第92話:決意
首都から帰った沙紀は、署内で引き継ぎ作業に追われていた。大きな事件はないがいくつか抱えている事件があったのでそれを他の人間に振り分けて行く。
そして全ての引き継ぎを終えると席を立ち、帰り支度をする。
「あら、さっちゃんってばもう帰るの?」
「うん。引き継ぎも終わったし、それに処分についてタロに言わなくちゃいけないから」
「そうね。ところで大祐君の指導はどうするの?」
「悪いんだけど、皐月ちゃんと田丸にお願いしていい? 一応、訓練についてはメニューを作っておいたから」
沙紀は用意していた書類の束を皐月に手渡す。
「ずいぶんと分厚いわね」
「これでも削ったの。これくらいしないと人並みになれないから」
「分かったわ。じゃあ、大祐君によろしくね」
「うん、またね」
皐月に手を振り別れると沙紀は、玄関ホールへと続く階段に向かう。そして階段を降り、入口に目を向けると扉に背を預けて立っている人物に気がついた。
逆光で顔は分からないがその体型から女性であることだけは分かる。
(誰かしら?)
軽く首を傾げながらその女性に近づく。
その人は、自分より頭二つ分ほど高い若い同年代の少女。
「華音」
少女の口から出た自分の名前に驚き、まじまじと少女の顔を見つめる。
「流花? あなたなの?」
「ああ。これが本当の私の姿だ」
「心配したのよ。あの状態の彼女に術をかけ続けるのは難しいだろうから、術を解いたのかもとは思っていたけれど音沙汰なしだったから」
「すまない。本当はもっと早く来なければいけなかったんだが…………」
顔を歪めうなだれる流花を見て何かを感じとった沙紀はストレートに聞くことにした。
「何かあったのね? 彼女に」
「実は…………」
流花はあれから自分の周囲に起こった出来事を語り始めた。そしてその話を聞くにつれて沙紀の顔から表情が消えていく。
話を全て聞き終えた沙紀は、しばらく無言のままだったがある決意を固め口を開く。
「こうなったら介入せざるをえないわね」
「いいのか?」
「ちょうど長期休暇をもらったばかりだしね。でもその前に寄りたいところがあるんだけどいいかしら?」
コンコン。
「はい、どうぞ」
病室のドアを叩く音に大祐は返事する。
「どう、調子は?」
「沙紀さん! もうすっかり良いんですけどね」
元気そうな大祐の姿を見て沙紀はほっとした。
「ごめんなさい、読書中に」
大祐の手元にある本を目にした沙紀が謝ると大祐は笑いながら言った。
「暇つぶししてただけですから。どうぞ、座ってください」
大祐は来客用の丸椅子を沙紀に勧める。
「ありがとう」
「でもどうしたんですか? まだ就業中ですよね?」
「いいのよ、引き継ぎが終わったから」
「引き継ぎですか?」
「そう今回の件で処分が決定してね。私は無期限の停職処分になったの」
「そんな!!」
「仕方ないわ、今回ばかりはね。物的証拠が出なかったんだもの」
「だからって…………」
まるで子供のように口をとがらせる大祐を見て沙紀は笑った。
「現場責任者は私だもの。それに何かあればすぐに復職させられるでしょうからね。せっかくの機会だからゆっくり休もうと思って」
「そう言われると何も言えないです。まぁ、沙紀さんが納得してるならいいですけど」
「それで私が停職中の間は皐月ちゃん達があなたの指導をするから。訓練メニューも渡してあるからさぼるんじゃないわよ? もし、復職した後に成長してなかったらぶっ飛ばすから」
ニコニコと笑いながらも物騒な光を宿す沙紀の目を見て大祐は顔を引きつらせる。
「りょ、了解です」
「じゃあ、さっさと治して退院しなさいよ」
そう言って沙紀は笑って病室をあとにした。大祐も笑って沙紀を送り出す。
そしてその直後に沙紀は姿を消したのだった、大祐達の前から。