第百五十四話 振り回される一日
今回はハクが女性陣に振り回されるお話です!
では第百五十四話です!
俺たちはシンフォガリア学園にてとある決闘に勝利して、その場を後にした。
入学すらしていないのに、生徒から決闘を申し込まれるとは思っていなかったが、とりあえず穏便に終わらせることが出来ただろう。
ん?どこが穏便だって?
そりゃあ地面には穴をあけたし攻撃は全て回避したけれど、血も流れてないし傷つけてもないわけだから、俺としては穏やかに片づけたつもりだ。
そもそも、この世界における学生のレベルの基準がわからない以上、手加減をするというのはなかなか難しい。神核や使徒のように圧倒的なまでの危機感を感じることができれば別なのだが、そうでない限りその実力を測ることは困難を極めるのだ。
俺には気配探知があるだろ?と思うかもしれないが、元々俺の気配探知は気配の大小を捉えることができない。今はなぜか成長してその差を見極めることが出来るようになっているが、それでも一般人レベルになってしまうとその違いを判断するのはなかなか厳しいのだ。
よってあのような攻撃を仕掛けたのだが、俺の中では穏便ではあったのだが周囲はそうでもなさそうな雰囲気を醸し出していた。
とはいえその反応にいちいち答えているわけにもいかないので、俺たちは早々に学園から立ち去ったのだ。
で、これからどうするかというと。
「ねえ、ハクにぃ!私、行ってみたいお店があるんだけど行っていいかな?」
「あ、それでは私も行きたいところがあります!」
「姉さん………。少しは自重してください………」
「私も色々と探検してみたいですね。ここは私たちと同じ年齢の方たちが多いので、その文化を見てみたいです!」
「私はまあ、特段要望はないかなー。おいしいものは食べたいけど」
「マスター!妾は激辛料理が食べたいぞ!どこかいい店はないのか!!!」
「はあ………。みんな自由時間が出来ると目の色が変わるわね……。楽しいからいいけど」
とまあ、もはや自由気ままに己の意見を述べていった。
俺は全員の意見を聞き終えると、大きなため息をついて話をまとめ始めた。
「はあ………。まだ時間があるから自由にすればいいけど、とりあえずは宿探しだ。日が暮れて泊まる宿がない、というのは洒落にならないからな」
そういいながら俺はみんなを引き連れるように歩き出すと、丁度目の前にあった案内板に目を流した。
どうやら宿屋はシルヴィニクス王国ほどの量は立地しておらず、両手で数えられるほどしかない。おそらくは学生が多いのでその人口の大半は寮に行ってしまっていることが原因だろうが、とりあえず宿の存在は確認できた。
とはいえ、どの宿屋がいいのかわからないで、完全に雰囲気を頼りにこれから泊まる宿を探し始める。
アイリエたちは俺の言葉に大人しく頷くと、俺の背中を追いかけてきた。その光景はもはや小さな旅行集団のような形になってしまっている。
改めて考えてみれば、俺のパーティーも大きくなったものだ。ルモス村でアリエスと二人でクエストを受けていた時期が懐かしく感じてしまう。
言っても、さほど時間がたっているわけでもないのだが、これまでの日々が濃いものだったのでこうも短期間でくぐりぬけてきたとはなかなか思えなかった。
シラとシルを奴隷から解放し、魔武道祭でエリアと戦い、第二ダンジョンでキラと死闘を繰り広げ、秘境でルルンの命を救い、カリデラでサシリの心を開いた。
言葉にするだけでも、その濃密な日々が感じられるが、それがあったからこそ今、みんなが俺についてきてくれるのだ。
俺は増えた仲間たちをもう一度目に焼き付けた後、顔に笑顔を少し浮かべながら案内板に書かれていた場所に足を向けたのだった。
宿屋についた俺たちは部屋に荷物を置き、再び町の中を歩いていた。
またしても宿の受付にて部屋の確認をしているとSSSランク冒険者ということでスイートルームに通されてしまった。しかも料金は三割しか支払わなくていいらしく、正直こちらが申し訳なくなってきてしまうレベルだ。さすがにギルド本部がある国の宿なだけあって冒険者に対する優遇が大きく、冒険者であれば基本的に小さいものでも何かしらの特典がついてくるらしい。
