<3>
城内は混乱を極めていた。
下級悪魔を倒しても倒しても湧き出てくるように新たな悪魔が現われ、衛兵たちの方の体力が削られていく一方なのだ。
そんな中、まだ指示を出し続けるミラがいた。
「ミ、ミラ護衛官!」
命からがら逃げてきました!と言わんばかりの状態の一兵がミラに駆け寄ってきた。
その兵士を確認したミラは、悪魔の返り血がついた顔をそちらに向け、剣を鞘にしまった。
「どうだった」
「は、はい。
護衛官の仰ったとおり地下の魔本は奪われておりました!
もう一つ確認いたしました扉の方は、開いてはおりませんでしたが、描かれている魔法陣が少し変化していたのです。
これはどういったことなのでしょう…?」
おどおどしながらたずねる兵士。
「おそらくマーリィン=レジーム様が一度復活したのだろう。
それを、シーナーさんが封印しなおした……おそらく。
あの人なら出来るかもしれない」
「女神がふ、復活したですと!?
それは誠ですか!?
ででででは、人の肉を腐らせるというあの伝説の武器も復活を!?」
「そう怯えるな。
まだ確かなことではないが、シーナーさんの手に渡っているなら心配することはない。
武器を手にしてから、魔本のところへ行ったのかもしれない。
恐れるべきは…魔本だ」
しかし、ミラが言い終わる前に地面が黒く歪み始め、おびただしい数の黒い帯がその場の兵たちの身体にまとわりついてきた。
「これはっ!?」
「う、うわぁぁあ!!な、なんなんなんっ!?」
暴走し始めたイヴン。
魔法は、城全体に影響を及ぼしていた。
「最初から、そのくらい本気できてもらわないとな」
そういいながら、シスとルオードは赤黒い羽で黒い帯を振り払い、歪んだ床に足を取られないよう軽く羽ばたき宙に浮いた。
「お前達さえ…いなければっ!こんなことには…っ!」
少しずつ二人の悪魔に近づくイヴン。
腕に抱えている姫は、不のプレッシャーをもろに受け、さらにぐったりしていた。
まさに、城が悲惨な状況になっている。
そして、イヴンが更に魔法を発動させようと、姫を支えていた左腕を前に掲げようとした時…
黒く異常な状態になっていた床に明るい魔法陣が出現し、そこに現れた。
「イヴン。
ここでそんな魔法を使うな。
城の人たちを巻き込んではいけない」
ルオードはその人物の登場に驚きを隠せなかった。
シスも目を見張る。
「っ!なぜっ!?
シス様が殺したはず!!」
「どうも。
弟子が世話になったようだね」
白い上着をひるがえし、余裕そうに笑っている男。
颯爽と現れたのは、死んだはずのアダムだった。
「せんせっ…!」
我にかえったイヴンは術の発動をやめ、アダムの姿を凝視した。
心底ほっとして、すこし目が潤んでいたかもしれない。
「おぉ、イヴン。
城をこんなにするまで俺が死んだのが悲しかったか!
よしよし☆」
アダムはわざとイヴンの頭をいいこいいこしてきた。
なぜこんなところで、ふざけていられるのか…
悲しがった自分がバカみたいだ。
「ふざけないでくれる!?」
「いやー、重たい空気が好きじゃないんだよね、俺」
そして、アダムはシスのほうへ目を向けた。
「これはまた…手ごわそうなお兄さんだな。
悪魔の中の王族といったところかな?」
しかし、シスは答えない。
ただひたすらアダムの腰についている剣を見つめていた。
イヴンもそれに気づき、本人にたずねる。
「師匠。
その剣…もしかして」
「そうそうマーリィン=レジーム様の双剣の片割れだよ。
ほれっ」
そう言うと、ものすごく貴重な剣をイヴンのほうに放り投げてきたので、慌てて受け取る。
もう片方はどうしたのだろうか。
そしてその時気づいた、姫が立ち直っていることに。
「姫様!もう大丈夫なのですか?」
慌てて支えていた手を離す。
「は…い。
なんだかとても体が楽になりましたので…」
なぜだろうと首をかしげると、アダムが答えてみせた。
「それは、私が来たからですよ、姫様☆」
これには、ルオードが反応した。
「なんですかあの言い方は!
まるで、己がシス様より勝っているような言い方ではないですか!
シス様は今まで、誰にも負けたことがないというのに!」
やはりシスはかなり高位の悪魔のようだ。
ルオードはこの先もシスが誰にも負けないと思っている。
しかし、強ければ相手の力量がわかる。
シスはルオードの期待に応えてはくれなかった。
「強ち嘘でもない。
俺と同等か、あるいは…上」
「まさかそんな!
