第百三十六話 再戦、四
今回でハクとサシリの戦いは終了です!
では第百三十六話です!
十二階神序列十二位オーディン。
オーディンは十二人いる強大な十二階神のなかでもトップに立つ存在であり、特殊な理由でカーリーに劣りはしたが、それでも地のポテンシャルで言えば間違いなく最強の力を秘めていると言えるだろう。
元々オーディンとは北欧神話に登場する隻眼の主神でありそこそこ名が通っている神である。それは他のトール、フレイといった主神の中でも最も強力な力を保有していることでも有名で、戦いの神や全知全能の神といった名称で呼ばれることがある。
だがこのオーディンという神は他の神話に登場する神々とは確固たる違いが見受けられる。
それは力を追い求める貪欲な心だ。
ラグナロクの存在を予知していたことにも起因するが、その執着心は狡猾と言うべき様で自分の目や体を贄にして追い求めたほどである。
またその中でもオーディンが強く追い求めたものが魔術だ。
北欧神話に登場する魔術は基本的にルーン文字を多用することによって発動され、その謎を解明することこそが魔術の大小を決めていた。
よって魔術の神とも呼ばれたオーディンは魔術を使わせると右に出るものはいないと言われるほど膨大な知識を所有していたのだ。
で、今俺がサシリ渾身の破滅するは其の血壊を無傷で受け止めることが出来たのは、このオーディンの力を使用したからだ。
とはいえ完璧に真似ることはやはり難しくカーリーのときのように模倣の領域で止まってしまっているのだが。
しかしそれでもさすがは序列十二位の力だ。俺の予想を大きく上回る威力を放ち、サシリの攻撃を粉砕してみせた。絶離剣ほどではないがこの力も随分と強力であり、濃密な魔力がその空間を支配している。
俺は背後に展開された複数の魔法陣をさらに多く発動すると、その全てに魔力を充填させ、膝をついているサシリに近寄った。
「お前の力は強いよ。それはもうキラや神核に匹敵するレベルでな。だが俺はその領域で止まっている気はさらさらない。もし今の俺に勝ちたければさらに上の世界に来ることだな」
サシリはその言葉を眉間に皺を寄せながら聞いていたが、すぐさま立ち上がると俺と距離を取り口を開く。
「ハクの世界に私が届くとは最初から思ってないわ。でも、それでも私はあなたに喰らいつく。それが今やらなければいけないことだと思うから!」
サシリはそう呟いた瞬間、全身から神格を放出させ新たな技を発動する。
「神滅するは血炎!!!」
その攻撃は診たことがない色の煉獄で、黒と赤が交互に混ざったような見た目をしていた。肌に感じられる熱気はジリジリと皮膚を焼きつけ、その炎の温度が尋常ではないということを俺に伝えてくる。
おそらくあの攻撃は魔本を全力で使ったアリエスの氷の終焉であっても一瞬で解かされてしまうほどの威力を秘めているようで、先程の破滅するは其の血壊よりも強力な気配を感じた。
だが俺はそんなサシリに微笑みかけながらオーディンの力を振るう。
俺の意思に従うように背後にある魔法陣は途端に輝き始め、空間を振動させながら魔量を集めていく。
もはやこの場所は俺とサシリの攻撃によって大破しているが、さらに俺たちの力は地面を、空を、そして空気を怯えさせ人外境地の戦いを繰り広げる。
俺はサシリの炎が近づいてくると、口を軽く動かし魔術の起動式を読み上げる。
「世の秤は泉水より」
その瞬間大量の魔法陣から目を塞ぎたくなるような白い光が溢れ場だし、その場を包み込んだ。それはサシリの炎をも巻き込み飲み干してしまう。
「くっ!?」
サシリは自分の腕を使いその光から目を背ける。
しかしその間にサシリの放った神滅するは血炎は俺の魔術によって完膚無きまでに破壊されており、残っているの僅かに飛び交う火花だけになっていた。
「な!?そ、そんな……!今のはかなり力を込めたのに………」
「魔術とは見えない力の奔流であり、知識量がものをいう。ルーンの解読を試みるという馬鹿げた行動に出た神の力だ。これぐらいは当然なんだよ」
今俺が放った世の秤は泉水よりは世界に漂う魔力という魔力をこの空間に集結させ、一瞬の爆発とともに全てを握り潰してしまう術式である。
