第百四十八話 戦いのない道のり
今回は学園王国に向かうまでのひと時を描きました!
では第百四十八話です!
学園王国というのはカリデラ城下町から左斜め上に北上するような方角に位置している。その距離は馬車を使って一週間ほどかかるようで、通常なら試験ぎりぎりのタイミングに到着することになるのだが、カリデラを城のバルコニーから飛び立ったこともあり俺たちは今、翼の布を使い高速で上空を滑空していた。
雲の上を飛ぶというのはやはり気持ちのいいもので、風が体を掠め、日にあたり火照った体を程よく冷ましていく。
周りを見渡すと、雲から流れ出ている雨の雫が光を反射し大きな虹をかけており、俺の赤い瞳に七色の輝きを映し出した。
翼の布のスピードは明らかに馬車より速いため、さすがに一週間はかからないものの数日は覚悟していなければならない。ゆえに空の旅を楽しんでいるものの、俺は無意識にその絨毯を急がせていた。
というのも、学園王国に到着したからといって終わりではなく、そこからまた入学の準備が始まるのだ。宿舎は男女別れた寮があるようで心配していないが、消耗品や生活用品の買い溜めは必須になってくる。その時間を確保しなければ、大変困った事態になるのだ。
まだ合格していないのに何を言っているのだ、と思うかもしれないが、最悪俺が受からなくても他のメンバーが余裕で合格するはずなのでどちらにせよ準備という名の買い物はしなければならない。
また入学試験の前に、俺はSSSランク冒険者の集会が控えている。シルヴィ二クス王国のアトラス国王が言っていたように、どうやらSSSランク冒険者がこのタイミングで学園王国に集結するらしいのだ。そこで何が語られるか知らないがエルヴィニア秘境でイロアと話した通り、軽い打ち合わせはしておいたほうがいいだろう。おそらくイロアは俺たちよりも早くエルヴィニアを立っているので、すでに学園王国には到着しているはずだ。であればそのイロアにも接触しなければならない。
という考えを巡らせながら、体の力を抜きながらも俺は翼の布が発生させる乱気流の余波に身を任せていた。
俺は目の前の光景を確認しつつ右手に握っている参考書を見つめる。魔力学の勉強はキラが完璧に教えてくれたので問題はないが、俺の努力次第で結果が変わる歴史に関してはほぼ手付かずだった。よって今はひたすらこの世界の時代の流れというやつを頭に叩き込んでいた。
「えーと、この年にはこの国とこの国が戦って……。うーん、いまいち覚えられないな。少し発想を変えるか……」
特段俺の隣には誰もいないので、寂しい独り言をぶつぶつと吐き出してみる。単純な経験談なのだが、こうやって一人で講義を繰り広げるように勉強を進めると、黙々と進めるより効率がいいような気がするのだ。
気のせいかもしれないが気分的な問題で黙っているよりは遥かに楽なのだ。元の世界ならばスマーフォンやミュージックプレイヤーで音楽を聴くという手段を取れるのだが、さすがにこの異世界にはそのような機械はおろか電気すらないので、そのような贅沢はできない。
というわけで一人で淡々と口を動かしながら勉学に励んでいるわけだが、そんな俺のことはまったく気にしていないと言わんばかりに、他のメンバーは翼の布の中にこもっていた。おそらくまた修学旅行の娯楽感覚で人生ゲームやら、トランプもどきで遊んでいるのだろうが、随分とお気楽な限りだ。
俺は薄い目でその後ろの空間を見つめるのだが、その天幕の中がやけに静かなことに気が付いた。いつもならがやがやとその賑やかな声が漏れてくるのだが、今日はまったくその喧騒が聞こえてこなかったのだ。
ん?今日はやけに静かだな。
俺はそう思うと少しだけ立ち上がりその幕に手をかけ、静かに中の様子を確認してみる。
そこにはスヤスヤと七つの蹲っている少女たちが小さな寝息を立てて佇んでいた。みれば全員が綺麗な顔を浮かべて熟睡しており、緩やかな空間がそこには流れている。
ああ、なるほど。これはいつもの声が聞こえないはずだ。
俺はそう思い至ると、表情を和らげ掴んでいた幕の布を静かに下ろし再び勉強の渦に身を下ろした。
まあ、あれだけ気持ちよく熟睡されてしまうと、こちらも何も言えない。騒いでいたところで口をはさむ気はないのだが、あの柔らかで美しい光景を一度見てしまうと、自分も頑張らないといけないな、という気持ちになってしまう。
思えばこのカリデラの出来事でも大分みんなに負担をかけてしまった。特に最後の使徒との戦闘は身体的にも精神的にも負担が大きかっただろう。
それを考えれば疲れて寝てしまうのも頷ける。俺でさえ昨日は広場で眠ってしまったのだ。だから今くらいはゆっくり休ませてあげよう、と俺は考えると手に持っている歴史書の文字に目を落とした。羅列される文字は先程よりもなぜか飲み込みやすくなっており、集中力も幾分か上がっているようだ。
そんな俺の前髪を翼の布が発生させる風が大きく揺らし、赤い目の視野を少しだけ隠すのだった。
というわけで、その日の晩。
昼寝から目覚めたメンバーは赤くはれた両目をこすりながら起き上がると翼の布を地上に停めて夕食の準備をし始めた。
シラとシルは全体の総括を担当し、エリアとルルンは剣を動かすように包丁を高速で煌かせ材料をさばいている。一方アリエスとキラ、サシリは魔術を使い水を生成していた。前回作り出した水はとっくに底をつきており、再びその貯水を作り出す必要があったのだ。
で、俺はというとクビロを抱えて翼の布の中にあるバスルームで体を洗っていた。
