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第百二十話 肉まん少女

 走る。

 走る、走る、走る!

 階段を飛び越えて、床を思いっきり蹴って。

 私はひたすら走っていた。


「はあ、はあ、はあ!」


 今の私のスピードは常人では捉えることのできない速さに到達している。

 己の気配を全身に流すことで身体能力を大幅に強化しているのだ。

 だというのに。

 背後から近づいてくる殺気は遠ざかるどころか徐々に徐々に近づいてきているような気がした。


 そして。


「ッ!?」


 階段を登りきった私を吹き飛ばすように右横の壁が吹き飛んだ。

 反射的に受け身を取って床を転がるものの、攻撃はまだ終わっていない。


 ま、まずい!


 冷や汗が床に落ちる直前、私の首に狙いを定めた斬撃が連続で飛んでくる。このままでは避けられないと判断した私は床についた左手に魔力を流し込むことで体を後方へ吹き飛ばした。


「か、かはっ!?」


 二十メートルほど吹き飛んだ私の体は廊下の壁に背中から激突することでその威力を殺す。しかしそのダメージはかなり大きかった。肺に溜まっていた空気は全て吐き出され、頭はふらつき、全身の骨と筋肉はすでに悲鳴をあげる寸前まで追い込まれている。

 いくら全身に気配を流していたからといって、常に身体能力を強化することができるわけではない。無論、お兄ちゃんならその程度なに食わぬ顔でやってのけるだろうが、今の私にはできない芸当だ。

 加えて。

 一瞬とはいえ全力で魔力を流した左手が今の攻防で使い物にならなくなった。

 別に焼け落ちたとか、腐り爛れたとか、そこまでの重傷ではない。

 だが、うまく力が入らないのだ。痺れていると言ってもいい。

 そんな状態で格上の相手に戦いを挑もうとする方がどうかしている。

 つまり。

 すでにこの瞬間。

 私には勝ち筋というものがなくなったのだ。


 すると、そんな私を見つめながらその男はゆっくりと歩いてきた。


「……あのバカを追い詰めた力がどれほどか気になったが、それほどでもなかったな。戦う前から左手を失い、逃げることしかしない臆病者。多少の心得はあるようだが、その程度で魔人をどうにかできると思っていたのだとすると、随分と舐められたものだ」


「はあ、はあ、はあ……」


「息も絶え絶え、か。すでに限界が近いようだな。これなら私が動く必要もなかったか」


「……な、なんで」


「ん?」


「なんで、あ、あの人を殺したの……?」


 近づいてくる男に向かって私はそんな問いを投げかける。

 その男は先ほどのフードの男とは対照的な格好をしていた。

 金色の髪に、つり上がった両目、二メートル以上ある体と、その体を覆っている漆黒のローブ。

 滲み出る殺気とは別にその男はどこか気品のようなものを纏っているような気がした。

 そんな男とあのフードの男は知らない仲ではないと私は直感的に掴んでいた。友達なんて甘い関係ではないだろうが、それでも顔見知りではあったはずだ。

 でなければ人払いが施されたこの空間に入り込むことなどできない。

 だからこそ問いかけた。

 どうして。

 どうして、どうして。


 あんなにも簡単に人を殺せるのか。


「……。なにを言い出すのかと思えば、やはり子供は子供というわけか。……そんなことを聞いてどうする? それを聞いたところでお前が私に殺される未来は変わらんぞ?」


「……いいから答えて」


「……目障りだったからだ。魔人は魔人であることに誇りを持たなければならない。低俗な人間などに遅れをとるような魔人は私の配下に必要ない。ただそれだけだ」


「っ……」


 それが魔人のあり方?

 そんなくだらない理由であの男を殺した・

 誇り?

 目障り?


