第百十八話 顕現準備
「で、結局どうしたんですか?」
「断ったさ。そもそもその話を受けるなら、お前の誘いを断ってない。……まあ、妃愛には少し窮屈な生活になってしまうかもしれないけどな」
「そうならないために私たちがいるんですよ。対戦の管理を担っている以上、政府がどのような手を使おうが、帝人の方々には対戦に集中していただく。それが私たちの仕事です」
「ふっ……。初めて出会った頃なら胡散臭さ満載だったけど、今はむしろ助かるよ。仮にも相手は権力者。この国に生きてたら決して逆らうことのできない存在。それをいなしてくれるなら、これ以上のことなんてないさ」
「あら。それは私たちを信用しているということですか?」
「端的に言えばな。……まあ、お互い隠してることはあるだろうけど」
「……」
「な、なんだよ……。じっとこっちをみつめて……」
「……いえ、少し変わったかな、と思いまして」
「変わった?」
「少し角が取れたというか……。い、いえ、こちらの話です」
そう言って后咲はテーブルの上に置かれていたカップを手に取って紅茶を喉に流していく。その姿は普段の后咲とは少し違い、何か慌てているようだった。
というわけで、現在。
キルと名乗る男との邂逅を済ませた俺は、そこで起きた出来事を后咲に報告しに来ていた。
キルの提案は妃愛のことを考えれば魅力的な提案だったと言えるだろう。だが、それはある意味、俺たちの自衛権を放棄するということでもある。
俺という力はやつら魔防隊の管理下に置かれ、妃愛は普通の女子中学生の生活は送れなくなる。
キルは明言していないが、身の安全を保障する代わりに魔防隊の都合のいい道具になれと言われているようなものなのだ。
それに、わざわざ「キル」なんて偽名を使って俺に接触を求めてくるやつ信用しろというのが無理な話だろう。それならまだ后咲たちの方が信用できるというもの。
まあ、そんなこんなキルの申し出は丁重にお断りしたのだが、キルはその返事を聞くと「そうか」と一言を告げて帰ってしまった。
そして去り際に。
『……お前はともかく、あの娘は傷つけたくない。できるだけ戦いには巻き込むな』
『……それはどういうことだ? 妃愛は帝人の一人で白包を求めるお前にとって敵以外の何物でもないだろう』
『それを語る義理はない』
『そうかよ。だが、妃愛が戦うかは妃愛が決めることだ。当然俺だって妃愛を戦場に引っ張り出すつもりはない。それでも妃愛は麗子の一件があってから、戦う意思を見せている。それを止めることは俺にもできない』
『……ならば、全力で守ることだ。でなければ――』
『でなければ、なんだよ』
『……』
なんて会話があったのだが、結局キルの考えは読めなかった。
無論、事象の生成を使って無理やり心を読めば何かわかったかもしれないが、そんなことをすればあの家が戦場になっていたことだろう。
無論、負けるとは思っていないが、妃愛になんて怒られるかわからない、というのが本音だ。
……妃愛がいない時に戦闘を引き起こして家を破壊しましたなんて言ったら、目くじら立てて起こりそうだもんな。
そういうところは赤紀に似てるというか……。
お、俺はもしかして妹という存在に運がないのかもしれない。
そんなこんなでその一連の出来事を后咲に話し終えて今に至る。
別に話す必要があるかと言えば、そうでもないのだが、相談することによってキルについて情報が得られないかと思ってやって来ていたのだ。
すると后咲は一呼吸置いて俺の考えを読むようにこう語り出した。
「魔防隊。ついに動き出したのですね」
「知ってるのか?」
「はい。彼らはキルさんが語ったように魔人や皇獣、その他超常的な存在が現象に対して動く政府お抱えの秘密機関です。まあ、最も皇獣に関しては神器がなければ倒すことができませんから、精々追い払うことが限界です。ですが」
「キルに関しては別だと」
「仮にも帝人ですからね。皇獣を屠れる神器と鍛えられた肉体。帝人の格としては最上位と言っても過言ではないでしょう」
