第百三十三話 再戦、一
今回からは久しぶりの戦闘パートになります!
では百三十三話です!
立食パーティーから一夜明けた朝。
俺は自分の部屋で身支度を整えていた。ベッドの上にはエルテナといつものローブが置かれている。
「本当に行くの、ハクにぃ?」
すると部屋の中に入ってきているアリエスが俺を見上げながらそう呟いた。その顔は明らかに心配の色が滲んでおり、昨日の立食パーティーで見せていた笑顔は欠片も感じられず暗い雰囲気が溢れている。
それは周りにいる他のメンバーたちも同じようで、その誰もが覇気がなく、もどかしそうな表情を浮かべていた。
それはこれから行われる俺とサシリの本気の再戦が原因となっており、俺の身の心配とサシリの身の心配の両方をアリエスたちは懸念していた。
というのも数日ではあったが友好的な関係を築くことができたサシリとパーティーのリーダーである俺が戦うのだ。
アリエスたちにすればこれほど胸を痛める戦闘はないだろう。
しかもサシリは前回よりも本気を出すと宣言してきた。それがどれほど強力なのかはわからないが、下手をすれば両者の命が吹き飛んでしまうことも視野に入れなければないないかもしれないのだ。
当然俺はサシリを殺す気はないし、サシリも俺を殺すつもりはないだろう。
とはいえ戦闘のレベルはもはやただの辻試合の領域には留まっていない。それは何が起こるか予想できないことを意味しており、お互いの力量を測ることができない戦いだということも示していた。
俺は腰にエルテナを突き刺し何度かその柄を上下に揺さぶると、アリエスの頭を撫でながら言葉を紡ぐ。
「ああ。これはサシリからの頼みだからな。あいつのことだからまた何か考えてるんだろうし、放ってはおけない」
サシリは俺よりも自分の世界に入り込んで考え込んでしまう体質のようで、それが原因で今まで心を閉ざしていたと言っても過言ではない。
そのサシリが俺ともう一度戦いたいと言ってきたのだ。サスタにサシリの傍にいるように言われたのもあるが、個人的にもサシリのその望みは断る気にはなれなかった。
それはいまだに俺の心のわだかまりになっているアリスの存在と被せているのかもしれないが、それを抜きにしても俺はこの戦いに背を向ける気はない。
「むう………。確かにあの吸血鬼はなにやら考えているようだが、おそらく先日のような騙し合いが連発する戦いにはならないだろう。それほどまでにあの吸血鬼はここ数日で変わっている」
キラは自らの手をその顎に持っていきながらそう口にした。
それはまったくの同感であり、俺もサシリがこの期に及んでからめ手を使ってくる気はしていなかった。
あれほど本気を出すと豪語してきたのだ。その目は一点の曇りもなく俺だけをじっと見つめており、あのときのサシリの表情は真剣そのものだった。
そんなサシリが実力がある程度割れている俺に対して、いまさらそのような回りくどい方法を取ってくるはずがないのだ。
だがここで問題になってくるのは、サシリの本当の本気というやつだ。
それが一体どれほどの強さなのかわは俺にもわからないが、これだけは予測ができない。これこそがこの戦いのキーポイントとなってくるだろう。
「サシリが何を考えているかはわかりませんが、何はともかくその身を大切にするようにしてください。先日のような思いだけはもうしたくはありませんので……」
シラが俯きながらそう呟く。
先日のような思いというのは、初めてキラと戦ったときに俺が大量の血を流して腹に風穴を開けたときのことだろう。確かにあの光景はかなり衝撃的だったはずだ。俺が何の動きもできずにやられたということもあるが、やはりあれほどの攻撃を受けてしまった光景に恐怖しているらしい。
「大丈夫だ。油断はしない。今回は初めから出来るだけ全力で行く。サシリの本気がどんなものかわからないが、こちらもそれなりに力を使わせてもらうさ」
