第84話:予感
千夏は自ら作り出した檻に囚われた沙紀を見つめながら涼に対して治療を施していく。
「とりあえず応急処置だけど、これで大丈夫」
「これだけの傷だと確実に痕が残るか」
「それだけで済んだだけでもラッキーよ。焔のそれも一族最強の炎の使い手の攻撃を受けてその程度なら」
冷静に淡々と事実を述べてくる千夏に涼は反論する気も起きない。実際、沙紀の炎が襲ってきた瞬間、もう駄目だと思ってしまった自分がいたから。
「彼女の力は覚醒しましたが、マスターは一体何がしたいのですか?」
沙紀の怒涛の攻撃が始まってから悠然とその炎を避け続けていた主の気配がすぐ側に来たのが分かった千夏は、その真意を正そうと問いかけた。
「私はあくまでも公平に事を進めたいだけだよ。この先の事を考えたら彼女の覚醒は必要なことなんだ。ただ、こんな醜悪な姿を見ることになるとは思ってもみなかったが」
「醜悪? 大切なものを失った人間がそれを奪った人間を憎むのは至極当然です」
「そうだね。でも、彼女は彼等に選ばれた人間だ。誰よりも強い心と気高き心でその力を使わなければならない。それを分かっていながらこんな力の使い方をするなんて本当に醜悪だ」
その言葉に千夏は少し違和感を覚える。マスターの言葉には彼女に対する失望感が感じられたから。いくら彼女が彼等に選ばれた存在だからと言ってもまだ幼い彼女にそこまで望むことは普通ないと思うのだ。
(誰かと彼女を重ねている? でも一体誰と比べるというの?)
「ちょっと、大祐君。待ちなさい!!」
いきなり走り出した大祐を必死に追いかけながら皐月は、叫ぶ。
2人分の結界を張る作業は、やはりその相手との距離が大切で。
(何なのよ、まったく!!)
別に大祐の意思を無視して足止めをすることなど皐月には朝飯前だ。それなのに何故そうしないのか、それは大祐の表情にある。
今までにない程張りつめた横顔。それには何かを恐れているふしがある。
(もしかして大祐君の能力が発動しちゃったとか? この様子だとその可能性は大か)
だとするとその対象は間違いなく沙紀や田丸達にあるだろう。
(あの馬鹿のことだからさっちゃんの暴走を止めそこなっている気がする)
額から滝のように汗が流れ始めた頃、目の前に先ほどまでいたホールの扉が見えてきた。
扉を目にした途端更に大祐は加速し、あっという間に扉の前まで行くと無造作に扉を開け放ち中へと消えていく。
(普通、敵がいる場所に無防備に入る!? ふざけんじゃないわよ!)
一連の大祐の行動を見ていた皐月の顔色は青から赤へと忙しく変化する。
皐月は慌てて大祐と同じようにホールへと飛び込み叫んだ。
「大祐君! 生きてる?」
「暴れんじゃねぇ、このアホ!」
「放してください!!」
ホールの中に入った皐月が目にしたのは田丸に羽交い絞めにされている大祐の姿だった。
どうやら最悪の事態はまぬがれたらしい。
「落ち着きなさい、大祐君!」
「急がないと、沙紀さんが…………」
「だからって1人で突っ走って何が出来るの? 私達にちゃんと説明しなさい。田丸、あなたも! さっちゃんはどうしたの?」
「さっちゃんが姐さん達が来るのを待ってから来いってさ。もしかしたら俺の力が必要になるかもしれないからって」
「大祐君は?」
「見えたんです! 沙紀さんがあいつに、鬼面の男に………」
大祐が興奮しうまく言葉にならないせいで正確な事は分からないが沙紀に何かが起こるらしいということは分かる。
「とにかく急いでさっちゃんを追うわよ。大祐君、これ以上私の指示に従えないならここから先あなたはここで待機よ」
「そんな…………」
「一度深呼吸して落ち着きなさい。これから先は、つねに冷静さが必要よ」
「…………分かりました」
大人しくなった大祐を見て田丸は、抑えていた大祐を自由にする。
「田丸! この件が終わったら分かってるでしょうね?」
地を這うような皐月の声に田丸は、怯えながらも精一杯返事を返した。
「了解です、姐さん」
「じゃあ行くわよ」
3人が沙紀の後を追おうとしたその時、足元を大きな揺れが襲う。それと同時に部屋の温度が急速に上がり始める。
「爆発? ううん、違うわ。この力の波動はさっちゃん?」
今感じたのは沙紀の力に間違いはないと思う。慣れ親しんだその波動に皐月は、安心すると共に大きな不安が胸を過る。
(力を使っているってことはまだ無事よね。だけど、尋常じゃないわ、この力)
「急ぐわよ!!」
3人は急いで沙紀が消えた扉を開け放ちその中へと駆けだした。