軍人というのは少し間違っているのかもしれないが、それでも特殊な訓練を積んできていることは間違いない。それを踏まえると魔人たちとの戦闘経験があり、その中でも屈指の実力を持っているキルは帝人の中の帝人なのだろう。
「ですが、あなたに申し出たように不必要な犠牲は嫌っています。それを事前に防ぐことができるのなら、そこに注ぐ力は惜しまないでしょう。そしてそれこそが彼の人望を高めている」
「人望?」
「彼は事実上魔防隊の最高責任者です。少佐と名乗ってはいますが、その力と周囲からの人望によって、彼に文句を言える者はいません」
「つまり、あいつが動いたということは、この国全てを敵に回すと言っているようなものなのか?」
「最悪の場合は、ですが。とはいえ、気がかりではあります。彼が最後に残した言葉」
「というと?」
「鏡さんを傷つけたくない、というその言葉の真意がわからないのです。彼は慈悲深い人ではありますが、一度敵に回った者にかける情けはない。だからこそ、申し出を断っておきながら、それでも鏡さんの身を案じるというのは道理が通りません」
「うーん、それは……。普通に子供に手は出したくないとか、そんなところじゃないのか?」
「あり得ませんね。以前、彼はとある魔人をかばった少年を容赦なく殺しています。まあ、結局その少年も後々魔人だったと発覚するのですが」
「なるほどな。でもそうなると……。うーん……」
「まあ、考えるだけ無駄でしょう。こればかりは本人に聞いてみないことにはわかりません。その辺りは私たちが調べておきましょう」
「お! いいのか? 一応お前たちって中立者だろう? それなのに俺たちに加担するようなことしても問題ないのか?」
「あなたたちだけに協力しているわけではありません。無論、あなたたちの情報も横に流すことはあります。ですが、その目的はあくまでこの対戦を円滑に進めるためです。無闇やたらに協力しているわけではありません」
「へ、へえ……」
「ちなみに、一ヶ月ほど前に彼はあなたたちの情報を提供してほしいと訪ねて来ました。もちろん、話せる範囲でお話ししました」
「さ、さいで……」
く、くそぉう……。
や、やっぱりこいつ抜かりないぜ……。
というか信用しきるのは危険ってことだな。
まあ、それはわかっていたことだけど……。
「では、これ以上話しがないのであれば私はこれで。仕事がありますので」
「……ああ、助かったよ。……って、ああ、そうそう」
「まだ何か?」
俺はそういうと立ち上がろうとする后咲を呼び止める。
俺が最後に聞いておきたいこと。
それは例の未来視についてだ。
あれが俺の能力であった場合、后咲に聞いてもわかるものではないだろう。しかしあの力がこの対戦からきているものだとしたら、それは聞いておく価値がある。
そう思って俺はその話を切り出そうとしたのだが。
「えっと、最近たまに未来が……」
「未来?」
瞬間。
意識が飛んだ。
覚えていることは何もない。
気がついた時には震えている后咲が目の前に立っていた。
「え……? あ、あれ? 俺、何やってたんだっけ?」
「……そうですか」
「后咲?」
「本日はお引き取りください。私に答えられることは答えたつもりです」
「い、いや、何がなんだか……」
「今はそれ以上のことはお勧めしません。次は意識が飛ぶだけではすまないかも知れません」
「は?」
「お引き取りを」
そう言って后咲は部屋の奥へ消えていってしまった。
一体何が起きたのかまったく理解できなかった俺だったが、このままここにいても埒が明かないので転移を使用して帰宅することにした。
だがその一瞬。
最後に見えた后咲の顔は。
涙で濡れていたように見えた。
時は少し戻り、数分前。
ハクが自身の身に起きている未来視について話出そうとした直後。
ハクが急に喋らなくなった。
目を見開き瞳孔を開いたまま虚空を見つめている。
「……どうしましたか? 何かご用があるのなら――」
