<4>
魔本騒動が起きた三日後にイヴンは目を覚ました。
目を開くとそこは自分の部屋であることがわかり、ゆっくりと体を起こしてみた。
特に体はどこも痛くない。
自分はどうして部屋のベッドで寝ているのか、ボーっとした頭で考えていると、変な違和感を感じて右目をこすった。
「変わらない・・・。
視界が狭い」
なんでだ?なんでだろう?
イヴンの脳が覚醒する前に、部屋の扉が開かれた。
『お前は右目だけ失明したんだ。
紅の魔本によってな』
部屋の中に入ってきたのは、アダムだった。
彼を目にしたとたん眠っていた脳が動き出し、イヴンは三日前のことを思い出した。
「師匠!
い、今一体どういうことになってるの!
魔本は!?姫様は!悪魔達は!?
魔本で右目が見えないって!?俺はどのくらい寝てた!?」
勢いよくベッドから飛び降りて、アダムに突っかかった。
すると、服を掴んでいる手を軽く叩かれた。
『まぁ、とりあえず落ち着け。
これじゃあ説明できないだろう』
そういいながら、イヴンをベッドに座らせて自身は椅子をひっぱってきて近くに座る。
『まずはだな…』
「ちょっとまって」
イヴンは不思議な顔をしながらアダムの言葉をさえぎった。
「師匠。
なんでさっきから口で喋らないんだよ。
魔法で俺の頭に直に話しかけてるだろ?
言葉…どうしたの」
『そのことも含めて全部説明する。だが、これだけは言っておく。
こうなったのはお前のせいじゃないからな。
責任感じるなよ?』
遡ること三日前―
イヴンが紅の魔本を手にして倒れてから、シスはイヴンを殺して魔本を手に入れるために動こうとしたが、これ以上の損害を出さないために碧の魔本だけを手中に収め、部下の悪魔達を連れて引き上げた。
アダムも、当主とシスのタッグはさすがに辛いものがあり、深追いできなかった。
そして、城の混乱が収まった翌日、病床に伏せていたセオドル王が目を覚まし、自室にアダムを呼び出した。
ベッドの脇に座り、朱と金の装飾を施した上着を肩に羽織って険しい顔をしている王。
「アダム。
お前がいたのにどうしてこのような騒ぎになった?」
「申し訳ございません。
私の力不足です。
テオティ様は必ず魔本から解放致しますし、碧の魔本も取り返します。責任は全て私がとります」
アダムは、いつもの自信満々な態度ではなく、深々と頭を下げて顔を強張らせている。
「当たり前だ。
テオティは必ず魔本から解放しろ。
しかし、責任をとるのはお前じゃない。
イヴン=シャリオンの処刑で騒ぎを収める」
「「なにをっ!!」」
王の発言に驚きを隠せずに、アダムと王の護衛官であるミラが同じ言葉を発した。
これに王は、ムッとした表情で二人を見据えた。
「二人そろって何だ。
あやつを生かしておく理由がないだろう?
ガーディアンのくせに姫を守れず、魔本まで手にしてしまった。
…魔法貴族は悪魔に加担する!そんな奴を生かしておくわけにはいかない」
理由は最もかもしれないが、アダムは納得しなかった。
「魔本の封印は、一人が両方の魔本を手に入れないと行えません。
イヴンに封印をさせるべきです。弟子は十分戦えます。
ガーディアン以上に力を持つものはノーザンにいません」
「だめだ。
信用できない男に娘の命は預けられない。
それに、魔本封印にはアダム、お前が行けばいい。
お前なら安心だし、『アダム=シーナー』の名も更に世に広めるいい機会だ」
王は機嫌よく自分の意見を述べていたが、アダムがここでキレた。
低い声で抗議し始めたのだ。
「王。申し訳ございませんが、私は、弟子を見殺しにしてのうのうと生きていけるほど神経は腐っておりません。
イヴンの代わりに私を処刑してください」
この発言に王が血相を変え叫ぶ。
「そのようなことはできん!
今、お前を失えばどれだけの損害が出るか…。
お前を処刑すれば民衆からも反感をかってしまう。
罰するべきは魔法貴族だ!」
アダムはその言葉を聞くと、顔を上げ冷たい視線で王をとらえた。
「イヴンを殺すおつもりなら、私は…あなたを裏切りましょう。
もう十分力は蓄えた」
そう言い放ち王に背を向けて部屋を出ようとする。
「待て!お前血迷ったか!!
