<2>
そして、今日は、亡くなった母との約束を果たす日。
ガーディアンになって民を守れるようになることが母との約束だった。
「うわっ…」
セオドル城前の大通りは、ものすごい数の人が押しよせていた。
口にだすほど、明らかにひいているのは当の本人。
今か今かと魔法貴族の末裔の登場を待っている観衆には、なぜか女性が多い。
それもそのはず。
60代目ノーザンガーディアン、つまり現ガーディアンのアダムに女性の追っかけが多くいるためだ。
「きゃ〜!アダムさま〜!!こっちむいてぇ〜♪」
黄色い声が飛び交う中、颯爽と歩く二人。
いや、颯爽としているのは一人だったか。
白いローブのフードを深くかぶり、何かを恐れるように誰とも顔を合わせようとしないイヴン。
対照的に赤茶の髪をなびかせ、白いロングコートをひるがえしながら、民衆にニコッと爽やか笑顔をおくるアダム。
その笑顔に、さらに騒ぎ出す女性達。
「見ろ、イヴン!俺のために女の子がいっぱい!YES!」
小さくガッツポーズをする25歳。
これでも、10歳の頃から天才とよばれている人物だ。
魔法を身につけるために必ず通わなければならないエリート魔法学校に入って、異例の飛び級をして目立ったり。
ガーディアンとして彼が張るシールドが普通と違い、悪魔が街の中に入れないように透明な膜が張ってあるだけでなく、シールドに触れた悪魔が消滅する威力があったりと、今ではフォルグド全土に名が知れ渡っている魔法使いだ。
他にも、体力をかなり浪費するガーディアンのくせにいろいろな街に訪れて魔法の授業を開いたりと、型破りな男で有名である。
そんな彼、『アダム=シーナー』の存在もまた、他国の脅威となっている。
イヴンはそんな師を誇りに思っているが、この軽いノリには思わずため息が出てしまう。
「師匠…どっかのアイドルじゃないんだからさ。
恥ずかしいし、やめて」
呆れ顔で、切実に願う弟子。
「なんだよーのり悪いなぁ〜。
お前も手とか振ってみろ。全員俺の追っかけだけどなぁ♪はははっ」
自慢をしたのはよかったが、直後観衆から…
「きゃー!イヴンくん!お姉さん達のほう向いて〜♪」という声が…。
「へぇ…全員師匠のおっかけねぇ?」
それに対し、バツの悪そうな顔をするアダム。
しかしその顔もすぐに真面目な顔に戻った。
「悪魔の手先は下がれ!!何がガーディアンだ!」
観衆からイヴンに向けて罵声が飛んできたのだ。
それに便乗するように、次々といろんな罵声が飛びかい始め、ますますうつむくイヴン。
魔法貴族は、絶滅する前からたびたび悪魔に寝返るようになっていた。
悪魔は人間の10倍の身体能力を誇り、特殊な武器で心臓を刺さない限り死なないという戦闘に特化した肉体をもつ種族。魔法貴族たちは魔法の能力だけでは飽き足らず、さらに力を求めるようになり、人間を裏切り、悪魔化するようになったのだ。
しかし、そんな行為をしたのは魔法貴族の中でもごく少数であり、裏切った者はほとんど死体となって発見され、最近ではそんな悪魔化した魔法貴族は目撃されていない。
アダムは、そんな悪いところしか見ることができない人たちに同情してしまう。
「イヴン。今更あんな言葉を気にするな。
お前がガーディアンになればあの人たちもあんな口は叩けない」
「…そうだね」
別に悪口を言う人たちが悪いとは思わない。
魔法貴族が少数でも人間を裏切ったのは事実なのだから、生き残った自分が悪態をつかれるのはしょうがない。
イヴンは、『奇跡の少年』とよくいわれるが、反対に『悪魔に命乞いをした少年』とも見られている。
たった6歳の少年が悪魔の当主を目の前に助かることなどまずなく、なにか取引をしたのではという噂が立っているのだ。
悪いのは、悪魔化した魔法貴族達だ。
そんな不届き者は絶対ゆるさない。
と、もんもんとそんなことを考えていたら、すでに城門に着いていた。
城前で待っていたのは、王家の証である光り輝く金色の髪を腰までおろしたノーザンの姫。
『テオティ=セオドル』
頭の両脇には丸い髪飾りがついていて、フワフワしたドレスが愛らしい顔にとても似合っている。姫はイヴンと目が合うと、ニコッと笑った。
そして、その横には、王の護衛官である『リヴィウス=ミラ』が控えている。
ガーディアンの交換式には本来、王自身が出てくるものだが、現在体調を崩し寝込んでいるため、今回は姫が立ち合うこととなっていた。
「こちらはノーザンの姫君、テオティ=セオドル様である」
高々と姫の名を告げた生真面目そうな護衛官。
それに答えるように、姫が軽く膝を折って挨拶をしてきた。
「よく来てくださいました。アダムさん。イヴンさん」
にっこりと微笑んで二人を迎える姫。
「いやぁ、こんな綺麗なお姫様とお会いできて光栄です。な、イヴン」とアダムが軽い口をたたいた。
姫様の前で、口調が軽すぎやしないか?