俺たちの場合はSSSランク冒険者がいるということもあって最高級の部屋に通される形になったようだ。
案内された部屋は、大きなリビングに人数分の個室が設けられており、ベッドには天幕が取り付けられるほど豪華な仕様になっていた。完全にどこかの王室と見間違いそうな状況なのだが、女性陣はとても喜んでいるようでとりあえず寝る場所は確保したのだった。
で、今は荷物を全て宿に置き王都の中を歩いている状況なのだが、学生が多いということもあってその町並みは大分若者向けになっているようだ。
特段派手な造りになっているとか、うるさい騒音が鳴っているとかではないのだが、店に陳列されているものが大体学生向けになっていたり、町の中も比較的明るい雰囲気を漂わせていた。
他の国とは違うその雰囲気にひどく興奮しているメンバーたちは、次々とあらゆる店に突撃していく。
「次はあそこに行ってみよう!」
「な!?次はあちらのお店ですよ、アリエス!」
「えー、だってエリア姉はもう行きたいところ行ったじゃん!次は順番的に私だよ!」
「それを言い出すと、二人とも何度もお望みの場所に行ってると思うけど?」
アリエスとエリアが言い争っているところにサシリが口をはさむ。
正直言って今の現状はおそらく十軒以上店を回った後だと思うのだが、みんなの好奇心は収まることを知らず、その足は動き続けている。
当然俺はというと、その荷物持ちを担当しているのだが、今日は一段とメンバーの元気がよく、いつもの何倍とも思えるスピードで練り歩いていた。
こういう場合、男子というものは完全に邪魔者扱いされるか、荷物持ちをやらされるかのどちらかなのだが、蔵という便利なものを持っている俺は後者の状況になっているようだ。
といっても出店や飲食店では俺もしっかり食しているので完全な仲間外れというわけではない。だが、それでもこういったシチュエーションというのは辛いもので、そろそろ宿に戻りたくなってきている。
それに本来なら入学準備を兼ねての買い物のはずなのだが、まったくもってその方向に舵を切る気配が感じられない。それどころか、趣味や娯楽に使うお金ばかりが消えていき、非常に懐事情が悲しいことになっていった。
「な、なあ、もうそろそろいいんじゃないのか?さすがに入学後のことを考えて行動したほうがいいんじゃ……」
俺は細々と小さな声でそう問いかけるのだが、その声は精霊の女王様によって打ち消される。
「何を言っているのだ、マスター。こういう時だからこそ楽しむのだ。あの金色冒険者も言っていただろう?楽しむといいってな」
金色冒険者というのはイロアのことだろうが、確かにイロアは俺たちと別れ際にそのようなことを言っていたような気がする。
まあ、みんなが楽しいことが一番ではあるのだが、今はほかにやることがたくさんあるだろうに。生活用品の買い揃えとか、寮の視察だとか、情報集めとか、本当にやることがたくさんあるはずなのだ。
正直な話をすれば俺は真っ先に第四ダンジョンの内部を探ってみたいと思っている。先程学園に入ったときは、まるで神核の殺気を感じることが出来なかったため、今回は星神の先を行っているのかもと推測していたのだ。
であれば動くのは早いほうがいいと思ったのだが、アリエスたちがいきなり女子会のような雰囲気を作り出してしまったので、それは出来ない。
まあ、仮にそれができたとしても、今は学園の生徒になってすらいないので全力で止められてしまうだろう。ゆえに俺は離れたところからでも観察をしたいと思っていたのだが、その考えは現在進行形で破られている状況だ。急いでいるわけでもないので問題はないのだが、ここまで連続してお金と体力を削られてしまうとさすがにくるものがある。
「そんなこと言わずにさ!ハクにぃも楽しもうよ!ほら、はい!」
と言われてアリエスは俺に向かって先程出店で購入したクレープのようなものを差し出してくる。
俺はそれを苦笑しながら受け取ると、もうしばらくこの買い物に付き合うことにした。
こういうのも息抜きなのかな。
自らの心をそう納得させると俺は再び荷物持ちの仕事に専念する。時刻はまだ午後一時を回ったばかりで、空高く上がった太陽が俺を照らしていたのだった。