今までどれほどお前に金や時間を費やしてきたことか。
恩を忘れるなんて!」
ベッドから勢いよく立ち上がり、アダムを引きとめようとする王だったが、逆効果だったようだ。
「…恩?
誰もこんな力を身につけたいとは願っておりません」
振り返りもせずに言い切った。
王を、ノーザンを裏切ろうとしているアダムを引き止めたのは傍観していたミラだった。
「シーナーさんしばしお待ちを。
…王。
魔法貴族を一度、魔本封印の旅に出させてみてはいかがでしょう。
テオティ様直属の部隊を同行させて、裏切られた時の対処をできるようにしておけばいいのではないでしょうか?
ガーディアンといえど、一人であの部隊を相手にするのは困難です。
万が一裏切れば、魔法貴族をそのまま片付ければいいでしょう。
裏切らずして命を落としてしまったとしても、その時は王の仰せのとおりシーナーさんに行っていただけばよいですし、何事も起きずに封印が成功すればそれが一番いい形です」
いかがでしょう?と目で訴えるミラ。
「いや。しかし…。
テオティとあんな輩が一緒に旅をするのが…。
テオティは特別可愛いから、何かされるかもしれん…うー。やっぱりいかん!絶対いかん!」
正直なところ、テオティとイヴンを一緒にさせるのが嫌なようだ。
そして、かなりの親ばかだ。
そんな王をみて、ミラはうつむいて左右に首を振り、軽く一括した。
「王。
今はそんなことを気にしている時ではないでしょう!」
びくっと震える王は、ミラが苦手だと見える。
「…わかったから怒るな。
お前はアースに似すぎて迫力がありすぎる。
だが、お前の提案をそのまま鵜呑みにするわけにはいかぬ。
アダムがイヴン=シャリオンとやらの反逆に加担するかもしれぬことを視野に入れ、王家の呪いをかけておくことにする」
「…仰せのままに」
「アダムは、どうだ」
話を振ってきた王に、先ほどとは打って変わって、アダムはにこやかな笑顔で返した。
本気で国を裏切ろうとは思っていなかったようだ。
…おそらく。
「ミラさんの提案に乗りましょう。
イヴンは絶対に人間を裏切らないとわかっていますから。
姫様のことも自分の命に代えても守ると思います。
…それで、王家のどの呪いをかけられるのですか?」
『王家の呪い』はその名のとおり、王族にだけ使える特別な呪いで、王族以外何人も解くことはできない。
今回かけられる呪いの内容を細かく教えてくれたのは、王からの指示を受けたミラだった。
「シーナーさんは、シャリオンさんが旅をしている間中、関わってはいけないことになりますので、まず呪文を紡いで発動する大きな魔法を使えないように声を封印させていただきます。
離れていても魔法で手助けできてしまいますからね。
そして、ここ首都セオドルからも出られないようにします。
…この街があなたの牢獄ですね。
本当に城の牢獄に入れてしまえば、民衆の混乱を招きますから」
なるほど、とアダムが納得すると王が忌々しそうな顔で玉座で頬杖をついていた。
「アダム。
この呪いはイヴン=シャリオンが無事に事を終わらせたら解いてやろう。
しかし、裏切るようなことがあれば…弟子共々、お前は死刑だ。
このことは、イヴン=シャリオンにも伝えておけ。
師匠が人質となれば裏切る可能性も減るだろう」
「それはどうでしょうね…」
この返事は、裏切らないと断固していた先ほどの言葉と矛盾している。
アダムは悲しいようなそれでいて微かに笑っているような、複雑な表情をしていた。
そして、今も。
『すまない。
こんな大事に巻き込んだ挙句、俺は手助けができない』
王の部屋での出来事をすべて話し終わったアダムはイヴンに謝罪した。
しかし、イヴンは自分を死刑から救ってくれたアダムに謝られる道理を感じず、逆に感謝の念と罪悪感を抱いていた。
「謝らなきゃいけないのは俺の方だ…。
師匠は俺の力不足のせいで呪いを受けたんじゃないか!
姫様が魔本に入ってしまったのだってそうだ。全然師匠のせいじゃない」
『いやいや。ほとんど俺のせいだ。
俺が付いていながらの事態だからな。
…あーいや、別にお前に実力がないというわけじゃないからな?
まだ実践がたりなかったし、相手が相手だったからさ。
あんな強い人型悪魔、滅多に遭遇しないぞ…ちくしょうが』
アダムが軽く舌打ちしていると、部屋にもう一人(一匹?)入ってきた。
そろそろ~と黒い耳を覗かせる。
「せんせぇ~、イヴンおきたぁ?