たかが人間がシス様に勝るなど!」
ルオードは大げさに首を振って答えた。
そこに、アダムが口を挟んでくる。
「そこの雑魚、うるさいよ。
シスって奴のほうは少し賢いな。
相手の力量を測り間違えたら、油断して足元すくわれるかもしれないからね」
悪魔に評価を下してどうするのだろう。
「ふん。
魔本奪還の邪魔をしにきたのはコピーか。
本物はその黒守岩を取りに行っていたんだな」
表情を崩さずに淡々と喋るシス。
しかし、その表情もすぐに崩されることとなった。
「ん〜?いやいや。
半分は合ってるけど半分はずれ。
だって俺は…」
シスは直後背後に殺気を感じた。
「あれも、コピーだから」
「なにっ!!」
またしても突如現れたアダムの分身。
背後から至近距離で双剣の片割れをシスの背中に突き立てた。
シスは、避けることはできなかったものの、自分の体から突き出た切っ先を掴んでアダムの動きを制限し、相手の喉下を狙って腕を横なぎにした。
しかし、咄嗟にアダムが避けたので、喉を少しかすっただけで終わる。
アダムは、シスと距離を置き、黒守岩の武器を魔法で手元に戻し、コピー二体を消した。
「危ないなぁ。
反応がヤバく早い。
心臓への攻撃も咄嗟に体をずらされたし。不発か。
やっぱり、マーリィン様との戦闘で集中力が欠けているな…」
危ないとかいいながら、しっかり避けているところが憎たらしい。
「ッチ。
こっちがオリジナルか。
…しかし、万全の態勢ではないなら勝機はあるな」
「?君一人なら残った魔力で、止めるまではいかないが撃退くらいはできるさ。
…誰かさんの邪魔が入らなきゃね。
ってわけでだ。
イヴン!お前そっちの雑魚な。
間違ってその剣で自分の皮膚を切るなよ。腐るからな」
「貴様。
先程から、私のことを雑魚雑魚とっ!」
ルオードがキレ始めたが、アダムはそれを無視してテオティの周りにシールドを張り、戦闘体勢に入った。
「いつまでそっちを向いている。
お前の相手は俺だ」
イヴンは、ギリっと唇をかみ締めてアダムを見つめていたルオードを自分の方に向けさせ、己の右腕に左手をかざし、呪文を唱え始めた。
「イヴン様とお手合わせさせていただけるなんて光栄ですね。
しかし、この計画は失敗できないのですよ」
そういうとルオードは被っていたローブを脱ぎすて、手袋もはずし、懐から短剣を取り出した。
姿形は、すでに片腕と片目以外、人間の形を成している。
そして、紅の魔本を素手で触れた。
「人間の姫は、魔本に入れさせていただきます」
魔本に触れた直後、体を赤い光が包み、ルオードは魔本の主となった。
それと同時に、イヴンの呪文も完成し、失った右腕が復活する。
「姫は渡さない。
…姫様シールドの中で待っていてください」
「イヴンさん…」
テオティはシールドの壁に手をつき、二人の姿を心配そうに見つめていた。
「いきますよっ」
ルオードがそういうと二人同時に一歩を踏み出し、一瞬で互いの間合いに入った。
武器と武器がぶつかり合い火花が散り、しばしの間そのままの状態でにらみ合う二人。
その状態から先制したのはイヴン。
魔法で強化した右腕でルオードを押しやり、相手の体制を崩し、相手の懐に飛び込んで黒守岩の剣を下から上へ振り上げる。
ルオードは、それを紙一重でかわし、片手で後ろに回転して距離をおいた。
しかし、一息おく間もなくイヴンが即座に距離をつめて剣を横なぎし、それをルオードが空中に飛び、かわす。
「うんうん。
俺の弟子のほうが先制しているようだ。こりゃ、決着がつくのも時間の問題だ。
残念だったな!ははははっ!」
こんなのんきな台詞をはいているが、こちらも戦闘が始まっている。
アダムとシスは、どちらも引かずに、交互に攻撃しているような状態だ。
「・・・お前のようなふざけている奴が、この世で一番いけ好かない」
シスは心底不快そうな表情で強烈な一撃を繰り出した。
アダムはそれをひらりとかわし、シスの攻撃が直撃した粉々な床を見て口笛を吹いた。
その頃、フォルグド上空を漂う漆黒の城にて悪魔の当主が交換の間の様子を魔法の鏡で窺っていた。
「姫に張られたシールド、邪魔だな。
ルオードだけの力じゃ魔本に入れられないかもね。
どう思うステフ?」
一人用のソファに寄りかかり、隣に立っている女の悪魔に話しかける当主。
「あの子はまだ未熟者ですし、シスの助力がなければ一人では無理かと…。
また魔法を使われるのですか?」
ステフと呼ばれた悪魔は、当主が魔法を使うことをあまり快く思っていないようで、心配そうにしている。
「やっぱり、魔法の使いすぎはよくないか。
皆、どんなに不利な状況でも他の奴に手出しされるのを嫌がるからね」
「そうではありません!
