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第百十三話 見えた終わり

マルクとの戦いが決着します。

「っ!」


 空気が変わった。

 この場に流れる殺気が「何か」に塗り替えられた気がした。

 それによって導かれた結論は、どうしようもなく悲しいものだった。


「ぐっ……!」


 胸に突き刺さった槍を引き抜いた俺は、その槍をマルクに向かって投擲する。それはそのままマルクに掴まれてしまい、攻撃としては無駄なものになってしまった。

 しかしその一瞬。

 俺とマルクの間で決定的なやり取りが行われる。


「……お前、死ぬ気か?」


「馬鹿か、お前は。俺はお前を殺す。そして己の望みを叶える、それだけだ」


「……お前の体はもう限界だ。三つの神宝を得ることで上昇した気配が、限界を超えて減り始めている。ハイランカーってのは、それだけ体に負担がかかるんだろ。あと数分もすればお前は動けなくなる」


「それがどうした。それまでに決着をつければいいだけのこと」


 無論。

 ここで戦いをやめればお互いの被害は最小限にとどまるだろう。

 だがマルクは止まらない。

 どれだけボロボロになっても、どれだけ自分が傷ついても、こいつは止まらない。

 それに気がついてしまった。

 それは贖罪か、はたまた未練か。

 どちらにしても、決意を固めた人間は強い。決して折れることはなく、決してくじけることはない。

 だが、その先にあるのはどうしようもない後悔だけだ。

 自己犠牲からなる自滅は何も生まない。

 俺も自分を犠牲にして何かを救おうとしたことがあるからわかる。


 だが結局それは。

 犠牲にした自分が生きているからこそ褒められるものだ。


 それを知っているからこそ。

 止められるならマルクを止めたかった。

 でもそれは本人によって否定された。


 そんなやり取りが行われた直後、妃愛の気配が急激に落ちたことに気がついた。そして同時にミストの気配が上昇したことも。


 ……ミストが妃愛の魔力を吸収したのか。

 ミストが魔人だからできた芸当か?


 本来、他人の魔力を直接吸収すること自体、危険と言わざるを得ない。何の調整もされていない魔力は劇薬そのものだ。取り入れた瞬間、魂魄と肉体が同時に崩壊しても何らおかしくはない。

 しかしミストは復活した。

 魔人としての性質がなせる技なのか、それとも何か能力を使ったのか。


 とはいえ。

 俺たちの戦いに向けられているミストの視線。

 それは傍観だった。

 しかしまだ諦めてはいない、そんな感じがした。


 こうなるといよいよ俺も引き下がれない。

 俺の勝利は決定した。

 あとはマルクをどうやって――――。


 思考がまとまり、体に気配が充実していく。

 俺はそのまま大きく息を吐き出して体勢を整えていった。左足を前に出し、右手を引いて構えを取る。

 そして最後にこう呟いた。


「……いくぞ、マルク。これで決着だ」


「こい!」


 その掛け声とともに俺は思いっきり地面を蹴ってマルクへ接近した。近づきながら拳撃を連続で放ち、マルクを牽制する。


「ちっ!」


「……ここだ!」


 マルクに隙ができた一瞬をついて拳を繰り出した俺だったが、その拳は当たることなく空を切った。タイミング的にはまず間違いなく直撃していたはず。それが当たらなかったということは――。


「隠蔽術式か!」


「その通りだ」


 瞬間。

 俺の背後に現れたマルクはザンギーラを横に薙ぐようにして振るってくる。その攻撃を前方に飛ぶことによって避けた俺は気配創造によって作り出した刃を投擲して一度距離を取った。

 だが落ち着いてはいられない。

 マルク攻撃はまだ続いていた。いつの間にか発動させていたリライクラスの事象改変が俺の足元の毛邸を変化させたのだ。土の固まった硬い地面だったのに対し、今はブニブニと粘着性のある沼地のような地面に変化していた。


 ま、まずい、動けねえ!


 しかしそう思った時には遅かった。

 常に追いかけていたマルクの位置がまたも掴めなくなり、その姿を見失ってしまう。

 そしてそんなマルクの気配を再び感じ取った時、俺の肩には腕が生えていなかった。


「があああ!?」


 い、いつの間に切り落とされた!?

 いや、リライクラスとザンギーラならこの程度朝飯前か……。

 なら、これでどうだ!