メアリも入って平気??」
『おー。おいでおいで。
イヴン起きたから』
手招きしてメアリを部屋に入れてやると、イヴンが起きたことがうれしいらしく、勢いよく部屋の中に入ってきた。
そして、いつものくせでイヴンに抱きつこうと両手を広げて駆けよってくる。
「イヴーン♪」
『こらー!
今のイヴンには抱きついちゃだめだって言っただろ。
抱きつくならせんせいにしなさい!』
ちゃっかり自分に抱きつくように指示したアダムだが、メアリがイヴンに触れて紅の魔本に入らないよう阻止した。
イヴンに抱きつけなくて、アダムの上着の裾をひっぱりながらいじけるメアリ。
その光景を見て、イヴンは胸が痛んだ。
そして、勢いよくベッドから立ち上がり声を張り上げた。
「師匠!」
『うぉ!なんだいきなり』
びっくりするだろが!といいながら立ったイヴンを見上げる。
「俺は必ず魔本から姫様を解放して、両方の魔本を封印させる。
どんなに辛い旅になっても、挫けないし絶対やり遂げるまで死なない!
俺のせいで不幸になる人を見たくないっ。
絶対…絶対に師匠は死なせないし、悪魔は根絶やしだ!」
最後だけ悪の帝王みたいな台詞だったが、こぶしをぎゅっと握って赤い炎を瞳に宿しながら宣言した。
『お前、これまで宣言してきたこと全部やり遂げてきたからな、本当にやれそうだな…ははは』
「『やれそう』じゃなくてやるんだ。明日から!」
『あしたぁ!?』
いきなりのことに驚くアダム。
しかし、イヴンは気にしたふうもなく、早速荷造りにとりかかっていた。
こう!と決めたら、なかなか人の意見を聞かない結構頑固な青年は、翌日本当に旅に出た。
悪魔の城にて―
シスが帰城するとの噂が当主から下等な悪魔たちに広がり、空中に浮かぶ漆黒の城は騒がしくなっていた。
ノーザンの首都セオドルと同等の面積をもつ城を悪魔達がいきかう。
「ルオードが死んだってよ。
だせー」
「あんた、生きて帰ってくると思ってたわけ?
私は100%シス様の足手まといになって死ぬと思ってたからなー」
「まぁ、紅の魔本の使用許可がルオードに降りた時点で死、確定だったろ。
どうせリリックさんが紅の魔本を手に入れるために殺しただろうから」
当主の部屋の前でうんうんと頷きあう3匹の人型悪魔達。
一番初めに話題をふった者は、能天気そうに頭の後ろに手をやってケタケタ笑っている。
二番目は女の悪魔で、肩より少し短めのピンクがっかた白髪のショートヘアー、シスと同じく体にぴったりした黒い服で短パン&長いブーツ姿。
片腕を腰に当ててたたずんでいる。
最後に喋った悪魔はおとなしそうな雰囲気をかもしだしているが、目つきは悪い。
両腕を前で組んで静かにシスの帰りを待っていた。
そして、シスが当主の部屋の前までやってきた。
「「「シス様おかえんなさい」」」
様付けしているのに、三匹とも乗りが実に軽い。
「…あぁ」
部下の軽い乗りに頭にきているわけではないが、実に不愉快そうな返事と形相。
そんなシスに女の悪魔が話しかけた。
「…服。
破れてんの初めて見ました」
まじまじと見つめる。
「だからなんだ。
アフェーラント」
女の悪魔の名前らしい。
服が破れているということは、もろに攻撃を受けたことを証明している。
シスは今まで、服を破いたことがなかったため大いにイライラしていた。
しかし、アフェーラントはシスを罵ろうとは思わなかった。
「いやぁ。
ムキムキしててカッコいいなぁ~って、思ったんすよ☆」
…彼女が本心からそういったことを感じ取った男の悪魔二人は壮大にずっこけた。
「そんなことを口にする場面じゃないと思うんだけどな…」
「いやぁ。俺はシス様にダメだしでもすんのかと思って冷や冷やしたんだけどな~」
「あぁ!?シス様に口だしするわけないだろ。このあほビル…」
と相手の名前を言いきる前にシスに会話を中断させられた。
「いいからお前らどけ。
俺は当主に用がある」
「「「はーい。すんませーん」」」
これまた軽い口調で返事をする三匹だった…。
シスが部屋に入ると、当主が窓際にたっていた。
「ただいま戻りました」
「おかえりシス。
紅の魔本は結局どうなったのかな?
