第百七話 vs第四の柱、六
今回はハクが優勢です。
「……なるほど、なるほどな。お前がこの場において最も警戒すべき存在だったというわけか。ふ、ふははははははは! これはまた酔狂な遊戯になったというわけだ」
「……体が変わったか。いや、気配の質も変化していやがる」
「おい、坊主。作戦は理解しているのだろうな?」
「……ああ。お前の作戦に乗るのは癪だけど、それしか方法がないって言うんだったら、従ってやるよ」
俺は隣に立っているマルクに向かってそう呟くと、目の前にいるフォースシンボルを睨みつけながら自身の気配を高めていく。
フォースシンボルは俺の攻撃を受けたあと、その傷を一瞬にして回復させ、そのまま自身から発せられる眩い光の中に消えていった。消えたとは言ったものの、この場から消え去ってしまったというわけではなく、何かをしようとしていること自体は俺もマルクも理解できている。
だからこそ、その光景から目を離さなかったわけだが……。
背中から生えていた翼のような腕は消えた。だがその代わりに大きなツノのようなものが飛び出していやがる。加えてただでさえ筋肉に包まれていた体が、一回りも二回りも大きくなった。
……それに応じて気配も大きくなったともなれば必然的に。
「苦戦は避けられないか……」
「……何か言ったか?」
「別に、何も。それよりもお前こそ好機は逃すなよ。おそらく二度は通用しないはずだ」
そうマルクに返した俺は地面を勢いよく蹴ってフォースシンボルに肉薄していった。そしてそのまま己の気配を乗せた拳を叩き込んでいく。
「はああっ!」
「……ふん」
その拳はフォースシンボルの顔面に直撃した。
しかしやつは応えていない。それどころか避けることすらしなかった。まず間違いなく避けられたであろう攻撃を。
今の俺の攻撃は避けるまでもないってか……。
だが、なめるなよ!
「だあああ!」
俺は続けざまに右足を振り上げてやつの首筋に蹴りを放った。先ほどまでのフォースシンボルならば今の攻撃でも十分なダメージが入っていただろう。
だが。
それも効かなかった。
「……効かんな。お前の攻撃には重さが足りない。蚊がとまったのかと思ったぞ?」
「ちっ!」
想像以上に強くなってしまったフォースシンボルに驚いた俺だったが、ここで諦めるわけにはいかないと体が反応する。すかさず右手に気配を集め気配殺しを発動していった。
しかし、その瞬間。
「ッ!? があぁ!?」
「それは先ほど俺がくらった技だな。だが一度見せた技が二度も俺に通じると思うなよ?」
腕を掴まれた。そしてその腕は引きちぎれるかと錯覚してしまうほど強い力で捻られてしまう。
関節技を決められているわけでも筋を捻られているわけでもないのにこの威力。いよいよこれは手を抜いて戦える余裕はないと思った直後。
俺の鳩尾にやつの拳が突き刺さっていた。
「ごはああっ!?」
「先ほどのお返しというやつだ。お前がどのような力で傷を再生しているのかはわからないが、それならば再生できないほどの傷を負わせてしまえばいいだけのこと。お前の体は今から爆ぜる」
血が吹き出した。
口からも赤い液体がこぼれ出てくる。
だが、フォースシンボルの攻撃はそこで終わらなかった。
鳩尾に突き刺さっているやつの腕から何かが流れ込んでくる感覚が伝わってきた。それはくらってはまずいという危険信号を脳内に響かせていく。
瞬間、俺はフォースシンボルの攻撃が俺に届く前に転移を使用してやつの背後に回り込んでいった。
「ほう?」
「悪いな、こういう芸当もできるんだよ」
「なかなか愉快な技だな。転移現象を意図的に引き起こしているといったところか」
「はんっ、これでもくらっとけ!」
そう言って俺は全力の蹴りをフォースシンボルにお見舞いする。
しかし。
フォースシンボルの体が消えてしまった。そして気がついた時には俺の背後にやつの気配が出現する。
「なっ!?」
「一度見ればある程度の技はコピーすることができる。もはや戦いはその次元にまで到達しているのだ。知らなかったか? はあああああ!」
「ッ!?」
直後、俺の体はフォースシンボルの蹴りによって勢いよく吹き飛ばされた。地面に何度もバウンドし、森の木々に体を貫かれながら瓦礫の山に埋まっていく。
