪いな。
俺は率直にそう思うと自身の腰に刺さっているエルテナを一度だけ撫で、その感触を確かめた。
するとまたもや勢いよく大柄な男が室内に入り込んでくる。先程は比較的ラフな格好だったが今はなぜか鎧までは装備していないが、しっかりとした装備を整えており腰には使い込まれた長剣がささっていた。
「よし、全員いるな。ではこれより実技試験の会場に移動する。順番に俺の後ろについてこい!」
どうやら試験会場は別にあるらしく場所を変えるようだ。
確かにこんな教室で実技なんてやれたものではないので大人しく俺はその後をつける。
そしてこれより俺たちパーティーの実力が解禁されるのだった。
次回はお待ちかね実技試験です!
全力でハクたちを無双させたいと思います!
誤字、脱字がありましたらお教えください!