僕はアダムに魔法を使った後の状況がわからないんだ」
シスはとても言いにくそうに、紅をイヴンに取られたことを報告した。
しかし、当主に報告したはずが部屋の隅っこに立っていた悪魔が返答した。
「あいつにとられたのかよ!なんで、あんな出来損ないに!?」
返答してきたのはハザンだった。
そして、今の発言に反応するステフ。
「出来損ないだなんて…」
「あれが出来損ない以外のなんになるんだよ!?姉貴はおかしい!」
「ハザン。
姉さんに対してなんだその態度は。謝れ」
「っ!だって…」
姉のステフの次に兄であるシスにも怒られたハザン。
横に長い耳はたれ、泣きそうな顔をしている。
「謝れハザン」
「う、うるせぇ!兄貴のばか!!」
もう一度シスに言われてハザンは部屋から駆けて出て行った。
そして、廊下であの三匹の悪魔につかまっていた。
「ハザン様またシス様に怒られたんだろ!半泣きだぞ!!」
ケタケタ笑う声。
「うるせー!お前らなんでこんなとこいんだよ!散れ!消えろ!!失せろー!」
そして、ハザンは喚きながらどこかへ行ってしまった。
三匹も「つまんねーの」といいながら解散したようで、廊下は静まり返った。
「やれやれ…で、本題なんだけどさ」
こう話をきり出したのは、当主。
窓に寄りかかっているため、シスからは逆光で表情が良く見えない。
「シス、紅の魔本がイヴンに渡ったのは逆に喜ばしいよ。過酷な旅にでれば、もっと成長するからねあの子は。…楽しみだ。
居なくなっちゃったけど、碧の魔本はハザンに持っていてもらおうと思う。
魔本に奴隷を多く入れれば、この城の中だって多くの人間が行き来することになる。
ハザンは人間を見るだけですぐに殺しちゃうから、その時のために魔本の主になって人間に慣れてほしいんだよね」
どうかな?とシスに意見を聞いてきた。
「…俺が魔本の主になってはいけないのですか?
人間とのやり取りはハザンには厳しいと思います」
弟には本気で厳しいと思ったが、ハザンを魔本から遠ざけたい最もの理由をシスは言わなかった。
しかし、はっきりと目では訴えていた。
『あんたは、最期にハザンを殺す気だ』と。
当主ことアンシャンは、シスの目での訴えを感じ取った上で軽く肩をすくませ、心の中で『シスには気が抜けないな』と思った。
「うん。厳しいだろうねぇ。
悪魔の鏡みたいな子だものね、ハザンは。
でも、これからは慣れていってもらわなきゃ困るんだよ。
悪魔が人間の世界を支配することになっても、人間を皆殺しなんてしていられない。
奴隷にして共存していかなければならないんだよ。
ハザンのためだ」
相変わらず逆光で表情が良く見えないが、口の端が上にあがっているようだ。
シスはアンシャンのこの笑っている顔が大嫌いだった。
尚も反論しようと口を開きかけたが、先にステフがシスに声をかけた。
「シス。アンシャン様の考えは正しいと思うわ。
でも、あなたには何か心配なことがあるのね?」
ステフはアンシャンに依存している。
自分の心配事を打ち明けても、アンシャンが否定してしまえば、彼のほうの意見を信じるだろうとシスは思う。
もし、姉がこちらの言葉を信じたとしても、アンシャンのそばにいる時の笑顔を失わせたくはない。
「…いえ。
姉さんも当主の意見に賛成ならばそれに従います」
ハザンは死なせないが。
と、またもや目で釘をさしておいた。
アンシャンもまた肩をすくめて見せて、話を進めた。
「じゃあ、そういうことで。
でも、ハザンに魔本を渡す前にリガーさんに見ておいてもらってね。
魔本の能力が組み替えられていないか確かめてもらうから。
…よろしくお願いしますね。リガーさん」
話の途中で、闇からスゥっと現れたリガーという人型悪魔。
子供のような容姿をしているが、目つきが悪く雰囲気が冷め切っている。
無言で魔本を受け取り、すぐに姿を消した。
シスも魔本を渡してからすぐに当主の部屋を出た。
部屋に残ったのは、二人。
アンシャンは隣に立っているステフにぽつりと呟く。
「僕は、君の弟達に気に入られていないようだ」
そして、いつもより愉快そうに笑っていた。