しかしそんな俺を見下すようにフォースシンボルは続けてこう言い放っていった。
「さあ、出てこい。お前がこの程度の攻撃で死ぬはずがないのはわかっている。つまらん芝居で俺を失望させるな」
「……」
ちっ。
バレたか。
たった数撃打ち合っただけだけど、あいつの学習スピードと戦闘力は化け物だ。まさか転移まであの一瞬で使ってみせるとは思わなかったぜ……。
これはおちおち手は抜けねえな。
俺は心の中でそう呟くと体の上に乗っている瓦礫を勢いよく吹き飛ばし、フォースシンボルが浮かんでいる上空まで移動していった。そして赤い瞳でやつを睨み付けて、口を動かしていく。
「随分と余裕だな、お前。俺が本気を出していないってわかっていながら、それを待つなんて。どうやらフォースシンボル様は自信過剰みたいだ」
「自分が劣勢だということにすら気付けないバカな人間を相手にするには丁度いいハンデだろう?」
「言ってろ、化け物風情が」
俺はそう言い返すと体の奥に眠っている力を引き出していく。それによって周囲の木々は揺れ、雲は吹き飛び、金色の風が吹き始めていった。
そして俺の中にあるリミッターが一つ解除された。
髪が少しだけ伸び、瞳はより赤色に染まる。
第二神妃化、それも最適化状態。
サードシンボルよりも強力な力を持つ相手をやりあう以上、このレベルでなければ太刀打ちできない。
「ふ、ふはははは! いいぞ! それでこそ楽しみ甲斐があるというものだ!」
「笑ってられるのも今のうちだぜ。お前がいかに強くても、俺はもっと強いからな」
「ではそれを示してみるといい、人間!」
瞬間、俺とフォースシンボルの拳が激突した。先ほどとは明らかに違う感覚が俺の拳に伝わってくる。打っても響かなかった攻撃が今は確実にやつのダメージに繋がっている気がした。
すかさず俺は拳を連続でフォースシンボルに叩きこんでいく。だがそれに合わせるようにフォースシンボルも攻撃を続けてきた。
「はあああっ!」
「ふん! だあああ!」
……速い。
第二神妃化、それも最適化までしている俺の攻撃についてくるなんて……。
確かにあいつのいうとおり他の皇獣とは何かが違うらしいな。
俺は心の中でそう結論づけると転移を連続で繰り返し攻撃パターンを変えていった。気配創造を発動して周囲から気配を集めていく。その収集力を限界まで上昇させてフォースシンボルからも気配を奪い取っていった。
「ぐっ……。お前、一体何をした?」
「答えると思うか? それより動きが遅くなったぜ、はああっ!」
「がはっ!?」
集めた気配をすぐさま水色の刃へ変換した俺は、その刃を連続でフォースシンボルの体に突き刺していった。それは今までで一番手応えがあった攻撃であり、初めてフォースシンボルの顔に苦悶の表情が浮かんでいく。
そしてそのまま俺は右腕を振りかぶってやつの顔面を思いっきり殴りつけた。
「だああああああっ!」
「ッ!? がああああああっ!?」
爆音が鳴り響き地面が揺れたと当時にフォースシンボルの体は地面へと叩きつけられた。一撃殴りつけただけだが、吸収した気配を拳ごしに伝播させたため、その気配がやつの体を内側から引き裂いている。
ゆえに今のフォースシンボルは一瞬にして追い詰められていた。
「ぐっ……。先ほどから妙な倦怠感がある。加えて実体であろうが非実体であろうが関係なくダメージを通すその水色の力。……想像以上の力だ」
「……とかなんとか言ってる割にはまだまだ余裕そうだな」
「無論、この程度でくたばる俺ではないということだ。まあ、見ているがいい。面白いものを見せてやろう」
「面白いもの?」
フォースシンボルはそう言うと左手を空へ掲げ妙な力を呼び出し始めた。だがそこでいつの間にか意識を取り戻していたミストが大きな声を上げてくる。その声色は強く警戒を示しているようなもので、体の神経が一瞬逆立ってしまった。
「だ、ダメです! それは絶対に使わせないでください!」
「……」
しかし俺はその声を無視した。
なぜなら知っていたからだ。今からフォースシンボルが何をしようとしているのか。
