第54話:侵入
沙織は早速行動を起こすことにした。大熊から聞いた華音の症状に心当たりがあったから。
もし、沙織の予想通りの結果であれば沙織が行動を起こさないかぎり華音は永遠に夢の中にいることになってしまう。
それはどうしても避けたい。いや、避けなければならない。
今回の自分の仕事にも関係することだし、もし彼女が本物であれば何をおいても助けなければなるまい。あの方の為にも。
病院の非常階段の近くに身をひそめ人通りが無いことを確認する。学校帰りに下見と細工は済ませておいた。
足音をたてないよう注意しながら非常階段を昇る。そして最上階の扉の前でドアにかけておいた幻視結界を解除し、ひっそりと静まり返った院内へと侵入する。
さすがに深夜であるこの時間帯に人影はない。時々、看護師の姿を見かけたが物陰に隠れやり過ごす。
そしてついに目的の部屋にたどり着く。
プレートには、天見 華音の文字がある。
(よし、ここか)
スライド式の扉をゆっくりと開け、病室の中へと入る。特別室らしく中はかなりの広さがある。
視線を巡らせると窓の近くにベッドあるのが目に入る。
ゆっくりとベッドに近づくと、そこには月明かりに照らされた華音の姿があった。点滴や脈拍などを測る機械から出たチューブに繋がれたその姿は痛々しかった。
沙織は手を近づけ、呼吸を確かめる。
「呼吸も脈拍も正常か。本当に眠っているだけ、だとするとやはり……」
沙織は自分の予感が外れていなかったことにかなりがっかりした。
まさか、一族内で起きた事件に彼女が巻き込まれるとは夢にも思わなかった。
「待っていろ、華音。すぐに起こしてやる」
沙織は、腰につけたウエストポーチから小さな小瓶を取り出す。中にある液体は微かに赤みがかっている。
一・二回程小瓶を振る。そして蓋を取り華音の口に含ませようと上半身を抱え起こし口元に近づけた時だった。
小瓶を持った方の手首をガシッとつかまれたのは。
「!?」
カチャリ。
自分の背に押しつけられた感触。それは、銃口。
いつの間にか部屋に数人の人間の気配がした。
「動かないで。やっぱり、来たのね。沙織」
そう言ったのは、自分の手首をつかむ眠っているはずの華音だった。