第百九話 樹界を抜けて
今回から第四章です!
では第百九話です!
煌びやかに輝く花火を首が痛くなるまで見上げた夏祭りを終え、俺たちは一週間ほど滞在していたエルヴィニアを立つことになった。
初めにこの里に来たときは罠が大量にある樹界を越えなければならなかったが、今回はエルフであるルルンが仲間に加わったことによって、エルフ特別の抜け道を使って樹界を突破することになったのだ。
とはいえ翼の布は樹界によって走行不能だが、転移を使えば一応抜け出すことは出来る。しかしこの樹界の抜け道というものに俺は興味があった。
なにせエルフ以外には絶対に見つけ出すことができない秘道だ。俺はおろかキラやエリアでさえ発見することは出来ないというのは尋常ではない。
気配探知でも精霊の知恵でも攻略できないその隠蔽術は目を見張るものがある。それだけでその道を通る意味はあるだろう。
ということでハルカやその他のエルフたちに見送られながら俺たちはエルヴィニアの里門の前に立っていた。
「それじゃあ、俺たちは行くよ」
「はい。色々とお世話になりました。魔武道祭の時もそうですが、今回の件は何度お礼を言っても言い切れません」
ハルカは旅立とうとする俺たちを見送りながら、柔和な表情を浮かべながらそう呟いた。
「気にするな。俺だって迷惑をかけたんだからお相子だ。それにまたここには絶対戻ってくるから、そのときまたよろしく頼むよ」
「はい!お待ちしております!」
その後アリエスたちも順々に挨拶を済ませ、別れの言葉と再会の約束をして俺の近くに寄ってきた。
旅人とは各地を転々とするため、出会いと別れを繰り返す。
それは嬉しいことでもあり悲しいことでもあるのだが、その悲しさに打ち勝てなければ前に進めないのも事実。
俺たちは神核を倒して回る以上、その悲愴な感情を越えなければいけないのだ。
だがそれは永遠の別れではない。人は生きている限り再び出会う可能性は潰えない。それは天文学的な確率かもしれないが、それでも同じ空の下で生きているということには変わらない。
俺たちは一つの世界に命の根を張る小さな人間に過ぎないのだ。
出会いは突然に、別れは必然とやってくる。
それは人間の宿命であるといえるし、それが人生の面白さでもある。
俺たちはそれを何度も経験して進んでいくのだ。
俺はもう一度ハルカたちに手を振るとアリエスたちを連れ樹界の中に足を踏み入れた。
やはりこの樹界という場所は一度経験したくらいで慣れるものではなく、見ただけで重々しい空気がひしひしと伝わってくる。
「や、やっぱり、私、ここ苦手だなあ………」
アリエスが腰にかかっている絶離剣レプリカに手を置きながらそう呟いた。
「ど、同感です……。特にあのスライムの罠は最悪でしたし……」
続いてエリアが顔を青くしながら言葉を繋ぐ。
まあ確かにあれはひどかったな………。
クビロがその真の姿を見せて威嚇しなければどうなっていたことか、予想もつかない。
もし、あのまま何もしなければアリエスたちのきわどい姿が見れたかもしれないが………。
ん?待てよ?これは意外においしいシチュエーションだったのではないか?なにせ俺のパーティーは美女ぞろい!その開けた姿を合法的に見られるなど最高じゃないか!
何たる不覚!あのときに戻れるなら、すぐにでも俺の頭を殴って思考を変えさせたいところだ。
『もはや真性の変態じゃな。しかも信頼してくれている仲間で妄想を働かすなど、リーダーの風上にも置けんぞ』
いやー、冗談ですよ。
俺にそんな触手趣味はないです。というかそんな度胸もないんでね。
それはお前が一番わかってるだろリアさん?