「ふははははは! 見て驚くがいい! 俺は強きものを好む。そしてその力を欲する。かつても俺にその感情を抱かせた者がいた。そしてこれはその者が使っていた代物」
その言葉に呼応するようにそれは顕現した。
二メートルは軽く超える長槍。鈍い緑の輝きを放つそれは俺が使う能力と関わりが深い武器だった。
「この槍の名は『万象狂い』というらしい。お前たちが使う神器の一つだ。今では俺の所有物だがな」
「…………知ってるさ」
「ん?」
「よく知ってるさ、その武器は。俺もその武器に何度か助けられたからな」
「何を言っている?」
知っているとも。
その武器は俺が事象の生成を完璧に使いこなせない時に、ずっと使っていたのだから。
だからこそわかることがある。
その槍は所詮は事象の生成の劣化版だということ。
神器の中では非常に強力な力を持ってはいるが、その能力には多数の制約があるということ。
その能力の全てを俺は熟知している。
それに、俺は聞かされていた。
『フォースシンボルは我が師匠からその心臓と神器を奪っている』
『はあ? 心臓と神器ってそんなことが可能なのかよ?』
『通常の皇獣では不可能だ。だがフォースシンボルは違ったのだ。やつは強き存在を求め、喰らい、吸収する。そして得た力を我がものへと変えるのだ』
『ってことはなんだ? お前の師匠はかつての真話対戦でフォースシンボルと戦って心臓と神器を奪われたってことか? というか、前回の真話対戦って百年も前の話だろ。そこで戦ってた人間がお前の師匠ってどういう……』
『それに関して貴様に説明してやる義理はない。とにかく、やつは追い詰められればまず間違いなく師匠の神器を使ってくるはずだ。そしてその神器というのが――』
万象狂い。
それこそがマルクとミストの師匠が使っていた神器らしい。
どうりでミストがフォースシンボルに詳しいわけだと納得した俺だったが、この状況はかなり好都合だ。なにせ相手の使う武器の情報をこの上なく熟知しているのだから、戦いやすいことこの上ない。
俺はそう考えるとフォースシンボルに軽い笑みを向けながらこう呟いていった。
「その神宝は事象に干渉できる力を持っている」
「な、なに?」
「とはいえ全ての事象を改変する能力はなく、現存するものに手を加えるほどのことしかできない。だが破壊事象となれば話は別だ。破壊事象はあったものを消すという命令だけで、オリジナルの事象の生成とほぼ同等の力を出すことができる」
「お、お前、どうしてそれを……」
「だから言ったはずだ。俺はその神宝を知っていると。この世界の神宝がオリジナルとはまったくの別物だとしても、その性質は大きく変わらない。というよりむしろオリジナルの劣化版になることのほうが多いはずだ。であれば、その力は大した脅威じゃねんだよ」
「言っている意味がわからんな……。ふん、まあいい。それもこれもこの槍の力にかかれば全て無に帰す」
「だったら試してみろよ。その槍を使って、俺を殺してみろ」
するとそこに再びミストの声が響いてくる。どうやら本当にこの神宝を警戒しているようで、俺の後方で戦いを見ているマルクにまで言葉をぶつけていった。
「意地を張っている場合じゃありません! あの槍には世界そのものを破壊する力があるんです! その気になれば私たちが気づかないうちに殺されていることだって……。マルク! あなたも突っ立ってないで助太刀を……」
「……」
しかしマルクは何も答えなかった。
それはまるで俺にさっさとフォースシンボルを捻じ伏せろと言わんばかりに。
そしてフォースシンボルの槍がひときわ強く輝いた瞬間、力と力が正面からぶつかり合った。
「消えろ、人間!」
「はああっ!」
槍から発せられる緑色の光と俺から発せられる水色の光が激突し、轟音を響かせる。
だがその拮抗は一瞬だった。激突の後、すぐに緑色の光は消滅し、水色の光が世界を覆う。
その現実を受け止められないのかフォースシンボルは目を見開いて固まっていた。だが俺はそんなフォースシンボルめがけてこう言い放つ。
「悪いな。この力は俺の十八番なんだ」
こうしてフォースシンボルとの戦いは終わりに近づいていくのだった。
次回は来週の日曜日21時に更新します。




