第32話:かけひき
華音は、席に戻るなり携帯を取りだすと急いでメールを送った。ある人物に。
そして沙織が戻ってくるなり、帰宅することを告げ図書館から足早に去った。
その10分後、校門の前に一台の黒塗りのベンツが止まる。そしてその車から現れたのは、執事姿の左京だった。
その整った顔に極上の笑みを浮かべ、後部座席のドアを開け華音の手を取り車へと誘う。
「どうぞ、華音お嬢様?」
「ありがとう、左京」
その場面を見ていた他の生徒からは、感嘆の声があがる。そしてドアを閉めた左京は、生徒らに優雅に一礼すると助手席へと乗り込み、車はゆっくりと走り去った。
次の日、この話が学院に広まったのは、当然の成り行きだった。
「それにしても良くお似合いですね、華音お嬢様」
「学院を出たのだからその名で呼ばないで。で、調べてくれたの?」
「そこにある封筒の中身がそうです」
沙紀は、封筒から数枚の書類と見取り図らしきものを取り出す。
「1枚目にあるのが公式な見取り図です」
沙紀は、問題の個所をチェックする。しかし、見取り図は見たままの姿を表していた。
「おかしい箇所はなしか」
「公式ではそうですね。2枚目を見てください。おもしろいことが分かるかと」
「……………地下室!!つまりあの壁は目くらましで、壁の奥には地下への階段があるのね」
「そうです。実は、図書館の他にも学院になる前から存在する建物があります」
「礼拝堂?」
「はい。そして礼拝堂にもいずこかに地下へと続く階段があります」
「その地下には何があるのかしら?」
「もうお分かりでしょう?社交場の1つです」
「1つということは他にもあるのね、社交場って」
これまで連綿と続いてきた裏社交界。その拠点が複数あってもおかしくはないか。
この事件を捜査し始め、裏社交界が関わっていると分かった時にふと湧いた疑問。何故、主催者は薬の売買を認め続けるのか。これだけ世間を騒がしたのだ、いずれは疑いの目が向けられることくらい分かるだろうに。
「それともわざと見て見ぬふりをしているのか」
一人考え込む沙紀を左京はルームミラーで見つめる。その口元に意味深な笑みを浮かべながら。
「お嬢様、いつものが手に入りましたのでどうぞ」
左京は、小さな布袋を沙紀の手のひらに落とす。
「ありがとう。聞いてもいい?」
「何でしょう?」
「こんな物、貴方はどうやって仕入れているの?」
「聞きたいですか?」
その瞬間、左京の顔から笑みが消える。そしてその目には、厳しい光が宿る。2人の間に緊張感が張り詰める。その緊張感を破ったのは、沙紀だった。
「止めておくわ。今の私には知る必要がないことだもの」
「そうですか残念ですね」
その言葉に至極残念そうに肩をすくめた後、左京の顔にはいつもの笑顔が戻る。
「そこの角で止めて」
その言葉に反応して車は、歩道の端に寄る。車が止まったと同時に沙紀は、ドアを開け降りる。
「ありがとう。またお願い」
「いえ、まいどありがとうございます。それでは……」
そして車は走り去って行く。それを見送りながら沙紀は呟く。
「残念だけど、今の時点で貴方達の争いに介入する気はないのよ」