第百二十三話 vs血神祖、二
今回はサシリの心が少しだけ上向きになりますよ!
では第百二十三話です!
勢いよく突き出されたサシリの拳は俺の頬をかすり、背後の地面を削る。
それは大地を震撼させ轟音と共に爆発を引き起こした。
俺その攻撃をかわしながら、自分の拳もサシリに向かって打ち放つ。だがそれはサシリの顔面を捉える前に、左手によって防がれ力が拮抗する。
「………」
「くっ!」
だが俺とサシリの表情はまったくもって対照的なものだった。
俺は体にみなぎる力をさらに上昇させ、サシリの攻撃をものともしないくらい平然とした態度で佇んでる。
だがサシリは明らかに焦っているような表情を浮かべながら俺と戦っていた。
それもそうだろう。
何せ俺はキラと戦ったときよりもさらにリミッターを解除して今ここにいる。先程の状態、つまりプチ神妃化した状態でも楽に勝つことは出来ただろうが、それでは何も得ることが出来ないと判断した俺は更にワンランク上の力を解放したのだ。
まあ実のところサシリの動きが早すぎて、うかうかしてられなくなったというのもあるのだが……。
その効果もあって今のところ互角の戦いを繰り広げているが、それでもまだ俺には余裕があった。
そしてそれはおそらくサシリも気がついている。だからあの苦悶の表情を浮かべているのだろう。
対してサシリは顔に焦りが出てきているとはいえ、まだ拳を多様に使う格闘戦術しかしてきていない。先程の空の土地神にしたようなあの得体の知れない技はまだ使用してきていないのだ。
ゆえにまだどちらも本気を隠している状況と言えるだろう。
俺は一度だけスピードを上げ拳を掴まれたまま、体を空中に浮かすような形でサシリの体を右足で蹴り飛ばした。
「ッ!?」
サシリはそのまま地面を何度かバク宙とバク転でと飛び上がり着地すると息を整えた。
「やっぱりわからない………。それだけの力を操っておきながら、なんで普通にしていられるの………?なんであなたの周りには人が集まるの………?」
サシリは目を遅め、眉間に皺を寄せながらそう口にした。
「言っている意味がわからないが、俺のどこが普通なんだ?どう見ても異常性の塊だろう?」
自分で言うのもなんだが俺はとっくに自分を普通の人間とは思っていない。ギリギリのところで人の領域に留まっているが、それでも自分の存在は世界に余るものだと自負している。
まあそれでも出来るだけ普通の高校生として振舞っていたんだけどね……。
元の世界の科学で解明できない力なんて使ったら、それこそどうなるかわかったものではない。
ゆえに普通ではないが普通に見えるように努力してきた、という感じだ。
「でもあなたは、どこにでもいる一般人と同じ表情で生活している………。私にはそれがわからない………!今まで私は力を持つものは世界に縛られるものだと思ってきたのに…………。なんであなたはそんなに楽しそうなの………?」
今まで無表情だったサシリの顔が次第に力が含まれ、目も大きく開かれている。
俺はその言葉に一瞬だけ笑みを浮かべた。
「………フッ」
「何がおかしいの………?」
「いや、やっぱりそうだよな…………。楽しまないと損だ」
その言葉を呟いた瞬間、俺はサシリの背後に移動し、耳元で囁く。
「殺す気がない戦いなら、お互い楽しまないとダメだろう?」
「ッッッ!?」
俺はそう言うとサシリの体を上空に蹴り上げ、その拳で殴り飛ばしていく。それはもはやキラでさえも目で捉えられるかわからないレベルであり、サシリは顔をしかめながらもその攻撃を受け続けた。
サシリは俺に致死級の攻撃を繰り出し続けていた。それは端から見れば完全に殺す気しかないように見えていただろう。
だが。
