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第百五話 vs第四の柱、四

今日から毎週日曜日21時更新で投稿を再開します。

「マルク! どうにかしてこの一帯に隠蔽術式をかけろ! このままじゃ余計な犠牲者が出るぞ!」


「……なぜ、この俺がそんなことをする必要がある? 貴様のような下民の意見など聞く価値もない」


「ちっ!」


 ダメ元で頼んでみたがやはりだめだったか……。


 今の俺は戦闘中だ。いくら神妃の力を解放していても、周囲の状況に注意を割きながら戦えるほどの余裕はない。仮に神妃化の出力を上げたとしても、今の戦況を大きく変えることのできるほど結果は期待できないだろう。

 だからこそ、隠蔽術式のスペシャリストであるマルクに頼んだのだが……。


 腐っても王ってことか……。俺の意見なんて聞く気すらない。

 となると、こいつらを守る手段は……。


 俺の目の前に展開されている光景、それは次々にやってくる多数のヘリコプターがフォースシンボルを取り囲んでいるものだった。まだ迎撃のようなものは始まっていないが、それも時間の問題だろう。

 百メートル級の化け物が突如として姿を現したのだ。それは神秘に触れていない人間からすれば、あまりにも奇妙かつ奇怪な状況だ。どんな攻撃が通用するのか、どのような被害が出るのか、そんなことを無意識のうちに考えてしまうだろう。

 だがその答えは出ない。

 出ないがゆえに、無茶をする。

 今のフォースシンボルは俺が神妃化しても押されるような相手だ。それをただの近代兵器レベルでどうにかできるわけがない。

 しかしそれを理解できない自衛隊のヘリはその進行をやめなかった。


「くそ……。このままじゃ、戦いの巻き添えをくうどころか、あいつら自体が殺されてしまう……」


 と、その時。


「……さすがに、この状況は看過できませんね」


「ミスト!?」


「ミストさん!?」


「我が姫……。何をする気だ?」


 そう言って動き出したのは、今も顔色が悪い魔人ミストだった。ミストはふらつく体を動かしながらはるか上空まで飛び上がり、視認できないほど細い糸を周囲にバラまいていく。


「……マルク。あなたはまるで変わっていませんね。この真話対戦という戦いは、あくまでも私たち異端者が行うもの。そこに一般人を巻き込むことは本来許されないのですよ。それとも、それすらわからなくなってしまったのですか?」


「はっ! 何を言い出すかと思えば。ぬるま湯に浸りすぎたようだな、我が姫! そのような綺麗事が通用する甘い世界でないことぐらい火を見るよりも明らかだ。それに人間を散々喰らってきたお前が今となって自分の行いを悔い改めたいと、そう言い出すのか?」


「やっぱり、あなたはバカですね。私は自分の行動に責任を持って行動しています。その責任を背負えなかったのは人生でただ『一度』だけ。私が喰らった人間は私に喰われることを望んでいた。それとこれとは話が違います」


 ミストはマルクの言葉に力強くそう返すと、自身の手から放たれている糸を全ての自衛隊のヘリに巻きつけていく。

 そして次の瞬間。


「……魔の境地。白き糸は、跳躍を持って空間を紐づける。……飛びなさい!」


 ミストの体から漏れ出た魔力が一気に膨れ上がると、フォースシンボルの周りに群がっていた自衛隊のヘリが一瞬にして姿を消した。その気配を辿ろうとした俺だったが、それよりも前にミストが言葉を紡いでくる。


「……少し離れた場所に移動させました。動きも拘束した状態で移動させたので、この場に戻ってくることはできないでしょう……」


「そ、そうか……。悪い、助かった……」


「いえ……。それよりも、急いだ方がいいでしょう」


「え?」


「現状、この場にいた自衛隊は私が移動させました。ですが、すでに日本政府はフォースシンボルの存在に気がついています。こうなってくると、この場に余計な戦力が集まってくるのは時間の問題です。早めに決着をつけることをおすすめします」


「……そうだな。だったら……」


 ミストの言っていることはその通りだろう。

 このままダラダラ戦い続けていたら、それこそ被害が広がるだけでなく、多くの注目を集めてしまうことになる。

 となればそれに関しても手を打つ必要がある。


「妃愛! 聞こえてるか!」


「え!? う、うん! 聞こえてるよ!」


「前に教えた『あれ』をやってくれ! 今のお前ならできるはずだ!」


「っ! ……う、うん。やってみる……」


 月見里一家との戦いから妃愛は自分の持つ力に気がついた。それから俺の指導を受けながら愚直にトレーニングしてきたのだ。その妃愛を見てきたからこそ、この瞬間を妃愛に任せようと思ったのだ。

