第80話:覚悟
「沙織!!」
沙紀は球体に駆け寄り手を伸ばす。すると、球体は消滅し沙織の体が落下してきた。沙紀は、何とか受け止めようとしたが自分より体格のよい沙織を抱きとめることは出来ずに一緒に倒れ込む。
床に打ちつけられた体が痛むがそれどころではない。
急いで首筋に手を当て脈拍を確認し、呼吸も確認する。わずかにだが、脈拍はある。
しかし、大量の血が流れたのだろう、その顔は青白く一刻の猶予もないようだ。とにかく止血を施す。
あとは時間との勝負だ。
「何故こんなことを?」
「マスターの話を聞いていたでしょう? これは貴女との対面の場でもあり私と過去の決別の場だと。私なんかを追いかけてくる時ではないでしょうに。まぁ、この子に命じたのはあの子だもの。…………だから駄目なのよ」
「だからと言って自分のお付きの人間に対してこんなことをするなんて」
「分かってもらおうとも思わない。これは私と一族との問題であって貴女には関係ないから」
以前会った時と同じ感情を一切排した千夏の本心を窺うことは出来ない。ただ、彼女の瞳に宿る意志の光は沙織の姿を映してもゆらぐことはない。自分の総てと引き換えにしても成し遂げるという覚悟の強さの表れだろう。
沙紀は冷静に今の状況を分析する。
自分の腕の中には瀕死の沙織。そして目の前にいるのは、強い力を持った2人とその2人が認めた主。
3対1。
(勝ち目はないか。一番良いのは、この場を速やかに撤退すること。だけど……)
自分の腕の中にいる沙織を連れて逃げることは不可能。この場合は、沙織を置いて自分だけでも撤退するのが正しい判断。
だけど、そんなこと出来るわけがない。
2人で無事にこの場をやり過ごす方法は1つだけある。でもその方法を取るということは、今の生活を捨てることを意味する。
沙紀は、瞳を閉じて呼吸を整え覚悟を決めた。
「私の仕事は人々の生活を守る事。その為なら力を開放することも厭わない」
沙紀は、いつも身に付けている組紐に手を伸ばすとその紐を解く。
その瞬間、沙紀達を取り囲むように炎が現れた。いつもの青い炎ではなく、紅い炎が舞い踊る。
この紐は、封印の証。彼等が幼い沙紀を守る為に施した封印。これを外し力を使えばこの国に住む全ての一族の人間に自分の生存が知れ渡るだろう。
そして今までの平和な時間は終わりを告げ、いやがおうにも争いに巻き込まれる。
「だからどうしたというの。私は私の道を行くまで」
沙織の周囲に炎で結界を作ると沙紀は、前へと進み出た。そして鬼面の男を睨みつける。
「千夏さんを引き渡せないというなら、力ずくで連行するまで。さぁ、どうします?」