俺はシラの問いにそう言葉を返すと、拳に魔力を集めて軽く爆発させた。
それは俺の手の中でぱちぱちと火花を散らしながら燃え盛り、周囲に大量の魔力を流しだす。
「はあ……。ハク様のことですから、止めても聞きそうにないですね……」
エリアは俺のその仕草をため息をつきながら眺めると、呆れているような表情を浮かべながらそう呟いた。
「まあ、あのハク君だからね。それは仕方ないよー」
ルルンもエリアに同調するように大きくうなずいた。
俺はそのままローブを身に羽織ると全身に力を巡らせ、サシリとの約束の場所に転移する。
本当ならアリエスたちは置いていきたいのだが、それは断固拒否されたので仕方がなく連れていくことになった。念のため離れておくように口を酸っぱくして言っておく。
正直俺とサシリの戦いはどれほどの被害が出るかわからない。周囲の大地がすべて吹き飛ぶかもしれないし、生態系が著しく壊れるかもしれない。
よってその巻き添えを食らわないようにアリエスたちには青天膜を張り、なるべく距離を取ってもらうことにしたのだ。
俺たちが転移で先日の荒れ地、もといカリデラ城下町のすぐ隣にある広場ではすでにサシリとサスタが悠然と待ち構えていた。
俺はその二人に近づきながら言葉を投げかける。
「悪いな、待たせたか?」
するとサシリは大きく首を横に振り、軽く笑みを浮かべながら返答する。
「いいえ、私たちも今来たところ。気にする必要はないわ」
サシリの口調は今まで聞いてきていた片言ではなく、昨日の最後に聞いたような普通の少女が使うような流暢な言葉に変わっていた。
それはおそらくサシリがアリエスたちや俺と関わることによって心を開いた証拠であり、これが本来のサシリなのだろう。
俺はそのセリフを聞くと、戦闘に対する意気込みを示すようにいきなり神妃化を行い、力を上昇させる。
その見た目はリアとまったく同じ色の金髪に変わり、二つの瞳はいつもよりも赤く染まっている。
俺が神妃化したのを見ていたサシリも自分の体に大量の魔力をまとわせ始めた。
それは通常時のキラと同等の魔力量が感じられ、改めて血神祖であるサシリの強大さを思い知ることになった。
するとサシリの隣にいたサスタが不安そうな表情をしながら自分の姉に言葉をかける。
「姉ちゃん……。無茶するなよ……?」
サシリはそんなサスタに一度だけ笑いかけると、すぐさま視線を俺に戻す。
ちなみにサスタはその後アリエスたちがいる青天膜の中に入っていった。
「一応聞いておくが、なんでまた俺と戦いたいと思ったんだ?」
俺は率直に思った感想をぶつけてみた。
「そうね。これは私の人生のけじめなのかも。自分でもよくわからないけど、全力であなたとぶつかればまた何か得られる気がするから。それを経て今の自分の中にある感情に結論を出したいの」
先日の戦いではサシリは初めて戦いに楽しさを見出すことができた。それは当然命の取り合いが起きる殺し合いでは感じられないものだが、サシリにとって戦いは住民を守る道具でしかなかったため、あの勝負は新たな発見をサシリに与えることになったのだ。
ゆえに今回もサシリはこの戦いで何かを掴もうとしている。
ならば俺はそれに全力で答えなければならない。
それが勝負であり、戦う者の宿命だ。
俺はそう思うと腰をゆっくりと落とし戦闘態勢に入った。
「それじゃあ、そろそろ始めるか?」
「ええ、いつでもいいわ」
それからしばし両者沈黙の時間が流れ、まったく体を動かさない。
お互い相手の隙を狙っているのだ。
だがそんなものサシリが見せてくれるはずがない。もし仮に俺がそんなものを見せてしまえば、今度こそ俺の体は真っ二つに別れてしまうだろう。
俺はその考えに至ると、自分のほうから攻撃を仕掛けた。
「はあああああ!!!」
サシリの背後に転移で移動した俺はそのままサシリの背中を狙うように右手を突き出した。
だがその攻撃は振り向いたサシリの左手によって防がれる。