 妃愛は俺の言葉に頷きを返すとすぐさま準備に取り掛かった。対するミストは先ほどよりもさらに顔色を悪くして妃愛の隣に降り立つが、急に体の力が抜けたのか、そのまま倒れ伏してしまった。


 ちっ。さすがにミストは限界だ。

 幸いフォースシンボルは自衛隊の連中に気をとられて、こちらの動きには気づいていないが、それでも状況は何一つ好転していない。

 となるとやはり……。


 俺はゆっくりと立ち上がると、俺たちを遠目から見ていたマルクの隣に転移した。そして視線すら向けずにただ言葉だけを発していく。


「……そろそろ戦いを進めるぞ。お前のその剣なら可能なはずだ。皇獣とはいえ、その体には血が流れている。いくら大きな体を持ち、体についた傷すらやり直すことで回復しようとも、ザンギーラの力なら一度切り込むだけで倒せるはずだ」


「ほう? 坊主、この剣の力に詳しいようだな。誰から聞いた?」


「……質問に答える気はない。仮にお前の剣でフォースシンボルを追い詰められたとしても、どうせそこからが本番だ。でなけりゃ、お前が俺たちを頼る理由がない」


「……。いいだろう、その提案、受けてやる。いい加減、この状況に飽き飽きしていたところだ。だが、後悔するかもしれんぞ?」


「なに?」


 そこでマルクは一度言葉を切った。

 そしてこう続けてくる。




「……フォースシンボルの真の力。それが表に出た時、何が起きるのか。それをお前は知らんだろう?」




「え?」


 その瞬間、マルクの姿は消えていた。

 気がついた時にはすでにマルクはフォースシンボルに肉薄していたのだ。


 あ、あの野郎……。提案に乗るとか言っておいて、俺を置いていきやがった……。どこまでも自己中な野郎だぜ。


 とはいえ、このまま惚けていても仕方がないので、そのまま俺もマルクの後を追いかけていく。

 そして俺がマルクに追いついた直後、マルクは手に持っていたザンギーラを振りかぶってそのまま振り下ろしていった。

 だがその剣はフォースシンボルの体には当たっていない。一見すれば攻撃を外したかのように見えしまうかもしれないが、俺には見えていた。


 ザンギーラがフォースシンボルの体を切り裂いた瞬間が。


 直後、全ての傷を回復させ万全な状態で立っていたフォースシンボルの体が大きくぶれた。そしてそのまま地面へ向かって倒れていく。


「ギュア!?」


「……」


「す、すげえ……」


 フォースシンボル自身、自分の身に何が起きているのか全く理解できていないようだった。まさか空を切ったザンギーラの斬撃が自分の体に届いているとは思ってもいないだろう。

 そして同時に俺も驚愕していた。

 俺が知っているザンギーラはここまでの力を持ってはいなかった。あの剣はサシリという血神祖が手にすることで初めて力を発揮する武器であり、血の力と呼ばれる吸血鬼特有の力と合わせて使うものだととらえていたのだ。

 だが、神宝として顕現したザンギーラはどうだろうか。

 たった一度剣を振り抜いただけでフォースシンボルを斬り伏せてしまった。

 フォースシンボルの体はそのまま真っ二つに切り裂かれ、黒く澱んだ液体を噴出させながら地面へ倒れていった。


「……何を驚いている? お前がやれと言ったから斬ったのだ。惚けている場合ではないぞ」


「あ、ああ……」


「それにしても妙だな」


「何がだ?」


 マルクはザンギーラを軽く振り払うと倒れ伏したフォースシンボルを見ながらこんなことを呟いてきた。


「あまりにも手応えがなさすぎる。フォースシンボルが力を隠しているとはいえ、今の攻撃ならば少しくらいは手応えがあるかと思っていたのだが、どうやら事態は俺が認識している以上に深刻らしい」


「なに?」


「まあ、見ていればわかる」


 それっきりマルクは喋らなくなってしまった。

 マルクの言っている意味が理解できなかった俺は倒れているフォースシンボルにゆっくりと近づこうとする。だがそれを遠くから見守っていたミストの声が止めてくる。


「止まりなさい!」


「ッ!?」


 瞬間、マルクとミストの言葉の意味が理解できてしまった。

 俺やマルクが立っている地点より数メートル前方。そこには得体の知れない瘴気のようなものが立ち込めていた。そしてそれは地面に生えていた木々を腐らせ、あろうことか次元境界さえも焦がし始めていたのだ。