『■の■■の存在を確認しました。受動制限を行います』
「っ!」
聞いてしまった。
ハクの口から漏れた機械的な言葉を。
その瞬間、后咲の体は凍りついた。
そして同時に、頭の中にとある推論が組み上がっていく。
(ま、まさか、本当に■■に覚醒しているの!? だ、だとしたら■の■■がすでに存在している!? いや、それよりも――)
「……本物のカラバリビアの鍵が顕現しているということ?」
『……受動権限がありません。返答を拒否しました。■の■■より高位の保持者にのみ権限が与えられます』
「くっ……」
后咲はここで唇を噛んだ。
ここで全ての真実を聞き出すことができれば、どれだけよかったかと。
だがそれはできなかった。
全ては后咲の実力不足。
いや、絶対に覆らない現実なのだ。
(どうする? どうする! ……このチャンスを活かせなければ次はないかもしれない! で、でも確かさっき未来がどうのこうのって……)
『顕現準備に入ります。■■■の■と■■■の■■の簡易使用を承認。大界樹への部分接続を承認。以降、保持者との接触を許可します』
「ま、待って! 私はまだ聞きたいことが……」
しかしその言葉は届かない。
その言葉を最後に、ハクは元に戻ってしまった。
ハクに今起きたことの記憶はない。
だが、そんなことはどうでもよかった。
后咲はそのままハクを帰し、書斎に入り込んでテーブルに突っ伏してしまう。
そしておもむろにこんなことを呟いていく。
「……やっぱり、そうだったんだ。やっぱり、やっぱりあなたは……」
「本当の神さまになる資格があるんだね」
ハクの知らないところで、何かが動き出した。
それが明らかになるのはまだ先の話。
だが幾度となく訪れる強敵との戦いによって。
ハクも確実に進化していっていたのだった。
そしてそれから一週間後。
事件は起きた。
その日、俺は部屋の掃除や夕食の買い出しなど、いつもの家事をこなしていた。
あれから特にキルの接触はない。
だが同時に、対戦も全く進んでいなかった。
残されたラストシンボルについても探してはいあるのだが、痕跡はおろか気配すら掴むことができていなかった。
そして問題の黒包。
こちらは后咲たちがいる神宿図書館の地下深くに存在している。
その黒包は俺がこの世界にやってきた時から何も変化していなかった。
だからこそ、その本体をいっそのこと叩いてしまえばいいのではないかと思ったりもしたのだが、それは俺の直感が止めてしまう。
戦う時はいずれ来る、そして仮に今戦っても勝てる自信しかない。
だが今ではないのだ。
だからこそ、今という瞬間は非常に暇だった。
夏休みをも終わり、俺が付きっ切りで妃愛を鍛えるということもなく、俺は俺自身を鍛えることしかやることがなくなっていたのだ。
「ってもなあー……。この世界で全力で修行するわけにもいかないし……。だけど」
そこで俺は言葉を切った。
そして意識を集中する。
ラストシンボル。
黒包。
そして、「この力」について。
すると頭の中にぼんやりと何かが浮かんできた。
うーん、もう少し。
もう少しだぞ。
何か視えそうな気がする……。
なんてことをしていた時。
『そんなことをしている暇があるのか?』
「誰だ!」
『俺の正体などどうでもいい。お前にはやらなければいけないことがあるはずだ』
「は?」
そんな言葉が脳内に響いた瞬間。
俺の気配探知が「それ」を捉えた。
「こ、これは、魔人か!?」
魔人の気配を感じ取った場所。
それは妃愛が通う中学校。
それもまだ学生たちが大勢いる真昼間。
妃愛の気配的に魔人の侵入には気づいていない。魔人の狙いがわからない以上、こちらも派手に動くことはできないが、それでも俺の頭の中はすでに警報が鳴り響いていた。
突然俺に話しかけてきた存在も気になるが、麗子との戦いの時も似たようなことがあった。
だから俺は深く考えずに、妃愛の下へ転移していった。
そしてこの瞬間から真話対戦参加者たちの決戦が始まるのだった。
次回は8月1日21時に更新します。




