第百五十七話 集会までの日々、三
今回は白虎との会話とキラの成長についてです!
では百五十七話です!
森の最奥に空いた空間に佇んでいた白虎はアリエスたちを睨みつけながら、ゆっくりと立ち上がった。その姿はまさしく森の主のような風格を漂わせており、見るものに不思議な感覚を与えている。魔物でありながら血生臭い匂いもせず、戦いの気配もない。もはや魔物と呼んでもいいのか疑問に思ってしまう存在がその場にいた。
その白虎に一番最初に近づいたキラはまったく気後れせず、いつもの超然とした態度で話しかけた。
「学園王国の冒険者ギルドにお前の討伐依頼が出ている。心当たりはあるか?」
すると白虎はキラの姿を頭の上から足の下までじっくり眺めたあと言葉を口にした。
『…………。なるほど、精霊の女王か。これはまた珍しい客がきたものだ』
やはりキラという存在は生物界においてかなり知れ渡っているようで、キラの偉大さが如実に表れていた。
『それにその奥にいるのは地の土地神か。随分と豪華な存在たちが集まっているようだな。………それで、私の討伐依頼だったか。正直言って心当たりはまったくない。私はここ最近この場所で寝ていただけだからな』
その白虎はそう呟くと再び地面に腰を下ろし、リラックスした姿勢に体を直した。
ギルドの依頼というのは、その依頼者が考えている主観というものが色濃く反映されてしまうものだ。 ゆえに事の真偽が時に曖昧になってしまう。それが故意なのか偶然なのかはわからないが、たまにそういう依頼もあったりする。
おそらくだが、白虎の意見を聞く限り今回のクエストもその部類に入っているのだろう。これが知性のない魔物の場合は放置しておくわけにはいかないのだが、この白虎のように物事を理解できるようであれば特に攻撃をする必要はない。
「ふむ、事態は理解した。であればお前は人間に危害を加える気はないということでいいのか?」
キラが改めて確認するように問いかける。
『そちらが攻めてこなければな。仮に攻撃する姿勢を見せればこちらもやぶさかではないぞ?』
白虎はキラを含むアリエスたち全員に特大の威圧を放つ。ハクや神核ほどのものではないが、周囲の草木が揺れ動くほどの威力を秘めているようだ。
アリエスはその威圧に足を踏ん張りながら耐え、静かに右手を絶離剣に伸ばしていく。確かに悪意や殺気は感じないのだが、それでもこの白虎は何を起こすかわからない危機感を感じていた。
どうやらそれは他のメンバーも同じようで、額に冷や汗を流しながら各々武器を握り始めているようだ。
しかし、それでもキラは態度を変えず、むしろ声のトーンを強めて話し始めた。
「それはこちらのセリフだぞ?妾らはお前が攻撃してこなければ危害を加えるつもりはない。この依頼を破棄して、この場には二度と来ることはないだろう。それと、仮に妾たちに攻撃を仕掛けることがあるなら死ぬ気で来い。でなければ、一瞬で消し飛ぶぞ?」
キラの最後の言葉は白虎の威圧をものの見事に吹き飛ばし、圧倒的な神格を滲ませ、この場の空気を完全に変えてしまった。
さすがの白虎もこれには驚いているようで、後ろ足が若干震えている。確かに白虎は魔物の中では強力なものだが、それでも地の土地神であるクビロや精霊女王のキラと比べてしまうとその存在は霞んでしまう。
おそらくそのレベルはアリエスの魔術で簡単に吹き飛んでしまうような強さであり、実際はさほど怯える必要がない相手なのだ。
『わかっている。所詮私などが敵う相手ではないことぐらい理解しているつもりだ。だが、それでも時として私は戦わないといけない時が来ることも常に頭に置いている。ゆえに警戒は怠らないようにしているのだ』
アリエスたちはその白虎を眺めながら、武器に置いていた手をゆっくりと放し胸をなでおろした。
白虎自身も、あえて強気な態度で接しているのだろうが、それはあくまで警戒の表れであり悪意からくるものではないということがアリエスたちにも伝わったのだ。
「ならば、妾たちは特にお前に関わる気はない。帰らせてもらうぞ」
キラはそういうと白虎に背を向けてその場を後にしようとした。
すると、今まで黙っていたイナアが声を初めて声を上げる。
「えー、本当に帰っちゃうの?私としては少しくらいこの白い虎さんと戦いたいんだけど」
「それは無理だ。あいつが戦う気がない以上、無碍に襲う必要はない。この状況で下手に襲い掛かればそれこそ戦いの火種になってしまうからな」
その言葉にアリエスたちも大きく頷き、同意を示す。白虎が戦闘を拒否している以上、ここで攻撃を加えれば、それこそ白虎との全面戦争になりかねない。もちろんその戦いにおいて負けるという可能性はまったくないのだが、できれば平和的に片づけたいのだ。それが仮にクエスト失敗という結果になったとしても。
「あ!それじゃあ、今攻撃すれば戦ってくれるってことだよね!だったら少しだけやってみようかなー」
しかしイナアはまったくその話を聞いておらず、むしろ今から切りにかかりそうな雰囲気を漂わせていた。
この性格こそがイロアに変人と呼ばせる所以であり、SSSランク冒険者としての強さでもある。とはいえこの状況を理解しいないというのは大変困るので、逆にアリエスたちはイナアを取り押さえようとしたのだが、ここで動いたのはまたしてもキラだった。
