第百四話 隠されていた人格、三
今回はかなり物語として進展を見せます!
では第百四話です!
俺はアリエスたちの様子を魔眼で確認するとダンジョンの前にいるエルフたちをシラとシルに任せ、すぐさま転移を開始した。
だがその瞬間、俺の中で何かが切り替わる感覚が走る。
ここで俺は初めて思ってしまった。
ああ、これが豹変するということか………。
そのまま俺の意識は何かに引っ張られるかのように闇に沈んだ。
気がつくとそこは以前リアと戦ったような上も下もわからない真っ暗な空間だった。そこは暗いはずなのだが自分の体は何かに照らされているように明るく、しっかりと視認することができる。
そしてその中で金髪の長い髪を靡かせた少女を俺は発見した。
俺はその少女の名を呼ぼうとするが、声になる寸前で掻き消えてしまう。それはその名前だけでなく、そもそも喋れないようだ。
するとその少女は俺の記憶にあるような話し方ではなく、どこか他人行儀な口調で口を開いた。
『ごめんなさい。これは私があのときに招いた結果だというのに、あなたに背負わせてしまった』
少女は俯きながらもしっかりと俺の目を見ながら話しかけてくる。
『でも、それでもあなたはあなたを嫌いにならないで。それはとっても悲しいことだから』
俺はなにを言っているかわからないままその言葉を聞く。問い返したくても肝心の声が喉から出てこないのだから仕方がない。
『それと、ハク?あなたは自分を信じて進みなさい。そうすればきっとまた会えるわ』
え?
俺の思考がその言葉と同時に固まった瞬間、俺の体と意識はまるで何かに破壊されるように粉々に砕け散ったのだった。
「俺の仲間に手を出しておいて、ただですむと思うなよ、くそアマああああ!!!!」
豹変したハクはそう叫ぶと、右手のエルテナをグルグルと音を立てながら振り回した後、右肩に構え、猛スピードで黄金の鎧を着た女性に切りかかった。
それは今まで見たハクの動きの中でもっと速いものであり、あのキラでさえ反応できないほどの速さであった。
その攻撃は反撃の余地を与えないまま女性の体を吹き飛ばす。
「ぐがああああああああ!?」
女性はそのまま樹界の木々を何本も折るような勢いで吹き飛ばされ、見えなくなってしまった。
ハクはそのまま掴まれていたアリエスに駆け寄り言葉をかける。
「大丈夫か?」
その声はいつものハクよりも一段と低く顔もかなり怖いものであったが、アリエスは命の危機を脱したことの安心感と助けてくれた嬉しさでとりあえず頷く。
「う、うん。あ、ありがとう、ハクにぃ」
ハクはその声を聞き届けると、すぐさま周囲の状況を確認する。そこには青色の鎖に繋がれたエルフが大量に蹲っており、その全てが顔を青ざめて衰弱していた。
だがそのなかでも何本かは何かで切られたように破壊されており、解放されたエルフたちは依然辛そうであったが徐々に血の気を取り戻しているようだ。
「あの鎖はお前が切ったのか?」
「え?あ、ああ、うん。そうだけど、その最中にいきなり襲われたからどうしようもなくて………」
アリエスは落ちていた絶離剣レプリカを拾い上げそう呟いた。対するハクはいつものように頭を撫でたりはしなかったが、それでも豹変したハクとは思えないような台詞を発した。
「いい判断だ」
「え?」
というのもアリエスたちがやろうとしていたのは常に魔力と体力を吸い取る拘束具からの解放で、今にも死にそうなエルフたちのことを思い行動していたからなのだ。
しかし豹変したハクならばそのようなことは一切考えず敵だけをなぎ倒すことしかしないと思っていたので、アリエスは今の言葉に驚いてしまった。
「今の俺は基本的に破壊することしかできない。あいつのように神妃の力で回復させたり、事象を上書きすることもできない。だが」
ハクはそういうと左手を軽く上げ親指と中指をあわせて響きのいい音を鳴らした。
その瞬間、エルフたちを拘束していた鎖がボロボロと崩れ落ち、最終的には跡形もなく消え去ってしまった。
「こういうことはできるんだよ」
ハクは全身から迸る力を周囲に撒き散らせながらそう呟いた。
するとなにやら樹界の中から騒がしい声が聞こえてきた。
「お、おい!だ、誰かイロア様を救出しろ!樹界の中に飛ばされたはずだ!」
「わかってる!だが、あいつらはどうするんだ!」
「それは俺たちでくい止めるしかないだろう!帝国のものは全て我々の敵だ。慈悲はない!」
その言葉と同時に先程の女性が吹き飛ばされた方向から、ざっと二十人くらいの屈強な人間達が姿を現した。それはそれぞれが強大な力を有し、歴戦の猛者であることを証明する気配を漂わせながらハク達の前にやってきた。
「アリエス、お前はエリアを見ておけ」
ハクはアリエスに振り返ることなくそう口にする。その背中からは、やはり通常のハクではない殺気が滲み出しており、その場にある全てのものが震えているようだった。
「う、うん………」
アリエスはそう言うと、気を失っているエリアの元に駆け寄る。エリアは体のいたるところに傷を作っており、普段なら綺麗で端整な顔が赤黒い痣のせいで痛々しいものになっていた。
その頭をアリエスは自分の膝を枕にするようにしてエリアを寝かせた。
そしてハクの姿をもう一度凝視する。
(なんだか、いつもの豹変したときとは違うような気がするけれど、それでもやっぱり普通のハクにぃじゃない………。あの人たちを殺しちゃったりしないよね………?)