「な、なんだこれは……!? こ、これがお前の言っていた真の力なのか?」


「そんなところだ。やつの体は全てこの禍々しい瘴気によって構成されている。それはやつが地中に埋まっている時から観測できていたものだ。そしてその瘴気こそがやつの体であり、それを自由自在に操ることができる」


「ってことはつまり……」


 その言葉につられてフォースシンボルの体に俺は視線を移していく。するとそこにはさっきまであったはずのフォースシンボルの体が消え失せており、代わりにあまりにも濃密な瘴気が充満した空間が姿を現していた。


「あの瘴気は触れたものを溶かすだけでは飽き足らず、空間さえも食い破る力を持つ。ザンギーラは標的の血液成分を極限まで分解して攻撃する武器だが、今のやつには効果がない。……これでわかっただろう。俺がお前のような凡人に協力を持ちかけた理由が」


「…………」


 確かに、これは厄介と言わざるを得ない。

 どんな傷でも再生して、どんな攻撃を受けても復活する敵は今まで何度も戦ってきた。

 だがその実体を変化させ、あろうことか物理攻撃すら受け付けない状態に変化するやつと戦うのはさすがの俺も初めてだ。

 加えて俺が散々気を遣っている次元境界にすらダメージを与えてしまうような力まで持っているとなると、マルクが苦戦する理由も頷ける。


 とはいえ。

 それが普通の人間の思考だろう。

 聞けばザンギーラの能力は対人戦特攻のような武器のようだ。

 そしてマルクは魔神ではなく普通の人間。神宝によって驚異的な身体能力を身につけているが、言ってしまえばそれだけだ。

 そう心の中で結論づけた俺は瘴気が立ち込める空間に向かってあえて足を踏み出していった。


「……今の話を聞いてなお無策で戦うつもりとは。まさか筋金入りのバカだったか?」


「策ならある。というか、簡単なことだ。確かに実態は掴みづらくなったし、次元境界すら焼き焦がしてしまう瘴気は危険だが、俺には通用しない」


「ほう? どういう意味だ」


「今、みせてやる。そこでおとなしく見てな」


 俺はマルクにそう返すと、瘴気の中にまっすぐ右腕を突っ込んでいった。それによりわずかに痛みが走るが、構わず俺は力を流し込んでいく。右腕から出たそれは瘴気が取り包む空間を水色の煙で満たしていき、次第に瘴気を消滅させていった。


「…………概念的に消滅させているのか」


「ご明察。武器の力に頼っているお前じゃ一生到達できないだろうけどな。まあこういう相手のほうがある意味戦いやすい。言ってしまえばサードシンボルの方がフォースシンボルより強かった……」


 と、俺は自ら作り出した気配殺しの力を眺めながらそう呟いていたのだが、そこでおかしなことに気がついた。


 ……ん?

 なんだ、この感覚……。

 手応えがない?

 気配殺しは間違いなく発動してるし、瘴気はすでにその大半が消滅している。

 でもフォースシンボルの気配がまだ残ってる……。

 どういうことだ?


 と思った矢先。

 その答えを今まで以上に真剣な顔をしたマルクが話してきた。


「だから言っただろう。手応えがないと。確かにやつの瘴気はお前が消したかもしれない。だがそれで終わるようならやつはフォースシンボルなどという仰々しい名前は与えられていないはずだ」


「だったらどうして……」


「おそらく、ここからなのだろう。戦いは」


「え?」


 と、俺が首を傾げた瞬間。

 マルクの目が大きく見開かれた。そしてらしくない大きな声が飛び出してくる。


「避けろ!」


「は?」


 だが。

 その言葉の意味を理解した時にはもの遅かった。

 痛みが走るより先に、俺は俺の体から奇妙なものが突き出している光景に目を疑った。

 そして俺が理解するのを待っていたかのように赤い血が噴き出してくる。


 端的に言えば。




「余所見とはいい度胸だな、人間」




 フォースシンボルの気配を持つ人型の何者かが俺の背後に移動し、そいつの腕が俺の体を貫通していたのだ。

 口から血が溢れでるのを知覚しながら、俺は心の中で結論づける。




 こいつ……。

 あの馬鹿でかい体と瘴気を使って自分の本体をカモフラージュしてやがったのか!




 一度は終わったかのように見えたフォースシンボルとの戦いは、これからさらに激化していくのだった。


次回は4月11日の日曜日に投稿します。

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