第90話:不安
事件から一週間がたった。
瀕死の状態で病院に搬送された沙織は助かり、大祐も検査の結果異常は発見されなかった。しかし、何箇所か火傷を負っていた為、今も入院している。
大祐は、病室で新聞を読んでいた。自分が入院してからの新聞全てに目を通したがあの夜に関しての記事は無く、唯一載ったのが学院での火事の記事のみだ。
「結局、真実は闇の中ってことか…………」
読んでいた新聞を畳み、テーブルへと置き、大祐はここ数日の出来事を思いだしていた。
―――三日前、病室にて。
「出頭命令? 一体誰に?」
「課長とさっちゃんによ」
それを聞いたのは、見舞いに訪れた皐月からだった。
「ほら、一応私達を管轄しているのは政府でしょ? その政府の長は誰?」
「もちろん、総理です。…………もしかして?」
「その通り。あの夜、会場にいたでしょ? 事件の証拠の一つでも上がれば問題は無かったんだけどね」
皐月の言葉にやっぱりまずかったかと大祐は思う。
誰もが不可侵を貫いていた裏社交界。そこに踏み込んだのだ、それなりのペナルティーは覚悟していた。だが、事件の証拠さえ上げてしまえばどうにか出来るだろうと考えていた。だからこそ沙紀は、蜘蛛と呼ばれる情報処理のエキスパートであるメンバーを現場にまで引っ張って行ったのだ。
しかし蓋を開けてみれば、今回の薬物売買に関する証拠が一切消されており出てきた証拠と言えばあの夜に行われていた裏取引など今回の件には直接関係のないものばかりだった。
その上、重要参考人として拘束していた学院の教師・安藤についても上からの圧力がかかり即刻釈放。
そして、三瀬 沙織に至ってはここ一、二か月の記憶が一切ないという始末。沙紀さんによるとこの件に関しては予想済みだったらしい。
「やっぱり、証拠が出なかったのは痛かったですね」
「蜘蛛も頑張ってくれたんだけどね。出てくるはこっちの立場が悪くなる物ばかり」
「でも、何で沙紀さんまで? 課長が呼び出されるのは分かりますけど」
「現場の責任者はさっちゃんだもの。政府にとってまずそうな件の証拠は消しておいたから少しはましだと思うけど。まぁ、減俸処分くらいで済むといいけど」
「そうですね、それぐらいだったらいいんですけど」
この時、大祐を支配していたのはもやもやとした不快な感覚。それはきっと、この先に起こることを敏感に感じとっていたのかもしれないと今ならば思う。
―――――――沙紀との別れという出来事を。