第45話:亀裂
面会時間も終わり静けさに満ちた病院の廊下をバタバタと走る数人の足音が大きく響く。その騒音と何より廊下を走るという行為に看護師にすれ違うたびに叱責を浴びるがその一団はそれを軽く受け流して目的の病室まで一気に走った。
病室に前に着くなり先頭を走っていた女性は扉を勢いよく開き中へと駆け込む。
「さっちゃん!!」
「皐月ちゃん、ここは病院よ。静かにしないと怒られるわよ?」
沙紀は、部屋に飛び込んできた皐月を見て眉をひそめながら声をかける。いつものように。
その姿を見て皐月は、安堵し溜息をついてベッドの側にある椅子へと腰を下ろす。そして一緒に来た田丸や大祐も皐月の後ろへと立って沙紀に声をかけた。
「無事で何より、さっちゃん」
「沙紀さん、良かった」
そんな3人を見て沙紀は、体を起こす。
「ダメですよ、沙紀さん! 寝てなきゃ」
大祐は、起き上がろうとする沙紀を止めようと声をかけたが沙紀はそのまま起き上がる。
「あのね、皆はどう聞いたか知らないけど私はただの寝不足よ」
沙紀のその言葉にめずらしく田丸は真剣な面持ちで沙紀の目を見据える。
「ただの寝不足の人間が丸1日以上目を覚まさないなんてありえないだろう」
「そうよ、一体何があったの?」
「皐月ちゃんまで……」
皐月にまで強い口調で問い詰められても沙紀は、同じ説明を繰り返す。
「だから、本当にただの寝不足なの。そんなことより、捜査はどうしてるの?」
沙紀は、話題を変えようと大祐に捜査状況の確認を求める。
そんな態度を見て、大祐は自分の中で何かがプツンと切れるような感じがした。
「いいかげんにしてください!! 俺達は本当に心配したんです。田丸さんの言うとおりたかが寝不足であんな状態になるわけないじゃないですか」
「そんなおおげさな………」
沙紀が大きく溜息をつく姿を見て、大祐は本当にキレた。
次の瞬間、パシッという乾いた音が部屋に響く。
大祐が沙紀の頬を叩いた音でいきなりの出来事に沙紀は自分の頬を抑えて呆然と叩いた大祐を見つめる。
田丸と皐月も予想外の大祐の行動に言葉を失う。
この数カ月、沙紀に何を言われても怒らなかった大祐がついにキレたのだった。
「沙紀さんがこのところ俺等に何か隠し事をしているのは知ってます。でもいつかはちゃんと説明してくれるって思ってました。だから、皐月さんだって何も言わなかったんです。俺達は同じ職場の仲間です、時には互いの命を任せる仲間です。それなのに……そんなに俺が信頼に値しない人間ならもう一緒にバディを組むのは無理です」
大祐はそこまで一気に叫ぶと、くやしそうに顔を歪めて病室から走り去って行った。
「さっちゃん、私も大祐君に同意見よ。私達の仕事には互いへの信頼が不可欠なのよ。今のさっちゃんとは一緒に仕事は出来ないわ」
低い声で皐月は呟いて大祐と同じように病室から出て行く。その後を追うように田丸も部屋のドアへと足を向けると一瞬立ち止まり沙紀に問いかけた。
「さっちゃんにとって俺らはどういう存在?」
その言葉に、沙紀は答えることが出来ずうつむく。そして顔を上げた時にはもう誰もいなかった。
「だってこれは私の問題だもの。私が負うべきこと、皆を巻き込むわけにはいかない」
沙紀の両目からは、涙がどんどんと溢れそれは強く握り込んだ自分の手に降り注いだ。
「もう潮時なのかな」
そう呟いた沙紀の傍らに1人の女性が音もなく現れた。その人は、黒髪で紅いシンプルなロングドレスを着た20代後半の泣き黒子のある妖艶な女性、焔に伝わりし宝刀・煉獄に宿る精霊・華炎だった。
華炎は一人泣き続ける沙紀を泣いている幼子にするように抱き締めその背をさすり続けた。