それからさらに二時間が経過した。
今ではさすがに自分たちの趣味における買い物ではなく、必要必需品を買い揃えている。なんだかんだ言ってアリエスたちもしっかりと考えていたようで、日用品が販売している場所を最後に赴けるようにしっかりと計画していたのだ。
正直どこにもそんな素振りを見せなかったので、女子ってすごいなと思うばかりである。
だがそれも結果的に入学試験が始まっていないので無難なものしか購入できず、わりとあっさりと終了してしまった。
何分まだ俺たちは学園の生徒ではないので、これから本当に何が必要で何がいらないのかということがわかっておらず、あまり有効的なものは買えなかったのだ。
では今からダンジョンの視察に俺一人だけでも転移を使って行こうかと考えたのだが、時間も遅くなってきているので、今日はやめておくことにした。
というわけで今は夕食の食材を調達しに来ている。
というのも今夜はシラとシルが、自分たちで夕食を作る!となぜだか気合が入っているので、それに従うことにしたのだ。実際シラとシルの料理は下手な宿の飯よりも遥かにおいしいので、俺としてはむしろありがたいのが現実だ。
その材料を俺たちは全員で分担しながら購入していたのだが、その際珍しくルルンと二人っきりになる状況ができた。
「お、そっちは買えたか、ルルン?」
俺は目の前に現れたエルフの仲間に声をかける。
「うん、こっちは大丈夫かなー。食材の質も問題なしだよ!」
ルルンは野菜や果物が入った紙袋を右手で抱えながら俺にグッドサインを送ってきた。
俺の方もほぼ食材を買い揃えてあるので、そろそろみんなと合流するころだろうと思っていたところなので、ルルンと出会えたのは丁度いいだろう。
「なら、待ち合わせの場所まで行こう。みんな戻ってきてるかもしれないからな」
俺たちはそのまま、待ち合わせの場所である少し広めの広場に足を向けた。そこはカリデラの広場ほど大きなものではないが、噴水や出店などが見られある程度の人を収容できる大きさを備えていた。
「あれ、まだ誰も到着してないね」
「そうみたいだな」
結果的にその広場につくとまだ誰も来ていないらしく、仲間の気配はまだ感じられなかった。
仕方がないので時間をつぶそうかと考えていたその時、この広場で繰り広げられていたあるものの横を俺たちは通り過ぎてしまった。
するとその場にいた若い青年のような男がルルンにこう声をかけた。
「お!お姉さん可愛いねー。どうだい?今ここで飛び入りライブをやってるんだけど出てみない?」
は?なにそれ?
みると俺たちの隣では小さな野外ステージのようなものが組み立てられており、五十人ほどの人がそのライブを鑑賞していた。今歌っているのは明らかに学生であろう恰好をしている少女で、その動きはどこかぎこちない。
俺はいきなりのことで思考が追い付かなかったのだが、その事態の緊急性について数秒遅れで気づいてしまった。
だが俺の反応よりも遥かに早く、あのアイドルもどきは動き出していた。
荷物を無言で俺に押し付けると、すぐさまステージに上がりそのマイクを奪い取ると、人が変わったように大きな声を上げる。
「はーーーーーーーい!飛び入り参加したルルンでーーーーーす!!!私も一生懸命歌いますので聞いてくださーーーーーーい!!!」
その声に反応するように会場のボルテージも上がり、完全にルルンがこの場の空気を支配した。
確かにルルンはエルヴィニア秘境でアイドルまがいのことをやっていたが、それがこんなタイミングで火が付くとは。
さっそく歌いだしたルルンを遠めに見ながら俺はしばらくその場でうなだれていた。
するとようやく集まりだしたメンバーがその光景を目撃して、口々にこう呟いたのだ。
「どうしてこうなったの?」
「知るか、そんなもん」
俺はその言葉に投げやりな言葉を返し、そのライブが終わるのを仕方なく待ち続けるのだった。
こうして学園王国での長い長い一日は終了した。だがこれはまだ序章に過ぎないという事実を俺はまだ認識していなかったのだった。
次回はギルド本部にて久々の依頼を受けます!
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