第百四十二話 カリデラ防衛戦、五
今回はシラとシルがメインです!
では第百四十二話です!
時を若干戻し、カリデラ城下町東地区。
そこには桃色の髪を携えた姉妹が瓦解した道を走り回っていた。打ち合わせではアリエス、クビロペアと共に東西に分かれて動き始め時計回りに一周するという算段だ。
その間に出来るだけ住民を避難、救助しつつ使徒と出会えばそれもなぎ倒していた。
シラとシルはサタラリング・バキを右手に構えながら、獣人族特有の優れた聴覚を使い、悲鳴や助けを求める声を探し続けていた。
「姉さん、あっちから声聞こえます………!」
「ええ、わかってるわ」
二人はそう言うとその声のするほうに足を向け、煙を潜り抜ける。
たどり着いた先には案の定、倒壊した家屋に押しつぶされている人たちが呻き声をあげながら蹲っていた。
シラとシルは風魔術や持ち前の怪力で瓦礫を持ち上げ、サタラリング・バキを使ってそれを切り飛ばす。そもそもサタラリング・バキというのはハクやアリエスがもつ絶離剣のように何でもかんでも吹き飛ばせるわけではない。とはいっても通常の武器よりは遥かに強力なので折れるということはまずないのだ。しかしそれでもやはり能力的にも刀身の長さ的にも大きなものを切り刻むには不向きな神宝であった。
ゆえに何も気にせずバッサバッサと切りかかるわけにはいかず魔術や自陣の腕力も使用しながらその瓦礫をどけていく。
やはり姉妹だけあって二人のコンビネーションは完璧で流れるような動きで人々を助け出していった。中には大怪我をしている人も見受けられたが、シラとシルには軽い治癒術しか使えないので、応急手当をして避難所である城前広場に誘導し、自分たちはさらにカリデラの中を駆け回る。
「姉さん、あれ……」
「やっぱりすごいわね、キラとサシリは……」
二人は街中を走り回りながら、空に煌いている攻撃の数々を眺めながら感嘆していた。それはシラとシルの遥か上空で轟音とともに繰り広げられており、精霊女王と血神祖、そして四枚の羽根を携えた女性が戦っている。
その戦いはもはや人間の戦いとは思えず力と力の衝突は二人の走っている大地を大きく揺らし、空気を振動させる。
人外の境地に立っている仲間の勇士を見届けながらシラとシルは自分たちの役目を再確認しながら進み続ける。
するとその行く手を阻むように二枚の白と水色の羽根を背中から生やした少女たちが空から降臨した。
「「ッ!?」」
二人はいきなりの出来事に息を飲むが、それでもすぐさまサタラリング・バキを構え距離を取った。
感じられるものは痛いほどの殺気と肌をピリピリと刺してくる力の本流。それはシラとシルの体に無造作に襲い掛かり冷や汗を湧き立たせる。
「………シル、気を付けて。おそらくかなり強いわ………」
「わかってる、姉さん………」
今まで戦ってきた使徒は姿、形は同じでも感じられる力はこれほど強力なものではなかった。サタラリング・バキを振るえば一撃で吹き飛んでしまうレベルで大して苦労はしなかったのだが、今目の前にいる少女たちは明らかに持っている存在量が桁違いで、佇んでいるだけで恐怖と忌避感を煽ってくる。
二人は知る由もないが、その少女たちはエリアとルルンが相手していたものではなく、キラとサシリが戦っていたワンランク上の使徒たちであった。
シラとシルは間合いを測りながらジリジリとその距離を縮める。
もはやここまで殺気を放たれている以上、逃走という手段はとれない。まして先程キラとサシリの戦いを垣間見たばかりだ。おいそれと引く気にはなれない。
水を打ったように静寂に包まれた空間は、家屋を燃やす火の音だけが鳴り響いており、両者はただひたすら目線を合わせ睨み合っていた。
すると先に動き出したのは使徒たちの方であった。
少女たちは一斉に右手を差し出すと、その中央に膨大な力をかき集め、魔力波に似た攻撃を二人に放ってきた。
だが、その攻撃はほぼ全て二人のサタラリング・バキによってはじかれる。
その光景に驚いたような顔を浮かべる使徒たちだが、その間に何体かは首や胴体を切り飛ばされて絶命する。
正直なところ使徒たちはシラとシルが何をしたのか理解できていなかった。
それもそうだろう。自分たちが攻撃したと思ったら次の瞬間にはそれがことごとくかき消されたのだ。不思議に思うのも無理はない。