しかし、姫様は気にした風もなく心底嬉しそうに返事をしてきた。
「わたくしも、お二方に会えて本当に嬉しいです♪」
そして特大スマイルを頂戴したイヴン。ちょっとときめいてしまった。
『か、かわいい…』
「姫様。そろそろよろしいでしょうか?交換式の間までご案内致します」
護衛官によって淡々と挨拶は終了し、城内へと移動することとなった。
この時は誰も、街の外で不穏な動きがあることに気づくことが出来なかった…。
―シールドの張られていない首都セオドルの前にて、イヴンたちの様子を伺っていたローブの輩が主に歩み寄る。
「シス様」
声をかけられたが、微動だにしない主。
その容貌は白髪に金の瞳。
横に尖った耳、そして背中からは赤黒い大きな羽が生えていた。
遠くを見据えながらシスと呼ばれた青年は、ローブの男に声をかけた。
「…あぁ。セオドルに入るぞ」
続けて、不敵な笑みを浮かべこう告げた。
「新時代の幕開けだ」
シスの背後には黒い影が多く集っていた…。
城内にあるガーディアン交換式の間の扉前に着いたイヴンは、巨大な扉を見上げていた。
扉には魔法が施されており、完璧に封印がされている。
扉の魔法陣を見る限り、アダムがかけたもののようだ。
「それでは、シャリオンさん。この魔法陣を解いていただけますか?」
急に護衛官ミラから魔法を解くように言われたイヴン。
なぜ師匠がかけたものを弟子が解かなければならないのか疑問に思った。
「あの、師匠がかけた魔法のようですから、本人が解いたほうが確実なのでは?」
「いえ。これは決まりなので、シャリオンさんに解いていただかねばなりません」
は?決まり??そんなの聞いていない。
「あれ?言ってなかったかぁ?前ガーディアンの魔法を解かないとガーディアンとは認められないんだぞ〜♪」
ものすごい笑顔で言われた。わざとらしいぃぃぃぃ!
まぁ、高度な魔法陣ではあるが解けないことはないので、早速解きにかかろうとする。しかし、ここで姫がその天然ぶりを発揮した。
「わぁ!私、上級魔法は失敗した人しか見たことがないので、成功したところが見られるなんて感激です♪」
…わざとか?わざとプレッシャーを与えているのかこの人は?
「いやぁ、五年前によーくよぉーく魔法かけといたけど、イヴンなら解けちゃうよな?」
師匠、姫の天然ぶりに便乗してプレッシャーを与えるな!
自信のなくなってきたイヴンは、次の護衛官からの言葉があるまで、しばし途方に暮れた。
「心中お察ししますが、そろそろお願いします」
イヴンの受けたプレッシャーを理解してくれたのはいいが、待ってはくれないらしい。イヴンが気を取り直し、左手を扉に向けて呪文をつむぎ始めると、足元に直径5mくらいの円の魔法陣が出現した。
魔法陣は光だし、イヴンの髪やローブはフワッと浮き始め、呪文を言い終わると同時に扉の魔法陣はキラキラと砕け散った。
魔法が解けた直後、砕け散った魔法陣が綺麗だったせいか、テオティが興奮して白く華奢な手でイヴンの手を握ってきた。
それを見たアダムは手をワナワナさせていたりする。
「凄いですイヴンさん!素晴らしいです!!」
魔法貴族が上級魔法を使うくらいなんてことないのに、ひどく感激され、イヴンは困惑した。
「魔法貴族なのですから、これくらいできないと」
周りからよく期待されたものだ。魔法貴族なだけで…。
幼い頃はそれが重荷で、この地位から逃げ出したかった。
「いいえ!魔法は、学ばなければ身につきません。
これはあなたが努力した結果です!ね?」
…変なことを言うな。
こんなことを言う人とは初めて会った。
大抵の人は、魔法貴族は努力しなくても魔法が身につくと思っているから、結果しか評価しないのである。
「ありがとうございます」
イヴンはニコッとテオティに笑いかけた。
不意に笑顔を向けられたため、ほのかに頬を赤く染める姫。
「おぉーっと!もうこんな時間だ!ささっ、姫様先へ進みましょう♪」
ガスッ!