「流動せし血風」
だが次の瞬間サシリの右手は俺の空いている腹部に充てられ、魔力の籠った血の攻撃が俺を襲う。
「があああああああ!?」
その攻撃をまともに受けた俺は遥か後方に転がりながら吹き飛ばされる。
チッ!今のは魔力の塊、というよりは自分の血から魔力を吸い出して、それを直接俺に叩き込んできたということか……。
魔力の流れも読みにくいため、その攻撃を予測することも極めて困難だ。
なんとかその衝撃を殺しながら、右手を思いっきり地面に突き立て空中で一回転し、体勢を立て直した。
「お返しだ!」
俺は咄嗟に自身の魔力を込めた魔力波を打ち出す。
それは厳密にいえば魔力だけでなく、神妃特有の力も混ざっているため通常では考えられないような威力をはじき出す。
「くうぅ……!」
サシリは俺の攻撃を両手を交差するように受け止めると、数メートルほど魔力波に押されながらも勢いよく腕を開き打ち消した。
効いてないか………。
そこそこ力は込めたはずだが、さすが血神祖ということだろう。
俺はそのままエルテナを抜き放ち、サシリに接近する。
前の戦いでは剣を抜いている暇すらなかったので使用しなかったが、今回は初めから神妃化しているので、いつも通り剣を使って戦うことにした。
するとサシリもそんな俺の姿を見て、自らの腰にかかっている血がしみ込んだような長剣を取り出すと、俺の攻撃を待ち構えるように上段に構える。
「へえ、お前って剣でも戦えるんだな」
そんなサシリの姿に少しだけ驚いた俺はサシリに近づきながらそう呟いた。
「あまりこの剣は使いたくないけど、ハクが相手だったら四の五の言ってられないもの」
その瞬間俺の剣とサシリの剣が衝突する。
それは耳を劈くような甲高い音を呼び起こし、地面に埋まっていた岩を空中に巻き上げた。
俺はたたきつけたエルテナを引き戻すと、すぐさま次の攻撃を開始する。
左足、右腕、左手首、首筋、耳横、とどれもくらえば確実に致命傷になるだろうという個所を俺は的確に狙い剣を振るう。
しかしサシリも俺の剣の動きを全て読んでいるかのように、寸分の狂いもなく自らの体に迫ってくる剣を打ち落としていった。
サシリは今まで拳や能力に頼るような戦い方を使用していたが、実際のところ剣も達人並みに使うことが出来るようだ。
そのレベルは才能に恵まれたエリアのレベルを軽く超えており、第三神核と遜色ない腕前だった。
さすがにこれは俺も予想外であり、その実力に舌を巻いていたのだが、ここでおかしなことに気づく。
俺の攻撃を防ぐたびにサシリの攻撃速度が上がってきているのだ。
それはもはや俺にも目視出来ないほどスピードを上げており、ついていくのがやっとな状況になってしまっている。
「チッ!その剣が原因か!」
俺はサシリが持つ剣をジッと眺めながら、サシリに問いかけるように言葉を投げかける。
するとついにサシリの攻撃が俺のエルテナを吹き飛ばした。
それはもはや神速と言ってもおかしくないくらいの速さで、完全に人間の限界を超えた動きになっていた。
サシリは手ぶらになった俺の腹に深々とその剣を突き刺し、そのまま投げるように吹き飛ばす。
「ぎゃあああああああああ!?」
俺は痛みと、その剣の力に驚愕しながら地面を転がる。
サシリはそんな俺を見つめながら、その赤黒い剣を体の前で振り回すと、おもむろにこう呟いた。
「これは血剣サンギーラ。相手の攻撃速度を自らの動きに上乗せできる始祖が残した一本の魔剣。血の代償はいるけれど、それでもかなり強力な武器なの」
ここで登場したその魔剣は明らかに俺と相性の悪い武器だったのであった。
こうしてカリデラ城下町における最後の戦闘が始まった。
だがこの後に待ち受ける新たな悲劇を知るものはこの場にはまだいない。
次回もサシリとの戦いです!
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