これは戦火の花のような空間遮断系の力であっても、その基盤から分解するので基本的に防ぐ手立てはない。
ゆえに一見すれば絶離剣のように防御不可属性が付与されているようにも見れなくはないのだが、実体はまったく違う。
壊すのではなく解体する、これがこの魔術の根幹であり魔術の原点に立ったオーディンが編み出した力だ。
何にでもその物質を構成している大元は絶対に存在する。その大元をこの世の秤は泉水よりは引きずり出し分解しているのだ。こうなるともはや物質はその空間に存在することすら出来なくなってしまい、消滅の道は逃れられなくなってしまう。
つまり今のサシリの攻撃も俺の世の秤は泉水よりはその根幹を無茶苦茶に分解し消滅させたということだ。
絶離剣のような力技の破壊でなく、構図を読み取りその基盤を解体した上で消滅させる。これこそが俺たちの世界にある魔術の原点なのだ。
するとサシリは悔しそうな表情をしながらもその笑顔は崩さないようにしており、このような状況になっても戦いを楽しんでいるようだった。
「これを当然と言ってしまえるのは、本当に馬鹿げてるわ。でも、そのおかげで私は戦いに満足感を生み出せる!」
サシリはそう言うと、本気を出した際に地面に突き立てていた血剣を呼び戻しそれを真っ直ぐ俺に向けながら中段に構えた。
またしても剣の勝負か………?
俺はそう思うと右手に気配創造で作り出した刃を装備しようとする。
だがここでその予想は大きく外れた。
「疾走する赤い血嵐!」
サシリがそう呟くと、血剣は独りでに浮かび上がり、首を切り落としそうなほど鋭く尖った無数の鎌鼬を放ってきた。
それは先日戦った空の土地神が使用する風の力よりも遥かに強力で、余波だけで吹き飛ばされそうになってしまうほどだ。
さらに驚愕なのが、あの血剣はなぜかサシリの手に収まらず自ら浮かび攻撃をしてきているということだ。
今の俺であればその攻撃を防ぐことなど余裕なのだが、ここで問題となるのが完全に手ぶらになっているサシリの存在だ。
これほど強力な力を使いながら、その自分はまた違った攻撃を同時に仕掛けることができるという無茶苦茶なシチュエーションを作り上げたのだ。
俺はとりあえず飛んでくる鎌鼬を身を捻ることによって回避していく。もしここで下手に手を出して吹き飛ばしたりすればその瞬間、サシリの新たな攻撃が飛んでくるだろう。
それだけは避けなければならない。
というのも今発動しているオーディンの力は永続型魔術ではない。戦火の花や気配創造のように一度起動してしまえば触らずとも機能し続ける術式ではないのだ。
つまりここで俺自身の集中が途切れてしまうと、背後に展開されている魔法陣は消失してしまい、攻撃の手段がなくなってしまう。
ゆえに俺はサシリの行動を観察しつつ、疾走する赤い血嵐を回避しているのだが、当のサシリはなかなか動く気配がない。
見るとその額や頬には流れるような汗が滲んでおり、溢れ出る気配は今だ健在だが疲労の色が浮かんできていた。
だがサシリはそんなもの気にしてられない、と言わんばかりに神格を上昇させる。バチバチと小さな稲妻がサシリの全身に走り、圧倒的な力が集結していく。
それはやがて俺とサシリの上空に巨大な雷球を作り上げ、空を完全に隠してしまった。
「こ、これは……。と、とんでもないな……」
俺はその光景を目に焼き付けながら、サシリの凄さを身に染みて実感してしまった。
なにせこの雷球、直径がカリデラ城下町よりも大きいのだ。それこそ何十キロ先から見ても視認できるほどサイズなのだ。
その力の波動は周囲にあるありとあらゆるものを吹き飛ばし、その余波はカリデラにまで届く勢いで上昇していった。
「こ、これが、私の全力……。今使える最強の攻撃。じ、準備はいい………?」
サシリは自身も域を切らしながら威勢のいい声を俺にぶつけてくる。それは俺を試すような物言いで俺をより興奮させたのだが、肝心の俺はこの攻撃をどう受けようかまだ迷っていた。
おそらく世の秤は泉水よりで分解したところで、それが完了する前に雷球が俺の体を押しつぶしてしまうだろう。