…いえ。確かにそれもありますが、私はあなたのお体を心配しているのです。アンシャン様。
使いすぎは、今の体に毒です」
当主はわけありな体らしい。
切実に語る彼女に、肩まである黒い耳飾を揺らし、やわらかく微笑んで返事をした。
「ステフは優しいね。
でも、失敗したら後が面倒だから魔法はもう少し使うよ。
シスも…苦戦し始めると思うから」
当主はそう言いながら窓際に寄りかかっているもう一人の悪魔の方に目を向けた。
すると、その悪魔は窓をバンッと叩いてものすごい剣幕で今の発言に抗議してきた。
「兄貴はあんな奴に劣らねえ!訂正しろ!!」
仮にも自分達の上に立っている者にひどい口のきき方である。
それをステフがたしなめた。
「ハザン!
アンシャン様に向かってなんて口の聞き方を!
すみません。この子、シスと私のことになるとムキになってしまって。
本当は礼儀のなったいい子なのです」
ハザンと呼ばれた悪魔は、ステフに注意されたことに動揺を示し、うつむいて黙ってしまった。
背中に生えている羽も垂れていて、相当ショックだったらしい。
当主はその光景を見て微笑んだ。
「いいんだよ。
ハザンは、シスとステフが大好きなだけなんだから。
でも、訂正はしない。事実だからね。
ハザンも認めたくないだけでわかっているだろ?」
またもやハザンは眉間にしわを寄せて講義しようと口を開いたが、ステフに目で怒られたのでやめた。
そして、当主は微笑みながら鏡を見やり、魔法を使う機会を窺った。
この数分で状況はかなり変化していた。
「どうしたんだ。もう終わりか!」
「っ!こんな…はずではっ」
ルオードは、休む間もなくイヴンから攻撃魔法やら黒守岩の剣での斬撃を受け、傷の再生が遅れ始めていた。
自分の心臓を守るのが精一杯のようで、冷静さが欠けてきている。
「ルオード!落ち着け。
相手の動きを良く見ればかわせる」
部下に声をかけたシス。
こちらはまだ余裕だったが、力が同等なのか最初と同じで、平行線上のままだ。
そして、アダムの飄々とした態度もそのまま。
「ムリムリ。
もうかわせないよ。
イヴンは的確に相手の隙をつくからね」
「…いちいち口を挟むな」
シスがギロっと睨んだが、アダムはひるまない。
「なぁ、君は碧の魔本の所持者にはならないのか?
紅の魔本の主には直に触れられても、男は奴隷になることはないが、碧は男を奴隷にする魔本だろ?
俺たちを入れようとは思わないのか?」
「…お前の力など必要ない。邪魔なだけだ。消えろ」
返事は実に素っ気無かった。
言葉を交わすことさえも億劫そうだ。
紅の魔本を巡って争う二人は、完全に優劣に分かれ、イヴンが一歩踏み出せば、ルオードが一歩下がるような状態になっていた。
イヴンは腕を休める事無く、相手の隙を見つけては黒守岩の斬撃を放つ。
しかし、その動きは時間がないかのように焦りが表れていた。
魔法で体の一部を作りだし、維持し続けることは、普通の魔法に比べて魔力を大量に使うため、今のイヴンは、体に貯えてあった魔力が尽きかけてきているのだ。
魔力が底を尽きると、魔法使いは魔力を早く回復するために深い眠りに落ちてしまう。
こんな時に眠ってなどいられないのに…。
イヴンは一気に攻撃速度を上げ、あらゆる魔法を行使しながら、自分以上に焦っているルオードを壁ぎわに追込んだ。
追い詰められてひどく動揺するルオード。
「魔法に屈するなどあってはならないのに!
追い詰められるなどっ!うそだ!」
手で顔を覆い、現実を激しく否定している。
「魔本は返してもらう」
イヴンは相手の話に付き合っている暇もなく、後ろの壁に魔法をかけて、ルオードを壁に拘束した。
あとは、心臓を刺すのみ!
