第73話:邂逅、そして
少年に案内された沙織がたどり着いのは、1000人は余裕で入るであろう大きなホールだった。
天井には大きなシャンデリラが輝き、まるで中世のヨーロッパの舞踏会場といった感じだ。そして周囲の人間はというと皆、ドレスやタキシード姿。その上、目元にはマスクをつけている。
(互いの顔を見せないようにか。後ろ暗い事も起きるだろうからな)
「こちらへどうぞ。初めてのお客様は、主催者と挨拶をするという決まりなので」
「分かった。聞いてもいいか?」
「答えられることなら」
「先生も来ているのか?」
「ああ、マスターと一緒に貴方の到着を待っているよ。さぁ、こちらへ」
再度、少年に促される。
「案内を頼む」
沙織は周りの状況をそれとなく観察しながらホールの反対側にある扉の前に立った。少年は、扉を開け沙織を中へと招き入れた。
「僕はここまで、あとは一人でね。大丈夫、緊張することはないよ」
扉を閉めながら少年は、そう言い残す。
(別に主催者に会うぐらいで緊張はしないさ。まぁ、何がどう出るか分からないという事に関しては緊張するが)
一人になった沙織は、慎重に先へと進む。先ほどの華やかなホールとは正反対に装飾のない地味な木の廊下が続く。人の気配は一切なく静寂に支配された空間。響くのは自分の足音のみ。
3分程歩くと目の前に黒い扉が現れる。
「ここか」
真黒な扉に対してドアノブは金色。照明の光がキラキラと反射して、さぁ開けろと言わんばかりにその存在を誇示している。
呼吸を整え、己に宿る力の感覚の波長を合わせるとその扉を開いた。
開くと同時に部屋の中から流れ出てきた波長に沙織は、驚愕すると同時に泣きたくなる。流れ出てきたのは慣れ親しんだ清廉な水の波長。
(やはりそうなのか………)
その波長に導かれるように部屋の中へと進む。すると部屋の中央には、ひざ丈のブルーのドレスを纏った少女がこちらに背を向けて立っていた。
ピンと伸びた背筋とどんな時も俯くことなく前を見据える凛とした姿。その変わることのない誇り高い姿に堪え切れずに涙を流す。
「…………様。 どうしてこのような真似を! 何故ですか? 清花様!」
沙織の悲痛な叫びに呼びかけられた清花は、ゆっくりと振り返る。
「貴女こそ、何故こんな所まで来てしまったの? 残念だわ、流花。せめて、私の手で送ってあげる」
「!?」
清花は、一瞬で沙織との間合いを詰めると隠し持っていた短刀で沙織の腹部を突き刺し引き抜いた。
「何故………です………か」
床に倒れ伏し、沙織は遠のく意識の中同じ呟きを繰り返しついには意識を失った。
「私にはやらなければいけないことがあるの。ごめんなさい」
倒れた沙織の側にしゃがみ込むと清花はその頬を優しく撫でた。そして清花の瞳からは涙が一筋零れ落ちその後は堰を切った様に零れ続ける。それでも声は出すまいと強く唇を噛み必死に堪えた。
だから、気がつかなかった。扉が開き少年が入って来たことにも。
扉に背を預け少年は、思い出す。自分に呟いた少女の言葉を。
(次に決着をつけるのは僕か)
今は泣かせてやろう。
そう考えただジッとその光景を見守っていた少年もインカムから流れた主からの命に、ここまでかとため息をつくと清花に声をかける。
「千夏、彼女達が来たよ」
その声に清花はビクリと体を震わせる。
まさか、自分が泣く姿を彼に見られるとは思わなかった。
「分かった。今、行く」
さっと涙を拭うと清花は、少年と一緒にその場を後にした。