第百四十五話 疲れ
今回は珍しく少し弱っているハクが垣間見れます!
それだけ神歌というものは強力なのです!
では第百四十五話です!
「これはまた随分と派手にやられたな」
俺は星神の使徒との戦いを終えると、直ぐさまカリデラ城下町の上空に転移した。
確かに戦火は収まっており、大量にいた使徒たちの姿もなくなっているが、その存在がもたらした被害は甚大なもので家屋は殆どが瓦解し、あれほど存在感を放っていたカリデラ城もその半分以上が瓦礫の山に埋もれていた。
しかしアリエスたちが上手く誘導したためであろうが、そこには人の気配はまったく感じられず完璧な避難が完了していた。
そのまま地面に降り立つと、その道を踏みしめるように歩き出しす。俺達が寝泊りしていた宿もその部屋の中が見えてしまうくらい粉々に破壊されており、カリデラの被害状況を物語っていた。
いきなりあの使徒たちが攻めてきたこともあり満足な対策が出来なかったこともあるが、それ以前にこのカリデラの住民が普段からこの様な緊急事態に慣れていなかったということもあるだろう。
というのもこのカリデラは一応国には指定されていないもののかなりの賑わいを見せている都市だ。だがそれでも吸血鬼の根城ということで帝国や他の国々もなかなか攻めにくい場所であり、何よりあの血神祖であるサシリの存在がその侵攻を食い止めていた。
ゆえに今回の様な事態には住民全てが不慣れでありより被害を拡大させたのだ。
「まあ、でも誰だって襲われればこうなるわな」
歩きながら俺は自分の意見に否定的な考えを言葉にすると、神妃化の力を使いその町をもとに戻し始めた。
それは俺の足元からまるで新たな生命が宿るように拡大していき黄色い光がカリデラ全土を包み込んでいく。事象の生成の力を使用しているがやはりこれだけ大規模な修復を行うとなるとさすがに時間がかかってしまうようだ。
光は崩れている瓦礫を持ち上げ、時間を戻すかのようにもとの姿に変容していく。それは光の粒子が空中を飛び交うような現象で、まさに生命の息吹が芽吹いているような光景だった。
神秘的、幻想的、という言葉が似合いそうなこの光景は俺の力を媒介にかつてのカリデラ城下町の姿を取り戻す。割れていたガラスも新品同然なものになり黒い建物のレンガもさらに磨きがかっている。
その力が地面に残っている塵の一つも再生させようとしたとき、俺は丁度カリデラ城前の広場にたどり着いた。
その場所には溢れんばかりの人が押し寄せていて、皆不安の表情を滲ませていたが再生していく町の姿を目にするとその顔をも少しだけ和らいだものに変化していく。
気配探知を使いアリエスたちの居場所を探ろうとするのだが、ここで俺の体が一瞬だけふら付いた。どうやら俺自身も相当疲労が溜まっているらしい。
考えてみれば、今日一日ずっと戦ってばかりなのだ。サシリとの全力戦闘後にこの死闘。もはや濃すぎるぐらい血と命のやり取りに溺れている。
それにおそらくこの疲労の一番の原因は先程の戦闘に使った神歌だろう。
あれはいくら神妃化しているとはいえ、今の俺には負担が重過ぎるのだ。リアが完全な肉体を持っていたときに使用していた絶大なる力をいくら同化しているとはいえ、一介の人間が使ったのだ。多少の疲れも出てしまうだろう。
『むしろ、あの力を使ってその程度で済んでいるほうが例外なのじゃ。主様でなければあの使徒のように体の崩壊を起こしてしまう。それだけの力なのじゃよ、あれは』
リアが俺の心声に答えるようにそう呟く。
それは当然俺もわかっていたことではあるが、あの局面ではあの攻撃が最適だろうと判断じたのだ。事象の生成を行おうにも次元境界の設定をしなければならなかったし、そもそもそれでは時間がかかりすぎる。そんなことをしていれば間違いなくあの攻撃は俺の体ごと、このカリデラを吹き飛ばしていたはずだ。
ゆえに後悔はしてないが、それでもこの神歌は今度なるべく使わないようにしなければならない。
毎回毎回このように疲弊していては話ならないからだ。
俺がそう考えているといきなり俺の後ろから何かが抱きついてきた。
「おかえり、ハクにぃ!」
白い髪を流したアリエスは俺に向かってそう呟くと、少し痛いくらいの力で抱きしめてきた。
するとそれをかわきりにパーティーメンバーのみんながぞろぞろとこちらに向かってきている。
俺はアリエスを自分の体の正面まで持ってくると、その柔らかい頭を撫でながら話しかけた。
「ただいま、アリエス。こっちは大丈夫だったか?」
「うん!大丈夫だよ!たくさん人も助けたし、あの女の人たちだってちゃんと倒したんだから!」
アリエスはそう言うと吹くの中に入っていたクビロをつまみ出し自慢げに語ってきた。
近づいてきたメンバーにも問いかけるように言葉を投げる。
「皆はどうだった………って、おいおい、シラ、シルその服どうした!?」
目に留まった二人の姿はそのメイド服に誰のものかわからないがべっとりと血が付着しており普段白が目立つその服装が真っ赤なものに変わっていたのだ。
その言葉を聞いた二人は申し訳なさそうな顔をして返答した。
「い、いえ、これは私達自身のものです。少ししくじってしまいましたので………。それに傷はもうキラに治してもらったので心配は要りません」
え、それ二人の血なの?
ということはそうなった原因は間違いなくあの使徒達だろう。これほどまでの出血量というのはかなりの傷を負わなければ発生しない。
おのれ、俺の可愛いメイドたちになんてことを……!
