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「イヴンさん!!」
なんと、イヴンの名前を呼んでいる。
しかもこれは、テオティの声であるのだが、どうも様子がおかしい。
イヴンは大いに焦った。
「何かあったのでしょうか!?」
「わかりません。
ビルマや部下達がついているので大丈夫かとは思うのですが。
とにかく野営地へ戻りましょう」
「はいっ。
師匠、そういうことだから!また連絡する!」
イヴンはそう言うと、アダムの返事も聞かずにさっさと身を翻し、少し道をそれながら野営地の方へ駆けて行った。
そして、ゼノンもそれに続こうと足を出したのだが、それはアダムによって妨げられた。
『ストップ。
何のためにあなたを影から引きずりだしたと思っているんですか?
ちょっとお話しましょう』
ゼノンは、イヴンの遠ざかる背中を見送ると、引き止めてきたアダムの方に顔を向け、いつもの穏やかな笑顔を作ったのだが、相手は先程と打って変わって真剣な、冷めたような表情をしていた。
先程までイヴンに向けていた明るい表情は、ひとかけらも見当たらない。
「話すことは何もありませんよ。
もう大切なことは伝わったはずです。
そうでしょう?」
表情と同じように、穏やかな声音でビジョン越しの相手に語りかけるゼノン。
しかし、アダムは冷めた表情から無表情にまで変わっていた。
『どうしてこんな情報をわざわざ教えてくるんだ。
俺を舐めていると痛い目をみるぞ』
意味深な会話をする二人。
なんとなく噛み合わない感じもするが、話の筋は通っているらしく、ゼノンがにこやかに笑った。
「『痛い目』ですか。それは頼もしいですね。
あの人は、あなたの事を高く評価しています。だから教えるのですよ」
『なら、ますます意味がわからない』
「ふふっ。あなたなら気づけるはずです。
使い捨ての盾の役割・・・頑張ってくださいね」
少し考えるような表情をしていたアダムなのだが、最後の台詞を聞いた途端、また無表情に逆戻りし、うっとおしそうに手をサッと払った。
『もういい。さっさといけ』
自分が引き止めておいてそれはないだろう・・・と突っ込む者は生憎不在のため、追い払われたゼノンは、すぐに身を引いた。
「では、お言葉に甘えて失礼させていただきますが・・・私は、シャリオン殿に危害を加えませんので、ご安心を。
また来るべき日にお会いしましょう」
この言葉と共に、いつもより深い笑みを残して、ゼノンは野営地の方へと消えていった。
『四人目と宝石の魔女・・・これで揃ったか』
通信を切ったアダムはそう脳裏で呟くと、手元に分厚い本を出現させ、ページをぺらぺらとめくりだした。
本には、ところどころに血のような物が付着しているようにも見え、一枚一枚がやけにくたびれており、彼の手は名前がびっしりと書かれているページのところで止まり、ゼノンの名前を書き足した。
『ゼノン=・・・調べる必要がある。
魔女の手に落ちた二人は、イヴンと共に行かせた方がいいということだろうな。
今後を考えると、メリットの方が大きい・・・か』
頭の中を整理するように、ブツブツ呟きながら本に書き足していく。
そして、そのページを閉じると、本は消え、アダムは改めてソファに寄りかかって天井を仰いだ。
『イヴン、頑張れよ』
そう心の中で呟いて、静かに目を閉じたのだが
『ここで寝たら生き埋めになりそうだなぁ』
見上げると、背後の見舞いの品が天井まで積み上げられている。
これらの下敷きになって死ぬのは格好悪いので、箱をもそもそと掻き分けながらアダムはベッドのある自室へと移動した。
場所は戻り、野営地。
そこでイヴンはよくわからない現状に目を白黒させていた。
これは、一体・・・
彼はまだ野営地の少し手前の木にてその状況を見守っているわけだが、どうにもおかしい。
野営地には、姫直属部隊の隊員数名が見張りのために円陣を組んでいる。
