第30話:初めての感情
授業の終わりを知らせる鐘が鳴り響くと、それまで静かだった校舎が嘘のように騒がしくなる。
「じゃあ、失礼します」
「気をつけてくださいね?大熊先生?」
「天見さんも教室に早く戻るんだよ」
沙紀のからかいに自分も乗っかり、その場の雰囲気を元に戻すと大祐は、教師・大熊の顔で保健室を後にした。
「天見さん。あんまり先生をいじめないようにね」
「いじめてません」
「本当に?」
皐月の探るような視線から逃れるように天見 華音に戻った沙紀は、同じように保健室から出て行った。
「さっちゃんてば、意外に独占欲が強いのかしら?」
誰も居なくなった保健室に皐月の声が響いた。
保健室を後にした華音は、廊下を早足で歩きながら、先ほどまでの自分の態度を思い返す。
学院に来てからの自分は少しおかしい。まるで子供だ、少なくとも刑事として働く者の態度と言動ではない気がする。
大祐が人気者になるのは捜査には都合がいいはずなのにどこかおもしろくないのだ。子供の頃にお気に入りの玩具を取られた時に似たような感覚だ。
(そうよ、自分の物を取られたら誰だっておもしろくないわよ)
そうやって無理やり納得させて、華音は教室へと戻った。
「お帰り、華音」
教室に入ると沙織しかいなかった。
華音はきょろきょろと教室を見渡し、首を傾げる。
「沙織。みんなはどうしたの?」
「実は、次の授業が自習になってな。残りは、HRだけだから解散になった。テスト前だしな?」
沙織の言葉に華音は、納得する。
「待っていてくれたの?」
「ああ。どうせ放課後は図書館で勉強しようと思っていたから。それに華音を一人だけ残しておくわけにはいかないだろ?」
「ありがとう。せっかくだし、私も勉強して行くわ」
「じゃあ、行くか」
華音は急いで帰り仕度を済ませると沙織と連れだち図書館へと向かった。
(そう、おかしいと思う理由はもう一つある)
ちらりと沙織に気づかれないようにその顔を盗み見る。
学院に来るまで自分は同年代の女性がどちらかというと苦手だった。どうもノリについていけないのだ。
学園の特に自分達一期生は、年代がバラバラで自分と同年代の子がいなかった。そのせいか大人とのコミュニケーションの取り方は分かるのだが、同年代の子とのコミュニケーション不足という事態に陥った。
なので今回の潜入捜査を課長は、不安視していた。
それなのに今の自分はどうだろう。学院の居心地が良くてたまらない。
その理由はきっと彼女、三瀬 沙織の存在だ。
彼女は、人の感情に敏感な上冷静に物事を見る目がある。だからあのクラスは、居心地がいいのかもしれない。そんな彼女がリーダーとして中心にいるから。
「何?」
華音の視線に気がついたのか、沙織は笑う。
「何でもない」
「そう」
不審な態度を取った華音をおもしろそうなものを見るように沙織は見たが、それ以上は追及してこなかった。
(初めてかもしれない。友達になりたいって思ったのは)
初めて感じる感情は、嫉妬と友愛。
嫉妬と言っても軽い焼きもちだけど。
お兄さんを取られた幼い妹の気持ちに近いのかな。




