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第百六話 vs第四の柱、五

今回も戦いは続きます。

「ごはふぁあ! ……お、お前。今までその本体を隠しながら戦ってたのか……」


「そういうことだ。まさかフォースシンボルの俺が殺意に飲まれた行動を繰り返していたと本当に思っていたのか?」


「ちっ。あれは演技だったってことか……」


「それにしても」


 フォースシンボルはそう言うと何かに失望したかのような顔をしながらさらに言葉を紡いでいく。


「お前たち人間は本当に脆い。神器だかなんだか知らんが、所詮は武器に頼っているだけ。そのちからがあったところでベースは脆弱な人間だ。我々皇獣のような強靭な肉体も、魔人のような再生能力もない。いわゆる最底辺の生物だ」


「……だが、そんな人間をお前たちは喰らって養分としている。人間がいないとお前たちも生きられないはずだ」


「それは思い違いというやつだな」


「思い違い?」


 悠長に会話を続けているが、俺の服はすでに真っ赤に染まり、徐々に視界がぼやけ始めていた。妃愛とミストが遠くで何かを叫んでいるようだが、その声を聞く余裕はない。

 今はフォースシンボルとの会話に現神経を集中させていた。


「下級の皇獣ならばそういったこともあるだろうが、俺レベルになると人間をリソースにする必要はなくなる。むしろ無駄な食事だ。我々五皇柱は『あの方』の恩恵を直に受けられる。それさえあれば十分だ」


「あの方、だと?」


「……少々お喋りが過ぎたな。お前は時期に死ぬ。今の会話は精々冥土の土産だと思っておけ」


「………冥土の土産、ね」


 俺はフォースシンボルの言葉にそう呟くと、両手をだらりと地面へ向けて垂らし目を閉じる。それを見ていたフォースシンボルは勢いよく俺の体から腕を引き抜き、血を拭い払うとくるりと背を向けて一部始終を見ていたマルクに向き直っていった。


「さて、次はお前の番だ、帝人。見たところその武器は実体を持つ相手にのみ効果を示すようだが、俺はこの体になった今でも非実体化することができる。その状況を前にまだ勝利を夢見ているのか?」


「……お前は二つ間違えている」


「何?」


 マルクの額には大粒の汗が滲んでいた。

 それもそのはず。今、マルクの目の前に立っているフォースシンボルの携えている気配はあまりにも大きすぎる。サードシンボルでさえ普通の人間であれば気配に当てられただけで気絶するレベルの気配をにじませていた。

 だがフォースシンボルはそんなサードシンボルの気配を大きく凌駕している。加えて先ほどとは違い濃密な殺気を身にまとって顕現している。こうなるといくら帝人であるマルクであってもその気配に圧倒されてしまうのだろう。

 だがそれでもマルクは強気な態度を崩さなかった。

 それはまるで一国の王が高らかに声を上げるかのように。


「一つはザンギーラの能力についてだ。何もこの剣は非実体化している存在を切れないわけではない。お前がそう思っているだけだ」


「ほう。ではやってみるといい。仮にこの俺の体に傷をつけられたとしても、その直後にお前の体は消し飛んでいる」


 今、新たに出現したフォースシンボルの体は言ってみれば鍛えられた格闘家のような体をしていた。漆黒の体に分厚い筋肉をまとい、四肢の至る所から鋭いツノのようなものが無数に突き出している。加えてその背中には奇妙にうごめく翼のような腕があり、常に形を変えながらうごめいていた。


「……それは事実だろう。いくら俺といえど、化け物とサシで戦うのは無理がある。それは俺が一番理解しているつもりだ」


「随分と殊勝なことだ。地中にいながら絶えず人間を観察していたが、その中でもお前は特別らしい。戦闘力ではなく、その器がな」


「化け物に褒められても嬉しくはないが、そんなお前を殺せる存在がいることに気づいていないようでは、お前はまだまだだ」


「なに?」


「この場にいる人間を数えてみろ。我が姫は俺の攻撃をまだ引きずっているせいで戦闘は不可能。金髪の少女はあまりにも貧弱すぎて戦力とはならない。となれば、残る選択肢など一つだろう」