イヴンはその人たちに気づかれないように簡単な自分のコピーを寝かせて床を離れたのだが、今その場所に隊員たちが群がっている。
しかも、中央ではテオティがイヴンのコピー体にしがみついていた。
「イヴンさん!イヴンさんっ!!」
先程から目を開けない彼に、テオティは何度も声をかけた。
しかし、一向に返事が返ってくることはない。
彼が目覚めないという恐怖感にテオティの手は震えた。
なぜこのような状況になったのか。
遡ること、たった5分前。
テオティは眠れないため、今日もメアリの寝顔を眺めながらずっと起きていたのだが、急にイヴンに聞きたい事を思い出し、床を抜け出した。
そして、円陣を組んでいる隊員達の見守る中、イヴンの名前を呼びながら肩をゆすってみたのだが、何度声をかけても彼が目を覚まさないではないか。
テオティはあせり、隊員数名に相談すると、解決するどころかイヴンが更に悪い状態だということがわかってしまった。
なんと、息をしていないし、体が冷たい。
これには、テオティだけでなく隊員たちも焦りだした。
このイヴンのコピーは、寝ているように見えればよかったので、身体機能は備えられていかなかった。つまり、これはただの人形。
そんなことに気づかない姫&間抜けな配下達は、今の様な状態に至るわけである。
だが、アシェリーとソイル、メアリはその騒ぎに気づかず、スヤスヤと眠り続けている。
そして、ざわついている現場で一人真面目に取り合わない人物もいた。
「あーダメだこりゃ~。
心肺停止でーす。てゆーか、もう体温下がり始めてるから手遅れ?」
このビルマのなんとも気の抜けた声が緊迫した場に響く。
「ビルマさんっ!何を悠長な!!」
「そ、そんなっ!嫌です!!
イヴンさん、目を開けてください!!」
隊員の中の一名が、青ざめた顔で上官であるビルマに抗議の声をあげ、テオティは人形イヴンに泣きついている。
これはマズイ・・・。
と、イヴンは冷や汗をダラダラとかき始めており、早く誤解を解こうとその人だかりに近づいていった。
イヴンは、自分の人形を取り囲む群れにあと少しで辿り着きそうな時、一瞬ビルマとだけ目が合った気がした。
そして、声をかけようと口を開いたのだが・・・
「イヴンさん、今まで楽しかったですよ~。
天国でお幸せにぃ!」
え?あれ?
なぜか意味不明な先手をビルマにとられた。
彼は泣き真似までしており、これで最初からイヴンが人形であることに気づいていたことがわかったわけだが、他の人間はまだ気が付かない。
「諦めてはだめです!!
し、心肺蘇生を!
イヴンさん、今私が助けますからっ」
そう言って、テオティが一生懸命な表情で知識のない心肺蘇生を開始した。
体が冷たいなら、もう何をしても意味がないのでは・・・。
だが、彼女は胸に手を当てて、押しまくる。ろっ骨折れるっ!
イヴンはその光景を見ながら、自身の胸に手を当てて青ざめたのだが、そんなことをしている場合ではなかった。
いきなりビルマが彼女の手を押さえて、真剣な語り口調になったではないか。
「待ってください、テオティ様。
俺は童話で死人が生き返る方法を読んだことがあります。
あれをやればきっと!」
なぜ、童話?
だが、その言葉に真剣に耳を傾ける隊員達。
テオティなんて「それはどういうものですか!?」と涙目でビルマに詰め寄ったため、彼は自慢げに口を開き、それを聞いたイヴンはなぜかその場でこけそうになった。
「それは!
姫が眠っている王子にキスすると、その王子は目を覚ますというもの!」
どちらかというと逆ぅぅ!!
普通、眠っている姫に王子がするんでしょ!
というか、彼はどこまでふざけるのだろうか。
「ちょ、ちょっと待って下さい。童話って」
「お伽話だよなぁ?」
ビルマのふざけた提案に、じわじわと隊員達の間から不審な声があがる。
気が動転している中、冷静な隊員もいたらしい。
だが、彼はそれを振り切ってみせた。
「バカかお前ら!!
今、治癒魔法の使えるゼノンさんがいないんだぞ?
他にイヴンさんを助けられる方法があるか?
ない!断じてな・い・ね!!