「うっ!!」
ここで痺れを切らしたアダムが割り込み、イヴンの顔面に肘を打ち付けた。
これはもう、鼻が使い物にならないくらいの威力だった。
交換の間に入ると、部屋の中央には約10人用のダイニングテーブルほどの広さの水がはられていた。
その深さは、人の足のくるぶしあたりまである。
部屋全体は岩でできていて、なんとも寒々しい。
中央に移動すると、ガーディアンの交換が始まった。
シールドを張る方法は簡単で、特殊なカプセルの中に術者の血を一滴入れて防御魔法のかかった水面に沈めておくというもの。
その防御魔法は今、扉の封印を解いた時点で解除されている。イヴンとアダムのカプセルを取り替えるため、水面からアダムのカプセルをテオティが取り出した。
「では、取り替えますね」
テオティは緊張した様子で、両方のカプセルを両手に持った。
この後、何が起きるかも知らずに。
―「シス、うまくやるんだよ」―
「っ!?」
何の前触れもなく、姫の手の中で二つのカプセルが割れた。
それと同時に、城がビリビリと振動するほどの大きな音が外から響き始める。
イヴンは、飛び散ったカプセルの破片を見て目を見開いた。
「まさかっ」
窓に目をやり、愕然とする。
何者かの魔法の干渉により、ノーザン全域のシールドが壊されたのだ。
空を覆っていた透明な膜が砕け散っていく。
そして、待ちわびていたかのように悪魔の大群が首都に攻め込んできた。
予想していなかった最悪の状況に、逃げ惑う城の従者たち。戦う衛兵。
城にはさらに特殊なシールドが覆っているため、そうやすやすと魔法の干渉などできないはず。
それを突破してきたのだから、犯人は相当な魔法使いのようだ。
「っ…」
テオティが割れたカプセルの破片で両手から血を流し、苦痛の表情を浮かべていた。
イヴンは、すぐさま彼女の手をとり、治癒魔法を使い、傷を癒しはじめる。
王の護衛官であるミラは、混乱している衛兵達に指示を出すため、交換式の間を離れた。一方アダムは、城の外で待っているメアリに魔法で連絡を取っていた。
「メアリ…メアリ!聞こえたら返事をしろ!」
最初は逃げ惑う民衆の声しか聞こえなかったが、だんだんとメアリの小さな声が聞こえてきた。
「…せんせ…悪魔いっぱい入ってきたよ!
でも、お城にしか…向かってないよ??なんで??」
驚愕に震える声。
街は被害を受けていないようだが、相当なパニックが生じ、状況は思ったより悪いようだ。
しかも、城しか奇襲攻撃を受けていないのはどういうことか?
アダムは思考をめぐらせながらメアリに安全なところへ移動するよう指示をした。
「メアリ、先に家に戻ってなさい。家なら俺のシールドが張ってある。
こっちは大丈夫だから。いいね」
そういうとメアリとの通信を切り、イヴンたちの方に向き直った。
「姫様、シールドが破壊され悪魔達が城にだけ押し寄せているようです」
「城にだけ…ですか?」
「そうです。
何が起こるかわからないので姫様は、イヴンのシールドを張りなおし、こちらでお待ち下さい。
それから、イヴンは姫様のお側を離れるな。
何が目的かがわからない以上むやみに動くのは危険だ。
姫様をお守りしろ」
「はい。師匠はどこへ?」
「俺は王の部屋まで行ってくる。
悪魔の狙いが、王の命かもしれないからな」
そういい終わると、アダムは早速魔法を発動して、王の部屋へと向かおうとした。
が、イヴンによって中断させられた。
「師匠待って!