「…………。はっ、ま、まさか!」


 その言葉が放たれた瞬間。

 フォースシンボルの周りに金色の風が吹いた。そして周囲の音が消えたその後、今度は俺の腕がフォースシンボルの体を貫いていた。


「お、お前! なぜ、生きている!? あの傷は間違いなく致命傷なはずだ!」


「生憎と体のつくりが違うんでね。ただ、お前の攻撃は結構効いたぜ。端的に言うと痛かった。体を両断されたり腕を吹き飛ばされたり、今まで散々怪我してきたけど、その中でもお前の攻撃はかなり痛かったよ」


 そう言い放った俺はそのまま気配殺しをフォースシンボルの体に流し込んでいく。それに気がついたフォースシンボルはすかさず俺の腕を引き抜こうとするが、そうは問屋がおろさない。


「ぐっ!」


「遅えよ」


 直後、フォースシンボルの体は水色の煙に飲まれる形で消滅した。今度は先ほどとは違い手応えがあった。確実にダメージは通っているはずだ。

 だが、死んではいない。その確信がある。

 俺が気配殺しを発動する直前、フォースシンボルは実体化と非実体化を同時に発動させ、俺の攻撃を分散させたのだ。

 気配殺しは再生不可能な傷を気配に刻み込む技だが、標的が二つに別れてしまったとなれば、その破壊に時間がかかってしまう。その一瞬の隙をついてフォースシンボルは俺の攻撃から抜け出したのだ。


「……ふう。あー、服汚れちまったな」


「……お前の力を信じていたとはいえ、あの傷を受けてなお立っているとはな。さすがの俺も驚いたぞ」


「さっきも言ったけど俺の体は普通じゃないんだよ。まあ、痛みは感じるし血は出るから、極力今みたいな状況は避けたいけどな」


 俺はマルクにそう返すと、汚れてしまった服も元に戻し、体全体に気配を満たしていった。

 フォースシンボルはまだ死んではいない。とはいえ再生に時間がかかっている。あと数十秒もすれば完全に再生するだろうが、気配殺しという特殊な攻撃を食らった以上そう簡単に回復することはできないようだ。

 その間に俺はマルクとこの後の動きを確認していく。


「で、お前はフォースシンボルを倒す算段はついてるのかよ?」


「無論だ。むしろここまでは計算通りというやつだ。フォースシンボルの真の力は、俺の予想をはるかに超える強さだったが、当初のプランから変更はない」


「具体的には?」


「やつの心臓。それを狙う」


「心臓?」


「他の五皇柱とは違い、フォースシンボルの体はある意味特殊な造りをしている。その核になっているのが心臓だ。心臓を取り除くことができれば皇獣としての力も数段落ちるだろう」


