第百十一話 シュエースト村
今回はヒールの村に到着します!
では第百十一話です!
カリデラ城下町。
それはエルヴィニア秘境と学園王国の丁度中間地点にある吸血鬼が集中して住んでいる街である。その中央にはシルヴィニクス王国に匹敵するほど巨大な城が立っており、もしこの世界に魔王城があればこのようなものなのだろうな、と思ってしまうくらい不気味な建物になっていた。
ヒールの話から吸血鬼とは悪いイメージがついてしまいそうだが、基本的に吸血鬼と人族及びその他の種族は相互不干渉の姿勢をとっている。確かに血晶病というのは恐ろしい病なのだが吸血鬼の裁量次第でその感染をある程度コントロールできるので、今までそれほど脅威にもならず他の種族とも友好的とはいかないまでもやり取りは行っているようだ。
それゆえハルカから貰ったガイドブックには近寄るなとまでは書いていないが、大きな都市のわりにはページの隅っこに少しだけ書かれている程度だった。
で、俺たちはヒールの家族や村の仲間たちを助けるために最終的にはそのカリデラ城下町に行かなければならないのだが、とりあえずは状況の確認のためにヒールの村に向かうことにした。
ヒールの村は現在地より少しだけ東に進んだところにあるらしい。
なんでもヒールは村の皆を助けるために、幼いながら文献を探り自分の意思でエルフの薬を求めて村を出てきたのだという。
五歳にしてはとてつもない行動力だが、やはりこのままではヒールの両親も心配しているだろうし、なにより俺たちも今日泊まる場所がほしかったので、その村に行くことになったのだ。
とはいえヒールは俺に口を利いてくれるようになったものの、まだ他のメンバーとは打ち解けられておらず、今はシラの膝の上で翼の布から見える景色を楽しんでいた。
俺は翼の布にヒールの指示に従うように言いつけると、アリエスたちがいる天蓋の中に入っていった。
「それで、これからどうするんですかハク様?このままでは学園王国の試験に間に合わないかもしれませんよ」
エリアは俺がその中に入るなり俺にそう問いかけてきた。
確かに学園王国に到着するだけならば残り一ヶ月あるので、余裕で入国できるだろうが問題はその試験だ。
なんでも実技試験と筆記試験の二つが実施されるらしく、実技試験はまだしも筆記試験は壊滅的であることが予想された。
それゆえ少しでも早く王国に着き、皆に教えてもらう予定だったのだが、この分ではそれすらも出来ないかもしれない可能性が出てきている。
とはいえだ。
「でもヒールとその村の人達を見捨てるわけにも行かないだろ?その血晶ってやつがどれほどの入手難易度なのかはわからないが、いざとなったら実力行使でも手に入れるさ」
俺はそう言うと広々とした翼の布の内部で頭に手を当てながら横になった。
「しかし、ヒールの村の住民を血晶病に陥れた吸血鬼はいるはずだ。この存在には十分気をつけなければならんぞマスター?妾やマスターは大丈夫でも、アリエスたちにはただの毒にしかならんからな」
それは一理ある。
その件の吸血鬼だけでなく、今から行こうとしているヒールの村には血晶病に侵された人たちが大量にいるのだ。何かの拍子で感染してしまってもおかしくはない。
「わかってるさ。気配創造の膜を張っておくよ。それで問題ないはずだ」
俺はそのまま右手に気配創造で作り出した剣を一本出現させ、クルクルと何度か回した後それを消滅させた。
「まったくハクにぃは考えてるのか、考えてないのか時々わからなくなるよね……」
「本当だよ。でもこれで神核を三体も倒しちゃうんだから、人は見た目で判断できないねー」
アリエスとルルンが口々に俺の態度について口を挿む。二人はやれやれといった雰囲気で首を振ると、そのまま横になった。
どうやら俺の真似をしているらしい。
するとそれに続いてキラやエリアもその身を翼の布に預けた。少し遅いが昼寝というのも悪くないかも知しれない、と思いながら俺は両目を閉じかけると、そこに外をボーッと眺めているシルの姿が目に入った。
「シラがとられて寂しいか?」
「え?い、いえ……。そんなことは………」
俺の言葉に珍しく動揺したシルはあたふたと両手を振りながら顔を赤く染めた。
「姉さんはああいう性格なので、私はもう慣れていますから……」
と口では言っているもののその表情はどこか暗く見えた。
しかしそんなシルを後ろから抱きしめるようにエリアが飛びついた。
「あら、シルって意外に寂しがり屋さんなんですね!だったら今日は私が一緒に寝てあげます!ほらほら、今だってくっついてきてもいんですよ?」
「え、あ、あの……」
「そうだよ!私たちがついてるから!」
戸惑うシルに元気のいいアリエスの声がかけられる。
ちなみにその後は結局エリアとアリエスにつれられるような形でシルは翼の布の上で眠りに就くのだった。
俺はその姿を確認すると、瞼を下ろし意識は落とさず気配探知を発動させ外の様子を確認していた。どうやら翼の布は先程よりかなり上空を飛行しているらしく、魔物と遭遇することはなさそうだった。
時刻は午後六時を回り、水平線に沈む太陽は空の界面に反射することで翼の布に乗る俺たちを赤く照らしたのだった。
それから二時間ほどして俺たちはヒールの村に到着した。
名をシュエースト村というらしい。
そこは寂れていると言うほどではないが、殆ど人の気配がなく、気配探知を使わなければ人の存在を確認できないほど静かな村だった。