 切り落とされた瞬間、その腕を事象の生成で腕を再生させた俺は空間全体に対して瞬滅の生成を発動していく。

 その消滅対象はもちろんマルクの隠蔽術式。

 広範囲の破壊事象なら気配殺しよりも瞬滅の生成の方が効率的だ。

 それによってマルクの隠蔽術式は剥がれたのだが、直後再びその気配が消失してしまう。どうやらマルクの隠蔽術式は連続で使用できるらしい。


 ……しかもそのインターバルはほぼゼロ。

 規模は小さいが、真似できねえ。

 これがやつの隠蔽術式。知ってはいたがとてつもない精度だ。

 今は俺の方が優勢でも、攻撃が当てられないんじゃジリ貧だぞ……。


 しかし手はある。

 このままパワーに任せた戦いをしていれば追い詰められるのは俺の方だろう。であればやり方を変えればいい。

 俺はそのまま静かに目を閉じると、その両目に意識を集中していく。


 俺は普段、気配を読むことに頼りすぎている。

 それは目を開けていなくても戦闘を可能にする力ではあるが、気配を隠すことのできる相手に対しては分が悪い。

 だったら、世界に漂う存在すべてを「視れば」いい。

 元々、それは神々の得意技だ。


 そしてその力は解放された。


「ッ!? お前、その眼は……」


「……視えるぜ、お前の姿」


 魔眼。

 それも俺の魔眼は命眼。特異眼ほどではないものの、そのポテンシャルは魔眼の中ではトップクラスだ。視ただけで存在を殺すことのできる命眼は強力すぎるが故に、使うことを躊躇っていた。

 だが、その威力をある程度セーブして、周囲の情報を読み取ることだけに使用すると――。


「気配は消せても、世界自体を欺くことはできない。お前が隠蔽術式を使えば、そこには術式が発動された痕跡が残る。それを視ればお前の位置は自ずと割り出せるんだよ」


「くっ……!」


 マルクはそんな俺の言葉と同時に再び隠蔽術式を発動し、姿を消した。そしてザンギーラとリライクラスを同時に振るって斬撃をいくつも飛ばしてくる。

 隠蔽術式を見破る手段があると公言した以上、無闇に近づかず、遠距離攻撃に徹する。その判断能力はさすがだ。だが、それでは届かない。

 なにせ、今の俺にはすべて「視えて」いる。

 だからこそこんなこともできるのだ。


「なに!?」


「当たらねえよ、お前の攻撃は」


 俺は放たれてくる斬撃を歩きながら回避していった。

 そしてマルクの死角だけを通りながらその背後に移動する。


「馬鹿な!?」


「だから言ったろ、視えてるって」

 

「ぐっ……。がはっ!?」


 俺はマルクと背中合わせになるように立ち、気配創造の刃を背中に突き刺していた。そのままねじ込むように力を入れてマルクの内臓を掻き切っていく。


「ぐあああああっ!」


「今のお前の弱点は体力が常に減り続けていることだ。リライクラスがあるとはいえ、その治癒能力を使用しようとすれば、確実に隙ができる。どんな傷を負っても一瞬で再生できる俺と戦うのはあまりにも分が悪い。加えて――」


