第56話:交渉成立
「あなたが決着をつける?」
「悪いがこれは我々一族の内輪の問題だ。いくら華音でも話す気はない」
そう言うと流花は、固く口を閉ざしてしまう。それを見て華音は溜息をつく。
(まぁ、自分の一族の問題を他家には話さないのは当然のことか)
だけど、これはけっこうな収穫だ。総領付きの人間が、単独で実務に着くなんてことは、本来有りえない。
総領付きの本来の仕事は、総領の補佐と身辺警護。総領本人が任務についているのなら当然だけど、水鏡の総領が実務にそれも後方支援でなく前線に出るなんてことは無い。何故なら彼女は…………。
「普通の教師ではないと思っていたが、まさかあなたが刑事だなんて思いませんでしたよ、大熊先生」
「どういう意味かな?」
最後の先生という言葉に嫌味が込められているのを感じとった大祐は、慎重に答えを返す。
「女生徒をあしらえない純情そうな人間が刑事なんて職に就いているなんて何て意外性のある人物なんだと驚き、関心しているところです」
その言葉に大祐は固まり、部屋の奥と入口からは笑い声が上がる。
「ははははっ。そりゃそうだな」
「まぁ、仕方ないわね」
「田丸さん! 皐月さん!」
流花は、名前を呼ばれたそれぞれの人物の顔を見て呆れた。
「養護教諭に用務員、教師に生徒。よくこれだけの外部の人間をあの名門校に潜入させたものだ」
「さぁ、それに関してはさっちゃんが手配したから私達は知らないわ」
「さっちゃん?」
「私のことよ。沙紀だからさっちゃん」
沙紀の答えに流花は目を丸くする。
(一族の総領姫をちゃん付で呼ぶなんて、焔の連中にばれたら制裁ものだな)
「で、本題に戻すが私を捕まえてどうするつもりなんだ?警察の人間なら私に手を出せないことなんて分かっているだろう?」
「確かにね。でも、あなたがもし迷夢の秘薬の件で動いているなら共同戦線を張らせてもらえないかと提案したくて」
迷夢の秘薬という言葉に沙織はわずかにだが反応を見せる。
「正直、一族が出張っているなら最後は事件は有耶無耶にされて終わりでしょう……」
「そこまで分かっているなら………」
沙紀は軽く手を上げてその先に続く言葉を止める。
「薬の被害が政府のおえら方に出ているだけなら一族が関わっていると判明した時点で私も捜査は止めるわ。どうせ、そのポストを狙った人間が起こした事件だろうしね。でも、被害は一般にまで広がっている。どっちが先かと言ったら若者達に薬が出回ったのが先。理由は、彼等で薬の効果を試していたから。きっと薬を作った人間は、詳しい作り方を知らなかったんだと思う。でも、薬の完成品が出来た。そして、一連の事件が始まった」
「華音の推理は正しいと私も思う」
「薬の製作者は、一族の者。それに関しての制裁はあなたの仕事でしょう? だから手を出すつもりはないの。だけどね、薬を作る過程で出来た試作品で私腹を肥やした人間、あるいは組織をそのままにしておくことは出来ないの」
「制裁を任せると。でも、私が制裁を行ったところでまた同じことが起きるかもしれないとは思わないのか?」
「一族が行う制裁なのよ? その制裁がどんなものかは私が一番知っている。それに総領付きのあなたが制裁を行うということは次期当主の彼女の意志。それに逆らう馬鹿が水鏡にいるとは思わない」
正面から自分を見据え断言する沙紀の強い眼差しに流花は、白旗を上げることにした。
「分かった。一応、上に報告してからということになるが多分通るだろう。それに華音と任務につく機会などないだろうから、個人的にはぜひと言いたい」
流花はにやりと笑い、手を伸ばす。
その手を握り沙紀は微笑む。
「交渉成立ね」
「主に報告してからまた明日ここに来る。……何か伝言はあるか?」
「あなたなら一族を真っ直ぐに導ける。そして一族を蝕む邪をその内なる瞳で正しく見通せると思う。誰が味方で誰が敵であるかも」
「華音は戻らないのか?」
「いつか全てを取り戻せる日が来たのなら堂々と帰還する。それまではくれぐれも……」
「君は九重 沙紀、特異課の刑事。それ以外の何者でもないだろう?」
流花は、軽くウィンクし立ちあがると手を振って病室を去って行った。
自分がまねいた事態とは言え、名前の間違いを起こしはじめました。
えっと、流花(沙織)にとっては、沙紀は華音でしかないので呼ぶ時はそう呼ばせてます。
しかし、話の中で沙紀の動きやらを示す時は沙紀と表記することにしてます。
これが学校のシーンなら華音に統一しますけども。
ややこしくてすみません。
書いている本人もだいぶ混乱してます。