大きさはルモス村よりも少し小さいくらいで、宿もギルドも飲食店もしっかりと揃っている村であった。
おそらく血晶病が流行っていなければもっと活気のある村だったのだろう。
俺は心の中でそう呟くと、そのシュエースト村に足を踏み入れた。
とりあえずはヒールの家族のところにヒールを送り届けなければならない。さすがに数日も我が娘がいなくなっていたのだからさぞ心配しているだろう。
俺たちはヒールとシラを先頭に村の中を歩き回った。
今さらではあるが何故ヒールがシラに懐いているかというと、ヒール曰く、お母さんと同じ匂いがしたから、だそうだ。幼い子供からすれば自分の両親というのはそれこそ自分の命よりも大切な存在だ。いきなりわけのわからない集団を前にしたとき、その両親に似た面影を持つ人物を探してしまうというのもわからなくはない。
その後、何本か大きな道を渡り丁度坂を上がった突き当たりにレンガでしっかりと造られた家が俺たちの前に現れた。アリエスやハルカの屋敷のように柵があるわけではないが、それでもしっかりと手入れがされている家だということはその外観から見て取れる。
シラはヒールを抱きかかえたまま、その家のドアをコンコンと二回ノックする。
するとなにやら低いトーンの声でドアの向こうから声が聞こえたかと思うと、そのドアはゆっくりと開かれた。
「ど、どちらさまでしょうか?」
中から出てきたのはヒールと同じ茶髪をした一人の女性だった。
「夜分遅くにすみません。私たち旅をしているものでして、その途中でお宅の娘さんを保護しましたのでお連れしました」
「お母さん、ただいま………」
シラの言葉に続くようにヒールもシラの腕の中で帰宅の言葉を投げる。
その瞬間、家から出てきた女性は一瞬目を丸くすると、すぐさまシラの腕からヒールを抱き上げると、両目に涙を浮かべながら裂き叫んだ。
「ヒールーーーーーーーー!!!生きててよかった!!本当によかった!!!」
「お母さん苦しい……」
ヒールはそういいながらもその表情はどこか嬉しそうで、笑顔を浮かべていた。
すると家の中からもう一人、今度は男性の声が聞こえてきた。
「なに!?ヒールだと!?ヒールが帰ってきたのか!!!」
どうやらそれはヒールの父親のようで、母親に抱きかかえられているヒールを見ると、同様に涙を浮かべ二人を抱擁した。
その姿を見ていた俺たちパーティーは同じく泣いているものもいれば、嬉しそうな表情を浮かべているものもいた。
『こういうものを見せ付けられると、やはり世界を生み出してよかったと思うのじゃ』
リアは俺の心にそう問いかけると、柔らかな雰囲気を醸し出しその光景を眺めていた。
『それは確かに同感だが、一応言っておくとここはお前の造り出した世界じゃないからな』
『ムキー!!それは今言わんでいい台詞じゃ!ムードが台無しじゃろう!』
俺たちが各々その場面に考えていると、ヒールの父親が俺たちに向き直り、こう聞いてきた。
「あ、あのあなた達は一体………」
「できれば、中に入れていただけませんか?外では落ち着いて話すことが出来ませんから」
「あ、はい!」
俺はそう言うとヒールの家の中に入り、今日一日の出来事を話し出した。当然エルヴィニアでのことや隠すことはたくさんあったのだが、できる限りヒールのことは詳しく説明した。
ちなみに今回の説明役は俺ではなくシラであったことは余談である。
「そ、そんなことが………。こ、この度は私たちの娘を救っていただいてありがとうございました!」
シラが一通り説明し終わるとヒールの両親は深々と俺たちに頭を下げた。シラはその反応に気にしないで大丈夫ですよ、と優しく微笑みかけると、さらに話を先に進めた。
「というわけで、私たちは血晶病を治すためにカリデラ城下町に向かおうと思っています。そのために、今この村の現状を教えていただけますか?」
するとヒールの父親が意を決したように話し出した。
「娘を助けていただいただけでなく、この病の治癒まで尽力していただけるとは、夢のような話です。………そうですね、今この村は約八割の人間が血晶病に苦しんでいます。進行正体はバラバラで私たちのような比較的症状が軽いものもいますが、もう既に虫の息状態の住民もいます。またこの病が流行りだしたことがきっかけになり、他の村との関係も薄くなってしまい生活するのも困難な状況なんです」
全体の約八割が感染しているのか。
やはりこれでは俺の力を使用することはできない。
…………まあ、やろうと思えばできなくもないのだが、失敗すれば間違いなくこの世界は吹き飛ぶ。ここでそんなリスクを背負うわけにはいかないのだ。
というわけでやはりカリデラ城下町には行かないと行けないのだが、俺は今まで気になっていたことを聞いてみることにした。
「一つ気になっていたのですが、どのようにしてそこまで大量の人が血晶病にかかったのですか?いくら魔力感染とはいえ、そこまで大規模な魔術や魔法は滅多にないはずですが」
俺たちのようなパーティーならいざ知らず、普通の人間では数百人規模の術式を発動はおろか展開すら出来ないだろう。
するとヒールの父親はさらに暗い表情をして、俺たちに向き直るとその顛末の冒頭をこう切り出したのだった。
「それは二週間ほど前にこの村に自らを勇者と名乗る集団が来たことから始まりました」
それは何の因果か、俺たちがエルヴィニアで嫌と言うほど聞いた単語が含まれていたのだった。
次回はまたまた勇者が絡んでくるエピソードです!
誤字、脱字がありましたらお教えください!