 そう言い放った俺は振り向きざまにマルクの体を蹴り飛ばした。すかさずマルクは隠蔽術式を発動して姿を隠すが、魔眼を使わずともマルクの位置が俺に伝わってくる。

 ――そう、すでに目印はつけられたのだ。


「気配に直接突き刺した気配創造の力はその居場所を指し示す目印として機能する。つまり、お前がいくら隠蔽術式で姿や気配を偽ったところで、もう逃れることはできない」


「……なっ!?」


 それでも隠蔽術式を使用していたマルクの眼前に転移した俺は、その勢いを活かしたまま、マルクの腹に重たい拳を叩き込んだ。


「があああああああああああああああああああああっ!?」


 ……決まったな。

 オリジナルのリライクラスならともかく、この世界のものじゃ今の一撃のダメージを回復させるのは時間がかかるだろう。

 もう満足に戦えないはずだ。


 かなり離れた場所にある岩肌に叩きつけられたマルクを見ながら息をついた俺は、その戦いを見守っていた妃愛とミストに視線を向けていく。

 ミストに魔力を分け与えたと思われる妃愛は、地面に寝かされていたものの嬉しそうな表情を俺に返してくれた。

 そんな妃愛に微笑み返すように笑顔を作っていった俺だったが、対するミストの顔が一向に晴れないことに気がついた。


 ……ミストとマルクは昔からの知り合いって言ってたからな。

 さすがにこの状況でも素直に喜ぶことは難しいか。


 と、呑気に考えていたのだが。




 直感が。


 危険だと。


 コールした。




「ッ!?」


 急に荒れ狂う風。

 それはあまりにも大きな気配の出現によるものだった。

 地鳴りが響き、濃密な殺気が叩きつけられる。


 だが。


 何の気まぐれか。


 俺は。


 その力を。


 知っていた。


「ば、馬鹿な……。あ、ありえない、そんなこと、あっていいはずがない……。どうしてこの世界に――」


 瞬間。

 俺に向かって圧縮されたエネルギー砲が撃ち放たれた。

 それは真っ赤な光を放ちながら鉄臭い匂いとともに、全ての存在を消し飛ばす威力を持って突き進んでくる。


「ぐっ!」


 俺は咄嗟に両手を突き出してその攻撃を防ぎにかかるが、手のひらに伝わってきた感触はマルクが今まで使ってきたどんな攻撃よりも重たいものだった。


 ――それもそのはず。

 なにせこの力は。


「……なんで、どうして。どうしてここで『血の力』が出てくるんだよ……」


 血の力。

 それはカリデラという特殊な土地に選ばれた吸血鬼にのみ使用を許された力。

 この世でその力を扱うことのできるのは俺の知る限り一人だけだ。


 血神祖サシリ。


 始中世界のイレギュラー。

 歴代神祖の中でも最も強力な力を持っており、俺のパーティーメンバーだった存在。

 彼女にしか使えない力がどうしてここで出てくるのか俺は理解できなかった。


 俺はエネルギー砲をそのまま両手で握り潰すと、すぐに全身に気配を流してマルクを睨みつけた。

 するとマルクは今にも倒れてしまいそうなほど疲弊した状態で、ゆっくりとこちらに向かって歩いてくる。その体には濃密な血の力がまとわりついており、見ただけで体がこわばるのがわかった。


 ぐっ……。

 マルクの気配はもう底をついているはず。それなのにどうしてこんな力が……。

 ……い、いや。

 そんなの言われなくてもわかってる。

 その力の原因。

 それは間違いなく――。


「……ザンギーラ。この世界のザンギーラが持つ本当の能力。それは『血の力の付与』、神祖と同等レベルの力を扱えるようにすることだったのか」


「……この力は最後まで残しておきたかった。だが、そうも言えないらしい。俺自身の力は尽きた。あとはこの神器の力しか残っていない。だからこそ――」


 その直後。

 マルクとザンギーラの気配が合わさった気配が爆発的に上昇した。

 そしてザンギーラの刀身に膨大な力が集まっていく。


 っ!

 この一撃で全てを決めるつもりか……!

 あれを避けることは絶対にできない。そんなことをすれば妃愛やミストはおろか、世界そのものを破壊しかねない。

 こ、こうなったら……。


「……お前も、ここで決めるつもりのようだな」


「そっちがその気なら俺も合わせるしかないだろうが。言っとくが、止めるなら今のうちだぞ。その力を撃ち出したら最後。お前はもう……」


「気遣い無用だ。そもそも俺とお前の間にそんな生ぬるい関係はないはずだ。俺はお前を殺す。そのためにこの力を使用した。それだけだ」


「……そうか。そうだったな」


 そこで俺も踏ん切りがついた。

 俺は正義の味方ではない。

 全ての存在を救えるなんて思っていないし、そうしようともしていない。

 でも、目の前で消えそうになっている命があるなら救いたいと思う。それが人間が人間である証拠だと思うから。

 

 だが。

 今のこいつは生きることよりも、もっと大切なことを見出してここに立っている。

 であれば。

 俺は――。


「……はぁぁぁぁああああああああ!」


 俺の右手に世界の全てを圧縮したような力が集まっていく。

 そしてそれは次第に白い光を帯びて世界に顕現した。


「……では決着だ。この力をもって、俺は俺の望みを叶える。お前を超えて、その先へたどり着く! これで終わりだ、桐中白駒!」


 そして。

 両者の攻撃が放たれた。


「ホワイトワールド!!」


最終の血色は全ての灰(ブラッドラスティング)!!」


 その激突は妃愛の隠蔽術式を完全に破壊した。

 光が外の空間に漏れ、世界中の人々を震撼させる。


 そして最後に立っていたのは――。


次回は6月13日21時に更新します。

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