というのも二人はサタラリング・バキの能力を使用しただけに過ぎない。
シラとシルはアリエスやラオのように魔術や魔法をあまり得意にしていない。それでも常人よりは遥かに強力なものを使えるのだが、やはりアリエスたちに比べれば数段落ちるのは否めなかった。
ゆえに二人が鍛え続けていたのは、ハクから貰ったサタラリング・バキの能力コントロールである。
サタラリング・バキは基本的に時空を穿つ剣だ。一瞬先の未来の一コマを突き刺すことによって相手よりも先に動く、というより先の未来を攻撃できる短剣だ。
それは決して未来を選び取る未来視のような力ではないのだが、相手からすると攻撃する前にその攻撃を穿たれているのだから対処のしようがない。
それゆえ神宝、魔剣と称されるのだが、二人はその能力をさらに昇華させていた。
未来の一コマを穿つということは感覚的にその光景を見ていることに他ならない。直視は出来なくとも感覚的にそれを捉えているはずなのだ。
サタラリング・バキに未来視の力はない。
だがその能力を媒介に未来を予測することは出来る。
つまり二人はサタラリング・バキの能力を使用することで二次的に未来を読み見ていたのだ。
それが今の光景を描き出した。使徒たちが攻撃してくることを予測し、サタラリング・バキを通常よりも的確に脅威を排除するように動かしたのだ。そのため使徒たちにはその動きを見て取ることは難しく対応することも出来なかった。
それが二人の生み出した新たなる力。
ハクやアリエスたちに後れを取らないように必死に考えた秘奥の技であった。
「次は私たちから攻撃するわよ?」
シラは薄笑いを浮かべながら地面を蹴った。
咄嗟に使徒たちは身構えるのだが、そんなもの今のシラにとっては防御ですらない。
その行動を予測していたシラはすぐさま背後に回り込みその背中を切り刻む。使徒は先程と同じように光線を放ってくるが、それは横から割り込んできたシルがサタラリング・バキを使って弾き飛ばした。
「邪魔はさせません………!」
使徒はその突然の動きに顔をしかめながら対応するが、やはりシラとシルよりは一歩遅れてしまっている。その間にも二人は次々と少女たちを切りつけていく。腕や首、時には腹や足を切断して絶命させる。
だがそれでも使徒たちの量はなかなか減らない。どこから湧いて出てくるのか理解できないほど、倒しても倒しても出現し続ける。
「き、きりがないわね……」
「ね、姉さん………。ま、まだいける……?」
「当然よ……!」
一応まだ二人には余裕があるのだが、二人が作り出したこの能力には一つだけ弱点がある。それは能力使用における脳への負担だ。未来視の力ではないとはいえ、その力は殆ど未来予知となんら変わらない。それはハクでさえ忌避するものであり体への負担が尋常ではない。
本来未来というのは無数に分かれるあみだくじのようなものだ。無数にある可能性の中からたった一つの道を選び取るというのは神すら難しい行為なのである。
それを魔剣の補助があるとはいえ一介の人間がやってのけているのだ。負担をどれだけ減らそうともその力は人間の身には余ってしまう。
それは数分間であっても二人の体にかなりの激痛を走らせており、まだまだ耐えられるものの次第にその表情を暗くしていった。
使徒はそれでも攻撃の手を緩めずシラとシルに攻撃を放ち続ける。
無数の光線、繰り出される拳撃、溢れ出てくる新たな個体。それらは確実にシラとシルの体力を削り取っていく。
一対一の戦いであれば今の二人に勝てるものは限りなく少ないのだが、ここまでの量を相手にするとなると、サタラリング・バキだけではなかなか対処することができない。
「ッ!?」
シラの脇腹を使徒の攻撃が掠めた。それはシラの体のバランスを著しく崩し、地面に膝をつけさせてしまう。
「姉さん……!」
シルが慌てて駆け寄り、群がる使徒たちを切り刻んでいく。だがそのシルも額に大きな汗を浮かばせながら戦っていた。
「ありがとう、シル……」
「だ、大丈夫………。そ、それより……これは……」
「ええ、少しまずいわね……」
もし仮にサタラリング・バキによる未来予測が使用できなくなってしまえば、魔剣自体の能力だけしか使うことができなくなる。
それは今の状況からするとかなり危機的状況だ。
