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呪いの詳細を聞く前に、アシェリーは違うところにくってかかってきた。
「イヴン様のお師匠様って、アダム様ですよね!
『あの』アダム様!」
きゃーきゃー言いながら頬を赤く染めている様を見る限り、アダムのファンらしい。
それに対して、イヴンは苦笑いをして答えた。
「えぇ、まぁ、はい。
『あの』の意味がよくわかりませんが、ははっ」
「あのあの!
アダム様とお話できるんですか!?」
「いえ。あなたから伺ったお話を私が師匠に通します。
あの人、いろいろと忙しいので」
「えー、なーんだぁぁぁ」
アダムには別段何も忙しいことなどないはずだが、声を出せなくなっている状態で人様と話すのは辛いだろうと、イヴンが勝手に対談させないことを決めた。
彼女はかなり沈んでしまったが、ソイルのパンチで怒る元気はあるようだから特に問題はないだろう。
それから呪いの説明をしだしたのは、アシェリーだった。
ソイルは日が完全に沈むと同時に犬になってしまっているため、会話することができない。
「この呪い、私には何の障害も出ないんですけど、私がこの笛を吹くとソイルが犬になってしまうんです。
しかも、夜になると必ず犬になっちゃって、日が出ない限り笛を吹いても元に戻らないんです。
・・・日を追うごとに犬になってる時間も長くなるみたいで・・・」
彼女はそう言うと、首にぶら下げてある金色の笛を軽く持ち上げて見せた。
イヴンはそれをよく観察してみたのだが、相変わらず妙な気配がするだけで、やはり解き方はわからない。
「あと、地元の呪術師に聞いてみたら、同種の呪いがかかっているんじゃなくて、二人に一つの呪いなんだそうです。
そのためなのか、私にだけソイルの言葉がわかります」
アシェリーの呪いの説明が続けられ、イヴンはそれを頭の中でまとめながら一つ頷いた。
「お二人の呪いが繋がっているとは思っていましたが、一つの呪いなのですね・・・なるほど。
他に何か特徴は?」
膝の上に置いた紙に今聞いたことをペンで書き、ふと顔を上げると、アシェリーの顔が翳った。
「20歳になると、ソイルは完全に犬になります。
呪いをかけられた時の記憶はないのに、これだけはなぜか知ってるんです。
おかしい、ですよね・・・」
顔を伏せてしまった彼女を安心させるべく、イヴンは勤めて明るい口調と笑顔で応対した。
「お二人に呪いをかけた呪術者が何か記憶に細工をしたのかもしれません。
ソイルさんには、あとどのくらいのお時間が残っていますか?」
「この前19歳になったばかりだから、あと一年くらいはあります。
それまでにサウジグに行こうと思って家を出ました」
「サウジグにいるキリト=ティリンス様にお会いしたいんですね」
「はい!
あの方ならきっと、呪いを解いてくれると思うから」
『キリト=ティリンス』とは、サウジグの前ガーディアンであり腕利きの呪術師として有名な女性だ。
全ての呪いを解くことができるという噂が流れるほど呪術に身をおいていて、その噂のおかげで彼女の呪術店は難解な呪術を解く最後の砦となっている。
アシェリーとソイルがなぜ、実家に帰らずにイースティックに行こうとしていたのか、それはキリト=ティリンスに会いたいからだったのか。
彼女等の目的がわかると、イヴンは立ち上がり、二人を質問から開放した。
「お話くださって、ありがとうございました。
大体どういう呪いなのかわかりましたし、そろそろ寝ましょう。
師匠に相談し、何かわかりましたらすぐにお知らせしますね」
「はい!宜しくお願いします!」
二人して同時に頭を下げてきたのを見て、気の会う二人なんだと思ったイヴンは、火の近くに移動するまでにまたちょっと質問をした。
「ソイルくんは、いつからアシェリーさんのお屋敷に?」
「あ、0歳の頃からです」
「え、えぇ!?赤ちゃんの時から?」
予想外の答えに『働けないだろ!』と混乱していると、アシェリーがあはは!と笑って疑問に答えてくれた。
「私達、幼馴染なんですよ。
私の父の執事をソイルのパパがやっていて、ソイルのママは召使をしてくれてるから、うちのお屋敷で一緒に住んでいるんです。
だから、ソイルもうちの屋敷で生まれて育ったんですよ」
「なるほど。
だから、そんなに仲がいいんですね」
「な、仲良くなんかないですよ!!
