第68話:始まりを告げる声
「準備出来たか?」
「涼」
外界と屋敷をつなぐ池の前に立っていた千夏は、振り返り頷いた。
青いシルクサテンのワンピース姿の千夏は、その池に手を浸し水の感触を楽しむ。
「濡れるぞ?」
「大丈夫。水精との波長を高めているだけ」
千夏の言葉に涼は驚く。
「おい、たかが裏社交界に行くだけだぞ? 何でそこまで念入りに準備をしてるんだよ?」
「涼も準備したほうがいいよ」
「だから、その根拠は?」
「彼女が関わっているから」
「確かに内に秘めてる力はかなりのものだと思うけど、今の状態なら別に僕達でも十分渡り合える」
水に浸していた手を引き上げてその手に着いた水滴を千夏は、見つめる。
「そうかしら? 多分、今回の件で彼女の力は完全なる覚醒を迎える。その覚醒が彼女にとって良いものか悪いものなのかは別としてだけど。そうなったら私達では彼女と互角に渡り合うのは無理」
坦々と語る千夏の姿は、すでに確定された未来を告げている予知能力者の様で涼は寒気を覚えた。
「…………私には別件があるから」
「え?」
「それに何故マスターがこんな事件を起こしたか、その理由がやっと分かったの」
「さすがだ、千夏。やはり君は優秀だな」
突然響いた男の声に2人は、振り返る。
「「マスター」」
そこに居たのは中年の域に達したスーツ姿の男。彼こそ、千夏達が主と仰ぎ従う人物であり裏社交界の主催者。
「これは彼女の覚醒の為の一件でもあり、君自身の過去との決別の場。そして私との契約の再確認をしてもらう場でもある」
「やっぱり。薬が完成したのだから当然です。私は薬を作るという目的を達成した、だから今度はマスターの目的を達成させなければならないですから。それが誰にどんな結末をもたらすことになろうとも」
千夏の迷いのない言葉に男は満足気に頷くとパチンと1度指を鳴らした。するとその音に反応して池の上に丸い光の円が現れる。
その光の円に2人を促した男は、薄く笑みを浮かべ一言呟いた。
「さぁ、宴の始まりだ」
久し振りの更新です。
ようやく親玉登場、やっと出せたことに作者は安心しております。