…シールドが壊れてから、すぐに悪魔が入ってきただろ?
シールドが壊されるのを待っていたみたいじゃない?」
急な質問に、アダムは立ち止まって答えたが、返事は曖昧なものだった。
「まぁ…そうだな」
「ということは、魔法を使ってカプセルを壊した奴は、悪魔の仲間だってことだよね?」
「…そうかもしれないな」
「つまり、魔法貴族が加担したっ」
だんだんと険しくなるイヴンの顔。
テオティは話についていけず、首を傾げている。
深いため息をついてから、アダムは答えた。
「そう決まったわけじゃない。考えても無駄だ、今は確かめようがないだろう?
人型悪魔が紛れているかもしれないから気を抜くなよ」
これ以上話を聞く気はないらしく、そう言い切ると後ろを向いてしまった。
「…はい」
イヴンは渋々返事をしたが、早々と話を打ち切られて納得いかない。
そして、アダムは床に伏せている王の部屋へと急ぎ、さっさと魔法陣に消えてしまった。
交換式の間に残った二人は、更に悪魔が増加するのを防ぐため、イヴンのシールドを張りなおし、アダムの指示通りその場に待機した。
しばしの沈黙の末、テオティが先に口を開いた。
「イヴンさん。いくつか質問してもよろしいですか?」
「はい。なんでしょう?」穏やかな表情に戻ったイヴン。
「あの、先ほど『悪魔を魔法貴族が加担した』とおっしゃいましたが、魔法貴族は…その…」
言いづらそうにしているテオティの言葉を、イヴンは自ら代弁した。
「14年前に自分を一人残して絶滅したのに、どうしてそう思うのか…ということですよね?」
「…はい」
「姫様は“誇り高き魔法貴族は、悪魔との戦いに敗れ、少年をひとり残し滅ぼされた”と思っているのでしょう。
まぁ、学校などではそう教えているみたいですし」
「何か違うのですか?」
「半分は合っているのです。
つまり、半数の人は、悪魔に立ち向かったのです…。しかし、あとの半数は、悪魔に寝返りました」
「…そんな…。
で、ですが、悪魔は非常にプライドの高い種族だとお聞きします。
仲間になろうとなさっても、殺されてしまったのでは…?」
テオティは、人間が悪魔になれることを知らないのかもしれない。
悪魔化のことを話せば、自分は拒まれるだろうか…。
ためらいがちに話を続けた。
「…魔法貴族は、悪魔化できるのです。
まぁ、魔法貴族だけではなく、人型悪魔を一人で倒せる人であれば簡単に悪魔化できます。
だから、殺されはしないんじゃないでしょうか」
なんだか投げ出し口調になってきた。悪魔化した奴のことなんか知らん。
しかし、テオティはそんなことに気がつかない。
「あ、あの悪魔化なんて可能なのですか??
人間が悪魔になんて…」
「可能です。一人で人型悪魔を倒し、その死骸の粉を呑めばすぐに悪魔化するようです」
「そんなに簡単なことなのですか!?」
「簡単では…ないですね。人型悪魔を一人で倒すなんてガーディアンくらいの腕前がないと無理ですし、適合と不適合がありますから」
「不適合だとどうなるのですか??」
質問の嵐だ。
この姫はいろいろ知らなさすぎじゃないか?結構自分より年下なのかなぁ?と思いながら淡々と答えつづける。
たとえ自分が魔法貴族として軽蔑されようと、真実は隠しておくべき事ではないと思うから。
「大丈夫でしたか?綺麗なお嬢さん。
「不適合だと、身体が拒絶反応を起こして数時間で死に至ります。
適合者率は30%といったところですね」
「30%…ですか。
えと、では人型悪魔というのは何でしょう?