目の前にはさらに増殖する使徒たちが広がっており、その全てがシラとシルを一撃で屠るレベルの強さを保有していた。数にして五十体ほどだろうが、今の二人にはかなり荷が重い。
ゆえにシラとシルは全力でその使徒たちを叩き伏せていく。
時間が限られている今、手を抜いている暇はなかった。
だがその動きは初めのキレを徐々に失っており、その体に傷を増やしていく。血が滲み、肉を切り裂き、傷口を開いていき、未来予測とは別の激痛を二人に走らせていった。
だがそれでもシラとシルは動かす体を止めない。
なぜならそれは自分を信頼し送り出したハクと仲間たちの期待を裏切りたくなかったからだ。
シラとシルは通常の冒険者や騎士たちからすれば比較できないほど強力な力を持っている。だがそれでもハクのパーティー内では一番非力な部類に入っているのだ。それはキラやルルンという規格外の力を持つ仲間たちに埋もれているからであるが、それはやはり二人の心を少しずつ締め上げていった。
このままではただのメイドになってしまう。自分たちも何か役に立ちたい。
その気持ちは二人の中でどんどん膨らんでいった。
結果的にその気持ちは今使用しているサタラリング・バキの新たな能力を開花させることとなり二人に芽生えた初めての自信となったのだ。
ゆえにこの場はなんとしても引くわけにはいかない。
その心だけがシラとシルを突き動かしていた。
だがその気概とは裏腹に能力の過剰使用と敵の攻撃がどんどん二人の体力を削っていく。
そしてついにその均衡が崩れる。
「シル!!!」
シラは自分の視界の左端に頭を押さえて蹲る妹を発見してしまった。元々体の強いほうではないシルはさすがに限界を迎えたようだ。
シラは急いでシルに駆け寄ろうとするがその前を大量の使徒たちが塞いでしまう。
「どきなさい!」
シラは全力でサタラリング・バキを振るいその道を開けようとするが、その足は思うように動かず、ふらついてしまう。
(まずい!私ももう体力が………)
その隙を使徒たちが見逃すはずがなく、シラの腹に強大な力のこもった拳を容赦なく叩き込んだ。
「くっううううがはあああああああ!?」
その攻撃は見事にシラの体を後方に吹き飛ばし、家屋の瓦礫に直撃させる。シラの体はずるずると地面に倒れ伏し、口から血の塊を吐き出す。
(か、体がもう動かない……!で、でも私が動かないとシルが……!)
シラは意識が朦朧とする中、自分の妹の身を案じ続けていた。だがその体はその意思に反するようにまったく動いてくれず、指一本動かすことができない。
「姉さん!!!」
その様子を蹲りながらも見てしまったシルは悲痛な声を上げるが、そのシルも使徒たちの手によって吹き飛ばされた。
その攻撃はシルの小さな体を容易く破壊し、体中から血を噴出させる。意識はとっくに消失しており、もはや生きているのも不思議な状態だ。
シラはシルの意識が消えたことに気づいてはいたが、助けることができず奥歯が砕け散るほど噛み締めた。声を出そうにも肺がうまく機能せず空気が空回りして音が喉からでてこない。
それでもシラは妹を助ける一心で思考を動かし続ける。
(どうしたらいいの……?このままだと私もシルも殺されてしまう……。何か、何かないの!?)
だが無情にもシラの頭上に使徒たちが近づき光線を放つ準備をし始める。急速に集束し始める力はシラを殺すためだけに使用されようとしていた。
しかし、その攻撃は放たれる前に使徒の体ごとかき消される。
「え?」
シラは掠れた声で驚きの声を上げて困惑する。
「なんとか間に合ったわね」
近くから響き渡った声は、シラもよく聞き覚えがあるもので信頼できる仲間のものであった。
「カリデラと私の友達を傷つけておいてただで済むと思わないことね」
その存在は使徒たちの力を遥かに上回る神格を迸らせると、一瞬のうちに全ての使徒を圧倒的火力で消滅させる。
シラはその存在の登場に心を撫でおろすと、気力だけで維持していた意識を闇の中に投げ捨てた。
(私たちもまだまだってことね………)
意識を失う寸前で目の前になびいている赤い髪を確認したシラは心の中でそう呟き、後の処理を仲間たちに託すのだった。
次回はハクサイドに戻ります!
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