「お前は俺のことを殺す気がない。自分と俺の差を見つけようとして俺に遠慮なく攻撃を仕掛けているつもりだろうが、それでもお前には殺す意思がない」
するとサシリは俺の言葉に対抗するように、初めて魔力を練り上げ俺の連打から切り抜けた。
「何を根拠に………。私はあなたを殺すつもりで攻撃してるわ………」
「うそだな」
「ッ!」
サシリの俺を攻撃している理由は、自分の生き方とはまったく違う道を歩いている俺の様子を確認し、その器を見極めることだろう。それが結果的に自分の道を否定しそうになっているが、それだけで俺を殺すことには繋がらない。
「動機が完全に矛盾しているのもあるが、確信したのはお前の最初の攻撃だ」
「最初の攻撃………?」
あの攻撃は俺の腹を簡単に吹き飛ばしたが、明らかにおかしい点がある。戦いの中で起きた攻撃ならまだしもあれは完全な不意打ちだった。それならどこを、どんな風に、攻撃しようと自由だったはずなのだ。
それなのに。
「俺を殺したいなら、なんで心臓や頭を狙わなかったんだ?」
確かに俺は通常の人間とは再生スピードも急所らしい急所もないが、それでも人間の弱点といえば頭と心臓、この二つに絞られる。このどちらかでも消されてしまえば人間の生命活動は停止する。それは全人類の共通事項であり、吸血鬼や俺の様な体でない限り間違いなく急所として機能する臓器だ。
だがサシリはその場所を狙わなかった。
どこでも狙う場所は自由だったはずなのにだ。
それは無意識のうちに急所を外している証拠であり、殺す意思がまったく感じられなかったのだ。
「…………」
サシリは俺の言葉を聞くと、そのまま俯くように腕の力を抜いた。
「お前が今までどんな思いで自分の人生を見てきたかはわからない。それがどんなに辛いことであっても俺には理解できないだろうな。人の苦しい過去なんて他人が理解できるほど甘いものなんかじゃないことはわかってるつもりだ。でもだったら今、この瞬間くらいはこの戦いを楽しんでみろよ。俺が楽しそうに見えたのなら、お前もそうなればいいんだ。ついでに言えば今は城下町の民も見ていない。完全に自由だぞ?まあそれがわかってて攻撃してきたんだと思うが……」
俺は頭をかきながらそう答えると、もう一度距離を取り腰を落としながら態勢を整えた。
「…………私はまだ納得できない。私の生きがいはサスタと始祖との生活だけだった………。でもあなたはそんな私を認めるの…………?」
「さあな。それを解決してやれるほど俺は優秀じゃない。ただ、俺が言いたいのは一度勝負を始めた以上、全力でぶつかって戦いを楽しもうってことだ」
多分、そのときの俺は笑っていたのだと思う。
なんだかんだ言って真話大戦において忌避し続けてきた戦いというものに俺は虜にされているようだ。
あんなにもアリスと戦うことが嫌だったのにな………。
だがあれはやはり命のやり取りであったから恐怖し怯えたのだろう。それは必然であるし、圧倒的殺気というものは時にそれだけで人を殺す。
しかしもしそれがまったく介在しない勝負であったとすれば。
それはゲームや格闘技となんら変わらない、殴り合いへと変化し、戦闘欲を刺激する。
例えサシリがどれだけ深い闇を抱えていても今この瞬間だけは、少しだけ自由になってほしかった。それが戦いという野蛮な方法であっても、力を他人より多く持っている俺たちに相応しいだろう。
これが俺がこの血神祖サシリと戦っていく中で芽生えた感情だった。
サシリは一度何かを言おうと口を開いたのだが、それは喉の奥に流し込み、再び体に力を貯め始めた。
「そこまで言うなら…………。私の力を見せてあげる………。それで私の道が開けるのなら……!」