普通の悪魔とはどういう違いが?」
「はい。人型悪魔とは…」
と、説明を続けようとした時、今度は、城が揺れ始めた。
城が揺れ始める少し前、王の部屋へと来ていたアダムは、部屋の中にいる悪魔たちと戦っていた。
「28…29…30っ!バイバ〜イ♪」
約1分で30体の悪魔を倒したアダムは、けろっとした顔で、王の世話をしていたメイドに近づき、声をかけた。
アダムの華麗な魔法捌きを見て、ほけっとしているメイドA。
「大丈夫でしたか?綺麗なお嬢さん。
悪魔は死骸まで蒸発させたので、あなたの手を煩わせることにはなりませんよ」
なんだか背景がキラキラしているように見える。
メイドは「は、はいぃぃ」といいながら、目をハートにしている。
今にもそのハートに埋もれそうだ。
アダムは、そんなメイドに笑いかけてから、眠っている王の方に目を向けた。
王は、病気のせいでかなり衰弱している模様。悪魔が来ても目を覚まさない。
壁にかけてある、テオティの大きな写真もかなり気になったが、そこはスルー。
王の周りにシールドを張ってから部屋を後にし、アダムは回廊に出た。
城内の悪魔をどう派手に片付けようかと考えていたところ、回廊の角からミラが飛び出してきた。
「シーナーさんっ!」
切羽詰ったような顔をしてアダムの苗字を呼んだ。
「やはり、人型悪魔が混ざっていましたか」
「はい。衛兵に死者が出ているのです。
普通の悪魔に殺られるとは思えません」
「ですね…」
ミラから城の現状を聞き、アダムは考え込み始めた。
悪魔を統べる側の人型悪魔が来ているということは、確実に何か目的がある。
近年、全くといっていいほど目撃情報を聞かなかった人型悪魔。
目撃情報がなかったということはおそらく、かなり強い人型だろう。目撃した人間は全て殺されたのだ。「シーナーさんは?」そんな奴がお出まししているのだから、王の殺害が目的ではないのだろうか?
しかし、来る気配が無い。
「うーむ…」
しかし、それ以上ゆっくり考えていられなかった。
アダムのうなりと同時に城が大きな衝撃を受けたように揺れ始めたのだ。
ただでさえ非常時なのに、追い討ちをかけるように地震が起きて、明かにあせるミラ。
「こんな時に地震!?」
「地震なんて滅多に起きないんだが……!!」
アダムは答えにたどり着いた。
「あー、平和ボケしてたな。くそっ」
「シーナーさん?」
いきなり自らの足元に魔法陣を出現させたアダムは光に包まれ始めている。
「ミラさん。残りの悪魔お願いできますか?」
「シーナーさんは?」
「肝心なことを忘れていまして。行かなければならないところができました」
そう告げると、アダムは光と共にどこかへ消え失せた。
一方、交換の間で待機している二人は、この地震に何かを感じ取った。
心配そうにイヴンの側にいるテオティ。
「イヴンさん。
この地震、何か変な感じがしませんか?」
「はい。何かが下から来る感じが…」
「下…!!」
イヴンの言葉に何か思い出し、はっとして顔を上げる姫。
「イヴンさん下です!
悪魔は地下にある『あれ』を狙っていたんです!
シールドが何重にも張られているはずですが、無事かどうかは…」
テオティの切羽詰った表情で、イヴンも気づき、青ざめる。
「地下って、もしかして!」
「「魔本!!」」
二人の声が重なった時、更なる衝撃が襲った。
突如二人の足元から床を突き抜け人型悪魔が姿を現したのだ。
「ここにいたのか…」
瓦礫を押しのけてそこに現れたのは、悪魔の特徴である赤黒い羽を広げ、金の瞳を光らせた青年。
その悪魔の青年は、テオティの方を向いて言葉を発っした。
「真上にいたとはな」
悪魔が城に攻め込んできたのは、テオティを攫うか、殺すかが目的なのだろうか。
青年は、禍々しいプレッシャーをおさえようともせずこちらを見つめている。しかし、イヴンは青年から発せられるプレッシャーを受け、危機感ではなく、なぜか懐かしさを感じていた。
知っている感じ。
14年前に会った当主ではない。
じゃあ、誰だ。
居心地がいいような気もする。
そんなことをぼんやり考えていたら、いきなり隣にいたテオティが倒れてきた。
「姫様!?どうされました!姫様っ」
呼吸をしづらそうにし、自分では立っていられないようだ。
焦点も合っていない。
わけのわからない状況の答えは、あらぬ方向から返ってきた。
「人間の姫は、シス様のプレッシャーに耐えられないのでしょう」
背後からの出現に警戒するイヴンは、テオティの肩を抱えて立ち上がった。
「こんにちは。
ルオードと申します。
イヴン様」
…様?