アリエスはそう思うと、なにかあの豹変に手がかりはないか、必死にその戦いを見つめるのだった。
「我らはSSSランク冒険者のイロア様を筆頭とするパーティー、黄金の閃光だ!貴様ら帝国軍はここで果てる。覚悟しろ!」
その言葉と同時に後ろに待機していた二十人ほどの戦士達は一斉に武器を構え、ハクに向ける。
しかしその光景を見たハクは左手を額に当て、声高らかに笑い出した。
「フッ、ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!」
「な、何がおかしい!!!」
「帝国軍?イロア様?黄金の閃光?……………くだらねえ。そんなもの今はまったく関係ねえんだよ!お前らはアリエスとエリアを傷つけた。その事実さえあれば、それが冤罪でもわざとでなくとも、俺の剣は動くんだよ!」
その瞬間、ハクの体は瞬時に掻き消え、姿を消す。
だが声だけがその空間に木霊する。
「俺たちを帝国軍だと思うなら、さっさと攻撃してみろ!まあ、当てられたらの話だがな!」
「ぎゃああ!?」
するとその二十人の集団の一人の腹がパックリと剣で切り裂かれたように鮮血を上げた。
「な、なに!?」
その人間達は驚きの声をあげながらも周囲を警戒し、仲間の手当てを行う。
だがそれでもハクの攻撃は止まることはない。
「きゃあ!?」
また一人。
「ぐはあああ!?」
また一人と、姿は見えないのに仲間の体だけが傷つけられていく。それは黄金の閃光のメンバーからするとあってはならない光景だった。
黄金の閃光というパーティーは先程も言ったようにSSSランク冒険者であるイロアによって結成されたもので、冒険者の中では最強のパーティーと言われているのだ。
今まで黄金の閃光はメンバーを死なせたどころか一度の敗北もないパーティーだ。
だがそのパーティーが今、一人の青年によって壊滅しようとしている。
これはかつてないほどの異常事態であり、メンバーたちの心を震えさせた。
「ハハハハ!どうした?このままじゃ、全員死んじまうぞ!」
ハクはそういいながら高速移動を続ける。
ハクが今、黄金の閃光にやっているのはただ単に高速で動いているだけに過ぎない。しかしその動きはもはや人間の域を軽く超えており、目で捉えることはおろか気配すらも辿ることはできない。
よってハクの攻撃は防がれることもなければ避けられることもないのだ。
その見えない攻撃は、黄金の閃光に圧倒的恐怖を与え、身動きをとれなくしていた。
それでも先程ハクに話しかけてきた男は勇気を振り絞り、声をあげる。
「ぜ、全員散開しろ!こ。このままでは、皆死にするぞ!」
「で、ですが怪我人は………」
「わかっている!だが、今ここで我々が全滅すればその者たちも救えなくなるのだ!」
だがその声が聞き届けられるまえにハクがその男の目に姿を現し、深々とエルテナをわき腹に突き刺していた。
「逃がすわけないだろう?」
「が、がはっ!?」
ハク血にまみれたエルテナを勢いよく引き抜くと、血だらけの男を蹴り飛ばし、残っている人間に声をかけた。
「いいか?お前らは誰が何者で、一体誰が敵なのかという確認を怠った。俺たちを帝国軍だと勘違いして、二人の少女を大人げなく集団で襲い掛かったんだ。その罪を理解しながら死ね!!!」
そう言いながらも返り血でぬれたハクの表情は笑っており、その顔は黄金の閃光にさらなる絶望を与えた。
だがそこで思いもよらぬ声が上がる。
「ま、待ってくれ!我々が、悪かった!だ、だからその剣を引いてくれ!」
その人物は黄金の鎧を砕かれ、頭から血を流している、黄金の閃光リーダー、イロアであった。
「ああん?」
ハクは目を吊り上げながらその方向を睨む。