次ぎ会ったら絶対に消す!
『おそらく、その使徒たちは既に殺されておると思うのじゃが………』
確かにこのカリデラから使徒の姿が消えているということは、すなわちそういうことなのだろうが、冗談は置いておいて少し無茶をさせてしまったようだ。
これは俺の判断が甘かったことでもあり、反省する。一歩間違えば二人は死んでいたかもしれないのだ。その裁量を握っている俺がもっと状況を的確に判断しなければ、それこそ取り返しのつかないことになってしまうだろう。
それを心にとどめながら俺は二人を少しだけ抱き寄せその頭を撫でてやる。
「ごめんな。辛い思いをさせたみたいだ。今度からは気をつけるよ」
「い、いえ!わ、私達はそういうつもりではなく………!」
「むしろハク様の期待に答えられませんでした………」
二人は顔を下に下げながらそう呟いた。やはりこの二人はどこまで行っても俺のメイドでいてくれているようで、その気持ちがよく伝わってきた。
「それでも二人が死ぬほうが俺はもっと悲しい。だから次に命の危険が迫ったら、俺のことなんて気にせず逃げてくれよ?」
これは星神とあの使徒たちとの決定的な違いだ。
俺はいくら二人がメイドであろうと奴隷や忠実な配下として見てはいない。大切な仲間だと認識して接している。ゆえに二人の幸せが一番だと考えているし、二人の意思が固まればメイドを強制する気もまったくないのだ。
仲間とはそういう存在であり、しっかりと個人の意見を尊重していくべきであると俺は考えている。
だから俺は特段今回のことで二人を責めたりしない。むしろよくやってくれた、と褒めたいほどだ。
シラとシルは二人同時に俺の顔を見ながら頷くと、そのまま俺の服に顔を埋めた。
「ぐぬぬ……。私もハクにぃに優しくされたい……」
「まったくです!最近のハク様は私に少し冷たいですよ!」
「ははは、でもまあ何事もなくてよかったじゃないー。住民の人たちも無事に避難できたし」
「…………」
各々がその光景に感想を述べていくなか、ただ一人だけ何も言葉を発しない存在がいた。それは虹色の長い髪を靡かせている精霊であり、その顔は明らかに厳しい表情をしていた。
隣に立っていたサシリがその顔を覗き込みながら、不思議そうに問いかける。
「どうしたの、キラ?」
キラはそう問いかけられてもその表情を崩さず、しばらく黙っていたが。何かを決めたようにため息を吐き出すとおもむろに言葉を吐き出した。
「………マスター。今、相当無理をしているな?」
その声は途端に俺達の空気を凍らせ、時間を止める。
俺はシラとシルの髪を撫でている手を止めず、そのまま佇んでいる。
「え………。は、ハクにぃ………。それって、どういうこと……?」
アリエスが再び俺に近寄ってきて問いかけてくる。
まったく精霊と契約していると、そんなことまでわかるのか………。
これは敵わないな。
「さすがだな、キラ。どうしてわかった?」
「マスターと契約している以上、それくらいはわかって当然だ。今のマスターならば妾が全力を出せば勝ててしまうくらい衰弱しているぞ」
確かにそれは概ね当たっている。やはり神歌を使った代償は大きいようで、まだ戦おうと思えば戦えるものの、もう一度神歌を使えと言われれば間違いなく倒れてしまうだろう。当然神歌を使っても問題がないくらい神妃化を進めれば可能なのだが、それでも今は連戦による疲れが溜まってきていた。
「それにそんな状態で町の全土を完全に修復したのだ、疲弊するのも当然だ」
キラの言葉を受けてみんなの視線が俺に集中する。
俺はそんな光景を見ながら、シラとシルを体から離すと両手を振り上げながら話し出した。
「別にそこまで心配はいらないよ。普通に走ったり話したりすることは出来るし、なんら普通の人間とかわならないさ。だから心配しなくても大丈夫………ッ!?」
そこまで話した俺の体は何故か急に力が抜けるように揺れてしまった。
「は、ハクにぃ!」
「ハク様!」
「ハク様……」
「ハク様!!!」
「ハク君」
「ハク!」
それを支えるようにみんなが駆けつけてくる。
うわー、これは本当に情けないな。粋がって神歌なんて使うんじゃなかったぜ………。俺は自由のきかない体を地面に預けると、そのまま顔を上げてみんなを制した。
「大丈夫だ。これくらい少し休めば治るから」
というのも体力や魔力は何一つ問題はないのだ。ただ単純に疲れが溜まっているだけ。
過労と言えばそうなるのかもしれないが、まさか自分がそのような事態になるとは思っても見なかった。
「ハクにぃはそこで少し休んでて!無茶してるのはハクにぃの方だったってことね……」
「あとのことは私達に任せて置いてください」
「心配は要りません……」
アリエスとシラ、シルの言葉に他のみんなも頷く。
「それにこれは私が管轄してる問題なんだから、本来は私が頑張らないといけないことなのよ」
サシリは俺の目の前まで近寄ってくると、そう告げてきた。
その顔は初めて会ったときのような固いものではなく、完全に年齢相応の少女のものに変わっていた。
俺はその言葉と表情に安心して軽く頷くと、そのまま意識を空に投げ捨てた。
では少しだけ昼寝と洒落込もう。
偶には惰眠を貪るのもいいかもしれない。
そう思った俺がその眠りから覚めるのは、夕日が赤くにじみ出てくる夕方であったのだった。
次回はこの一件が全て決着します!
誤字、脱字がありましたら教えください!