『ふん!そんなもの百も承知じゃわい。だがそうやって油断しておるとまた下らん罠に引っかかるぞ?』
俺はそのリアの忠告を耳にはさみながら、ずんずんと進むルルンの後について行った。
その道はやはり俺たちが初めに通った道ではなく、まったく見たことのない景色が広がっていた。
樹界のなかとは思えないほど舗装された通路は苔が生えているもののしっかりとした石造りの道になっており、エルヴィニアにあったような白い岩が敷き詰められているようだ。
「この道はあのエルヴィニア秘境が作られたときからある道なの。だからすごく古いんだけど、それでも外に出るには一番の近道になるのよ。それにここは強力な隠蔽術式がかかっているから見つかる心配もないしね」
と言われ俺はその空間にかかっている魔術の解析を試みてみる。
魔術とは展開するときの魔法陣の色もそうだが、発動された後の気配からもある程度の痕跡は掴むことができるのだ。
ふーん、空魔術と闇魔術、それに炎魔術を組み合わせているのか………。随分手の込んだ魔術だな。
俺はそう思いながら、周囲の気配を確認しつつ魔物の気配を感じた瞬間からそいつらを排除する。
いくら隠蔽術式がかかっていたところで、ただ視認できなくなるだけで侵入することはできる。それはかなり低い確率だが、特段障壁で囲んでいるわけでもないので、ちらほら魔物が迷い込んでくるのだ。
「やるねー!私でもなかなか対処できないよ!」
ルルンがこちらに振り返りながら俺に言葉をかけてくる。
「とかいいながら、ルルンだってあり得ない速度で切り倒してるじゃないか。俺からすればそれのほうが恐ろしいよ」
ルルンは俺たちのほうに顔を向けながらも右手に握ったレイピアは常に動き続けていて、魔物をバッサバッサと切り飛ばしていた。
「さ、さすがですね……。秘境にいるときも思っていましたが、やはりルルンさんは強いです」
「まあ、まだ人間の域は出ていないがな」
シラがそのルルンを見て感嘆の声を漏らし、キラは辛口な意見ながらもその表情は柔らかく、素直に楽しんでいる様子だった。
「お、もうそろそろ樹界を抜けるよ」
まじか!
まだエルヴィニア秘境を出て一時間ほどしかたっていないぞ!?
このスピードを身をもって体感してしまうと、俺たちが苦労して樹界をくぐりぬけた時間が物凄い無駄だったように感じてしまう。
とはいえあの時間もそれなりに得ることができたものもあったのでよしとするが、今度からは転移かこの通路を使いたいものだ。
ルルンの言葉通り俺たちは薄暗い樹界を抜け日の光が降り注ぐ大きく開けた場所に出た。
「うーん!やっぱり明るいところはいいね!気持ちいいよ!」
アリエスが両手を空に突き上げるように伸ばしながらそう呟いた。それは皆同じらしく、各々体を伸ばしたり、深呼吸したりと気分を切り替えていた。
俺はそんな姿を横目に映しながら蔵の中から翼の布を引っ張り出す。
もうここまで来てしまえば翼の布でも移動は可能となる。その天蓋付き絨毯は俺が蔵から出すと同時に勢いよく飛び上がり、空中を何度か旋回した後、俺たちの目の前にどこからでも乗ってくれと言わんばかりに身を差し出してきた。
「よし、それじゃあ、今からはこいつで移動するぞ」
「わーい!私いっちばーん!」
するとアリエスは勢いよく翼の布に駆け寄っていくとその完全に隔絶された空間である翼の布の中に入った。
「あ、ずるいです!」
「姉さん、私たちも行きましょう……」
アリエスに続いてシラやシルたちも続々とその絨毯に腰を下ろしていく。
ただ一人、ルルンだけはその翼の布を見て目を丸くしていたが、まあいずれ説明すればいいだろうと思い、俺も翼の布に乗り込んだ。
その中は空間が別に存在しているだけあって、空調が完璧でクーラーがかかっていたかのようにひんやりと涼しい空気が充満していた。
俺は恐る恐る翼の布に足をつけるルルンを目に焼き付けた後、すぐさま翼の布を上空に飛び上がらせて、学園王国を目指すのであった。
学園王国とは、エルヴィニア秘境よりもさらに北に位置する王国だ。その国はシルヴィニクス王国と肩を並べるほど大きな国で、人口の約六割が学生というなかなか若年層の多い国となっている。
