第70話:経験
「ここよ」
沙紀に案内された大祐達は、問題の壁を注意深く観察する。特に皐月は、軽く手で触れたりしながら壁の感触を確かめたりしている。
「へー、見事なものね。けっこうな腕じゃないこの結界を張った人間」
腕を組みながら皐月は、結界についての感想をもらす。結界を張った人間を褒めているがその目は決して笑っておらず、むしろその反対に物騒な光が目に宿る。
「私も驚いたの。だけど、皐月ちゃんなら大丈夫かなって」
「もちろんよ。ちょっと危ないから後ろに下がっていてちょうだい」
その言葉に大祐達は、1メートル程離れる。それを確認した皐月は、壁に手を当てると瞑想を始める。
すると、手から青白い光が生まれ壁に大きな円を描いた。するとその光からバチバチと静電気が発生する。
「我等を惑わす幻影よ、消え去れ」
バリッという大きな音がした直後、光が霧散し目の前には扉が現れる。
「楽勝! どう? さっちゃん?」
「さすが、皐月ちゃん。お見事」
「すごいです」
大祐は、思わず拍手を送る。
(すごいな。俺もちゃんと訓練しないと)
「じゃあ、行きますかね。俺、大祐、姐さん、さっちゃんの順番で」
田丸は、皆が頷き態勢を整えたのを確認すると扉に手をかけそっと開いた。
扉を開くとすぐ階段になっていて地下へと続いているようだが、どれぐらいの深さなのかは分からなかった。
それぞれ銃や警棒を構えながら、ゆっくりと音をたてずに進む。5分程すると階段は終わり廊下に出た。
「ここのセキュリティは?」
「切ってあるから大丈夫。とりあえず沙織の位置を確認しないと」
時計のボタンを押し、地図を出す。しかし、沙織に持たせた発信機の反応は出ない。
「まだまだ、会場まで距離があるみたいですね」
「そうね、とりあえずこの先の角を曲がると扉があるみたいだから角の手前まで移動するわ」
4人は、警戒しながら曲がり角の前まで移動する。そして、そっと先を窺うと扉の前に屈強そうな男が2人立っている。
「さてと、ここからは俺等の出番だな、大祐」
「一発でしとめないと」
田丸と大祐はタイミングを取り、一気に男達の所まで走ると田丸は、右の男の鳩尾に突きを喰らわせる。それと同時に大祐は左側の男の鳩尾に蹴りを入れ気絶させた。
「あんた達、もう少し頭使わないと死ぬわよ」
「皐月ちゃんの言うとおり」
2人の行動に沙紀達は苦言を呈した。
気絶させた男達に拘束具を着けながらそれを聞いていた大祐は、2人の言葉に戸惑う。
「能力者かもしれない人間に対してつっこんでどうするの。この場合は皐月ちゃんに香で相手の動きを封じてもらってから気絶させなさい」
「そうですね。気をつけます」
「まぁ、今回は相手が普通の人間だって分かってたから止めなかったけど次は気をつけなさいね」
「何で、普通の人間って分かったんですか?」
「能力者がいたら結界が消失したことに気が付くだろ?」
「何事も経験だから。良かったわね、タロ」
「大祐、こいつらの武装解除と持ち物検査しとくぞ」
「はい」
田丸に呼ばれ大祐は、男達の服などをチェックし始める。その横で皐月は、細々と指示を出し作業を進める。
その間に沙紀は通信機で外に待機している人間達にいくつかの指示を出すと大祐達の元へ近づく。
「何かある?」
「銃、通信機、後は携帯食くらいかしら」
「じゃあ、通信機の回線を蜘蛛に回しておいて。後の処理は別班にまかせて先へ進む」