第19話:交渉
大祐は早速、ローズへと向かった。
そして店の扉を開くとこの間も応対してくれた店員が出迎えてくれた。
「いらっしゃいませ。本日はお一人ですか?」
「はい。左京さんはいらっしゃいますか?」
「只今、他のお客様と商談中ですのであちらでお待ち下さい」
大祐は案内されたテーブルに座ると珈琲を頼んだ。
そして店内をそっと見渡す。この間来た時よりも客の数は少ない。が、客の一人をそっと観察してみるとどうも普通の人ではない気がした。
(・・・・・・・・堅気じゃない?)
大祐の視線に気付いた客と目が合い、慌てて目をそらす。
「お待たせしました。どうぞ」
その時、珈琲を持って店員が戻って来る。
「どうも」
「他のお客様を詮索なさるのは、止めたほうがよろしいかと。好奇心は時に身を滅ぼしますから」
「きっ、気をつけます」
「それではごゆっくり」
そう言って店員は大祐の側から離れて行く。
(さすが、店員も只者じゃないってか。気をつけよう)
それから大祐は、他の客に目を向けることは止め、小型の携帯端末を取り出しニュースのチェックなどをして時間を潰した。
「お待たせ致しました。どうぞ」
店員に案内されて入ったのは前回とは違う狭い部屋。
机と椅子が2脚あるだけの部屋で窓もなく電灯の明かりだけがこの部屋を照らす唯一のものだった。
大祐の反対側のドアから左京が入って来た。
「どうぞ。おかけください」
そう言ってにっこりと笑った姿はこの間といっけん同じように見えるがただよう雰囲気は全く違う物だ。
左京の正面に座った大祐は、様子を伺いながら用件を告げる。
「左京さんのお力で調べていただきたいことがあるんですが」
「私の力ですか。・・・・・・・それで報酬はいか程で?」
「一般的にどれくらいお支払いするものなんですか?」
左京は電卓を取り出し、ある金額を表示して大祐に見せる。
「う!?」
その金額に大祐は驚く。軽く自分の年収の数年分に匹敵する値段だった。
「これが最低金額になります。もちろん内容によって更に追加料金を徴収することになりますが」
「この金額を沙紀さんは支払っているんですか?」
「まさか!彼女は特別料金ですから。人によりけりです。お金より価値がある物をお持ちの方は特別料金でお売りしています」
「その特別料金が適用される条件はありますか?」
「あなた程度の能力では無理ですね」
左京は、すっぱりと言い切る。その言葉は大祐の胸をえぐるに十分なものだった。
「あなたが配属されてから関わった事件は知っています。それはどれもお嬢様がいたから解決でき、またあなたも無事に帰ることが出来たのですよ」
事実だけに大祐は反論することも出来ない。
(そうだよな。俺は新人でまして力を意図して使えない。けど・・・・・・・)
「あなたにはここを利用する資格はないようですね。では」
そんな大祐を見て左京は、鼻で笑い、意地の悪い笑みを浮かべると部屋から立ち去ろうとした。
「待ってください!!確かに俺の能力なんて価値はないですけど、でも今回どうしてもあなたの力が必要なんです。我々は市民の安全を守る義務があります。お願いです、どうか力を貸していただけませんでしょうか!!」
大祐は、椅子から立ち上がり床に頭を付けて頼み込む。
(・・・・・・予想通りというか何というか、真っ直ぐな人物ではあるようですね。将来、どう化けるか見ものです)
「いいでしょう。とりあえず、ある条件を飲んでいただけるのなら特別料金でお売りしましょう。これからも」
大祐は、左京の言葉に頭を上げると左京がこの間と同じ笑みを浮かべていた。
「まず、お嬢様の身の安全を第一に守ること。そしてあなたも無事に戻ること。それと・・・・・」
最後に出された条件を聞き、大祐は迷う。
(いいのだろうか)
「大丈夫。こちらで性能のよいものをお渡ししますのでそれで撮ってここにデータを送ってください。大丈夫、ばれませんよ」
「・・・・・・・・分りました」
「ではこれをどうぞ」
左京は大きな茶封筒を大祐に手渡す。
「これは・・・・・・・・」
「薬を買った人物の情報です。もちろん、警察が掴んでいないものもあります。それと、裏社交界という言葉もヒントです」
「裏社交界?何ですかそれ?」
「お嬢様にこのデータと供にお話しすれば分ります」
「・・・・・・・俺、何も言っていませんよね?」
「ふふふ。君の思考はとても読みやすいですね。もう少しそっち方面の修行もなさったほうがいいですよ」
左京の言葉に大祐は唖然とする。
「それと、これは個人的な質問なんですが。僕は競馬が趣味でしてね、このレースあなたならどれを選びますか?」
左京から手渡された競馬新聞を見て大祐は、適当に直感で答える。
「これとこれが来る気がします」
「・・・・・・そうですか。どうもありがとう、参考にさせてもらいます」
大祐の答えを聞き満足げな顔をした左京に見送られ、大祐はローズを後にした。
その後ろ姿を見ながら左京は、最初と同じ意地の悪い笑みを浮かべる。
「単純ですね。自分の能力に無自覚な人間を野放しにして良いんでしょうかね」
「オーナー。普通はそう思っているなら利用してはいけないと思います」
「いいじゃないですか。当たったら君達にもちゃんと支給しますから」