やってみる価値はあるだろう?」
オーバーな身振り手振りで熱く語る彼。
それを前に、隊員達は口ごもる。他にイヴンを助ける術が見当たらないのである。
「しかし、姫様にそれをさせるのは問題かと」
「ゼノン隊長もなぜおられないのですか!」
「さぁ、テオティ様!手遅れになる前にさっさとやりましょう!
首尾よく!テキパキ!今すぐに♪」
ビルマは、ゼノンがイヴンの後をつけて行ったことも知っている。
というか、そう本人から報告を受けていた。
この場を彼に任せたゼノンの判断は、間違いだったようだ。
上官がいないということで、ビルマの暴走は止まらない。
テオティもイヴンを助けるのに必死だった。
「手遅れは嫌です!」
意を決したような彼女の言葉にイヴンは心底驚いた。騙されてくれるなよ!
イヴンも手遅れになる前に決死の覚悟でテオティとコピー体の間にスライディングした。
「死んでません!俺は、死んでませんから!
息してます!心臓動いてます!元気ですっっ!」
いきなり出てきたイヴンにそこにいる人間は、皆驚いた。
彼を指差して後ずさる者数名と、壮大に舌打ちする者一名。
「ゆ、ゆうれ・・・「違います!!」
隊員に幽霊呼ばわりされそうになり、イヴンはこれ以上の混乱を招かないよう、全力で否定する。
そして、事の説明をしようと口を開いたとき、少し離れたところから不機嫌そうな声が聞こえてきた。
「そこで横になっているのは、シャリオン殿のコピー体。
だろう?ビルマ」
声の主は、いつもの笑顔を顔に貼り付けているが、纏っているオーラがどす黒い。
その人物に名指しされたビルマは、一気に青ざめた。彼は、この人物が帰ってくる前にこの騒ぎを終わらせるつもりだったのだ。
そう、ゼノンが帰ってくる前に。
「ビルマさん知ってたんですか!?」
ビルマがゼノンの問いに答える前に、隊員の一人が彼に非難の声をかけた。
だが、その隊員も怒られることとなる。
「お前達もなぜわからない。
少し魔法を知っていればわかることだぞ」
「「も、申し訳ありません」」
隊員達は頭を下げると、配置されていた場所へと戻された。
そして、今まで放心していたテオティが、信じられないかのようにまじまじと目の前にいるイヴンを見つめた。
「イヴンさん・・・本当にご無事なのですか?」
「はい。ご心配おかけして・・・ってわわ!!」
自分が勝手に床を離れたせいで彼女に心配をかけてしまったイヴンは、謝罪の言葉を口にしようとしたのだが、その前に感極まったテオティが抱きついてきたため、大いに慌てふためいた。
彼女を転ばせないように、支えようかと迷う左手の動きは、傍から見ればかなり怪しい。
テオティに抱きつかれてはいるが、何はともあれ誤解はとけた。
そのことにほっとしたイヴンは、胸をなでおろしたかったのだが、離れた彼女の顔を見てぎょっとする羽目になった。
「よかったです。本当によかったです!
私は、もうイヴンさんが目を覚まさないかと思って・・・それで・・・」
そう言いながらテオティがポロポロと涙を流している。
また泣かせてしまった・・・。
「も、申し訳ありません。
泣かせるつもりはなくて」
「すみません、謝っていただこうと思ったわけではないのです。
ただ、安心をしたら急に。
ですが、おかげで今度本当にイヴンさんがこのような状態になってしまった時にキスで助けてあげられますね!」
「っへ!?いっ!!」
テオティなら本当にやりかねない!と思い、すっ頓狂な声を上げて後ずさったイヴンは、後ろに庇っていた自分のコピー体に座りながらも蹴躓いてしまった。
しかも、その拍子でコピー体もボンっという音と共に消え、仰向けに頭を打つ。
『い、痛い上に間抜け』とイヴンは内心で嘆き、この状況下で自身が泣きそうになった。
こんな姿をアダムに見られたら、馬鹿笑いされるに違いない。
その後、ぐだぐだやっているイヴンに代わり、ゼノンが彼女に、童話は所詮お伽話だという事を教えてくれていた。
キスをしても何も起きない。
ただ、治癒魔法を口から直に体へ流し込む方法なら回復がみられると説明しており、テオティがそれを覚えようとしないだろうかと心配にはなったが。