悪魔がガーディアンを慕っているわけではないだろうに。
シスと呼ばれた青年は、それが気に入らなかったらしく、ルオードを低い声で叱責した。
その顔はかなり険しい。
『様』の他に気になったのが、ルオードの声。
言葉になっていたが、声帯が人外のものだ。
姿は、ローブで隠れていて顔がかろうじて見えている程度。背中には赤黒い羽。
普通の悪魔は、ひどく醜い姿をしているためローブを被っているのだ。
シスの方は、ローブなど被らずに体にぴったりした服を着ている。ローブを被っている方は、おそらくまだ人の形になっていないところがある未熟者なのだろう。
悪魔は、人間の心臓を多量に摂取すると人の形に近づき、醜い姿の時と比べ物にならないほどの力を手に入れる。
二匹も悪魔が姿を現し、一気に窮地にたったイヴン。
しかも、先に現われた人型悪魔『シス』は、かなり強そうだ。
普通、発するプレッシャーだけで、人間が倒れたりしない。
勝てるだろうか…。
そんなイヴンの不安を知ってか知らずか、シスがゆっくり接近してきた。
そして、手を差し出す。
「左腕も失いたくなければ、姫を渡せ」顔は無表情のままで、声も静かなものだったが、その命令は絶対服従しなければならないような気にさせるものだった。
しかし、悪魔への恐怖より恨みの方が強いイヴンは奥歯を噛みしめ、相手を睨みつけた。
「姫をどうするつもりだ」
「お前に話す必要はない。
渡さないなら、魔本に入れるまでだ」
淡々とすごいことを口走った。悪魔はすでに魔本を手にしている。
300年前の悪夢が再び起ころうとしているのだ。
「姫は渡さない。
お前達もここで倒す!」
イヴンは、そう強く断言すると、足元に魔法陣を出現させ、戦闘態勢に入る。
「ははっ。
お一人で私たちを相手にするおつもりですか?
無茶です。あなたの力は私と同等程度。
シス様には到底及びませんよ」
余裕そうに笑うルオードの手元には紅の魔本がある。
「黙れ。
これから死ぬ奴にごちゃごちゃ言われたくない」
イヴンはルオードにそう告げると、魔法を発動。
その刹那、ルオードの首が体から離れ、天井に届くほど高く飛んだ。
驚いたような顔をしたルオードの首が地面に転がり、紅の魔本も床に落ちる。
じわじわと大量の血が広がった交換の間。
姫の意識がはっきりしていなくてよかったと思う。
こんなところを見たら、失神するに違いない。今も気を抜けない状態だが。
しかし、首を刎ねたイヴンはもちろん、仲間であるシスも顔色一つ変えることは無かった。シスは自分の顔についたルオードの血を指で拭いながら、紅の魔本を拾い、イヴンに忠告する。
「俺達は、首を刎ねただけでは死なないぞ」
そう、人型悪魔は二つの心臓を特殊な武器で刺さない限り死なないと言う半不死身の体を持っている。
首が取れようと、腕がもげようと、身体が半分になろうとも死なない。
超回復で、一瞬のうちに元に戻る。
ただ、人型悪魔の身体にだって血が巡っている。
出血多量になれば、かなり動きが鈍くなるのだ。
それに、首が離れていれば身体のほうが状況の把握ができず、簡単に心臓を壊せるはず。
イヴンは「知っているさ」と言い、新たな魔法を発動させた。
すると、シスの足元の床が彼を覆うように盛り上がり始め、身体の動きを封じるようにあっという間に首の下辺りまで床の岩が包んでしまった。
しかし、捕まったのにも関わらず顔色を変えないシス。
イヴンの動きをうかがっているように見える。
シスを捕まえてから、イヴンは三回目の術を発動した。
床に転がっているルオードの身体の上に魔法陣が出現し、その中から心臓めがけて一本の小刀が降り下ろされた。
刃の部分は鈍く黒光りし、通常の刃物と違う事がわかる。
シスはその刃を認めた途端、動揺は微塵も見せなかったものの、すぐルオードに指示を出した。
「取れ。ルオード」
首がまだ再生されていない状況で指示が聞こえるわけないだろうとイヴンは思った。
しかし予想に反して、刀はルオードにつかまれてしまった。
「身体だけでも物事を判断して動ける。
…無知…いや、経験不足だな」
内心焦るイヴンに追い討ちをかけるようなシスの言葉。
しかも、いつの間にか、身体にまとわりついていた岩を砕いていた。
わざと捕まっていたようである。
ルオードも完全に体と首が再生して立ちあがっていた。
「シス様。こんなおもちゃ、わざわざ取る必要がありましたか?