というのもこのパーティーは全体的に女性の比率が高い。よって当然その入浴時間もかなりかかってしまう。もしそれを待ってから俺たち男性陣が入浴すると就寝時間が押してしまい次の日の活動に支障をきたしてしまうのだ。
よって女性陣が料理の準備をしている間に俺たちは入浴を済ませる。
『あー、そこじゃそこ。なかなかやるではなか主』
クビロは泡のついたタオルで俺に体を洗われていた。正直言って完全にぬいぐるみを洗濯しているような状況になっているのだが、それでも入念にその体を洗っていく。
小さい体の頭を出来るだけ泡で覆わないように気を付けて作業を進めていた。もちろん、クビロ自身でも影の力使えば洗うことは出来るのだが、どうやらクビロは俺に洗ってほしいようで、その我儘を聞いてやっているという状況だ。
「ほかに磨いてほしいところがあったら言えよ?」
『うむ。とはいえ今日はこの程度で問題ないじゃろう。では明日も頼むぞ主』
クビロは俺に向かってそう言うとそそくさとこの空間を後にした。なんでもクビロはあまり暑い空間というのは苦手なようで好んで湯船につかることはしないようだ。
俺は自分の体と髪を洗い終わると、その部屋の中心に置かれている大きめのバスタブに足を沈ませた。乳白色の湯は滑らかに俺の体を包み込み、一日の疲労を癒していく。
「はあー、生き返るなー」
俺は肩までお湯につからせるとおもむろにそう呟いた。最近はカリデラ城下町の宿に泊まっていることが多かったので、水浴びや桶に汲まれたお湯でしか体を拭いていなかったのだ。ということで今日は久々の落ち着いた入浴タイムということになる。
『意外とジジ臭いことを言うのじゃな主様?』
「失敬な。俺はまだピチピチの十八歳です!お前みたいな年齢計測不能のババアとは違うんです」
『なんじゃと!?主様、口に気をつけろよ?私が本気になれば今この瞬間にでも主様を襲うこともできるのじゃぞ?』
クワッと効果音がなってもおかしくないほど威圧を放ちながらリアが言葉を投げかけてくる。このままだと本当にリアに襲われかねないので、俺は適当になだめて再び湯船に肩を沈めた。
「はいはい、今疲れてるからまた今度ね」
『最近、メンバーが増えたせいで主様の対応が雑すぎる気がするのじゃが………』
リアが俺の言葉にうなだれているなか、そのまま意識を出来る限り薄くのばし力を抜く。やはり先日の戦いの疲れが残っているようで、体の力は湯船に吸い取られるように消えていく。
すっかり伸びてしまっているところに、何やら外から声が聞こえてきた。もしかするとアリエスたちの料理が出来上がったかのかもしれない。
そう思った俺はそろそろバスルームから出ることにしてもう一度シャワーを浴びに、湯から上がった。
少しだけ温度を下げたそのシャワーは熱を持った俺の体をたちまち冷やし、意識を一気に覚醒させていく。流した汗をきれいさっぱり落とし終わると、そのまま出口にタオルを腰に巻いたまま足を向けた。
空間を仕切っている扉を勢いよく開け、前に進み出ようとしたとき、その前にいたとある変態達と目が合ってしまった。
「「「「「「あ」」」」」」
「…………。何をやってるんだ、お前ら?」
俺は扉を半開きにしながら中の様子を窺っていたアリエスたちを睨みつけながら、そう呟いた。
「い、いや、そ、その、ほら!ハクにぃがのぼせてないかと思って、ね?」
「そ、そうなんです!私たちは決してやましいことは考えてなくて……」
「うんうん………」
「ですがハク様の体はやっぱり美しいですね!私見とれてしまいました!」
「そうだねー。ハク君って意外といい体してるよね」
「わ、妾はアリエスたちの付き添いだ!だからな、マスター?妾は何も考えてはないぞ………!」
「そ、そうなの!私は別に何も卑猥なことは思ってないのよ……!」
その言葉はあまりにも見苦しいい言い訳で、もはや覗いていたことを公言するような発言ばかりだった。特にエリアとルルンはもはや覗いていたことを隠すこともせず、惜しみもなく感想を漏らしている。
普通ならば男性が女性の姿を覗き見ることはあっても、その逆はなかなか珍しいだろう。元の世界ならば完全に犯罪ものだが、とりあえず俺は大きなため息を吐き出すと、能力で全員の額にデコピンを放った。
「「「「「「ぎゃ!?」」」」」」
「今度こんなことをしたら、さすがに怒るからな。わかったら早く飯にするぞ」
俺はそう口にすると体を能力で乾かし、服を着るとそのまま翼の布の外に出ていった。
後ろでは明らかに沈み込んだメンバーたちが佇んでいたが、気にすることはなくいい匂いが漂っているテーブルに腰を下ろすのだった。
まったく男の体の何がいいのやら。
俺はそのような考えを巡らすと、目の前に並んでいる料理に乗っかっている果物をひょいっと摘み上げると口の中に放り込んだ。
「あ!ハクにぃ!今つまみ食いしたでしょ!」
「まさか、するわけないだろ?」
先程のアリエスたちのように俺はしらばっくれると、軽い笑みを浮かばせながら、も一度人差し指と親指を使って食べ物を口に投げる。
「あ、また!!!」
今度はサシリが声を上げる。その表情を見ながら、みんなを席に進めるように手を差し出しながら声をかけた。
「ほら、早く食べようぜ?」
戦いがないこういう旅もたまにはいいかもしれない。
そんなことを思いながら夕食に手を付け始めたのだった。
学園王国に到着するのはどうやらもう少し先になりそうだ。
次回はもう少しだけ道中のお話が続きます!
誤字、脱字がありましたらお教えください!