その瞬間、サシリは気持ちの整理がついたのか軽い笑みを浮かべながら先程よりも速く、そしてキレのいい拳を俺に突き出してきた。
俺はその攻撃を弾きながら、同じく拳を突き出す。それはやはりサシリに受け止められるが、それでも俺たちは足や肘を使いながら殴り合いを続ける。
時に鳩尾に入り、時に後頭部を叩く攻撃は痛みを伴うものであったが、それでも気持ちの悪いものではなかった。
見ればサシリの顔には完全な笑顔が浮かんでいる。
それは少女が浮かべるものにしてはかなり不気味なものであったが、それでもこの戦いを楽しんでいる気持ちは伝わってきた。
俺もそれに乗っかるようにして、攻撃パターンを変える。
上空に飛び上がり、威圧弾を地上に向かって打ち出す。気迫の塊であるその弾丸は視認出来ないものの、空気の塊と同じように音を奏でながらサシリに接近する。
サシリはその攻撃を、左手を翳しながら魔力を練り上げ待ち構えた。
「換わり巡る血壁」
それはサシリの腕から纏わりつくように赤い糸のようなものを出現させ、俺の攻撃を迎え撃った。その赤い糸は俺の威圧弾に触れた瞬間、赤く透き通った液体に変換されサシリの体に吸収される。
「なに!?」
「いい力………。癖になりそう……」
サシリは自分の左指を舐めるように口に這わせると、そのまま俺のいる空に飛び上がった。
「あいつ………。完全に上がってるな………」
サシリは心の底からこの戦いを楽しんでいるようであり、俺も嬉しさと共に沸き立つ高揚感が押さえきれなかった。
十二階神とは殺し合い、神核とは人類を賭けた戦闘、勇者とは無関係なエルフを救うための防衛戦、キラとは憎しみのぶつけ合い。
今までの戦いはどれもこれも醜悪な感情が木霊する勝負だった。
だが今、この戦いにおいては俺も何の気兼ねなく戦える珍しい状況に立たされている。
これを楽しまないわけがないだろう?
俺は胸の高鳴りを抑えつつ、向かってくるサシリの攻撃を受け止め、そして自分の攻撃に繋いだ。
当然この様な戦いはお互いの力の差が少ないときにだけに体験できることだろう。俺ほどのレベルまできてしまうと、そのクラスの人間を探すことのほうが珍しくなってしまう。
ゆえに俺はこんな機会を与えてくれた、この異世界に感謝しつつ戦いを進めるのだった。
さあ、行こう。
辛いことだけが蔓延するのが、異世界ってわけじゃないだろう?
俺は自分の心にそう問いかけるとサシリとの戦いに集中するのだった。
ただひたすら楽しむために。
とある時空の狭間。
破壊と再生を繰り返し、常に時代の切れ目をつしだすその空間には、地面に座り頬杖をつく存在が鎮座していた。
そしてその前には六枚の白と水色の羽を背中から生やした女性がその存在に跪き、頭を垂れていた。
その女性は見ただけで魂が抜かれてしまいそうなほど綺麗な容姿をしており、靡かせる白と銀が混ざった様な短い髪の毛は少女の片目を隠し、表情の断片を覆っていた。
すると頬杖をついている存在が不意に口を開いた。
「君が来たということは、イレギュラーが動いたのかい?」
その声は脳内で反響するように響き渡り、心に直接語りかけてくる。
この存在を前にすれば誰であろうと嘘をつくことは出来ないだろう。
「はい。三体のイレギュラーが集結しております。場所はカリデラ。あの始祖がいた町です」
羽を携えた女性はそう答える。
「へえ、あの始祖の町か。なかなか面白そうじゃないか。それじゃあ、頼んだよ、町は遠慮なく殲滅していいからね」
その存在はまったく表情を変化させず、羽の女性に命令を出す。
「了解しました」
この発言が新たな災いをカリデラに呼び起こすことになるとは、ハク達はまだ知らない。
次回はこの戦いに決着がつきます!
誤字、脱字があればお教えください!