「へー。さっきから思ってたけど、なんでお前はフォースシンボルについてそんなに詳しいんだ? まるで初めて戦うみたいには思えないぞ?」


 俺は特に深い意味はなくその言葉を発した。

 だがそれによってマルクの表情が一変する。

 怒りに打ち震えるようなその顔にさらに力が入り、奥歯からギシギシとはが擦れる音が響いてきた。

 そしてマルクは絞り出すような声でこう呟いていく。

 それは効いた俺はすぐにはその言葉を理解することができなかった。




「……あのフォースシンボルは前回の対戦から生きながらえている皇獣だ。そしてその皇獣と戦ったのが、俺と我が姫の師匠なのだ」











「はあ、はあ、はあ、はあ……!」


 走っていた。

 何に焦っているのかなど一目瞭然だ。

 お兄ちゃんが私を頼ってくれている。その事実が私の体を無理やり動かしていた。

 そのプレッシャーはあまりにも重かった。少なくとも女子中学生が背負っていいものではないと思う。

 私から鍛えて欲しいと頼み込んで今に至るわけだが、改めて感じる実戦の空気は私の体を予想以上に強張らせていた。

 それによって私の体は汗と涙で濡れており、吹き抜ける風が体を冷やしていく。


「で、でも! 絶対にやりきってみせる!」


 フォースシンボルの腕がお兄ちゃんの体を貫いた時は、どうなるかと思ったがすぐに回復して見せたお兄ちゃんを見た瞬間、私は再び現実へと引き戻された。

 私が遂行すべきミッションは大きく分けて二つ。

 一つはこの場所の隠蔽。

 お兄ちゃんが教えてくれた隠蔽術式を広範囲に展開する。そうすることで自衛隊の侵入を阻み、余計な被害者を出さずに済むという算段だ。

 そしてもう一つ。

 これが非常に難しいミッションだった。


『ミストさんが殺される?』


『ああ。おそらくフォーシンボルと戦っている最中にマルクはミストを狙うはずだ。戒錠の時計をミストが持っている以上、それを狙っているマルクが最もミストに近づける瞬間、それがこの戦いになる』


『も、もしかして、それを私が阻止するの?』


『無茶なお願いをしていることは俺もわかってる。でも今の妃愛は強くなった。かつてのお前はもういない。そうだろう?』


『……う、うん』


『大丈夫、きっとできるさ。それに俺もその場にいる。いつでも頼ってくれていいから』


『そ、それって、結局お兄ちゃんが解決しちゃうんじゃ……』


『うーん、それはその時になってみないとわからないけど、ちょっと嫌な予感がするんだ』


『嫌な予感?』


『……俺も妃愛も、それどころか誰にも想像できないことが起きそうな気がするんだよ』


 そんな会話が私とお兄ちゃんの間で交わされていた。

 つまり私はミストさんを守りながら隠蔽術式を展開しなくてはいけないというわけである。

 ミストさんの状態を考えると一緒に移動することは不可能だ。であれば手早く隠蔽術式を展開して、ミストさんを守ることに専念しなければならない。

 だからこそ私は走っていた。

 広範囲の隠蔽術式を発動するには術隙を固定する小さな魔術を複数設置しなければいけない。お兄ちゃんのような膨大な魔力がある場合ならともかく、今の私では最低五つ魔術を展開しなければ隠蔽術式を発動することができなかった。

 現状、四つの魔術はすでに設置されており残る一つの設置を私は急いでいた。

 だが急いでいる時に限って手元が狂ってしまう。設置するポイントに向かって走りながら魔術を組み立てているのだが、うまく構築できない。


 くっ!

 も、もう一回! もう一回やればきっと……。


 だがそんな私の意思に反するようバチンという音とともに集めた魔力が霧散してしまう。それでも諦めずに何度も何度も挑戦するがなぜか失敗してしまった。


「もう! なんでこんな時に失敗するの!? 落ち着け私、落ち着け私!」


 そう言いながらも走りながら魔術構築を続けている私だったのだが、そこで背中を舐められるような悪寒とさっきが体を貫いてきた。


「ッ!?」


 反射的に視線が上がる。

 そこにはお兄ちゃんの気配とフォースシンボルの気配が天高く立ち上っていた。そして気がついた時には地面がえぐれ飛ぶような衝撃が空間全体に伝わってくる。


 ……こ、こんな状況じゃ、お兄ちゃんを頼ることなんてできないよね。

 ……私が頑張らなきゃ。


 そう思った私は自分の頬を両手で思いっきり引っ叩いて気持ちをリセットさせる。そして少しだけ軽くなった足を動かしながら目的地に向かって走っていくのだった。


 だがこの時。

 私は。


 いや、正確には私とお兄ちゃんは大きな誤算をしていた。

 どうしてフォースシンボルの出現場所が判明していたのか。

 どうしてマルク王はフォースシンボルについて詳しかったのか。


 そしてどうして一緒にフォースシンボルを倒すように協力を持ちかけてきたのか。


 それをこの時深く考えるべきだったのだ。




 そしてそれをしなかったことによって私とお兄ちゃんは後悔することとなる。

 やはり後悔は先に立たないのだ。


次回は4月18日21時に更新します。

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