「我々が間違っていたことは理解した。今、部下から帝国軍の兵士が全て倒されているとの情報がはいったのだ。だから君達を帝国のものだと勘違いして襲ってしまったのは全て我々が悪い。しかし、仲間の命だけは、取らないでくれ!」
イロアはそう言うと、誇り高いSSSランク冒険者としての頭を下げハクに土下座をした。
「い、イロア様………」
ハクの攻撃を受けていない黄金の閃光のメンバーはそのリーダーの姿に、眉間に皺を寄せながら俯いた。
だが、当のハクはというと。
「馬鹿か、お前は!だったらあのとき俺がアリエスを助けなかったらお前はアリエスを殺していただろうが!それを水に流そうっていうのか!!!」
するとそのハクの言葉を待っていたかのように、上空からさらに声が降り注いだ。
「そのへんにしておけ、マスター」
そこには頭にクビロをのせた精霊女王のキラが浮遊していた。
「そのものたちも悪気が会ったわけではない。これが故意に行われたものであれば妾も容赦はしないが、そう見境なく殺していいものではないぞ?」
「キラ………。お前までそんなことを言うのか……」
「妾は今のマスターも好きだが、今の状態は少々好戦的すぎだ。少し頭を冷やせ」
キラのその言葉と同時に、ハクの腰になにかがぶつかってくる。
「お、お願いだから元のハクにぃに戻ってよ………。あなたは私を助けてくれたし、本当に感謝してる。………でも、私が会いたいのはあなたじゃない!ハクにぃはこんな風に人を傷つけたりしない!だから、だから、元のハクにぃを返して!!!」
アリエスは両目にたくさんの涙を浮かべると、力の篭っていない腕でハクの体を殴りつけた。
「ぐっ…………。なんであいつばかり………。あいつは弱い!仲間が傷つくようなことがあれば直ぐに自分を責めて蹲る!そんなんじゃ、誰も救えねえんだよ!」
「それのなにが悪いの!ハクにぃはそれでも私達と優しく接してくれる!一人で悩んでいたって、それは常に誰かのことを考えてる!私はそれを弱いだなんて思わない!だから、ハクにぃを出してよ!」
「断る!そもそもこの器は俺のものだ!あとから植えつけられたあいつのものじゃねえだよ!」
その会話は衰弱しているエルフにも倒れ付している黄金の閃光にもしっかりと轟き、周囲の空気を凍らせた。
だがここでアリエスの気配がいきなり変質する。
「……………だったらいい。私が力ずくでハクにぃを連れ戻す」
その瞬間、ハクやキラでさえ驚くほどの力がアリエスの体から迸り、空間の壁を内側から破壊していく。
「な!?あ、アリエス!?ま、待つんだ!その力何かおかしいぞ!」
キラが急いで止めようとするが、その力はキラの体を近づけようとしない。
「ぐっ!?ま、まさか、お前…………。あれの所有者か!?」
「■■■■」
アリエスが誰にも聞き取れない声で、何かを呟くと途端にハクの体は糸が切れたように地面に倒れこみ意識を失った。
しかしそれと同時に、得体の知れない強大な力を使用したアリエスも同時に意識を失い倒れたのだった。
「マスター!アリエス!」
キラが急いで二人に駆け寄る。
どうやら二人とも脈はあるようで、息はしている。
キラはそれを確認すると、治癒の根源をこの場にいる全員にかけた。
「これでお前達も動けるだろう。自分達の犯した過ちをもう一度見つめ直すのだな」
キラはイロアに向けてそう言い放つと、空を見上げながら、今目の前で起きた現象について頭で整理しようとする。
(マスターの変化もそうだが、アリエスのあの力は一体なんだ?悪い感じはしなかったが、それでも不気味ではあるな)
こうして第三神核の戦闘から続く、長い長い戦いが幕を閉じた。
だがそれは新たな問題を引き起こす種になるとは知る由もない。
次回はこのエルヴィニアでの戦闘の事後処理です!
第三章はもう少しだけ続きます!
誤字、脱字がありましたらお教えください!