しかし、さらに魔法を使ったので、いよいよ視界と頭がぼんやりしてきて、足元がふらつき始めた。
イヴンは、眠気を覚ますように首を左右に振り、喚き立てながら今にも身を引きちぎって襲い掛かってこようとするルオードの心臓に剣を立てた。
直後、前方に大きく傾き動かなくなったルオード。
イヴンも、これ以上魔法を使っていられないため、拘束していた魔法をとき、自身もよろめいた。
悪魔は、心臓を失うと体が砂化して土に還る。拘束から解放され、床に倒れたルオードも足から砂化が始まった。
「イヴンさん」
イヴンの勝利を見届け、シールドに手を当てながら安堵するテオティ。
しかし勝利の喜びに浸っている間もなく、いきなり彼女の体が前に傾き、床に手をつくこととなった。
アダムのシールドが消えたのだ。
「ッチ。
シールドが張りなおせなくなっている」
姫にシールドを張っていたアダムは、シールドが消された瞬間に張りなおそうとしたが、青い火花がはじけて魔法が消えてしまう。
そして、イヴンが無理やりシールドを張ろうとふらふらした足取りでテオティに近づいていったとき、後ろから声がした。
「…まだ…ニンゲンノ…ヒメをイレテ……イナ…い!」
完全に死んだと思っていたルオードが顔を上げたのだ。
そして、まだ砂化の始まっていない片方の腕を自分で千切り、テオティに投げてきた。
紅の魔本の主の肌に触れれば女性は魔本に捕らわれてしまう。
弱っていても人間の筋力の10倍を誇る腕で投げたものは、彼女に腕が触れるまでに数秒もかからない。
イヴンはとっさにテオティの腕を掴んで自分の身で彼女の体を隠し、アダムもシスを無視して魔法でルオードの腕を消そうとした…が、当主の魔法とシスの攻撃によってアダムの魔法は再び阻止されてしまい、腕はイヴンの背中に直撃した。
「っ!!」
すさまじい背中からの衝撃にテオティを抱えたままうずくまるイヴン。
「イヴンさん!!」
腕に抱えられたテオティがイヴンの安否を心配し、自分の名前を呼びながら泣きそうになっている。
イヴンは、痛みを我慢してすぐに顔を上げ『大丈夫』だと声をかけようとした。
しかし、テオティの髪を見て痛さを感じないくらい驚いた。
金の髪に血がついている。
…ルオードの腕の血が。
腕が背中に当たった衝撃で、血がテオティの髪についてしまったのだ。
背後から再びルオードの声がする。
「ク…ハハハ!…チにふれた…だけでも…マホンにハイ…る…」
そう言い終わるやいなや、ルオードは完全に砂と化し、今度こそ再起不能となった。
そして、イヴンはテオティの髪についた血を手ですぐにぬぐりとったが、彼女の体はだんだんと透け始め…
「姫様っ!そんな!」
「っ!体…が…」
その空間から跡形もなく消え失せた。
それと同時にイヴンも精神と体力の疲労で、床にへたり込んだ。
この状況を横目で確認していたアダムはいきなり叫びだした。
「だー!悪魔が!邪魔ばかりするな!
二人がかりなんて卑怯だぞ!悪魔のプライドってやつはどうした!
魔法で援助されてプライドは傷つかないのか!?」
「生憎、俺は目的を達成するには手段を選ばない。
今へまをして、人型悪魔の数を減らすわけにはいかないんでな。
…それから、わざと喚きたてるのはやめろ。癇に障る」
こんな会話をしながら、二人は徐々に紅の魔本に近づいている。
どちらが魔本を手にするのか…
その様子を、当主は悠長に見守っていたが、ふと視界の隅に魔本に近づくものを発見し、そちらに目を向け、特大の笑顔を放った。
魔本に近づいていたのは、這いつくばって前進しているイヴンだった。
イヴンが気絶してもう動けないと思っていた二人は、あせり、咄嗟に行動を起こす。
「させるかっ!」
その場で床を蹴り、一気に魔本に触れようと先に動いたシスだったが、アダムの魔法により片足を床に捕らわれた。
「イヴン魔本にさわるな!あんたもこれ以上邪魔するな!!」
アダムはそう叫んで、広間の天井をにらみ付け、何らかの魔法を使った。
「魔本は悪魔のものだ!」
意識がもうろうとしていて、アダムの制止の声が聞こえないのか、イヴンは魔本に触れようとしている。
そして再び、シスも自らの足をちぎって近づこうとしたのでアダムが更に魔法を使って、魔本を違う場所へ移そうとした。
しかし、そんなにうまく事が運ぶことはない。
先ほどのアダムが天井を睨み付けて使っていた魔法をもろに受け、弱っていた当主だったが、広間の床に魔法を発動させ、アダムの行動を制限した。
床からでてきた黒い鎖によって、心臓を締め付けられたアダム。
突然の攻撃に視界が揺らぎ血を吐きながらも、その鎖を即座に引きちぎり、魔法を使って再び魔本をどこかへ移動させようとした。
が、時すでに遅し。
その一瞬の内にイヴンが魔本を手にしてしまったのだ。
赤い光に包まれた後、イヴンは意識を手放した。
この日、新たな魔本の主が誕生したのだった。




