第78話:扉
「別に入口に仕掛けなんかないのに。用心深いね」
あとを着いてくる人間が1人減ったのを感じ取ったのか涼は、肩をすくめる。
「不足の事態に備えるのは基本です」
「まぁ、そうだろうけど。普通、リーダー格が後方待機じゃないの? やっぱり焔の血?」
「上に立つ人間として当然。私は下につく人間を前に出して自分は後にいる作戦は好みません」
意志の強いその声に涼は、パチパチと拍手を送ってくる。
「そこまで言い切れる人間ってなかなかいないし、尊敬するよ。でもね、上が倒れたら下は混乱するってことも覚えたほうがいいよ」
「………そうね」
自分の欠点をつかれた沙紀は、そう返すだけで精いっぱいだった。
何故なら学園にいた頃から沙紀の戦法に対して皆、同じ事を忠告してきた。
――――指揮をとる人間が倒れたらそこで終わりだと。
分かっていながらも沙紀はそれを変えることはしてこなかった。自分が傷つくのはいい。だけど他人が傷つくのは見たくないのだ。
「もしかしてあなたが一族を出た原因もそれですか?」
「いや、それには直接関係はないよ。僕が一族を見限ったのは別の理由がある。というか逆だよ。上の勝手な行動や考えに嫌気がさしたんだよ」
坦々と語る涼の口調には感情は無く、ただ事実を述べるだけで涼の心を窺うことは出来ない。
「あなた方は何がしたいのです?」
「僕は復讐かな」
「誰に?」
「僕という存在を認めずただいざという時の道具としてしか扱わなかった親や何も知らずにぬくぬくと育ったあいつに」
「あくまで個人的な感情から?」
「僕達は皆そうだよ。自分達の欲を満たす為に一緒にいるだけ。僕の欲を満たす代わりにマスターの欲を満たす。簡単なことだよ」
「では、そのマスターの欲とは?」
その言葉に涼は立ち止まりゆっくりと振り返る。そして、目の前に現れた黒い扉を指さし微笑んだ。
「それはマスターに聞けばいい」
指された扉を目の前にした沙紀は、扉の隙間から漏れ出てくる気配に息を飲む。
何という憎しみだろう。
その上一切の迷いのない強靭な意志の力。
(私はこの気を感じたことがある。あの日に)
あの日に感じた恐怖に体を支配されながらも沙紀は震える手で扉を開く。閉ざされた記憶の扉と共に。