刺さってもどうにもなりませんよ」
ここで、初めてシスが表情を崩したと思う。
情けないといったような顔つきで、ルオードの愚かな質問に答えた。
「…刃の部分をよく見ろ。その刀、黒守岩でできている」
「黒守岩!?そんな、まさかっ!
あの岩はもう無くなり、採取できないはずではっ!?」
先程まで余裕な態度をとっていたルオードは、一変して青ざめた。
それもそのはず、刀を掴んでいなかったら死ぬところだったからだ。
「そうだ。
300年前の魔本を奪った奴らの武器が最後の黒守岩だったはず…」
次の瞬間、一気に空気が凍り付いた感じがした。
「どこで手に入れた」
静かな怒りをあらわにするシス。
なぜなら、黒守岩は人型悪魔を唯一倒せる特別な武器だからだ。
さらにプレッシャーが強くなり、もはやシスと顔を合わすことができない。
しかし、ここで怯えてはいられない。
自分以外、姫を守る人物はここにはいないのだから。
「それは、師から譲り受けたものだ」
イヴンはそう言うと、シスをキッと睨み付けて、ルオードに握られていた小刀を魔法で取り返した。
睨み付けられた方は、何かおもしろいことを思い出したように、口を歪めた。
「師?
…あぁ、アダム=シーナーのことか」
その言葉に反応してルオードもクスクス笑いだす。
「何がおかしい」
勝手に笑いだして実に不愉快だ。
漠然と不安を掻き立てられる。
しかし、相手は答えず、わけのわからない質問をしてきた。
「お前の師は、俺より強いか?」
そんなことを聞いてどうするのだろう。
強かったら逃げ帰るわけでもないだろうに。
「あぁ、あんたより格段に強い」
自信満々に答えてやった。イヴンの中では、アダムは世界最強なのだ。
しかし、シスはまた新たな話題をふってきた。
「お前に確かめてもらいたい物がある。
ルオード、あれを」
シスが右手で軽く合図を送ると、ルオードが笑った顔を崩さぬまま、瓦礫の下から『ある物』を引きずりだしてイヴンの前にそれを放り投げた。
「どうぞお納めください」
イヴンはそれを見て、自分の目を疑った。
「どうだ。本物か?」
シスの声が遠くから聞こえてくる気がする。
「…せんせっ…?」
眼前に出されたのは、変わり果てた姿のアダムだった。
倒れている師は、動くことがなく、心臓部が丸々えぐり取られている。
今、一体何が起きているのか理解できない。
同時に14年前のことがフラッシュバックしていた。
「そいつは、魔本のことに感づいて邪魔してきたから排除した」
淡々と喋るシスに対し、イヴンは無反応だ。
「どうやら、本物のようですね」
ルオードは、イヴンが黙り込んだことで判断したらしい。
しかし、シスの方は顔をしかめた。
「…どうだかな。当主は、アダム=シーナーのみ要注意人物だと言ったんだ。
あんなに簡単に倒せるわけがない」
当主が注意を促すほどの人物だということで、かなり用心していたようだ。
そして、さらに言葉を続けた。
「この程度の奴だとしたら、期待はずれもいいところだな」
この言葉に、脱け殻になっていたイヴンが反応した。
「…殺しておいて期待はずれ?」
イヴンの足元に黒い魔法陣が出現し、体の周りを魔法陣から発せられる帯状の黒い光が覆い始める。
黒い帯の光はまるで、術者の気持ちを具現化しているように、シスを地獄にひきおろそうと体に巻き付き、数を増やしていく。
「闇魔法か…」シスは、黒い帯を振り払おうともせず、そのままの状態で口元に不敵な笑みを浮かばせる。
「かえせ…
かえせよっっ!!」




