第53話:種まき
ミサから一週間がたったが、華音の意識が戻ったという知らせはなく学院全体が重苦しい雰囲気に包まれていた。
沙織も教室で一つだけ空いている席を見ては溜息をつくということを毎日繰り返していた。
この一週間、沙織はあらゆる行動をしていた。先生方に華音の入院先を尋ねたり、データベースに侵入して住所を調べ家を訪れたりだ。
しかし、家にはお手伝いがいるだけで入院先を教えることは出来ないとだけ言われた。せめて、何の病気なのかだけでも教えてもらえないかと詰め寄ったが駄目だった。
「さてと、どうしたものかな」
本日何度目かの溜息をつくと教室に一人の教師が入ってくるのが見えた。あの若い男性教師だった。
視線を追っていくとあろうことか華音の机を漁っている。
(何をしているんだ、あの男は!!)
「大熊先生、何をなさっているのですか? そこは天見さんの席ですが」
「天見さんのご家族から溜まっているプリントなどがないか問い合わせが来たから確認だよ」
「それなら、担任の安藤先生が管理なさってます」
「そうなのかい? ありがとう、聞いてみるよ」
沙織の言葉に大熊は教室を去って行く。
(そうだ、あの男なら…………)
ある事を思いついた沙織は急いで大熊の後を追う。そして階段の踊り場で捕まえることに成功する。
「大熊先生! ちょっとよろしいですか?」
必死な顔で自分を追いかけてきた沙織を見て大熊は不思議そうな顔をしている。
「どうしたんだい?」
素早く周囲に人がいないのを確かめると沙織は、低い声で問いかける。
「先生、天見さんはどこに入院しているか知っていますか? 皆から預かった手紙とかを届けたいのですが」
「現在、面会謝絶だそうで教えるわけにはいかないんだよ」
「だったら、華音は一体何の病気なのかだけでも教えてください!」
「いや、それもね………」
大熊は首を横に振り答えようとしない。その対応に沙織のイライラはつのる。
「先生!お願いします」
沙織は、頭を下げて頼みこむ。その姿を通りかかった他の生徒がチラチラと二人を見比べては何か話している。
「みっ、三瀬さん。頭を上げてくれないかな」
「教えてくださるなら」
なおも頭を上げようとしない、沙織を見て大熊は溜息をつく。そして持っていた紙切れに何か書きつけると折りたたみ沙織に手渡す。
「ここが病院、でも面会謝絶だし会うのは無理だよ。それと誰にも言わないで欲しいんだけど、約束守れるかい?」
「はい」
「どうも病気じゃないらしい。いつも通り、就寝して朝起こしにいったら意識不明だったらしい。それも、ただ眠っているだけらしいんだ。原因は今も分かっていないらしい」
「眠ったまま?」
「ああ。それに噂だけど他の学校でも何件か同じような事例があるみたいだね」
「そうなんですか…………」
沙織の顔が青ざめているのを見た大熊は明るい声で言った。
「大丈夫。その内、目を覚ますさ」
「そうですよね……。ご無理を言って申し訳ありませんでした。失礼します」
沙織は、大熊に軽く会釈をして教室へと戻って行った。
自分を見ている大熊の懐疑の眼差しとひっそり呟いた言葉には気づかないまま。
「引っかかったな。これで種まき終了だ」