またエルヴィニアからこの学園王国までの間には色々な町や村が点在しているらしく、冒険者や行商人は大抵の場合、その村や町に宿泊しながら王国を目指すという。
当然俺たちもそうする予定なのだが、如何せんこの翼の布の速度でどれほど学園王国に近づけるかわからないので、どの村に留まるか決めかねていた。
「うーん。このハカリ村という村も悪くなさそうだ。なんというか雰囲気がいい」
俺は秘境を出る前にハルカから貰ったガイドブックのようなものを片手に翼の布が操作していた。
なんでもエルヴィニアからではなく、シルヴィニクス王国から学園王国に行き来する人達が大量にいるらしく、親切な行商人がこのようなパンフレットを作ってくれたようなのだ。
『うん?それは既に通り越しているぞ主?』
「なに!?」
俺の肩の上に乗っかっているクビロは一緒にガイドブックを見ながらそう呟いた。
って、マジだ………。
後ろを振り返ってみるとそこには、カラフルな外装の住宅街が微かに確認できた。時刻は既に午後三時を回り、そろそろ今日の宿泊先を考えなくてはいけない時間に差し掛かっている。
『では、このキオル街というのはどうじゃ?なかなか人気が高そうじゃが?』
「あー、確かにいいんだけど、少し距離があるな。今日中に到着できるか?」
俺とクビロはそのような会話をしながら只管道を進んでいく。
というのも完全に男衆である俺たちが、アリエスたちに必然的にはぶられたからだ。
で、そのアリエスたちはというと。
「へへーん!これで私の勝ちね!大金持ちで勝利よ!」
「ぐっ!私はまた借金ですか……。解せません!」
「姉さん、頑張って……」
「私はここで転職ですか!?今まで騎士でずっと頑張ってきたというのに!?」
「フハハハハ!アリエスの天下もこれで終わりだ!はら、振り出しに戻るがいい」
「ぎゃあああああああああ!?き、キラ!?な、何でいつもそういうことするの!?」
「それじゃあ、私はその隙にトップかなー。あ、それとこのゲームの一位の人にはハク君を一日独り占めできる権利をつけましょう!そのほうが燃え上がるでしょう?」
「「「「「とてつもなく同意!!!」」」」」
とまあ、いつも通りなにやら女子会ムードを演出しながらわきあい合いと旅行気分を楽しんでいた。どうやら今回は異世界版人生ゲームのようなものを遊んでいるようで、いつの間にそんなものを買ったんだ?と問いかけたところエルヴィニア秘境の中でしれっと購入していたらしい。
ということで完全に蚊帳の外にいる俺とクビロは、二人で寂しくガイドブックを長めていたというわけだ。
俺はガイドブックに目を落としながらも、一応気配探知を周囲に発動している。
やはり魔物というのはどこにでもいるようで、この炎天下の中でも、うじゃうじゃと俺たちの前に姿を現していた。
それは俺の気配創造とクビロの影の城で粉砕し、何の問題もなく学園王国を目指す。
「お、ここなんかどうだ?小規模だが、よさげな外装をして……いる……」
『どうした主?』
俺はクビロにガイドブックを見せつつ、その言葉を途中で止めてしまった。
「いや、何か人間の気配のようなものが一瞬だけ感じられたような………」
『人間じゃと?』
それは俺の気配探知に引っかかったもので、一人の人間であることが推測できた。
しかもその気配はもの凄く弱く、今にも折れてしまいそうなほど小さかった。
俺の気配探知は今まで気配の種類や大小は判別できなかったのだが、この異世界に来てから俺も少しは成長しているらしく、気配の判別がなんとなくできるようになってきたのだ。
俺は少しだけ翼の布のスピードを上げ、その反応があった場所に向かう。また同時に魔眼を発動して、近づく前にその様子を確認した。
すると俺の目に映ったのは、麻の布でできた汚れたローブを深々と身につけ、この照り返す日光に当てられてふらふらになりながら倒れこむ五歳くらいの少女の姿だった。
俺はその姿を見た途端、翼の布の操作を投げ出し、転移でその少女の下に駆け寄ったのだった。
しかしまさかこの少女との出会いが俺たちを学園王国に誘う前に、もう一つの大きな波乱を引き起こすことになるとは知る由もない。
次回は倒れてしまった少女のお話になります!
誤字、脱字がありましたらお教えください!