かといって絶離剣を出してしまうと先程現界させたこともあり、緩みきっている次元境界をさらに刺激してしまうことになるので使うことはできない。
であれば他に何が残るのか。
そう考えたとき、俺の頭の中に浮かんだのは第二神核を打ち破ったあの技だった。
俺はその結論に思い至るとすぐさま背後の魔法陣を消し、体に負担が掛からないように力を節約する。
妃の器から漏れ出たその力はあらゆる気配を奪い、そして新たなるものを作り出す。それこそがこの雷球を突破する鍵になると俺は睨んだのだ。
といってもここまでくれば半分力技なところがあるので、四の五の考えるのは無駄だろう。
すると更に力を注ぎ込んだであろうサシリがとうとうその巨大な雷球を俺に叩き込んできた。
「瞬光は創生の血命!!!!!!」
ゆっくりと動き出したその攻撃はじわじわと俺との距離を詰め接近してくる。
俺はそれを眺めながら右手に気配創造で集めた力を集約させた。それは拳自体がその力を宿しているようなもので、時間が経過するとともに右手に力がどんどん集まってくる。
そして俺とその雷球が目と鼻の先といえる距離に近づいた瞬間、俺は全力で右手の拳を振り抜いた。
「吹き飛びやがれええええええええええええええ!!!!!」
俺の攻撃は雷球と勢いよく衝突するとそのまま鍔迫り合いのように拮抗した。
「ぐ!!!!」
「くううぅぅぅ!!!」
サシリも俺の力に対抗するようにさらに神格を流し込む。
俺が足をついている地面はとっくにひび割れ大きな岩が隆起してしまっている。
「はあああああああ!!!」
俺はさらに気配創造で周囲から気配を吸い取り右手に集中させながら、拳を前に押し出す。
すると少しずつだがこの相撲は俺に分があるようで雷球が押し戻り始めた。
「!?く、くううう!!!!」
サシリはそれに気づきながらも必死に俺を押しつぶそうと力を込め続けた。
だがそこで俺は今までの戦いの中で一番と言ってもいいほどの力を解放するとそれを右拳に流し込み全力で突き出した。
「これで終わりだああああああ!!!!」
その瞬間、サシリの瞬光は創生の血命は中央を大きく穿たれるような形で弾け飛び、空中に霧散する。
その光景はまるで輝く雪が降っているかのようで、光の粒が大気中に漂った。
それはサシリの体を優しく包み込み、地面へと吸い付ける。
するとサシリの体から今まで纏っていた強大な力が消失した。逆立っていた髪は元に戻り、あれほど溢れていた神格も感じられない。
どうやら本当に全力を出し尽くしたようだ。
俺はそのサシリの元にゆっくりと近づく。
そして俺も神妃化を解除しながら倒れているサシリに手を差し伸べた。
「これで満足か?」
サシリは俺の言葉に反応するように顔を上げると、嬉しそうな表情を浮かべながら俺の手を取った。
「………ええ。私が全力を出すことなんて今までなかったけど、今日はそれを初めて使うことが出来た。それだけで私は満足よ」
その顔はどこかやりきったような雰囲気が感じられ、ボロボロになっていても華々しさが溢れ出ていた。
「その様子だと、最初に言っていた自分の中にある感情とかいうやつは蹴りがついたみたいだな」
俺はサシリを自分の肩を貸しながら起き上がらせる。
「そうね。それに関しては正直言って戦う前からわかっていたんだけれど、今は更にその気持ちが強くなったわ」
その答えが何なのかはあえて聞かず、俺たちは青天膜の中で待つアリエスたちの下へ足を向けた。
ここで気持ちよく戦いを終わらせることが出来ればどれだけよかっただろうか。
だが現実とは常に無常なもので、はかない幻想はいとも簡単に崩れさる。
バギャンっという轟音が俺たちの後ろから突然鳴り響いた。それはまるで大きな建物が壊れたような音で、俺たちは慌てて振り返る。
するとそこにはカリデラ城の屋根が何者かの手によって吹き飛ばされている光景が映し出されていた。
この瞬間、戦いは勝負ではなく命を奪い合う戦闘へと移行したのだった。
次回からついに第四章最後のエピソードに突入します!
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