って、あんたはしきりに首振るな!」
顔を赤くして仲の良さを否定したアシェリーだったが、足元で「全然仲良くなんかありませんよ」という風に首を横に振るソイルには腹が立ったらしく、二人はしばし追いかけっこをする羽目になった。
『ほぉ、呪いか。
キリトさんに聞けばいいんじゃないか?
その方が確実だぞ?』
「うん。
二人もキリト=ティリンス様に会いに行くつもりらしいんだ。
でも、その前に力になれたらと思って」
『まーたお前の悪い癖だな!
あまりいろんなところに首を突っ込むなって言ってるだろ。
ただでさえ問題抱えてるのに』
「つい・・・。
ていうか、その後ろの荷物、『また』?」
現在、皆が寝静まった深夜。
イヴンはただ一人寝床を離れ、アシェリーたちと話した木の陰にて魔法のビジョンと向き合っていた。
映し出されているのは、よく見慣れた赤茶の髪アダムなのだが、その背景がどうにも気になって仕方がない。
白い壁の家のはずなのに、壁が見えないという異常現象発生中。
なんと、部屋中にリボンやらバラやらのついた色とりどりの箱が積み上げられ、アダムはその狭い室内に無理やり置かれたソファーに座っている。
この現象は、アダムが風邪をひいたりすると必ず起こることだった。
つまり、女性からの見舞いの品というわけだ。
『「また」だよ。
俺の人気も衰えないな〜。手紙を一通読んでやろう!
愛おしい、わたくしのアダム様(裏声)
アダム様が王家の呪いをかけられてしまうなんて、わたくし、今でも信じられません。アダム様の不憫を考えると、毎晩涙が流れ、一睡もできません。
アダム様の美しいお声が聞きたいっ。わたくしの名前を呼んで欲しいっ。
アダム様の元気のないお姿を見かけては胸を痛め』
「もういいよ!」
一行一行名前が出てくるって・・・。
イヴンは真っ赤になって、手紙を読み上げるのを止めた。
手紙を読み上げるのを止められたアダムは『はっはっはっ』と笑いながら、ピンクの便箋を近くの箱の上に置き、足を組んでイヴンの話を聞く体勢に入った。
『で?本題を聞こうじゃないか。
どういった類の呪いなんだ』
「それが、二人に一つの呪いで・・・」
イヴンは、さっきアシェリーから聞いた呪いの詳細を全て話し、自分の意見も述べてみた。
「というかんじなんだけど。
どう?こういう特殊な呪い知らない?
師匠に解けたりする?」
説明している間のアダムは表情一つかえることがなく、ただただ相槌を打っていたのだが、問われた今は眉間に皺をよせている。
『結論から言うが、解き方はわからない。
ただ、一つわかったのが、呪いが二人の体にかかっていないということだ』
「どういう意味?
ソイルくんの体は、呪いのせいで犬になるんだよ?」
『そうだな。
だが、大抵二人の人間に一つの呪いがかかっていたら、同時に同じ症状が出るはずなんだ。
その二人、片方に呪いの効果が出すぎているだろ?
なら、二人の間にある感情や想い出に呪いがかかっていると考えられる。
その感情のあり方で、呪いの効果が偏って出ているんだろうな』
体に変化が出ているからと言って、必ずしも体に呪いがかかっているというわけではないらしい。
呪術を魔法学校で選択しなかったイヴンは、ほぼ呪いの知識がないため、解き方がわからなくてもこの教えはためになった。
『俺が忠告してやれることは、その二人が常に平常心でいるようにってことだな。
激しく落ち込んだり、怒ったりしてはいけない。
心関係に呪いがかかっているなら、そうした方が少しは進行を遅らせる事が出来る。
後は、呪いに効きそうなアイテムがあればいいんだが、その呪いと関係のないものをつけると逆効果だから、買う時は呪術師に相談してからにするといい』
アダムはそう言いながら、彼お勧めの呪いアイテム専門店の地図を紙に書いてイヴンに手渡そうとした。
だが、その手はビジョンの前で止まってしまう。
「師匠?」
『あー・・・悪いが、ビジョン越しに物を渡す魔法が使えない。
呪文を口に出して言わないと、なぁ。ははは。
しかも、セオドルが牢屋代わりになってるから、手を外に出すとちょん切れる可能性がある。
スパッと。
お前の方からこっち側に手を出してくれ』
「・・・うん」
イヴンの心には、今のアダムの言葉が重く圧し掛かった。
彼は王家の呪いがかかってから、口で話すことが出来ず、今もずっと、呪文なしで使える初級魔法を用いて脳に直接語りかけている。きっと辛い。
声が出ない上に、今まで使えてた魔法が使えないのだから。自分のせいで。
『おい。
お前、また「自分のせいで」的なこと考えてるだろ。
空気が淀んでるぞ。空気が。
お前のせいなんて微塵も思ってないって言っただろうが』
みるみるうちに表情を曇らせる弟子を見て、アダムはやれやれと肩をすくめる。
『俺の言い方が悪かったな「ちょん切れる」とか!
