ix.
ただ残念なことに、もうひとつ他の面でも、奏は普通の人間と一緒ではなかった。
力とどうにかつきあえるようになった途端、今度は魔物が見え始めた。いや、もしかすると今までも見えていたのかもしれない。単に、人々の暗い感情や記憶との区別がついていなかっただけなのかもしれなかった。
気づけば魔物はあちこちに出没しており、ときに奏の周囲の人間を悩ませた。次はこれらへの対策を講じなければならなかった。
しかし力の制御に比べれば、それはかなり楽だった。慧がいたからだ。
奏に魔物が見えるようになったと知ったとき、慧はひどく驚き、悲しげな様子だった。いつも冷静で、感情をあまり表に出さない兄にしては珍しかった。ぼんやりとだが見知っていた兄のこれまでの体験を思い出した奏は、それだけ大変なことなのだろう、と改めて感じた。
それでも、初めてのことをまったく手探りで行うよりは、既に経験のあるものから教えてもらう方が格段に楽であることには違いない。
慧の手ほどきにより、魔物に対処する方法は比較的簡単に身につけることができた。奏自身の力は兄に比べればごく弱いものだったが、相手の力を計ることには長けていたから、実用には充分堪えた。
つまり、一人ですべてをやることはない。必要なときは兄の力を借りればいいのだ。
魔物は魔物で怖ろしかったが、人々の感情や記憶の渦に比べれば多少はましに思えることもあったから、それでまあまあ、何とかうまく切り抜けることができていた。今までは、の話だが。
何だか数奇な人生だ、とまるで他人事のように奏は思った。自分の持つ様々な力に翻弄され、そのせいで死ぬことになるのだろうか。
死んでもいいと思っているわけでも、投げやりになっているわけでもないが、魔物相手に怒ってみてもどうしようもない。それにしても、さすがに寿命が短すぎるような気はした。なにしろまだ二十才、と考え、奏ははっとした。
二十ではない。二十一だ。
そういえば昨日が誕生日だった。そうだ。それで兄の家に呼ばれていたのだ。大学の帰りに、そのまま行く予定でいた。男に会って動揺したため、すっかり忘れていたが。
奏は考えを巡らせた。兄は今──きっと自分を探しているに違いない。
慧のことだ。昨夜、予定の時間を過ぎても奏が現れなかった時点で、おかしいと思ったはずだ。奏は何もいわず約束を破るような性格ではない。その上連絡もとれないとなれば決定的だ。何かよからぬことが起きたと確信しているだろう。
いずれ兄は、ここに気づく。男がこの家を封じているため、気配が外から見えにくくなっている可能性はあるが、それでも兄ならきっと自分を見つけられるだろう。
子供の頃にも一度、似たようなことあった。家族の諍いに耐え切れず、こっそり家を抜け出した、あのとき。その後、外で倒れて病院に運ばれたのだ。連絡先も誰にも伝えぬまま意識を失くしたというのに、慧はいつの間にか奏の居所を捉え、病院に駆けつけていた。
兄は必ず自分を見つける。必ずここへやってくる。それまで何とか生き延びるのだ。
もし自力で逃げ出せなかったとしても、助けを待つことができるのなら希望を失わずにいられるだろう。男がどんな手で来るにしても、当てのない救いを待って力尽きた彼らより、自分はずっと楽なはずだ。
辺り一面に低く響く見知らぬ人々の叫びに苛まれながら、奏は思った。