 魔人って本当にそんな――。


 と思い駆けた瞬間。

 私の中にある記憶がそれを否定してきた。


 月見里さん。

 マルク国王。

 ミストさん。


 魔人。

 それは人間にはない力を持ち、飢えに苦しんでいる者。

 そして、己の運命に誰よりも強く立ち向かう人のこと。


 それを私は知っている。

 そんな人たちを守れなくて、私は私の無力さを知った。


 だから。

 だから。

 私は――。


「……負けるもんか」


「ん?」


「負けるもんか、負けるもんか、負けるもんか」


「……」


「あなたなんかに、私は負けない!」


「……吠えたか。お前を突き動かしているそれはただの蛮勇だ。それすら理解できんとは、やはり人間は醜い」


 そう答えた男はいつの間にか右手に握っていた赤い長剣を私めがけて振り下ろしてきた。

 瞬間、学校の壁など一撃で木っ端微塵にできる威力が込められた斬撃が私に向かって放たれる。

 もちろん、それを受けてしまえば私の体は分断され、その命は消えてしまうだろう。

 そして。

 今は頼みの綱のお兄ちゃんを呼ぶこともできない上に、学校にはまだ生徒が残っているかもしれない。

 そんな絶望的な状況で私にできるのは――。


「終わりだ、小娘」


「……まだ。………まだだよ!」


 その声は震えていた。

 勝つことができないと本能で悟っているから逃げていたのだ。

 そんな相手に気力だけで立ち向かおうと言うのだ。声も体も震えが止まらない。


 でも私は戦うと決めたのだ。

 もう逃げないと、もう誰も失いたくないと、そう決意したのだ。


 だから戦う。

 対戦とか、帝人とか、そんなものは関係ない。

 私は私のために戦うのだ。


「な、なにっ!?」


「後ろ、取ったよ」


 男の斬撃は当たらなかった。

 そしてそんな斬撃よりも早く私は男の背後に移動する。

 否。

 移動したのではない。


 背後に現れたのだ。


「て、転移だとっ!? ば、馬鹿な!? そんな高位の術式をどうしてお前のような小娘が……」


「……正解。でも、もう遅いよ!」


「し、しまっ……。がはああ!?」


 転移を使用した私は確実に男の不意を突くことに成功した。

 そしてそのまま男の首めがけて蹴りを叩き込んでいく。

 今の私に出せる全力を叩き込んだ一撃だ。


 き、決まった……。

 これで倒れてくれれば――。


 と思った瞬間。


「あ、れ……?」


 急に体の力が抜けて私はそのまま倒れてしまう。

 自分の中に意識を集中すると、転移によって魔力がごっそりなくなっていることに気がついた。

 お兄ちゃんが使っていた転移を見よう見まねで試してみたものの、この術式はあまりにも魔力消費が激しいようだ。

 だが、これで戦いは終わった。

 あの攻撃を受けて無事なはずがない。


 そう思っていたのだが――。


「……今のは驚かされた。お前の攻撃は称賛に値する。だが残念だったな。人間であれば今の一撃で決まっていただろうが、この身は魔人。その強度は人間とは比べものにならない。つまり――」


「ぁ……」


 そして突きつけられる真の絶望。

 私はこの時。


 自分がなにも成長していないことにようやく気がついた。




「この程度で私を倒せると思ったか?」




 だが。


 ここで。


 意外な人物が現れる。


 そして物語はまた動き出すのだ。













 妃愛の通う学校に魔人の気配が出現した直後。

 俺は戦っていた。

 本当ならば一刻も早く妃愛の下に向かいたいのだが、状況がそれを許してくれなかったのだ。


「ちっ!」


「……」


 妃愛の家のはるか上空。

 浮遊の力を使って浮かんでいる俺に無数の斬撃が放たれてくる。

 それは一撃でも当たってしまえば致命傷になってしまうほどの威力が込められており、直撃はなんとしても防がなければいけない攻撃だった。

 だが。

 この攻撃の正体。

 それを俺は知っている。

 だからこそ。

 この戦いはこのような急を要する時にするべきではないのだ。


「おい! 何の目的で俺を攻撃する! 俺は帝人じゃないんだぞ!」


「……」


 しかし。

 その言葉に答えは返ってこなかった。

 返ってくるのは攻撃だけ。

 その攻撃の特性を知っている俺は、気配創造で作り出した刃を斬撃に当てることで相殺する。だがそれでも俺が少し押されてしまう。威力を完全に殺しきれなかった斬撃が俺の体に小さな傷を作っていった。