はっはっはー・・・って、笑え!』
どこにも笑える要素がないため無茶。
それからアダムは、何度かイヴンを笑わせようと声をかけたが、全て不発に終わり、呆れたようにソファの背もたれに寄りかかった。
『イヴン・・・それじゃただの拗ねてる子供だ・・・ぞ・・・』
「師匠?」
急に語尾を途切れさせたアダムを不思議に思い、イヴンは顔を上げた。
ビジョンに映る師匠の格好は、ただ単にソファに寄りかかっているだけに見えるが、その表情は真剣だった。
『イヴン。
俺に相談しようと思ったのはなぜだ?』
「え?」
なぜ師匠は、いきなりこんな事を聞くのか。
今まで何度も師匠にいろんなことを聞いて、頼りにしてきたのだから『なぜ?』と言われるのが理解できない。
『誰かに、俺に相談しろと言われたんじゃないか?』
「あ、うん。
ゼノンさんっていただろ?
姫様の護衛官の。
その人が師匠に相談してみたらどうかって言ってくれたんだ」
イヴンが正直に打ち明けると、アダムは少し考えるような素振りを見せたが、すぐにいつもの飄々とした態度に戻った。
『なるほど・・・。
いやぁ!頭のキレる人だな、ゼノンさんは!
天才の俺を頼るなんて正解!』
「ははは。はいはい。
でも、なんで師匠への相談を誰かに勧められたってわかったの?」
『ん?
俺に負担をかけていると思い込んでるお前が、俺を頼るとは思えなかったからさ。
相談さえも俺の負担になると思ってるんだろう。どうせ』
考えすぎ~、といった感じでアダムは手をハタハタと振ってみせる。
が、イヴンは一層深刻そうな表情をしてそれに答えた。
「相談するってことは、その事柄に巻き込むってことだ。
責任を持たなきゃいけない」
『ははははは!』
「な、何!?」
『お前、そんな大層な事を言っておいて、大事な事を忘れているんだぞ?
わからないか?』
人差し指で頭をトントンと叩きながら、意地悪そうに微笑む師匠。
それを見たイヴンは、嫌な予感がした。
とんでもなく重大な話を自分は忘れているのではなかろうか。
しかし、わからない。
何度も首をかしげていると、アダムの方からその答えを教えてくれた。
『正解はズバリ!
旅の間、俺とお前は関わってはいけないことになっている!』
「どういう?・・・え?
っ!!」
言われた意味が最初はよくわからなかったが、気づいた時には顔が真っ青になった。
そのイヴンの一変した姿を見たアダムは、愉快そうに笑っているのだが、そんなことをしている場合ではない。
そう。二人がこうして通信を取り合うのは、王から禁止されているはずなのだ。
アダムにかかっている王家の呪いは、声を奪うものと、セオドルから出させないような処置がされているものであり、通信がとれないようにされているわけではないのだが、話すことさえもイヴンに力を貸しているということになるため、もちろん禁止されていた。
「これ、これは、しし死刑?
これだけで死刑になるのかな!?
ていうか、覚えてたならどうして俺の通信に答えたんだよ!」
呂律が回らないくらいイヴンはうろたえ、余裕全開のアダムに食って掛かった。
いちいち慌てる弟子の様が面白いのか、アダムはまったく真剣にとりあわない。
『え?お前の顔が見たかったからさ☆』
「そんな理由で!?」
『そんなってなんだ!
こっちは心配してたのに!』
「もっと自分のこと心配して通信なんかでるなよ!」
『忘れてたお前が言うな!お前が!』
「うっ、ごめん。
でも、本当にどうしよう。
アシェリーさんやソイルくんにも、師匠に聞くって言っちゃったし、取り返しがつかないよ!
しかも、なんでゼノンさんが相談するように勧めてきたんだろう!