「何度言えばわかる。それは絶対にダメだ!もしそんなにもあの白虎と戦いたいのなら、妾を倒してから行け」
そう言うと、キラは自らの両手に根源を作り出し威嚇して見せる。
「えー、それはずるいよー。君相手じゃ私の勝ち目ないじゃん!」
「だったら諦めろ。そしておとなしく帰るぞ」
キラはそう呟くとイナアの首根っこを掴みズルズルとその体を引きずりながら帰路に戻って行ってしまった。
「ちょ!?本当に帰るの?待って、待ってよ!というか引きずらないで!」
その光景を見ていたアリエスたちは微妙な表情をして言葉を呟いた。
「キラ、すごいね。あのSSSランク冒険者をコントロールしてるよ」
「そ、そうね……。あまり見ない風景だけど……」
「確かに………」
「何と言うか初めて会った時とは大違いですよね。あの死を悟らせる殺気も消えていますし、何より態度が全然違います」
「へえー、キラちゃんって初めはそんなにおっかなかったんだ。それは少し気になるかも」
各々がキラに対して感想を述べているとその後ろにいた白虎が不意に話しかけてきた。
『あの精霊女王があのように丸くなるとは、私も意外だ』
「というと?」
アリエスが振り返りながら白虎に尋ねる。
『精霊女王は確かに膨大な力を持つが、基本的に精霊以外には慈悲などまったくなかったのだ。それこそ私たち魔物や人間に対してはかなり嫌悪していたはずだ。だが、実際会ってみると意外とそうではないらしいな』
白虎はそう言うと完全に体を地面に寝かせ緊張の糸を解き、警戒心を薄れさせている。実際、アリエスたちがキラと初めて会ったときもかなり凶暴な性格だったのだが、それを変えたのはやはりあのハクだろう。
キラという強大な存在に物怖じせず、立ち向かっていく姿勢は精霊女王の心さえも動かしたのだ。
「おーい、何をしている?早く帰るぞ?」
キラが依然イナアを引きずりながら声をかけてくる。
その姿に少しだけ嬉しくなったアリエスはその言葉に大きな声で返事をした。
「うん、わかってる!今行くよ!」
本来ならば白虎討伐という殺伐とした一日になるはずだったのだが、キラの思いがけない成長を見ることができた一日に変わってしまった。
だがそれはメンバーとしては嬉しいことであったので、アリエスたちは笑顔で白虎に背を向けてその場を後にした。
「というか、いい加減離してよ!!!」
イナアの声が最後に轟き、この白虎騒動には一応片がついたのだった。
時刻は午後四時を指そうとしている。
目の前に並べられた参考書はすでに空白になっている箇所はなく、全ての内容が頭に叩き込まれていた。
「はい、じゃあ次これ解いて」
サシリはそんな状況を静かに見守りながら、俺にさらなる問題を出題してきた。
「今の俺は完全に無双状態だ。どんな問題が来ようと解き去ってやるぜ!」
と自信満々な台詞を吐き、問題に取り掛かり始める。
結果的に今日一日、サシリに付きっきりで教授してもらったおかげで、一日でこれほどまでに成長できるのか?と疑いたくなるくらい俺の頭の中にはこの世界の歴史が詰め込まれていた。
暗記科目である以上確かに覚えてしまえばそれまでなのだが、キラと同じくサシリは他人に教えるのがとんでもなく上手い。俺の風船のような頭脳でもしっかりと理解できるように説明してくれて、風船をスパコンかなにかに変身させてしまったのだ。
というわけで本日最後の問題に取り組んでいるわけだが、不意に宿の階段から音が聞こえてきた。無意識に気配探知を発動してみるとアリエスたちの反応だったので、おそらく帰ってきたのだろう。
しばらくするとその扉が勢いよく開かれアリエスたちが部屋に入ってきた。
「ただいまー!ハクにぃ、サシリ姉!頑張ってる?」
元気のいいアリエスの声に俺は問題に向かいながら右手を軽く上げて対応する。俺のほうもあと少しで解き終わるので、少し待ってもらうことにした。
俺の鉛筆は紙面にある最後の空白に伸び、その穴を埋める。
「よし、これで終わりだ!」
俺はサシリにその解答用紙を突きつけると、思いっきり背伸びをし息をついた。
「うん、うん、うん。はい、全部あってるわ。お疲れ様、今日はこれで終わりね」
サシリは俺の解答を高速でチェックすると笑顔を浮かべながら、その様子に満足していた。
するとその様子を見ていたアリエスが準備完了!と言わんばかりに俺に飛びついてきた。
「ねえ、聞いてよハクにぃ!今日はねえ、ギルドのSランククエストを受けたんだけど………」
俺はそんなアリエスの体を受け止めつつ、その話に耳を傾けた。
おそらく今日あった出来事を話したくてしょうがないのだろう。見れば他のメンバーたちもわりと満足そうな表情を浮かべており、雰囲気はとても和やかなものになっていた。
一日中、部屋に籠って勉強をしていたので正直外の話をしてくれるのはありがたいことで、俺もそのアリエスの話に興味を持って聞くことにした。
「慌てなくていいから、ゆっくりな。別に俺は逃げないぞ」
俺はそう言いながらアリエスの髪をなで、穏やかな時間に浸ったのだった。
ちなみにその間、キラとサシリは俺の勉強状況がどうとか、どの範囲が苦手とか非常に恥ずかしい内容の会話を繰り広げていたというのは余談である。
次回はようやくSSSランク冒険者の集会に向かいます!
誤字、脱字がありましたらお教えください!