 どう考えても追い込まれているのは俺だ。

 空中戦なら俺の方が有利だと思って飛び上がったものの、相手は自らの斬撃を空中に固定して、それを足場にするという離れ業をやってのけた。

 それだけならば空中を自由に動くことができる俺の方がまだ優勢だったのだが、信じられないことに相手は俺を凌駕するスピードで移動しているのだ。

 それこそ未来でも見えているのではないかと疑ってしまうかのような俊敏な動き。それは神妃化していない俺にはとても追えるスピードではなかった。

 加えて。

 斬撃を繰り出しているその武器は――。


「ちっ。聞く耳持たずってか……。いいぜ、わかったよ。見せてやるさ」


 瞬間。

 俺の気配が爆発的に上昇する。

 赤い瞳がさらに輝き、金色の髪がわずかに伸びた。

 第一神妃化。

 だが相手はその気配にすら気圧されることなく俺に突っ込んでくる。

 そいつの姿は、かなり奇妙だった。

 フードがついたローブを羽織っており、その隙間から漏れ見えている髪は真紅の輝きを放っている。そのシルエット的に妃愛と同じか少し年上くらいの少女のようだが、何より意味がわからないのが――。


 ……なんで戦いながら肉まん咥えてるんだ?

 しかもしっかり咀嚼してるみたいだし……。


 その口に咥えられていたのはあまりにも季節に見合わない食べ物、肉まんだった。

 それを食べながら俺と戦っているとう奇妙な状況が展開されているのだが、その光景が余計に俺をイライラさせてしまう。


 舐めやがって……。

 急いでるところに無言で攻撃してきたかと思ったら、肉まんを加えて戦うだと?

 だあああああああああ!

 なんなんだこいつは!!


 そんなことを考えていた瞬間。

 俺の隙を突くように少女が俺の背後に回り込んだ。

 そして必中の一撃を叩き込んでくる。

 それはまたしても斬撃だったが、今まで繰り出してきていた斬撃とは威力が違った。

 それこそ山に当たればその山を両断してしまうほどの力。

 そんなあまりにも強力すぎる力がその斬撃には込められていた。


 だが。

 神妃化した俺にはその少女の動きが見えていた。

 だからこそ少女が俺の背後にまわったと同時に転移を使用して逆に背中をとる。


 そしてむしゃくしゃする感情とともにわりと力を入れた蹴りを少女に叩き込んだ。


「いい加減にしろ!」


「っ!?」


 俺の攻撃は見事にヒットし、少女は地面に向かって飛ばされてしまう。

 だが、手応えがあまりにも薄かった。

 だからこそあの少女へのダメージはそれほど入っていないと確信する。

 俺はすぐさま後を追いかけて、様子を窺っていった。


「……」


「……攻撃を受けても喋らねえのかよ。どんな精神してんだ、あいつ……」


 妃愛の家の屋根に着地した少女は、ローブについた埃を払って何事もなかったかのように立ち上がる。そしてそのまま俺を見つめながらこんなことを呟いてきた。


「……あなた、強いね」


「それがどうした。今更だろうが」


「……今更? 私、あなたと初めて会ったよ?」


「ああ?」


 どうにも話が通じない。

 いきなり襲いかかってくるくらいだからてっきり俺や妃愛を狙ってきてるのかと思っていたのだが、どうやら事情が違うらしい。


 というか今の言葉だとたまたま攻撃を仕掛けたやつが俺で、その俺が思った以上に強かったっていう、俺以上の戦闘狂ってことになるような気が……。

 い、いや、俺もあんまり人のことは言えないけど……。


 そんな変な推理を思いついてしまうほど思考が混乱していた俺だったが、そんな俺を惑わすようにその少女はまた意味のわからないことを口にしていった。


「……肉まん、なくなっちゃった。買いに行かなきゃ」


「は?」


「あなた。また私と戦って? ……あなたと戦うの楽しい」


「い、いやいや! だからどうして俺に攻撃を……」


「じゃ」


 瞬間。

 その少女は上空に浮かんでいた俺を飛び越えてどこかへ飛んでいってしまう。

 なにが起きたのかまったくわからない俺は、頭の中に浮かんでいる疑問符への答えを探そうとしてしまうのだが、そこで妃愛の気配がいきなり小さくなったことに気がついた。


 妃愛の気配が減った?

 いや、これは魔力切れか?


「頼む、耐えてくれよ、妃愛!」


 そう言って俺は今の出来事を無理やり頭の奥底に沈めて飛び立っていった。

 目指すは妃愛の通う中学校。

 どういうわけか人払いの結界が張られたその場所は、複数の魔人の気配が感じられるのだった。


次回は8月15日21時に更新します。

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