もう罰を受けるしかない。
俺だけの死刑で何とか事を納められるように交渉して・・・」
表情の変化だけでなく、イヴンはその場で立ったり座ったりを繰り返し、あーでもないこーでもないと、自分が死刑台に登る事を考え始めた。
『おい、待て待て。
もう死刑にされる気分か?そんなにうろたえるなよ。
呪いのかかった二人には、俺と話が出来なかったと言って、俺から聞いたことはお前が本で調べたことにすればいいだろ』
真っ正直に物事を考え過ぎるイヴンは、些細なことでも過ちを犯したら罪を償うことしか考えられず、今のアダムのような回避する言い訳など思いつきもしない。
まったくもって損な性格だ。
「そ、そっか。二人にはそう言おう」
『お前、もっと器用に生きろよ。
そんなんじゃ、世の中渡っていけないぞ?
まぁ、その真っ直ぐなところがお前のいいところなんだけどな。
俺と違ってさ』
このようにアダムが綺麗にまとめたのだが、イヴン本人はまだ軽くパニック状態であり、聞こえた言葉も右から左へ流れていってしまった。
「はははやく通信切った方がいいよね?これ。
アシェリーさんとソイルくんには、さっき師匠が言ったみたいに、本で調べたことにすればいいけど、ゼノンさんに見つかったら大変なことになるよ!
てゆーか、本当になんで禁止してる側のゼノンさんが勧めてきたんだろう?」
まだ立ったり座ったりを繰り返すイヴンを見て、ため息をついたアダム。
だが、弟子の疑問に答えてやろうと、少しの間、イヴンの背後をジッと観察してからニヤッと笑って見せた。
『そんなに心配なら本人に聞けばいいだろ?
ねぇ、ゼノンさん?』
この言葉にイヴンは硬直した。
まさか、背後にゼノンがいる!?
ソファに寄りかかって足を組んでいる師匠は相変わらず余裕な態度をしているが、この状況をゼノンに知られるのはまずいのではないか!?
そして、恐る恐る後ろを向いて見たのだが、予想外。
誰もいなかった。
しかし、イヴンがほっと息をついたのもつかの間、アダムがまた口角を上げてイヴンの背後を見た。
『イヴン。魔力を集中させて、探してみろ。
必ず近くにいる・・・ほら』
アダムが『ほら』といった先。
月の光で出来たイヴンの長い影。
それが徐々に盛り上がり、次第にゼノンの色・形となった。
イヴンは、「ぎゃー!!」という叫び声を口の中で押しとどめ、青ざめた。
まさか、足元から伸びる自分の影からゼノンが出てくるとは思わないではないか。
だが、突然現れた当の本人はイヴンに目もくれず、いつもの穏やかな笑顔でビジョンに映るアダムに語りかけた。
「なぜ、私の存在に気付くことが出来たのですか?
魔力も使わずに」
『勘と、今までの経験を元に。
出て来られなかったらどうしようかと思いました☆』
あっはっは、と愉快そうに笑うアダムは先程となんら変わりない態度。
だが、イヴンはおどおどしているわけで。
「あ、あの、ゼノンさん・・・」
「夜中にお一人で野営地を離れるなんて関心しませんね。
私かビルマには声をかけていただかないと」
「す、すみません。
姫様護衛の仕事をお邪魔したくなかったもので。
でも、他に・・・」
アダムと通信をとっているのはいいのか?というイヴンからの質問に、彼はこれまた穏やかな笑顔で返してくれた。
「かまいませんよ。
王は禁止なさいましたが、ミラさんから話す程度なら支障がないということで王を説得し、許可をいただいています。
ただし、こういった私の監視つきですが」
「そう、なんですか・・・」
イヴンは安心してほっと息をついた後、肝心なことを忘れていた自分が情けなくなり、肩を落とした。
だが、ゼノンはそれを「それなら早く言ってくれよ」という意味と勘違いして頭を下げてくる。
「申し訳ありません。
シーナー殿と連絡をとったほうが良いと私が進言した際に、普通に取り合ってくださったものですから、てっきりもう伝えたものだと思い込んでいました」
ゼノンに頭を下げられたことに、イヴンは即座に謝った。
「いえ!
ただ単に、俺が禁止されていたことを忘れていただけなんです。すみません」
『つまらないなぁ』
「つまらなくない!
処刑にならなくてよかったよ。本当に・・・」
アダムは本当につまらなさそうにソファの背もたれに寄りかかり、『あーぁ』と呟きをもらしている。
会話をしていたことがばれない自信でもあったのか、とにかくイヴンをからかうのが面白かったらしい。
そして、イヴンが落ち着きを取り戻した瞬間、少し離れたところで悲痛な叫びが聞こえた。




