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少女の夢

作者: 遠野夏妃

部誌に投稿したものです。



 夢を見ていた。

 それは不思議な夢だった。

 私の容姿はなぜか、幼かった頃の少女のそれで、目の前には頂上が見えない気が遠くなるくらい長い坂があった。

 坂の周りには森が広がっていて、私はなぜかその坂を登ろうという気持ちになった。

 後ろを振り返ろうと思えば振り返れたのだと思う。けれど、そうしなかったのは、私にとっての始まりはこの場所なんだという気持ちがあったから。

 坂の上へと向かって一歩を踏み出す。踏み出した私の足は、まるでそうすることが当然なのだと言わんばかりに次の一歩を踏み出していた。

 ただ坂を登っていく。目的もなく。いいえ、坂を登ることこそが目的だったのかもしれない。

 坂を登っていくに連れて、変化が訪れた。

 私の身体は一歩一歩進んでいくにつれて、少女の姿から成長していく。そして、なぜだか坂の頂上が近くにあるような、そんな感覚を抱いたり、抱かなかったりした。

 私は自分の姿が成長していく度に、かつての記憶を思い出す。

 幼かった少女の頃、私の世界がまだ小さく、光り輝いていた頃を思い出す。純真で、真っ白だった私。あの頃の私は、まだ何色にも染まっていなかった。

 小学校の頃。私の世界は友達や、それ以外の周りの子供たちによって少し広がった。今までよりも多くの人と触れ合うことで、私の色は少しずつ染まっていく。

 中学校の頃。私は本を読むようになった。そのことで、私の世界は大きく広がったけれど、広がり方は歪だった。人と関わることが少なくなった。私の色は変わっていく。

 高校の頃。私の世界は大きく変わり、広がるべき方向を固定されたように思う。周りの同性、女の子たちは次第に自分をよく見せる術を学びだし、その唐突な変化に私は付いていけなかった。男の子たちは、そんな女の子に興味を惹かれ自分の色を変えようとしていた。

 私はあの時、みんなと同じ色に染まるべきだったのだろうか? 今となっては分かり切ってしまった問いが、頭の中に浮かんでくる。

 あの時、私を変えた男の子がいた。私は最初、彼もみんなと同じ色をしていると思っていたけれど、それは少し違っていた。

 彼は私に興味を示し、私の色を変えようとした。当時、私の世界はまだ狭く、私の色は薄かった。故に、彼は私の色を簡単に変えてしまった。これで同じになれたと、私は訳もなく安堵した記憶がある。

 その色は、みんなの色とは違っていたのだけれど。


 目が覚める。

 布団から身体を起こし、私はぼんやりと窓の外を眺める。窓から差し込む日差しは、容赦なく私の肢体を照らす。

 大きく伸びをして、窓を開き、その縁に腰かける。

 変な夢を見た。あの少年のことを思い出したのは久しぶりだった。そこで、私は彼がもう少年という形になってしまったことに気づき、自嘲する。

 彼に染められた色は、まだ酷く私を汚しているというのに。

 その証の一つが目の前にあった。男に染められた証。私は、その箱から一本のモノを取り出した。

 同じく近くにあったライターを拾い上げ、火を灯す。火をつけるときに、少し息を吸う。それが、上手く火を灯すコツだ、なんてあの少年は自慢気に口にしていた。

 コツだなんて大それたものじゃなく、これを吸う人間はみんなそうするのだと知ったのはいつだっただろうか。

 口に広がる味を確かめ、ゆっくりと紫煙を吐き出す。

 馬鹿な女だな、なんて確かめるまでもないことを思う。

 あんな少年、相手にしなければよかった。彼よりも大人びて、素敵な子は、探せばいくらでもいたのだろうに。

 窓の外を見る。いつもと変わらぬ坂道がそこには続いていた。見慣れたその道を見ながら、今朝の夢を思う。

 私は道を引き返せない。このまま、登っていくしかないのだと。頂上はもうすぐで、それより先は下り坂なのだと。

 そして、今の自分を思う。もっと賢い生き方があった。望むなら今からだって、私の世界はいつだったその形を変え、私の色は私次第で如何様にでもその色を変えることができる。

 でも、もう遅い。そう思ってしまうほどに、私は汚れていた。

 紫煙を吐き出すそれを消す。

 夢は終わりを告げ、私は今日も汚れるために坂道を登っていく。


「それじゃ、今日もがんばりますか」


 ただ意味もなく私は坂道の終わりを目指す。

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